34 セレジュの遺書②

 バルバラは続ける。


「私は心を殺したまま、身につけた淑女のたしなみを駆使して、王宮での生活を始めました。

 そしてわりあい早くに王子を出産し、二年後には王女も生まれました。

 ですがどちらに対しても大した感情は持てませんでした」


「え、俺にもか?」


 セインは頭をがつんと殴られた時の様な表情になる。

 しかし確かに。

 彼は記憶の奥に手を伸ばす。

 本当に幼い頃、俺に対し、母上はあやしてくれたことがあっただろうか?

 ……いや、違う。

 セインは気付いた。

 自分が今まで母親だと思っていたのは、乳母だった。

 ただし乳母は、母と近い年頃の、どちらかという母に似ていた気がする。

 はっ、と彼は顔を上げる。


「セインの乳母には、できるだけ私と似た者を選びました。

 彼の記憶には私と思わせる様に。

 ですが彼は第一王子ですから、それでも私とたひたび共に行事に参加することもあります。

 その時には、あるべき姿で彼に対応しました。

 クイデには格別そうもしませんでした。

 彼女はそもそも私に最初から甘えてもきませんでしたから、できるだけ可愛がってくれる様に乳母に命じて、私は彼女の世話は殆どしませんでした。

 おそらく彼女は私を嫌うだろう、と思っていました。

 彼女は私の子供の頃によく似ていたからです。

 だからこそ、私は彼女にはできるだけ無関心でいようと思いました。

 そうでなければ、彼女を憎んでしまいそうだったからです。

 そんな生活をしているうちに、風の噂で帝都に留学していた者が戻ってきた、ということを聞きました。

 私はその時、唐突に自分の感情が数年ぶりに生き返ったことに気付きました。

 彼等に会いたい。心からそう思いました。

 ですが彼等は子爵。

 私は第三側妃、

 そして王子の母。

 会うための接点は全くありませんでした。

 留学していた者達は王族の男性に会うことはあっても、私達側妃と会うことはできませんでしたから。

 その頃には既に第二第三王子の方々も生まれ、私はほっとしておりました。

 畏れ多いですが、国王陛下の興味が私から逸れてくれるからです。

 私は空いた時間で、再び将棋を始めました。

 ただしあくまでチェスでした。

 たまに私がチェスができる、というと国王陛下は他の者を打たせようとしましたが、私はその都度辞退致しました。

 仕方ありません。

 お茶会か何かで示されたお相手の様子は、一戦外で見れば判ります。

 打ったら私がすぐに勝つのは判りきっておりました。

 わざわざ上手く負けるのは面倒でしたので、遠慮する素振りを続けておりました」


「えっ、そうだったの?」


 そう言う声が公爵家の辺りで飛んだ。

 そんなことを考えていたのか、と不快そうな空気がじわじわと漂い続けていた。


「それから数年経ち、セインに相応しい教師を、という話があり、私にも意見を求められました。

 私はここだ、と思いました」

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