I promise you.

蠍鳥丸

たくさんある

 橙の光が漏れ出る建物が闇の中に見える。

 青い光と共に魔剣を携えた紫の女剣士が現れた。

 人々の記憶から零れ落ち、自身が何者かさえも忘却してしまった者が集まる場所、時の忘れ物亭。

 女が階段を上ると長方形のテーブルを取り囲む四人が集まっていた。


「私で最後か」


「ディアドラやっと来た!」


 鍛冶屋の娘。オレンジのポニーテールと大きなハンマーをぶん回すエース。


「何かあったのか?」


「聖騎士サマの説教が長くてな」


 大剣を腰に佩いた黒髪の人たらし勇者。人助けだと言い何にでも顔を突っ込むので此方は辟易している。


「こちらです」


 ピンク髪の精霊は座るスペースを空ける。訳があってか人たらしの事を「ご主人様」と呼ぶ。


「とりあえず面子は揃ったな」


 一本の青いメッシュが入った黒髪で左目に眼帯を着けた知らない奴。青の鎧を纏い、同じく銀色の盾を壁に立てている。


「誰だ」


「俺はベルトラン。傭兵をやっている」


「昔は『ミグランスの盾』って呼ばれていたらしいんだけど、知ってるか?」


「噂だけは聞いた事がある。私はディアドラ、同じく傭兵をしている。宜しく頼む」


「騎士団長から名前は聞いた事がある。聖騎士の手を焼かせてるんだってな。こちらこそ宜しく頼む」


「勝手に焼かれてるだけだ」


「この前騒ぎ起こしちゃったから、噂は広がってるよな」


「アルド、またお城で何かやったの!?」


「違うんだってメイ、深い訳があるんだよ!」


「ご主人様ってば面倒事がお好きですね~」


「ご主人様?」


 メイがはっとした表情をする。


「このエロアルド!!」


「何だよ急に!?」


「ご主人様、エロだったんですか・・・?」


「ミュンファ、誤解だ」


 魔剣士と盾の間で揉め事が起こっているが無視に努める。


「・・・それで?今回は何処に行く気だ」


「贄偶窟の面霊気を倒しに行くんですよ」


「謎解きはルイナ達がやったから、私達は倒しに行くだけ!」


 東方大陸に伝わる八妖の怪の一つ面霊気。土偶に凶暴な魂が取り憑いた怪物。奇術か見世物の如く─ユナいわく「能」と呼ぶらしいが─、指先から水流を放つ。水属性の敵はミュンファ率いる地属性パーティーが得意としていたため討伐を依頼されていた。


「この面子には単調な依頼しか来ないと言われたが、知識が豊富な者はいないのか?」


「ロキドとトゥーヴァは別の所に行っちゃったし、ミュンファは考えてくれるんだけど……」


 アルドは隣の幼馴染みを横目で見る。


「メイさんとディアドラさんが強引で……」


 ミュンファは頬杖をついて隣の魔剣士を見やる。


「私か!?」

「アルドの方が強引でしょ!?」


「こんな流れでルイナ達に頼むのがいつもの事だな」


「本当にこの面子で大丈夫なんだろうな?」


「そりゃ私のハンマーちゅどーん! で万事解決だよ!」


「とりあえず、ベルトランは敵の水流を防いでくれれば良いから」


「あいわかった」


「じゃあ行くぞ、面霊気討伐!」


「おーーー!!」






 そんなことがあったのが数刻前だったか昨日だったか。

 水流を受け止めてきた地属性の盾が壁に叩き付けられ深傷《ふかで》を負ってしまった。足元に謎の光が浮かび上がっている。小さい面霊気がまだ四体。

 水芸の様に噴き出される水流を躱していくしか乗り切る手段が無かった。


「俺の盾、砕け、きっては……」


 断崖が能舞台に感じられる。もしくは仮面舞踏会の会場。

 元々は見世物の為に作られた面霊気は踊りながら戦う。アルド達は戦いながら踊る挙動に翻弄されていた。


「ベルトランさんは無茶しないで下さい!」


 髪の毛から水が滴り落ち、足は水溜まりに浸かっている。


「アイツ意外と動くからちゃんと当てるの難しい~」


 敵は最初はゆっくりとした物腰の大きな一体であった。二体、四体と分裂する毎に増していく地ならしや激しい動きに揺さぶられている。能であれば今が一番の盛り上がり時だろう。


