紅い聖女(13)
普段明るく賑やかな街並みは神隠しの事もあって、いつもよりしんとしていた。その静けさには違和感を覚える程で、まるで世界中に僕ら二人しかいないような気分だった。
「ねぇクロエ。その神隠しの犯人がいる可能性がある廃ビルってどこら辺にあるのかしら?」
「あぁ、そのビルなら隣町にあるよ。隣町と言ってもここは街の端あたりだから、徒歩十分くらいで着くはずだよ。」
そう言って僕達は歩き続けた。冬の夜の風が頬に当たって冷たい。その寒さと緊張も相まって心臓が速く脈を打っているのがわかる。まだ戦う訳ではないけれど、失敗したらどうしようだとか、負けたらどうしとうなどの事を考えているとどうも落ち着かなかった。
「あら、クロエ。あなた緊張しているの?でも知ってる?『緊張』という言葉は一見失敗に繋がるマイナスな意味の言葉として連想されがちだけれど、緊張することは実は良いことなのよ。なぜなら失敗することを恐れて事前に準備をしたり、冷静に確認作業をすることを無意識に考えるから。 いい?例えばプロ野球選手は、試合前に自分の渾身のスイングができるか不安だからこそ、体を動かしウォーミングアップをするの。 緊張することで集中力が高まって成功に繋がるからこそ、人々は緊張するべきなのよ。だからあなたは自信を持って、事件解決に全力を尽くしなさい!」
まるで母親が大切な試合の前の息子を元気づけるかのような口調で僕を励ましてくれた。昔親にも同じような事を言われたのを思い出し、少しニヤついてしまった。
「あら、何笑っているのかしら。せっかく私が不安そうなあなたを励ましてあげたと言うのに、なにかおかしなことでも言ったかしら?」
「いいや、そんなことは無いさ。でもなんだか、お母さんみたいだと思ってね。」
「あら、そうなの。それにしても先程とはまるで別人のように余裕そうじゃない。気を引き締めないと死ぬわよ。」
「はい。」
*
しばらく歩いていると何者かがこちらへ走ってきた。
「黒宮さん、でしたっけ?お願いします。どうか、どうか助けてください。」
何者かの正体はこの前事情聴取をしている時に話したことがある、廃ビルの前の家に住んでいる女性だった。息を切らしながら必死に助けを乞う姿を見るに、どうやら只事ではなさそうだ。
「落ち着いて、深呼吸をしてください。何があったのか説明できますか?」
少しして、ボソボソとその女性は話し出した。
「私が先程買い物から帰っていたところです。家に向かっていると、見かけない男性が家の近くで立っていました。私はちょっと怖くなってすぐ家に入ろうとしたのですが、その男の人に話しかけられたんです。『ちょっと着いてきてよ』って。それで、よく考えてみたら、その男の服装が廃ビルに出入りしている人と全く同じだった事を思い出したので、怖くなってここまで逃げてきました。」
「その男はどこに?」
「多分こちらに向かっているか、ビルの中にいると思います。」
僕とジャンヌは顔を見合わせて、頷いた。
「ジャンヌ、行こう。こんなところでのんびり話しながら向かっている場合じゃない。急いで行って、手っ取り早く犯人を捕まえよう。」
「えぇ、そうね。被害者が出てからじゃ遅いものね。」
僕達が走り出すと、女性にちょっと待ってと引き止められた。
「あの、私も連れて行ってください。足でまといかもしれないけれど、こう見えて私、結構運動出来る方なんです。だから、どうかお願いします。私を連れて行ってください。」
「ダメよ。一般人は巻き込めないわ。」
「えぇ、そうですよ。怪我するかも知れないですし、死んでしまうかもしれない。だから、連れて行くことは出来ません。だって、一般人が自らの命を危険に晒してまでこの事件を解決しようとしなくてもいいじゃないですか。自分がしなくても他の人が命を懸けて解決しようとしているんです。ここは、人任せでもいいんじゃないでしょうか。」
僕がそう言うと、彼女は不満げに呟いた。
「…分かりました。それじゃあ、家まで送って頂くことは出来ませんか?私の家はビルの前ですから、時間をとることはないと思います。」
「いいですよ。でも僕達は走っていきます。付いてこられないのなら、申し訳ないのですが置いていきますよ。」
「大丈夫です。頑張ってついていきます。」
そう言うと彼女は靴紐を強く結び、屈伸を始めた。僕とジャンヌは既に走る準備が出来ていた。
「じゃあ、行こう。」
僕がそう言うと、一斉に走り出した。
僕達が急がないと、新たな被害者を生んでしまう。こうしている間にもまた一人、二人と被害にあっているかもしれない。だから僕達は走る。もっと速く、もっと先へ。それだけを考えて走り続けた。
紅い聖女と黒い朝 早乙女ペルル @Shuu1117
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