第6話 屋上での戦い

 満月の下。誰もいないビルの屋上で、さゆりはジークフリート、エリカと対峙していた。ジークフリートはこれからの事に思いをせていたようだ。

「ついにこの時が来た……」

 ジークフリートはそう語り、さゆりの方を向く。さゆりは強張こわばった顔でジークフリートを見つめていた。

「私はジークフリート……。いや、わざわざ名乗らなくても知っているな?」

 ジークフリートは名乗った。金髪に、青い目、麗しい顔立ち。実物のジークフリートはスマートフォンの画面越しに見る彼よりも美しかった。だが、あの事故を起こしたのがエリカによるものであり、ジークフリートが彼女の仲間なら、さゆりの味方ではないことは明らかだ。

「治癒の少女。大人しく我々に力を貸せ。お前の力をもって、我々は完全な不死身となる……。我々に力を貸してくれたあかつきには、お前を新たな闇の眷属として、我々の世界に迎えてやろう。我々の世界は魅力的だ。血を吸えば吸うほど美しく、強くなっていく……」

 ジークフリートの言っていることは衝撃的な内容だったが、さゆりはもう、なにを言われても驚かなかった。

「嫌です……!」

 さゆりはきっぱりと拒否した。本物の吸血鬼なんかに、魅力など感じない。

「素直に応じない、か……。蒼のせいだな。奴は私の眷属けんぞくのくせに『人間と共存したい』などと言って、我々を裏切った……」

 ジークフリートはそう言った。

 眷属? よくわからないが、蒼を吸血鬼に変えたのがジークフリートなのだろう。だが、蒼は人間の味方でいることを選択したらしい。蒼は私を守ろうとしたのだろう――さゆりがそう考えていると、屋上の出入り口が開いた。

「さゆり!」

 レン、千鶴、漆原、そしてそうの四人が屋上に現れた。さゆりは感極まった。自分を助けに来てくれたのだ。

「あの男だ! 我々が追っていたホシは!」

 漆原がそう叫んだ。どうやら、刑事たちが追っていた殺人事件の被疑者は、ジークフリートだったようだ。

「おや、また会ったか。刑事たちよ」

「へえ、殺人事件の犯人はお前か」

 ジークフリートが言うと、レンはそう返した。

「その娘をこちらに渡してもらおうか」

 蒼がそう言う。

「お前らみたいな奴は野放しにするわけにはいかねえな」

 レンは懐から銃を取り出し、ジークフリートに向けながらそう言った。

「安心しろ、必ず助ける。すべてが終わるまで待っててくれ」

 レンがそう言い終わると、さゆりは涙目で頷き、給水塔の影に隠れた。

「まあ、いい。まずはお前からだ」

 ジークフリートはそう言って、エリカの首筋にかぶりついた。その場にいたジークフリート以外の全員が驚愕し、固まった。

「あなたに従えばレンを手に入れられる、って言ったじゃない……! なのにどうして……!」

 エリカは息も絶え絶えにそう言ったが、ジークフリートは容赦なく血を吸った。

「お前など、ただの餌に過ぎん……」

 ジークフリートはそう言い、エリカの身体は力なくコンクリートに横たわった。

「お前たちは私と戦わなければならないようだな!」

 ジークフリートは仁王立ちする。その口は血で濡れていた。そして、超人的な速さでレンに飛びかかった。レンもまた超人的な速さでジークフリートの攻撃をかわし、ジークフリートに向かって銃を撃ったが、超人的な速さで避けられてしまう。さらに首筋に噛みつかれかけたため、レンは必死になってジークフリートを引き剥がした。危うく血を吸われるところだった。

