ヴァンパイア
晴牧アヤ
ヴァンパイア
昔から私は冴えない人間だった。勉強も運動も平凡で、一切目立つわけもなく、自分からグイグイ、なんて程遠い人間だ。周りに流されるだけの、つまらない人生だ。もちろん変えたいとは思うけど、勇気が出ない。いまさら何をすればいいのかわからなかった。小学校中学校の義務教育でも教えてくれるはずもなく、現在の高校でも、気にしてる人さ
え、いるはずもなかった。
多分、私は適当な会社にでも就いて、彼氏も捕まえられなくて、さびしく死んでくのだろう。
そんな私は今――
「――夜中にひとりでどーしたの?私みたいなヴァンパイアに襲われちゃうよ?」
自称ヴァンパイアに遭遇してしまった。
「おーい、生きてますかー?」
「えっ、あっ」
「あっ、生きてはいるね。びっくりして死んじゃったかと」
「だ、大丈夫です、はい……」
この人は、私と真逆の人?だ。グイグイいけて、きっとモテるんだろうな。
こうなった経緯を思い出す。確か、勉強やら何やらで疲れちゃったんだよね。流されやすいからか、色々引き受けちゃうし。それで気晴らしにコンビニでも行こうかと思ったけど、なぜか帰り道がわからなくなっちゃったんだ。いつも見ている住宅街のはずなのに、いつもとどこか違くて。それで、一人で呆然としていたら、いつの間にか彼女がそこにいたんだ。
「で、なんでここに?人間が来れる場所じゃないと思うけど」
「あっ、えと、家に帰ろうとしたら道を間違えたみたいなんです。私でも分からなくて……」
「そっかー。ま、意図して来れないだけで、偶然来ちゃうこともあるみたいなんだよね」
「そ、そうですか……」
ヴァンパイアだってことはまだ信じてないけど、彼女いわくそうらしい。正直いていいのかわからないけど、彼女はそん
なに気にしていないように見える。
それに、本当にヴァンパイアなら、いくらかの疑問もある。
「――あ、あの、襲わないんですか?」
そう、彼女は血を吸おうとするそぶりすら見せないのだ。しかし彼女は……
「え、襲わないけど。間違って来ちゃった子を襲う訳ないじゃん。
それともなに、襲われたいの?確かに、君みたいな可愛い子を襲いたくなっちゃうのは否めないかなー」
「い、いや、ヴァンパイアって血を吸うらしいですし……。
それにさっき言ってましたし!そもそもヴァンパイアというものかもあやしいですし!」
「あ、信じてないんだー。カッコだけって思っちゃってるのかも」
確かに、ヴァンパイアの格好らしくはある。黒いマントをはおって、話すたびに八重歯がちらつく。ついでに黒い髪は短く切り揃えられていて、耳のピアスが少し見えていた。それでも、急に超常的なものだと言われても、実感なんて湧かない。
「そっか、まあしょうがないよね。でも悔しいから……。 ――これならどうかな?」
「えっ、わわっ!」
突然浮いた。
何が起きたのかと思ったら、いきなり彼女が、私を掴んで空へ飛んでいた。よく見ると背中には黒い羽が付いていて、それはコウモリのようだった。
「本当に……」
「ね、言ったでしょ?このまま家も探しちゃおっか」
「え、でも、住んでる世界が違うみたいなこと言ってましたよね?」
「そうなんだけどねー。ほら、あそこ見て」
彼女が指差した先は、一つの分かれ道だった。そして、そこは私がよく使っている、なんなら先ほども通ったコンビニへの帰り道だった事に気づいた。そこをもう少し行くと、私が曲がるはずの、もうひとつの分かれ道となる。そして、フェイクの方の先は、なんだか雰囲気が違っていた。
「あそこで間違えちゃう人とかがいるみたいなんだよね。あんまり境界線がはっきりしてないんだ」
「なるほど……」
そんな世界があったのかと驚いた。けど、何か腑に落ちないところもあるわけで。
「でも、何年も使ってる道なのになんで間違えたんですかね……?」
「んー、間違えるなんて誰にもあると思うけどねー。
でも、もしかしたら導かれたのかもね。偶然じゃなかったりして!」
そう茶化す彼女は、ヴァンパイアなどではなく、普通の女の子に見えた。
「ね、この後時間ある?ほら、夜遅いし」
「えっと、出かけてるとは言ってますし、少しだけなら」
「じゃ、もうちょっと飛んでかない?久々人間と会えたし!」
「え、えと……」
「おそーい。決定ね!」
「え、わっ、うわわっ!ま、まって――」
そこからはもう、とまらなかった。アクセルを踏み始めて、すーっと泳いだり、時にはアクロバティックな動きもあったり、とにかくひやひやしていた。それでも、彼女の笑顔を見ていると、なんだか安心できたのだ。
「あっ、笑った」
「え?」
「ほら、私と会ってから全然笑ってくれなかったじゃん。やっぱりかわいいねー」
「確かにそうかもしれないです」
「でしょー?あ、そろそろ降りよっか。このまま家まで送るよ」
「あっ、ありがとうございます。えっと、道は――」
そんなこんなで、私は家に帰ることができた。家の前はさすがにまずいからと、近くで降ろしてもらって、ありがとうを告げる。
「いいよ、私も楽しかったし。こちらこそありがと」
でも、まだ何か足りなかった。
私ばっかり、負かされすぎている気がした。だから、わたしは彼女に――
「はい。私も楽しかったです。空デート」
「……えっ。あっ、う、うん。そうだねっ。
じゃっ、またっ。どこかであえたら」
「あ、うん。またあえたら」
言ってやったのだけど、なんか違った。もっと割とノリよく返してくるものだと思っていたのだけど、実際は顔を赤くして、たじたじだった。なんとか冷静を保とうとして帰路を歩く彼女を、私はそんなに意外だったかなあ、なんて不満を感じながら、彼女を見送った。
不思議な体験だった。なんだかこのことを誰かに話したくなって、私は玄関の扉を開けた。
ヴァンパイア 晴牧アヤ @saiboku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます