アセクシャルウイルス

@MIO_na

第1話

 20××年、人類は相変わらずの方法で繁殖を続けていた。

 男女が出会い、自然に、または医療の力をもちいて子どもをつくる。出会いの形や結婚の多様性は広がっていたものの、生殖の根本は変わらなかった。


 しかし突然人類は驚異のウイルスに感染する。そのウイルスに感染したものは、性器が退化し繁殖能力を失ってしまうのだった。地球上の人々の大部分はこのウイルスに感染してしまい、男でも女でもないアセクシャルな新しい人間になった。アセクシャルばかりでは生殖ができない。人類は滅亡の危機に立たされた。


 しかし、過去の歴史が物語るように、人類はその英知でこの危機を乗り越える。アセクシャルな人々でも卵子と精子は生殖能力を保っていた。採取された卵子と精子は対外で成熟させて受精をおこない、子宮に戻すことで妊娠することができた。

 彼ら、彼女らは、子どもが欲しくなれば政府に申請をした。そして、遺伝的にマッチしたパートナーを紹介してもらい、体外受精させた受精卵を子宮に戻し、子どもをもうけた。

 こうして出生数は、完全に人為的にコントロールされた。10年の月日が過ぎ、世界的な問題であった人口の爆発的増加は抑えられ、それに伴い飢餓問題も解消しつつあった。

 良いことはそればかりではなかった。異性を意識するがゆえの煩悩や雑念がないからか、学生達は皆、勤勉で優秀だった。彼ら彼女らは、独創的な研究に取り組み、結果として、さらなる科学の発展に拍車がかかった。太陽光から変換されるクリーンエネルギー技術が確立され、核燃料は地球上から一掃された。また、無益な闘争心や見栄や嫉妬も、アセクシャルには無縁であった。そして世界から戦争がなくなり、平和が訪れた。


 地球は、美しく平和で、メルヘンな世界となった。人類が夢見ていた理想郷がここにあった。

 人々は言った。

「アセクシャルこそ、人類の最終進化形だ」


 しかし、ウイルスの脅威はこれからだった。ウイルスには、感染して一定期間が過ぎると、宿主を死に至らしめる時限遺伝子が組み込まれていた。人々はバタバタと死んでいき、治療法の確立が急がれた。

 ウイルスと人類の闘いは続くように思われたが、人類の英知はここでも競り勝つこととなる。「性ホルモンを継続的に投与する」ことで、延命できることがわかったのだった。しかしそれは、アセクシャルから男または女へ戻ることを意味していた。

 迷っている時間はない。まずは国際社会のリーダーたちが治療にとりかかった。


 そうして、平和で美しい理想郷は幕を閉じた。突然男性ホルモンのシャワーを浴びたリーダーたちは、闘争的で嫉妬深く、猜疑心だらけの政治家に逆戻りした。彼らは争いによって順列をつけ始めた。それはまるでボスになりたがる猿山のサルだった。そして女性を選んだ者もまた、同様だった。彼女らボスに気に入られ、子どもをもうけようと必死になった。

 その醜い様子を見た人々は、落胆した。あの平和で平等を好むリーダーたちが。我々も治療を受けると、あのようになるのだろうか。ああ、我々の楽園はどこへ行ったのか……。

 人々の多くは治療をボイコットした。せめてもの救いは、安らかに眠るように死んでいけることだった。人類は静かに激減していった。

 ボス争いは、やがて世界大戦に発展した。とはいっても、殺傷能力の高い兵器は、すでに地球上になく、肉と肉との闘いによって新たなボスがようやく決まった。


 そのとき、空から大きな宇宙船が静かに着陸し、何者かがハッチから降りてきた。

「うまくいったね。」

「そうだね、案外頭がよかったじゃないか、地球人。」

「だな。それにしても、地球って本当に綺麗だなぁ。何度見ても感動するよ。」

「うん、でも一時はどうなるかと思ったよ。公害やら温暖化やら、放射能汚染やら。」

「いまはすっかりクリーンだね。」

「やっぱり、環境を改善しながら害獣を駆逐するには、この方法に限るな。」

「後は、あのボスを捉えれば、一網打尽ってわけだ。」

 降り立ったのは、ひときわ優れた環境や生態系をもつ星を、未来に受け継ぐための組織、宇宙自然遺産保護局の職員だったのだ。

 こうしてまた一つの美しい星が守られた。

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