「ハッ……」

 レンは苦笑いした。

 ヘタレている場合じゃない! 助けなきゃ! ――レンたちの攻撃から身を隠していたさゆりは、ジークフリートに向かって走った。

「その程度では、私のペースを乱すことなどできん!」

 ジークフリートが高らかにそう言っていると、さゆりは手に力を込め、ジークフリートに向けた。

「ああッ!」

 ジークフリートは声を上げた。身体に炎がまとわりつき、熱くてまともに動けない。

「この、小娘がッ……!」

 ジークフリートはさゆりに向かおうとしたが、さゆりに手のひらを顔面に押し付けられた。

「うおおおお……」

 ジークフリートの顔が炎で焼けていく。

「ああ……」

 炎は全身に及び、ジークフリートは火だるまになった。その隙にレンは銃弾をジークフリートに撃ち込んだ。ジークフリートの身体は倒れ、そのまま灰になった。

「やった……!」

 さゆりはその場にへたり込んだ。


 ◇◇◇


 二学期初日。九月になったが、まだ気温は高く、蝉も鳴いている。

 さゆりが登校すると、クラス内でビッグカップル爆誕の件が噂になっていた。夏祭りで両想いになった隼人と美桜のことだ。

 隼人と美桜の周囲が盛り上がっていると、教室のドアが開き、姫が現れた。

「ボッシーさん!」

 さゆりは冷めた目で姫を見据えた。

「どうしたの? 変な顔して。私の宿題……」

「嫌です」

 さゆりはきっぱりと言った。 

「部活辞めます。じゃ、そういうことで」

 さゆりは淡々と言うと、姫を無視した。

「ボッシーのくせに生意気よ!」

 姫がなにか叫んでいたが、さゆりは無視することを決め込んだ。他人の宿題の代行なんてしてるほど、暇ではないのだから。

「あの先輩、月下さんに夏休みの宿題押し付けようとしたの?」

「ありえなくねー?」

 クラスメイトたちは、ヒソヒソと姫の噂をする。姫が他の生徒から嫌われていたのもあるだろう。姫はいたたまれなくなったのか、顔を真っ赤にして教室から去っていった。

 さゆりはあの事件以来、ブリット・ローズの曲は聴けなくなった。ボーカリストのジークフリートの思惑を知ってしまい、自分たちで倒してしまったのだから、仕方がないのだが。


 ◇◇◇


 始業式の日は、学校は午前中だけで終わった。

 帰宅したさゆりは、レンに約束だったお弁当を作ることにした。お昼まで時間があるからだ。料理はできるが、お弁当を作るのは母親の役目だったから、自身で作るのは初めてだった。

 厚焼き玉子、唐揚げ、ほうれん草のおひたし。これらの品をレシピとにらめっこしながら、母親のアドバイスのもと作った。最後に白米とミニトマトを弁当箱に詰め、白米にごま塩を振る。これで完成だ。さすがにキャラ弁は断念してしまったが。

 美味しそうな匂いに釣られたのか、黒猫のムギがダイニングルームに近づいてきた。

「にゃあ」

 ムギは甘えた声を出し、さゆりの足にまとわりつく。

「ごめんね、ムギちゃん。これは人間用のご飯なの」

 さゆりはムギをそう宥めると、弁当箱を包に入れ、家を出てレンの部屋へ向かった。


 ◇◇◇


 さゆりはレンの部屋の玄関のドアの前に立ち、呼び鈴を鳴らした。だが、反応はなかった。何度鳴らしても、出てこない。

 ジークフリート倒したし、アメリカに帰っちゃったのかな。残念だな。寂しいな――さゆりはそう思いながら、帰ろうとしてその場から離れる。すると、背後から玄関のドアが開く音がした。さゆりは振り向く。レンが部屋着のまま、出てきた。

「ああ、悪かった。トイレ入ってて……」

 レンはそう言う。さゆりはレンに近づく。

「帰国したんじゃなかったんですか……?」

 さゆりは悲しそうにレンにそう尋ねる。

「帰国、って……どこに帰るんだよ?」

 レンは質問し返してくる。

「アメリカ……」

 さゆりはそう答えた。レンはボサボサになった頭を掻いた。

「……日本に残れ、って命令なんだよ」

 レンはそう言った。するとさゆりは堪らなくなり、レンに抱きついた。さゆりは嬉しかった。命の恩人であるレンに恩返しができなくなったらどうしようと、不安で堪らなかったのだ。

「お、おい……」

 レンは狼狽する。だが、すぐに落ち着いた様子になり、むしろさゆりを抱きしめ返してくれた。

 レンさん。ありがとう――さゆりの右手には、弁当箱の包がぶら下がっていた。

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百合と獅子 尾羽つばさ @obane153

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