第5話

街ゆく人々の群れに流されて、澱んだ純愛販売所に向かう。箔取隼雄19歳彼女なし。虚無のために開けられたかけがえのない一枠に価値をつけに行くのだ。


未だ落ち着かない心と、安定しない息遣いを何とか抑えて...今、入場した。


俯いた頭を恐る恐る上げると目前に広がるのは何とも異様な光景だった。


似合わない宝石を、いくら見つめても引き寄せられない肉体に散りばめている男たちの群れがいた。


その様は少し離れたところから見ると極めて不恰好で、その齟齬具合は滑稽の域まで達するほどである。


先人たちのあまりの頼りなさに、ただでさえ抱えていた不安がみるみる増していく。


とは言いながらもその集団に向かって歩みを止めるどころか近づいていく。


さんざん卑下してきた対象物に自分から混ざりに行くのは、他の追随を許さない滑稽さを誇るだろう。


脳内では散々文句を垂れ流していたものの、腐っても社会人。


建前を忘れるという愚行は流石に避ける。


持ち前の社会人精神を隈なく発揮して、騒がしい居酒屋の隅にひっそりと座る。

小綺麗を装った机には6人分のおしぼりと汗をかいたグラスが置かれていて、それに合わせるように3人の男と3人の女が

ぎこちなく座っている。


止めどなく走る静寂を破ったのは、もちろんこの男達川重次である。


「よし!みんな揃ったし自己紹介からやっていこうか!」と発してからのこの男の剛腕ぶりは凄まじかった。巧みな言葉の綾を節々に織り交ぜながら場を回していく様は、圧巻であった。


ものの数分で場を支配した重次は、すかさず獲物を捕らえに行く。次のフェーズに進む速さもまた圧巻である。


恋愛ディーラーはどうやら右端から攻めていくようだ。


「なになに...へー!彩ちゃんって言うのね。20歳なんだ!お洒落だね。金髪がよく似合ってるよ。」


内容はお粗末なものであるが間の取り方が凄まじい。天下一品といっても遜色ないほどである。


「えへへ!またまたー。上手なんだから。モテるでしょ絶対。」満更でもなさそうに答える女性。ーーー


そんな他愛もない話を3セットにわたって繰り返しているのを見ながら飲んでいた甘くないドリンクはいつの間にか空になっていた。


そろそろ自分の出番かと心の準備を終えた頃にはもう合コンは終わっていた。


完全に重次の独壇場。他の誰でもなく。


合コン会場だった場所には、時間が過ぎたのも忘れるほど楽しんでいる様子が窺える男と女のワンペアが、会話をしているだけである。



支配者に選ばれなかった者は見物料として、時間のみを支払った。ただ時間だけを。慈愛に溢れた情けが、全く疲れていない心身に過剰に沁みる。


「結局枠埋め要員としての職務を全うしただけだったのか...俺は本当に...」ギャラとして支払われた優しさは自己否定を捗らせる。


「俺にだってチャンスがなかったわけではないのに...どうせ流されるくらいなら争っておけばよかった。声をかけておけばよかった。」自己紹介以外でまともに言葉すら発しなかった自分を責める。


「こんな事ならこなかった方が良かったゃないか!」子供らしさに富んだ無責任な責任転嫁をこだまさせるのだけは一丁前だ。


自分への甘さ具合で気分を悪くしながら、外へ向かうご機嫌な二つの足取りを見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青春オートマティック 所狭健 @tokorosemasi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