第5話 よみがえる記憶

 夏祭りから帰ったさゆりとレンは、彼の部屋に来ていた。このまま自宅に帰るのは危険だと、レンが判断したからだ。

「吸血鬼は招かれた建物にしか入れない。ここにいれば安全だ」

 レンはそう言った。

 怖かった――さゆりは震えていた。

「お母さんも大丈夫かな……」

 さゆりはそうつぶやく。母親まで巻き込まれないか心配だったのだ。

「お前のお母さん……健在で良かった。俺みたいなことになってなくて」

「えっ……。レンさんのお母さん、亡くなってるんですか?」

「ああ。母さんは二十八年前に吸血鬼に殺されたんだ」

 レンの言葉にさゆりは衝撃を受けた。そしてなによりも後悔した。レンは愛する家族を亡くすという、胸が張り裂けるような思いをしたのに、なんて無神経なことを尋ねてしまったのだろう。自分が恥ずかしくなった。

「ご、ごめんなさい……。知らなくって……。そんな辛い過去があったなんて……」

 さゆりはそう言い訳をした。しかし、レンは気にしていない様子だった。

「いいんだよ。子どもだった俺は母さんを守れなかった……。だから、さゆりのことは、絶対に守るって決めたんだ」

 レンがそう言うと、外から雷の音が鳴るのが聞こえた。その時だった。

「うっ……」

 さゆりの頭に痛みが走った。突然の頭痛にさゆりは戸惑った。

「どうした?」

 レンは心配そうに言った。さゆりは痛みに耐えながら返事しようとしたが、なぜか頭が回らない。

 さゆりの頭に光景が浮かんできた。この光景は、自動車事故に遭った時の記憶だ。スマートフォンを取り出すために通学用リュックサックを肩から下ろそうとしたときに、自動車がこちらへ突っ込んできたのだ。不思議と痛みはなかった。治癒の力が成せる業なのか。誰かが争うような音や、銃声が聞こえる。さゆりは意識がもうろうとしながら、その音を聞いていた。この声は……? そして、甘い匂い……。

「レンさん……」

 さゆりが言いかけると、玄関のドアが開く音がした。甘い匂いがする。

 二人は驚愕した。そこから現れたのはエリカと、「ブリット・ローズ」のボーカリスト、ジークフリートだったからだ。二人とも、不敵な笑みを浮かべていた。

「まだ蒼を殺してなかったのね。こっちはあいつに嗅ぎつけられて大変よ」

「……エリカ? どういうことだ!」

 レンは強い口調でエリカを問い詰める。

「まあ、いい。我々は欲しかったのだ。『治癒の力』がな」

 ジークフリートがそう言うと、レンに向かう。レンは油断していたのか、ジークフリートのパワーに押され、壁にはりつけにされた状態になった。さゆりは悲鳴を上げた。

「やめて!」

 さゆりはそう叫んだが、ジークフリートはレンの身体を磔にするのをやめなかった。すごいパワーだ。

「どちらか選べ。この男を見殺しにするか、それとも助けるか」

 ジークフリートがそう尋ねると、さゆりはすかさず答えた。

「お願い! 助けて! 殺さないで!」

 するとエリカはレンを床に放り投げた。レンは起き上がろうとするが、身体がうまく動かないらしい。

「さゆりっ……」

 レンは息も絶え絶えにさゆりの名を呼んで、そのまま気を失った。

「さゆり、ねぇ……」

 エリカはそうつぶやく。

「……なんで、あたしじゃないのよ」

「えっ?」

「あたしの方が女としてもずっと優れてるのに! あたしの方がずっとずっとレンのことが好きだったのに! なんであんたみたいなちんちくりんな小娘がレンに名前呼ばれるのよ!」

 エリカはさゆりに向かってそう叫んだ。

 ちんちくりん、って……――さゆりはエリカの言葉に呆れながらも感じた。エリカは、レンのことが好きだったのだ。そして、さゆりに嫉妬しているのだ。まさか、こんな美女から嫉妬されるとは思わなかった。