「今は避けることに集中しよう!」


「はい!」

「わかった!」


 敵は四体、此方も四人いる。

 魔剣士は時の忘れ物亭で待ち合わせる前の出来事を思い起こしていた。


『異時層での件もありますし、不問に致します』


 規律を重んじる凛とした声。


『疑ってごめんなさい』


 綺麗な金色の髪に隠れ、伏せられた目。


 貴女にそんな顔は──。


 ディアドラは気付くとベルトランの盾を持っていた。


「お前、なに、を……?」


「恐れるな、前を向いていけ!」


 ディアドラが盾で水流を受け流す。アルドは好機を見逃さなかった。


「今だ、ディアドラに続け! アナザーフォース!!」


「茶柱グロリアス!」


 最初は神。


「ボルケーノブレイド!」


 次は神のお告げを受けるおきな


「ギガントブレイク!」


「ディアドラさん、今です!」


 最後は田植えをする農民の物真似。


「力を貸せ、フェアヴァイレ!」


 盾と剣を携える何処ぞの誰かの真似事。


「ケイオス………セーーバーー!!」


 地面ごと切り裂く三連撃。

 同時にアナザーフォースの時間停止も解除される。

 四体の面霊気に同時にヒビが入る。

 ヒビが大きくなっていく。

 土器で作られた体は粉々になる。


 邪気が霧散する気配を感じる。


「……やったのか?」


 破片が動く様子はない。

 棺の中から光が現れ、形を形成していく。


「翠晶の杖……?」


「倒したのか?」


「ああ、倒したんだ。よくやった」


 後ろから眼帯男の声がする。


「~~~っしゃああああ!!」


 アルドとメイ、ミュンファはガッツポーズを決める。


「はああ、ようやくか」


 一方でディアドラは盾を手離し、へたり込む。緊張から解き放たれ、急に何もかもが重く感じているのだろう。


「驚いたな、俺の盾を持つなんてな」


「ああ、気付いたら誰かさんと似たことをしてしまったよ」


「聖騎士アナベルか。彼女も持っていたな。盾は嫌いか?」


「重くて動きにくいだけだ」


「ディアドラ、ベルトラン、風邪ひかないうちに帰るぞ!」


 気付けば全員びしょ濡れていた。アルドやミュンファは服を絞っている。


「立てるか?」


 ディアドラは手を差し出される。


「そっちこそ動けるのか?」


 手を掴み、立ち上がった。






 暗い洞窟を抜けたアルド達を太陽の光が照らす。魔剣の輪廻を見届け、地上に出た時を思い出される。


「うおっ、眩しっ」


「地獄から抜けた気分だ」


「此処はいつも風が気持ちいいな」


「わかる~」

「分かります~」


 風は山間を縫って吹き抜けていく。ガダロで服を干せばすぐに乾くだろう。


「メイとミュンファって息がピッタリだよな」


「そう?」

「そうですか?」


「先程の戦いを見ていても相性の良さが分かる。良いコンビだな」


「そりゃあね~、アルドを『ご主人様』って呼ぶんだから負けてられないしね~」

「ご主人様の『幼馴染み』の方に負けていられませんしね~」


「俺がなんだって?」


「知らない! 先いってるよ!」


「ええ……。あ、ここの敵強いからあまり先に行くなよ!」


「先程の借りを返すのではないが、彼女の事は俺に任せてくれないか」


「頼んだ!」


「しっかし、風にあたると肌寒いな。アルド、火のエレメンタルを操って乾かせたりしないのか」


「いや俺そういうのは苦手なんだよな……」


「使えない奴だな」


「流石に無理だからな?」


「ご主人様、日も暮れてきましたし、ガタロでお休みになりませんか?」


「俺、まだやること残ってるんだ。俺は大丈夫だからミュンファは休んでなよ」


「まあご主人様が言うのであれば……」


「また面倒事か?」


「アナベルをミド婆の所に呼んだんだ。ディアドラも来るか?」


「……」






 青い光から出たアルドは早速、目当ての人物のもとへ急ぐ。


「シャノン、アナベル。新しい力は引き出せたか?」


 王宮の聖騎士アナベルと大企業の広告塔シャノンが待っていた。

 アナベルは初代聖騎士アンナの名を継ぐ者であり、魔獣討伐の光として兵を導いている。

 アナベルの仕事の合間を縫って連れてくるようシャノンに頼んでおいたのだ。


「ええ、今しがた。なんだかもっと実力を上げられる気がします」


「アルド君、髪の毛濡れてない? 風邪をひいちゃうわ。お姉さんが乾かしてあげようか?」


「もう乾くから平気だよ、ありがとうな。ところで、この前何処かに消えた初代聖騎士アンナのことなんだけど……」


「分かっています。すぐにでも行方を追いかけましょう。今なら追い付く気がするわ」


「ああ。でももう夕暮れだろ? 陽が昇ったら行こう」


「アルド君、手に持ってる杖は?」


「そうだった。デュナリスを探してるんだけど、何処にいるか知らないか?」


「ノポウ・カンパニーで防具の性能をあげて貰ってるわよ」


「分かった。行ってくる!」


 黒髪の勇者を目で追った先によく見覚えのある紫のロングヘアーが見えた。禍々しいと評される髪の毛も濡れている。前髪が顔に貼り付いて表情がまともに見れない。

 アナベルの眉間のしわが深くなる。


「あらディアドラ。……貴女も髪の毛が濡れているのね。風邪をひいて業務に支障をきたしても知りませんよ」


「あらアナベルさん厳しいわね。代わりにお姉さんが乾かしてあげるわ。電源コードがなくても使えるドライヤーよ。これで外でも髪の毛サラッサラ! どう?」


「いらん」


 伝えたい言葉が頭の中を占めていて、言うべき言葉が出てこない。


「お姉さんショック~」


「貴女のその態度はどうにかならないのですか? シャノンさんのご厚意を無碍にして……。聞いていますか?」


 綺麗になったな、と言いたかった。


「説教をするなら私は城に戻るぞ。そちらにも用事があるのだろう」


 隣の美人広告塔が気にならないくらい綺麗だ。


 ディアドラがガダロで髪の毛を乾かさなかったのは、アナベルの顔が見たかったからだ。


「……戻ったら聞きたい事があります」


「ああ」


 ディアドラは軽く手を振り、ドアを開ける。

 外へ出ると橙の光が差す先は真っ暗だ。






 姉は自分の記憶を喪ってしまっている。それでも笑顔で話したい事が山程───。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

I promise you. 蠍鳥丸 @sasorimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