獣人の噛み痕は証。~愛しすぎて噛みたい。~

三月べに

短編


 愛しいと思うと、噛み付きたくならない?


 私はそうだ。

 愛おしさが溢れて、かぷっと噛み付きたくなる癖を持っている。


 けれど、私は赤ん坊の時に、噛み付かれたことがあったらしい。


 相手は、獣人と呼ばれた種族。三歳の男の子だった。

 何を思ったのか、抱えられた私を見つめたあと、その子は私の頬にかじりついたそうだ。


 いや、気持ちはわかる。

 赤ちゃんのもっちりした頬は、食べちゃいたいくらい愛おしいものだ。

 超わかる。理解出来る。私も食べちゃいたい。


 ただ問題は、かじりついた時に魔力を込めたこと。

 この世界では、獣人の噛み付きは同時に魔力を注ぐと、その証が浮かび上がる。一度に一つだけ。

 それは言い換えるなら、『キスマーク』だ。基本、その証を持つ者には、手を出してはいけないという暗黙のルールがあるのだ。

 通称、【花痕(はなあと)】と呼ぶ。その証は、花柄に似ている。


 つまり、私の頬には、その証が浮かんだ。

 陶器のような白い肌の頬に、向日葵のような模様がくっきりついたらしい。はっきりした橙色の向日葵。

 まだ赤ちゃんなのに、キスマークをつけられた。その事実に、私の父親は大いに混乱して口走ったらしい。


 ――責任を取れ!!!

 ――わかった。息子に取らせよう。


 どーんと構えた相手側の父親は、即答した。

 元々、古くからの付き合いがある家同士だった上、母親同士が仲良しだったのだ。だからこそ、赤ん坊の私と獣人の男の子と会った。

 責任を取るも何も、30日が経てば【花痕】は消える。責任を取るほどのものではないと思う。


 三年後、私は物心がついて、その男の子と会った瞬間だ。


「レオネルドさま?」


 私は、目をぱちくりさせた。


「そうだが」


 生まれつきの褐色の肌と、橙色の長めの髪は少しウェーブしている。まだ丸くて大きなアーモンド形の瞳は、朝焼けのような色だった。彫りの深い美しい顔立ち。けれど、私の脇を抱え上げた彼の顔には、感情らしきものはないに等しい。子どもらしかぬ顔だった。

 頭の上には、丸っこい獅子の耳がついている。ぴくんっ、とだけ、それがはねた。


「レオネルド・リョダーリさま?」

「そうだが」


 首を傾げれば、淡々と頷かれる。


「…………レオネルドさま?」

「そうだが」


 三度目の問いにも、淡々と頷かれた。


「………………」


 私は、ぽっかーんと彼の顔を見つめてしまう。これ以上、問うのは申し訳ないので、ひたすら凝視した。


「乙女ゲーム……攻略対象……ふえっ……」

「!」


 くらっと、意識が遠退く。私は気絶した。


 私は、前世の記憶があった。

 そして『レオネルド・リョダーリ』を知っていたのだ。

 乙女ゲームアプリ『もふもふの噛み痕~花の証は愛~』の攻略対象の一人。

 獣の耳や尻尾をつけた獣人のイケメン達が、攻略対象。

 獣人は、噛み付きと魔力で【花痕】をつける。『キスマーク』と同じく、自分のものと主張するソレ。

 興味を引かれた攻略対象者が、ヒロインに【花痕】をつけようと迫るのだ。甘く愛されやすい乙女ゲームアプリだった。


 レオネルド・リョダーリは、感情が全く顔に出ないクールな獅子の獣人キャラ。

 どうにも感情を上手く顔に出せないが、ヒロインが感情に気付いてくれて惹かれていき、独占欲から【花痕】をつけようとする。


 私はそんなレオネルド・リョダーリのことが、一番好きだった。推しだ。最推しだった。

 ハッピーエンドで結ばれれば、レオネルドの僅かに微笑むスチルが出てきて、尊さのあまり死ぬかと思ったのだ。

 最早、前世の死因はそれではなかろうか。……いや、違いますね。いい加減なこと言いました。


 ちなみに、私はルルナ・フテラ。

 ……正直、全く知らない名前である。

 純白のふんわりした長い髪と、淡い琥珀の瞳の持ち主の三歳児。種族は、人間。伯爵家の二人目の子どもだ。


 そう言えば、攻略対象達はなんだかんだで、貴族の令息だった。

 あまりシナリオに影響していないから、必要な設定なのかとは思ったけれど、そう言えばちらっとだけ婚約者や許婚の有無が出たっけ。

 ヒロインが貴族令息である攻略対象者に、婚約者か許婚がいると思うと、不安になるというシーンもあったはず。


 レオネルド・リョダーリは、侯爵家の令息。警備騎士部隊を束ねる家系だ。

 ちなみに、フテラ伯爵家も、同じ部隊で功績を挙げていた。そういう縁で古い付き合いだった。

 そして母親同士の仲の良さと、仕事仲間だった父親同士で、許婚関係が決まったのだ。


 …………つまり、私って当て馬モブなのでは……いや、当て馬モブですらでもない!!?


 残念伯爵令嬢である。

 ベッドで起き上がってすぐに、私は崩れ落ちた。

 転生しても、最推しと結ばれないとは……不憫である。

 せめて、ヒロインにしてほしかった。

 ヒロイン次第ではあるけれど、やっぱりレオネルド様はヒロインに心を奪われるだろう。

 だいたい、ただうっかり美味しそうな頬にかじりついただけだ。それで責任を取るなんて、大袈裟である。せいぜい、家族内の笑い話になるだけだろう。


 そうかぁ……最推しのレオネルド様と結ばれないのか。


 残念極まりない。

 三歳で落胆するとは、この先が憂鬱だ。

 いや、もしかしたら、きっと。逆に、これ以上の落胆はないのでは?

 許婚関係は、早々に解消してもらい、別の関係にしてもらおう。


 三歳差があるし、兄妹のような仲になるのはどうだろうか。

 間近で、最推しを見れるなら、眼福である。むしろ、ゲームの歳に成長するまで、いい感じに観察出来る最高のポジションになるのではないだろうか。

 そうだ。兄妹ような関係を目指そう。そうしようか。いいや、絶対にそうする!


 失神してしまったことを、両親と兄に心配されたけれど、元気だと主張した。

 後日、訪問してくれたレオネルド様と二人っきりになった隙を見て。


「レオネルドさま! おにいさまとよんでもいいですか!?」


 まだ舌足らずだけれどゆっくりと言えば、噛まずに言える。


「だめだ」


 即断れて、ガーンとショックを受けた。


「な、なんで」

「兄妹ではないからだ」


 全然感情が見えない顔で、また淡々と答えるレオネルド様。


「そ、ですが、あにのようにしたいたいのです」


 食い下がれ私!


「だめだ」


 ふるふる、と首を横に振られてしまう。


「本物の兄がいるのに、オレを兄として慕うのはおかしい」


 で、ですよねーっ!


「どうしてそんなことを言う? この前、気を失った時に言っていたことと関係があるのだろう?」


 ひぃっ! 覚えられていた!


「隠しても無駄」


 明後日の方向を見ていたけれど、むにっと両頬を軽く摘ままれた。


「オレと違って、ルルナは顔に出る」


 そう言うレオネルド様は、相も変わらず無表情だ。

 絶対に話すまで放さない。そんな意思がひしひし感じた。


 観念して、私は半場やけに明かす。

 ただし、前世云々は伏せて、子どもの絵空事のように装って、どーんと堂々に話した。


「ぶたいは、がくえん! レオネルドさまは、こころひかれる、おとめと、であうのですわ!」


 乙女ゲームというタイトルをつけて、他にも乙女と称したヒロインの魅力について語る。

 何にも染まらないような漆黒の長い髪でよく映えた白い肌の持ち主。奪いたくなるような赤い唇を持つ少女。

 レオネルド様だけではなく、他にもイケメンな攻略対象がいて、取り合うようにヒロインを愛でる。


「そういうみらいになるので、わたしたちは、きょうだいのようになりましょう!」

「絶対にならないから、兄妹になるのはだめ」


 またもや即座に断られてしまい、私はガーンとショックを受けて、口をあんぐり開けた。


「オレは責任を取って、ルルナを妻にする」

「ひぇっ!」


 最推しに、プロポーズの言葉を放たれましたっ!!!

