第4話 夏祭り

 数日後、ついに夏祭りの日が来てしまった。さゆりは緊張しながら、待ち合わせの場所へ向かう。神社の鳥居の下で、隼人と美緒が待っていた。隼人たちはそれぞれ浴衣を着ている。さゆりと同じように。

「ご、ごめんね。待った?」

 さゆりは謝った。

「いいや。俺たちもさっき来たところ。だよな?」

「うん」

 隼人と美緒はそう答えた。

「二人とも、浴衣かわいいじゃん」

 隼人がそう言う。

「えー。そんなことないよー」

 美緒がそう謙遜する。

 三人は神社の境内を並んで歩いた。境内は家族連れからカップルまで、夏祭りを楽しむ人々でいっぱいだった。屋台が立ち並び、「りんご飴いかがですかー?」「かき氷どうぞ!」などの呼び込みの声につられて買い食いをしたりして楽しんだ。祭り特有の賑やかな雰囲気に飲み込まれていたのだ。

「射的やらないか?」

 隼人がそう言う。さゆりと美緒も射的の屋台に向かった。

 あのぬいぐるみ、某キャラクターのうさぎちゃんだ。かわいいなあ――さゆりは射的の景品が目に留まった。

 三人はお代を支払い、射的銃を構える。結果は……三人とも、ハズレ。

「あちゃー」

「月下さん。どうする?」

 美緒が尋ねてくる。

「うーん……もう一回やってみるね」

 さゆりはそう答えて、お代を支払い、射的銃を構える。しかし、もう一度やっても同じ結果になってしまった。

「うさぎちゃん欲しかったなあ……」

 さゆりはそう言いながら、振り向いた。

「隼人くん? 白谷さん?」

 さゆりは大変なことに気づいた。隼人と美緒がいない! 二人とはぐれてしまった。まずい。この人混みの中でどうやって見つけよう? さゆりは不安になったが、二人はすぐに見つかった。神社の御神木のそばだ。さゆりは声をかけようとしたが、美緒の声が聞こえた。

「好き……住川くんのことが好き……」

 さゆりは美緒の声を聞いて焦った。美緒が隼人に告白している!

 嫌だ! 聞きたくない! ――さゆりはそう思いながらも耳を傾けてしまった。

「お、俺も……ずっと気になってて……」

 隼人のその言葉を聞き、さゆりは全身が青ざめるような感覚に陥った。まさか、そんな……!

「……あっ。ごめん、ちょっと……」

 隼人がこちらに気づき、言いかける。

「ごめん! 用事思い出しちゃったから、先に帰るね! 夏祭り、楽しんで!」

 さゆりは隼人の言葉を遮ると、逃げるようにその場から立ち去った。


 ◇◇◇


 人混みの中を、さゆりはひとりぼっちで歩いた。

 二人は両想いだ。モテ男はモテ女と結ばれる運命なんだ――さゆりはそう思いながら、とぼとぼ歩く。すると、背後からポン、と肩を軽く叩かれた。

 隼人くん……? ――さゆりは淡い期待を抱きながら振り向いた。

「君、かわいいねえ。一人?」

 さゆりの肩を叩いたのは、知らない二人組の男達だった。

 ナンパか。無視しよう――さゆりはナンパ男達を無視して歩き続けた。

「ねえねえ、一人?」

 ナンパ男達はついて来た。さゆりは無視して歩き続けた。すると、舌打ちが聞こえた。

「お高くとまってんじゃねえよ。ブス!」

 ナンパ男の一人がそう罵倒してくる。すると、背後から声が聞こえた。

「おーい、俺のタイヤキちゃーん。探したぜ」

 さゆりの背後にいるナンパ男達からさらに後ろの方から、レンが近づいてきた。浴衣ではなく、いつものスーツ姿だ。レンに押し退けられたナンパ男達は青ざめている。

「さっき、俺の連れをブス呼ばわりしただろ?」

 レンがナンパ男達を睨みつけながら、そう言い放つ。

「オー! アイム・ソーリー! プリーズ・エンジョイ・デート!」

 レンにビビった様子のナンパ男達は片言の英語でそう謝罪すると、ばつが悪そうにその場から去っていった。

「なんで英語で返事するんだよ……。こっちは日本語で話しかけてるのに……」

 レンが呆れながら、そう愚痴る。

「レ、レンさん……」

「ん?」

「あ、ありがとうございます」

 さゆりはお礼を言った。するとレンはため息をついた。

「夜に出かけるのはやめろ、って言っただろ?」

「ご、ごめんなさい……」

「来て正解だったな。もう危険なことするなよ?」

 レンはそう言って、優しくさゆりの頭を撫でてきた。レンの手は大きく温かかった。それだけでホッとした気持ちになれたが、それと同時に自分が惨めになった。さゆりの目には涙が浮かんだ。

