18. 愛情
あれから早くも三カ月が経過した。
事件の解決後、しばらくニュースはシャパリュ関連の記事で埋め尽くされていた。ただ、混乱を防ぐためか真相の全てを話すことはなく、『ネコ科の大型猛獣の逃走及び暴走』と報道されていた。それも時間の風化により忘れ去られた。ただ、多くの命を犠牲にしたことから、現場には今でも多くの花束が添えられている。
眞柴研究所に関しては、眞柴博士が懲役判決を言い渡されたことで、事実上解散となった。生存した人たちで死者を弔う石碑を研究所跡に建てよう、などと一部が言っていたが、現状はどうなっているのか僕に知る由もなかった。
県警側に関しては、嘉部井さんが今回の事件で多くの部下を犠牲にした責任を取るべく、辞職した。光田さんがそう話していた。彼に関しては今回の事件での功績が讃えられ昇級したそうだが、当の本人は我ながらおこがましいと溜息を吐いていた。
僕はと言うと、家を壊されたものの保険が降りたことから、また再建することができた。お陰で家族が一人減って寂しくなったことを除けば普段と変わらない生活を送っている。会社を数日間休んだ件に関しても、あの日長きに渡る説教で済んだ。クビにならなくて本当に良かったと、心の中で安堵している。
真理ちゃんは、というと……これは少し説明がしにくいというか。
「武弘さん。今日の分の家事、全て終わりましたっ」
その言葉と共に、廊下の方から掃除機を抱えた真理ちゃんの姿が見えてくる。
眞柴研究所の解散により行く宛てを失った彼女は、研究所から根こそぎ盗っていった大金で、変わらずアパートで生活している。しかし、そのお金だけでは生活しきれないし学校もいけない。そこで、家事代行サービスとしてうちで働いてもらい、生活費を負担する運びとなった。しかし、この方法には限界がある。いずれ最適な方法を二人で考えていく予定だ。
「さて、武弘さん。家事も早く終わって、宿題も無いので、ゲームでもしませんか?」
「いや、ちょっと待って……せっかくの貴重な休日なんだから、寝たいんだけど」
「駄目です。武弘さんは最近寝すぎです。少しは頭を活性化して……あ、そうだ。忘れてました」
ふと気づいたように、忙しなく庭へと飛び出した。僕もその心意に気づき、その後を追う。
真理ちゃんが向かったのは、僕の家の庭。
その隅の方で、小盛りの山と、上に顔面ほどの大きさをした石が置いてある。
石には「うみ・アッシュ」と、両者が名付けた名前が刻まれている。
「アッシュ……今日も呑気に寝ちゃって……」
「そりゃあもうぐっすりだろうね。こんなに日向がポカポカした日は、ぐでっとしてたもん」
「えっ? 武弘さんの家でもですか? わたしの時も凄かったんですよ。あまりのだらけ度に雑巾と間違われてお母さんに踏まれてましたもん」
「そんなことあったんだ? あはははは」
うみの──アッシュの思い出話に浸って二人で大笑いする。
そして、石を撫でて、両掌を合わせた。
前に、シャパリュについて考えた時があった。
どうしてあの怪猫は暴走したのか。どうして「家族愛」という縛りがアイツの戦闘本能を制御していたのか。
本当のことは分からない。きっと博士に訊いても答えは得られない。だけど、個人的に考えついたことが一つだけあった。
シャパリュは……というよりあの猫は、孤独な自分を優しく包み込んでくれるような愛を欲していたのではないだろうか。
シャパリュの『身体』となったあの猫は、人間のエゴによって姿や生体組織を無断で変えられた。もしかしたら、実験体として捕獲される以前は、人間の飼い主や親猫といった『家族』がいたのかもしれない。そこから無理矢理引き剝がされたこと、そして身体を改造されたことで募った怨念によって、生物全体の憤怒を体現した化身となったのだろう。自分だけではない、人間に生きる権利を迫害された全生命の怒りを背負い、罪人たちを成敗することを目的として。
だけど、その根底には、孤独感があったはずだ。引き剥がされた家族との再会を望む気持ちと、怪物となった自分から遠さがってしまう愛を欲する気持ち。それらが生み出す悲痛は想像するだけでも耐えがたいものだろう。
そんな境遇の最中で、真理ちゃんとの出会いに恵まれた。
短期間とはいえ、久々に感じた人の温もり。愛情。その幸福感は計り知れないものだったろう。この時間を二度と失いたくない。「家族愛」という呪縛のもとで真理ちゃんを襲わなかったのは、そんな想いがあったからではないだろうか。ストレスに弱い一面も、もしかしたらかつてと同様に真理ちゃん一家から引き剝がされることに対する恐怖によるものではないかと推測できる。
僕も、同じ風に思ってくれていたのだろうか。
そんな無駄なことを頭に浮かべる。真理ちゃんとアッシュの関係性も、第三者として見ていたから分かることだ。自分とうみがどう見えていたかが分かる証拠には決してならない。でも、もし本当にそうならば、それ以上嬉しいことはないだろう。
……うみは、今どうしているんだろう。
別の猫に転生して、幸せに生きているのかもしれないな。
まあ、でもあの狂暴な姿になるのは懲り懲りだな。
でも、もし転生したんだとしたら、前世でできなかった分、伸び伸びと生きてほしいな。
ふと目を開けて、僕は上を見上げる。
清々しいほどの青空に、四本の足が生えた細長い雲が、のんびりと流れていた。
シャパリュ 早河遼 @Hayakawa_majic
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