 私はきゅんと握り潰されたような衝撃を受けた胸を押さえ込んだ。


「ででで、でもっ、いっかい、はなあとをつけただけじゃないですかっ」

「……この前言ったこと、忘れたのか?」

「……この前?」


 それって物心つく前のことだろうか。


「オレの耳に噛み付いた」

「そのおみみ、わたしがかみついた!?」


 丸っこい猫の可愛い耳に、私が噛み付いてしまったのか! どういう状況!?

 私は青ざめたけれど、その顔にレオネルド様は優しく触れた。


「なんで噛むのかと訊いたら、”愛しすぎて噛みたくなった”と笑ってくれた」


 前世からの変な癖が出たのかぁああっ!!!


「オレのこと、愛しくないのか?」

「え。とてもいとしいです」


 何言っているの、レオネルド様。最推しだ。愛しくないわけがない。

 せめて妹枠に収まりたいと目論んでいるほど、離れたくないのだ。

 好きを越えて、愛しい。

 キッと言い退ければ、レオネルド様は頭を撫でてきた。


「オレもルルナが愛しいと思う。だから、【花痕】をつけた。そう教えてくれたのは、ルルナだ」

「いや、それは、あかちゃんには、だれもいとしくおもうかと」

「……」

「みらいで、であうおとめには、きっとほんものいとしさをかんじるはず!」

「……」


 …………あっれぇ? レオネルド様が、なんだか、怒っている?

 じーっと見てくる瞳が、どこかギラッとしている気がしてきた。相変わらず、無表情だけれど。


 かぷっ。


 レオネルド様のお口が開かれたかと思えば、鼻を噛まれる。

 ぽっと何か熱さが広がったことを感じたあとには、もう戻ってきていた母達と使用人達の声が上がっていた。


 私は再び【花痕】をつけられてしまったのだ。顔の真ん中に、橙色の向日葵のような模様が浮かび上がる。

 油性ペンで落書きされてしまったようなものなので、私は流石に怒った。


「どうしてくれるんですか! かおのまんなかに、こんなおはな! おそとをあるけません!!」

「……責任は取る」

「そういうもんだいではありません!!」


 ぽこぽこっと力ない三歳児の拳で叩きつけたけれど、六歳児には大したダメージはないようだ。

 三歳児なのに、キスマークをつけて白昼堂々と街を歩いてみろ。噂にならない方がおかしい。

 一ヶ月は、家から出れないってことだ。

 レオネルド様は表情を変えなかったけれど、お耳はぺしょんと垂れ下げ、尻尾は足の間にしおれていた。


 かっ……可愛くしてても、だめですからね!!!


 それ以来、レオネルド様が再び【花痕】をつけてしまわないように、会う度に厳重な見張りがついた。

 ちなみに、帰宅した父は、私の顔を見るなり、膝から崩れ落ちた。それから、父親同士で前回と同じような会話がされたらしい。


 ――絶対にっ、責任を取れ!!!

 ――わかった。絶対に、息子に責任を取らせよう。


 外出が出来ない間、そのレオネルド様の父親と対面した。

 獅子の獣人。レオネルド様によく似ているが、鋭い眼光をの持ち主で、まさに百獣の王という風格を持つ男性だ。玉座にふんぞり返っている方が似合っていそう。

 レオネルド様は彼に似て、あまり表情を変えないとばかり思っていたけれど、私をじとっと見下ろしたあと、レオネルド様の父は一人で大笑いした。


「これは、見事な【花痕】だなっ!! ぶはははっ!!」


 人の顔を見て、それは失礼じゃありません???