「レンさん……。私、失恋しちゃった……。好きな人、別の子と両想いだったんです……」

 さゆりはそう告げた。しばらくの沈黙の後、レンは言った。

「めかしこんでる割に一人だな、と思ったら……。そういうことだったのか?」

 レンの言葉に、さゆりは頷く。

「よし。じゃあ、今日は好きなだけ付き合ってやる。せっかく夏祭りに来たんだし、楽しもうぜ? 手、離すなよ」

 そう言ってレンはさゆりと手を繋いだ。さゆりはドキッとしたが、はぐれないためだと自分に言い聞かせた。さゆりは緊張していた。周りの人には自分達はどう見えているのだろう?

「あ、あの……」

「ん?」

「なんで、さっき……タイヤキちゃんって呼んだんですか?」

「アメリカじゃ、恋人をお菓子に例えて呼んだりするんだぜ。例えば……スイーティーパイとか。ナンパ野郎相手なら、恋人のフリした方がいいと思ってな」

「そ、そうですか……」

 数ある和菓子の中から、なぜタイヤキを選んだのだろう? ――さゆりは訳がわからなかった。しかし、不思議と嫌ではなかった。

「それ、ユカタって衣装だよな?」

「そうですよ。母のお下がりなんです」

「芸者みたいでエキゾチックだな……そういえば、さゆりって有名な芸者と同じ名前だな」

 レンの言葉でさゆりの中の嫌な思い出がよみがえった。来日外国人に名前を尋ねられ、「マイ・ネーム・イズ・サユリ」と自己紹介をしたところ、「オー! ゲイシャガール!」と喜ばれてしまったのである。おそらく、芸者を描いた某ハリウッド映画のことだったのだろう。

「ああ、映画にもなったやつだよね……」

「ユリの花のことなんだろ? 綺麗な名前だと思う」

 綺麗な名前――名前を褒められて、さゆりは照れくさかった。

「そ、そんなことないです……」

 そんな会話の後、二人は屋台を回って遊んだ。さゆりはとても楽しい気分になることができた。

 この人と一緒にいれば、なんでも楽しめるかもしれない――さゆりはそんなことを考えていた。

「さゆり」

「は、はい」

「あれ、やってもいいか?」

 レンが指差す方向には、射的の屋台があった。

「うん……いいですよ。レンさん、ああいうの得意なんじゃないかな?」

 さゆりがそう返事をし、二人は射的の屋台に向かう。レンはお代を支払い、射的銃を構えた。次の瞬間、パン、という乾いた音が響いた。レンはさゆりが欲しがっていたぬいぐるみを見事に射ち落としていたのだ。

「おおー!」

 かっこいい――さゆりは思わず拍手した。背後からも子どもの声でも「かっこいい」と聞こえてきた。的屋のおじさんが「まいどありー!」と言いながら、レンに景品のぬいぐるみが入った袋を渡す。

「ほら、やるよ」

「ええっ!」

 レンはさゆりにぬいぐるみを渡そうとした。さゆりは焦った。生まれて初めての、男性からのプレゼントだったからだ。しかも、それが欲しいと思っていたものだから尚更だ。

「いらないのか?」

「いります!」

「だろ?」

 こんな素敵なものをくれたレンに感謝の気持ちを伝えようとした時、さゆりは違和感を感じた。

「ん?」

 レンも違和感を感じたようだ。

「この匂い……」

 間違いない。吸血鬼の匂いだ! さゆりは辺りを見回したが、それらしい人影はいなかった。甘い匂いが近づいている。さゆりは、きっと近づいてきていると確信した。

 さゆりは気づいた。そうだ。周りに溶け込むように、黒い浴衣を着ている。帯まで真っ黒だった。まるで闇夜に現れるコウモリのように。

「おや……。またお会いしましたね。さゆりさん」

 蒼はそう言う。レンはさゆりをかばうように蒼に立ちはだかる。

「お前が蒼か?」

 レンはそう尋ねるだけで、なにもしなかった。ここで蒼を殺せば、大騒ぎになってしまうからだろう。

「いかにも」

 蒼は余裕のある表情で答える。その笑顔を見て、さゆりは背筋が凍るような思いだった。

「お前がさゆりを狙っているのは本当か?」

「手元に置くことを望んでいない……と言えばウソになる」

 蒼は意味深なことを言う。一体、なにが目的なのだろう。

「ハンターに保護されているなら……心配は無用のようだ」

 蒼はそう言い残し、人混みに消えた。

「待て!」

 レンは後を追ったが、蒼は見つからなかった。

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