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私は平凡な学生でありました。

厳格げんかくな父と聡明そうめいな母の元に生まれ、

人間関係も勉学も恵まれていた方であったと

少なくとも私自身では思っております。

なんの不自由なく、なんの不幸もなく、

ただ置かれたぬるま湯の様な環境に、

甘えて過ごしておりました。


未だに思い出すことができます、

其れは、私の初めての挫折ざせつでした。

志望した大学の受験に失敗したのです。

手を抜いたつもりも、

試験を甘く見たつもりも御座いません。

きっと、実力に

見合っていなかったのだと思います。

ですが、その時の私には

その挫折ざせつが非常に苦しいものでした。

苦労もなく今まで過ごして、

其れが永劫えいごう続くのだと、

心のどこかで思い込んでいたのでしょう。

脆く崩れ去った未来の展望が

私を徐々に追い詰めてゆきました。


そのまま私は流されるように、

私立校へ入学せざるを得ませんでした。

そこでの日々は、読んで字のごとく

地獄の様でありました。

まともに心を許せる友も居らず、

逃げるように勉学に力を入れようとするほど

精神は疲弊ひへいし、徐々に人との関わりを

避けるようになりました。

私は、家族との会話さえまともにできぬ程に

酷く臆病になっておりました。

一時は、周りの声に過敏になり、

まともな睡眠すら

取れなくなってしまった程でした。


そんな、地獄の様な、灰色の3年間を経て、

私はようやく、都内の大学へ

足を進める事となりました。

かつて失われた、未来への展望が

戻ってくるような、

そんな思いでいっぱいでありました。

都内から遠い、地方の生まれでしたから、

大学近くの、六畳半程の部屋を借りて

そこで下宿をする事となりました。

家事炊事などは、手伝いこそしていたものの

てんで素人でしたから。

見様見真似で料理を作ることも

しばしばありました。

大学の方は、少ない数ではありますが、

友達と呼べるような仲間内も

増えて参りました。

勉学も人間関係も、

あの3年間を取り戻すように

目まぐるしく変わって行きました。

今思えばその幸福さえも

その時の私の精神には

負担になっていたのやも知れません。

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幻想甘露依存症 ナナシノ @name_less09

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