 そう思う一方で、レオネルド様も大笑いしたら、こんな顔なのだろうかと凝視してしまった。


「レオンっ、貴様ぁああっ!」

「あなた、落ち着いて」

「笑うなんて失礼ですわ、あなた」


 憤怒する父を宥める母と、レオネルド様の母は指摘する。

 ちなみにレオネルド様の母親は、黒猫の獣人だ。スレンダーなドレスを着られると、とても優雅で美しい。トゲがある薔薇って感じ。

 逆に、私の母の方は、おっとりしていてふんわりと広がるドレスがよく似合う。トゲなんてない愛らしい花って感じだ。

 どうしてこの二人が仲良しなのか、ちょっとわからないけれど、友情なんてそれぞれだろう。

 応接の間でくつろいだように、私達は話をした。

 内容というと――――。


 私とレオネルド様の関係を、婚約関係に格上げしようというもの。


 私は紅茶を噴いてしまいそうになって、なんとか堪えた結果、噎せてしまった。

 許婚も婚約も、同義の言葉だけれど、婚約関係の方が拘束力が強いらしい。言い換えるならば、許婚は口約束、婚約は契約だ。この世界では、そういうことらしい。

 しかも、魔法の契約書で、確実に婚約関係にするのだという。

 そういうことで、私とレオネルド様の婚約契約書が置かれて、署名を促された。

 魔力を込めれば署名されてしまう。私は手を翳したまま、固まって、悩んだ。


 これで、私は、レオネルド様の正式な婚約者になってしまう……!


 わなわなと震えていると、リョダーリ侯爵のレオン様が首を傾げた。


「なんだ? 嫌なのか? レオネルドと婚約するのは。レオネルドが好きじゃないのか?」

「いいえっ、すきです! レオネルドさまのこと、すきです!」

「だとよ、レオネルド。よかったな」


 頬杖をついて、レオン様は自分の息子に笑いかける。

 スン、と表情を全く変えないレオネルド様は、父親を一瞥すると私を真っすぐに見つめた。

 かぁああっ、と顔を真っ赤にしてしまう。


 み、見ないで、レオネルド様ぁああっ!


 でもすでに署名されているレオネルド様の名前を見て、もう一度レオネルド様を見た。

 ただ私を見つめて待ってくれている。

 この前のプロポーズと同等の言葉を思い出してしまう。また顔が熱を集めた。


「オレは――――ルルナが愛しいよ」


 追い打ちをしたかったのならば、成功である。

 私の顔は爆発したかのように熱が広がった。


 わかった! 私の負けです!! 婚約しましょう!!!


 私も魔力を込めれば、婚約は完了。白い紙は、金色に縁取られた光りに包まれた。


「じゃあ、オレ達のことは、お義父様とお義母様と呼べよ?」


 にやり、とレオン様はそう言う。いや、お義父様か。

 それから、その場でレオネルド様はもう顔に噛み付かないことを、私の両親に誓う。

 しかし、その後も【花痕】が消えた頃になると、レオネルド様は噛み付いては【花痕】をつけてきた。

 手に、腕に、肩に、首に、かぷかぷっとつけてくる度に、私は「なんでー!?」と叫んだけれど、変わらない顔で「愛しいから」と返される。


 私だって愛しいわ!!!


 私だって手に、腕に、肩に、首に、噛み付いた。人間なので、噛み付いて魔力を流しても【花痕】は残らない。でも愛しいと感じているので、前世からの癖もあって、可愛いお耳にも、まだふっくらしている頬にも、噛み付いた。もちろん、甘噛みというやつだ。歯形は残らないし、痛みはない。

 それは猫のじゃれあいにも見えるらしく、見張りの使用人も微笑ましそうな目を注いできた。もうレオネルド様の【花痕】を残す行為を咎める人はいない。私を溺愛している父は、まだ納得していないようだったけれど。母も兄も、すでに日常の一部とみなしている。


 結局、婚約者というポジションで、最推しのレオネルド様の成長を間近で見ることになった。


 十歳になる年。

 つまり、十三歳になるレオネルド様と、親睦のための時間をいつものように過ごしていた。

 レオネルド様は学園の中等部に進学するので、何か祝いたいと思ったけれど閃く。

 庭のベンチに座るレオネルド様の膝に、私は乗っかった。まだ子どもだから、重くないはず。それに、レオネルド様はお義父様の跡を継ぐためにも、しっかり鍛えているのだ。でも最近は、こんな風に膝に乗せてもらってないな、とか小さな疑問を抱いた。けれど、別にいいっか。