「落ち着け、エリカ。我々には仕事がある」

 ジークフリートがそうなだめる。エリカはジークフリートの言葉で我に返ったらしいが、息が荒い。

「そ、そうね……。とにかく、あたしたちと来てもらうわよ……!」

 エリカとジークフリートは笑みを浮かべながら、さゆりの方へ向かった。


 ◇◇◇


「今年の夏祭りも終わりかあ。今年も警察が出動するような事態が起こらなくて、なによりだ」

 日神警察署のオフィスで、刑事がそう言う。そんな中、千鶴は自分のデスクでパソコンに向かっていた。

「漆原巡査長。出てきました。これのことだと思います」

 千鶴は漆原にそう言った。

 千鶴は漆原に命じられ、「治癒の力」について調べたのだ。その結果、わかったことは以下の通りだった。

「このオカルト系掲示板でその存在が噂になっていたようですね」

 千鶴はパソコンの画面とにらめっこしながら言った。そこには「都市伝説:魔女の正体とは?」「悪魔と契約する方法」「本物の魔術書入手方法」などのスレッドタイトルが表示されており、それぞれ百件以上の書き込みがあることがわかる。

「ゲームでよくある……回復魔法はアンデッド……不死者に効果あり、か……」

 千鶴は思い出した。弟の幼馴染の少女さゆりには、不思議な力があることを。さゆりの力こそが、被疑者が狙う「治癒の力」なのでは? ただでさえ、今回の事件は不可解なことが多いというのに、更に謎が増えるばかりである。ただ、一つ言えるのは「人間には不可能でも、吸血鬼なら可能なことがあるのではないか?」ということである。

「おかしい……。嫌な予感がする……」

 千鶴は漆原を連れて、レンのもとへ直接向かうことにした。


 ◇◇◇


「カッシングさん! 大丈夫ですか? カッシングさん!」

 レンは床の上で目を覚ました。目の前に心配そうにレンの顔を見つめる千鶴の顔があった。

「住川が『嫌な予感がする』と……。玄関の鍵が開いていたので……。無事でなによりです」

 漆原刑事がそう言う。レンは自分の身に起こったことを思い出すと、途端にさゆりの身が心配になった。

「さゆり!」

 レンはそう叫んで起き上がった。すると、甘い匂いを感じた。いつの間にか刑事二人のそばには一人の男が立っている。

「またお会いしましたね」

 その男は蒼だった。蒼は続けて言った。

「あなたはジークフリートとエリカにだまされていたんです。さゆりは奴らにさらわれてしまった……。行方は私の部下が追っています。我々に協力してほしいんです」

 協力? すぐにでもさゆりを助けに行きたいのに――レンは焦っていた。

「結論から言うと……さゆりはジークフリートに治癒の力を狙われていました。我々が彼女を保護するつもりでしたが、同時にジークフリートにも行方を知られてしまったんです」

 蒼はそう言った。

「さゆりの力を狙っていたのは、あいつだった、ってことか……」

 レンはそうつぶやく。だが、レンは何故この吸血鬼が自分の部屋の中にいるのか、疑問に思った。

「どうやってここに入ってきたんだ? 吸血鬼は招かれた建物にしか入れないはず……」

「こちらの刑事達に招かれましてね」

 蒼がそう明かす。だが、レンはもう一つ、疑問に思っていたことがあった。

「なぜ、人間の味方をする? なぜ、さゆりを助けようとする?」

 レンは蒼にそう尋ねた。

「さゆりは……私の娘だからです」

 蒼はそう明かした。

 吸血鬼は人間をただの餌だと考えている。人間との共存を目指す吸血鬼とは珍しい――レンはそう考えた。蒼は吸血鬼のようだが、敵ではないらしい。

「蒼様、さゆりの居場所が掴めたそうです」

 蒼を追うように来た部下らしき男が言った。それを耳にしてレンが反応を見せる。

「一緒に行かせてくれ」

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