「進学おめでとうございます、レオネルド様」


 ぴったりと寄り添って、レオネルド様の頬にキス。

 えへへっと口元を緩ませる。私からのキスなんて、お祝いにはならないかもしれないけれど、今もまだ愛しいと思ってくれているなら少しは喜んでくれるだろう。

 けれど、レオネルド様の反応と言うと、私の脇を抱え上げると、隣に下ろした。


「ありがとう。今日は帰る」


 そう突然、帰ってしまった。


 …………あっれぇええ!!?


 それ以来、レオネルド様が家を訪ねて来なくなってしまった。


 な、なにゆえ……!?

 だ、だって、え?

 あんなに、愛しいって……。

 あれ? でも、最後に【花痕】をつけられてから、もう40日がすぎてる!?


 ガクガクと震えてしまう。

 いつの間にか、飽きられていたのか。

 無表情すぎてわからなかっただけで、とっくに飽きられたのかもしれない。


 まだ乙女ゲームが始まってもいないのに、婚約破棄されるのかな!?


 せめて、レオネルド様の高等部に上がるまで、彼を堪能したかった。

 母と兄には、中等部に入ったばかりだから忙しいだけだと言われたのだけれど、一週間と三日で私の心は折れてしまう。

 一晩中泣いてから、翌日にはリョダーリ侯爵家に向かった。

 お義母様に、レオネルド様が帰ってくれるまで、待たせてほしいと頼んだ。

 その間、お喋りしましょうと誘われたけれど、昨日出し切ったはずの涙を流しそうで耐えられなかった。

 すみません、と断って、庭園で一人、待たせてもらう。


「ルルナ」


 ようやく、帰ってきてくれたレオネルド様は、家から早足でやってきた。


「……どうした?」


 泣いた跡があるのか、私の目元に触れようとしては、手を引っ込める。


「…………婚約、解消する……?」


 絞り出すとズキンッと痛み、私はまた涙を込み上がらせた。


「何故?」


 心底わからなそうな声を出すレオネルド様は、幼い頃と変わらず無表情。


「だって頬にキスしたら、会ってくれなくなった!」

「…………それは」


 私の前で片膝をついたレオネルド様は、私の両手で包んでくれた。


「……誓いを破って、君の頬に噛み付きたくなったから……」

「…………それで、私と会うの、避けたのですか?」


 誓いって、私の顔に【花痕】をつけないってあれか。目をぱちぱちさせてしまった。


「そうだ。会いたかったけれど……あまりにもルルナが愛しすぎて……噛み付きたい衝動が抑えられないと思ったから」


 淡々と話すレオネルド様の言葉を聞いて、私は脱力してしまう。


「……ごめん、誤解させた。オレは婚約を解消しない」


 優しい朝焼けの瞳で、真っ直ぐに見つめてくるレオネルド様は、はっきりと告げてくれた。


「こうしましょう、レオネルド様……。私達、もっと会話をしましょう!」

「? ……している」

「レオネルド様は、もっと言葉にしてくれないと! わかりません! おかげで泣きました! ここずっと苦しかったです!」

「すまない……」


 ぷんぷんする私をあやすように、頭を撫でる。


「あの日の、君が可愛すぎて……本当に歯止めがきかないと思ったんだ。本当にすまない」


 ぺしょん、とお耳を垂れ下げたレオネルド様は、真剣に謝罪をしてくれた。


「歯止め?」

「そう……泣かせてしまうのなら、耐える。座って」


 隣に座ると、私の脇を抱え上げて、膝の上に座らせる。

 スンスン、とレオネルド様は、私の首に匂いを嗅いだ。


「オレだって、君にキスをしたい。頬に、唇に、首に、肩に、胸に、腕に、手に……キスしたい。身体の全てに唇をつけて……それから噛み付いて、舐めてしまいたいんだ。そこら中にオレの【花痕】だらけにしたいって思ってしまった。ルルナの全部が――――欲しい。大切にしたいのに、こんなにも愛しいのに、めちゃくちゃにしたいと思うんだ」


 すりすりっと鼻先を頬をくすぐりながら、熱のこもった声を吹きかける。

 その熱が伝わったみたいに、私の身体は一気に火照った。


 そ、そそそ、それって、もしかしてっ……!

 発情ですか!? 早熟の発情期ですか!?


「こうして、オレの上に無防備に乗っているルルナを――――食べてしまいたい」


 た、たべっ……!


「わ、わた、私はまだ十歳ですぅ! レオネルド様!」

「知ってる」

「も、もっと大人になってからじゃないと!」

「わかってる」


 相も変わらず、無表情で淡々としているレオネルド様。

 私だけ真っ赤になって、大慌てである。目が回りそう。


「ちゃんと待つ」


 猫は待てが、出来ないんじゃなかった!?

 でも、朝焼けの瞳は、真剣そのもの。


「……な、なんか……待たせて、ごめんなさい」

「オレこそ、急かしてごめん」


 私が三歳も年下なばっかりに……我慢させてしまって申し訳ない。

 レオネルド様になら、全て捧げでもいいです!

 けれど、流石に十歳の身体を捧げても、しょうがない。


「あっ! 【花痕】、次はどこにつけますか?」


 しょぼんとしたのは一瞬で、私はコロッと切り替えて笑いかける。


「……。じゃあ、胸の真ん中」


 ひえ!?


「そ、そそそ、それは……」

「だめか。なら、ルルナはどこがいい?」

「ぶ、無難に手の甲がいいです」


 胸の真ん中に噛み付かれる想像をして、もう頭が爆発しそうになりつつ、私は手を差し出す。

 レオネルド様は「わかった」とすんなり頷くと、私の手の甲に軽く歯を立てて噛み付く。そして魔力を注ぐ。魔力が熱く感じれば、そこには橙色の向日葵の模様が浮かび上がっていた。綺麗な模様だと思う。久しぶりにつけてもらって嬉しくて、顔を綻ばせた。

 レオネルド様のものだっていう証。宝物だ。


「キスしていいか?」


 はっ! 見られていた!


 ニヤニヤしていた私に、キスを求める。それって、もしかしなくても、私の唇にしたいって意味だろうか。


 レオネルド様のキス! それって尊すぎて、私は昇天するのでは!?


「……は、はい……」


 緊張のあまり、「はい」ではなく、危うく「はひ」と言いそうになった。ギリギリセーフである。

 むぎゅっと目を瞑って、身構えた。

 顎をくいっと上げられたかと思えば。


 ちゅっ。


 厚い唇が押し付けられた。

 思わず目を開くと、まだ幼さが残る美しい顔が間近にある。

 少しだけ離れた無表情の顔が、ほんのわずか。ほんのりと緩んで、微笑んだ。


「オレの愛しいルルナ」


 十年近くの付き合いだけれど、初めて見る笑った顔だった。

 ずきゅんっと、勢いよく胸が握り潰された感覚を味わってしまう。


「大丈夫か? ルルナ」


 さっきのは幻覚だったみたいに、またスンと無表情になったレオネルド様。

 でも私は見た。レオネルド様の微笑みを見てしまった。


 乙女ゲームすら始まっていないのに、ハッピーエンドの微笑を見てしまった!!!


 もう想いは、爆発。


 愛しい! 愛しい!! 私の婚約者、愛しい!!!


 レオネルド様の頭をむぎゅっと抱き締めては、頭の上のお耳をかぷっと噛んだ。

 それが悪かったようで、ベンチに押し倒されてしまい、危うく欲望のまま身体中を噛み付かれそうになったけれど、見張っていた使用人とお義母様が止めに入ってくれた。


 乙女ゲームが始まる前から、愛し合っています!



 

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獣人の噛み痕は証。~愛しすぎて噛みたい。~ 三月べに @benihane3

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