第4話 夏祭り
「よう」
「こんにちは」
夏休みになって数日が経つ。さゆりはレンの部屋を訪れていた。
「この前、拾った黒猫ちゃんはどうなったんだ?」
レンはそう尋ねてきた。黒猫が心配なのだろう。
「警察に届けて、飼い主さんを探したんですけど、見つからなくて……うちで飼うことになったんです。獣医さんに診てもらったら、男の子でした。名前はムギちゃんです」
レンの問いにさゆりは答えた。
「ムギちゃんか。さゆりもお母さんも植物の名前だもんな」
レンもさゆりに対して言葉を返す。
「そうだ。蒼さんについて、なにかわかりましたか?」
さゆりはレンに蒼について尋ねた。
「あの公園の近くに屋敷を見つけたんだが……誰もいなかった。アジトを鞍替えしたらしい」
レンはそう答えた。さゆりに居場所がバレているのだから、別の場所に移動したのだろう。誰もいなかったのは納得がいく。
「そうですか……」
さゆりはそう返事をした。
そんなことよりも、さゆりには重大なことが控えていた。実は、幼馴染の隼人を夏祭りに誘うつもりでいたのだ。さゆりは内心、ワックワクのドッキドキ状態だった。
さゆりはソファに座り、スマートフォンを取り出して、隼人とメッセージのやり取りを始めた。しばらく他愛のないやり取りを続けた後、さゆりは本題を話し始めた。
「今度、倉光神社で夏祭りやるじゃない。一緒に行かない?」
さゆりはそんなメッセージを送った。しばらくして、隼人から返事が来た。
「うん。いいよ」
やった! いい返事がもらえた! ――さゆりは嬉しかった。
「どうした?」
レンはさゆりを心配しているのか、そう尋ねてくる。
もし、夏祭りに行くことがレンにバレたら、反対されるだろう。実際――吸血鬼に追われている身が、夜に出かけるのは危険だ――と言われていた。でも、さゆりはどうしても行きたかったのだ。憧れの隼人に近づくチャンスなのに。
「な、なんでもないです」
さゆりはレンに悟られないように装った。
「あと……」
「ん?」
「一つ、心配なことが……」
さゆりはつぶやいた。
「どうした?」
レンは言った。しばらく考えてから、さゆりは言った。
「部長の宿題……やってる場合じゃないな……どうしよう……」
レンはさゆりの言葉を不思議に思ったようだ。
「部長の宿題?」
「手芸部の部長の宿題です」
「ちょっと待て。部活の部長の宿題の代行なんか、してるのか?」
「はい」
さゆりがそう答えると、レンはしばらく考えて、言った。
「なんで断らないんだ? ヘタレだな」
ヘタレか――さゆりは落ち込んだが、言われるのは当然だと思った。しょぼくれたさゆりの様子を見て、レンは少し焦った様子になり、言った。
「あっ……悪かった。ちょっと言い過ぎたよ」
「いえ……いいんです」
「じゃあ……今度のお昼、ピザでも頼もうか」
◇◇◇
数日後、ついに夏祭りの日が来てしまった。さゆりは緊張しながら、待ち合わせの場所へ向かう。だが、神社の鳥居の下で待っていたのは、隼人だけではなかった。
「し、白谷さん?」
さゆりは驚く。隼人の隣にいたのは美桜だったのだ。
「こんばんは、月下さん。住川くんに誘われたの。夏祭り、一緒に楽しもうね」
美桜はそう言いながら、ニコニコしている。
「人数多いほうが盛り上がるかな、と思って」
隼人はそう言う。
なんだ。二人だけのデートじゃなかったのか――さゆりは残念に思った。
「二人とも、浴衣かわいいじゃん」
隼人がそう言う。
「そんなことないよう」
美桜がそう謙遜する。
三人は神社の境内を並んで歩いた。境内は家族連れからカップルまで、夏祭りを楽しむ人々でいっぱいだった。屋台が立ち並び、「りんご飴いかがですかー?」「かき氷どうぞ!」などの呼び込みの声につられて買い食いをしたりして楽しんだ。祭り特有の賑やかな雰囲気に飲み込まれていたのだ。
「射的やらないか?」
隼人がそう言う。さゆりと美桜も射的の屋台に向かった。
三人はお代を支払い、射的銃を構える。結果は……三人とも、ハズレ。
「あちゃー」
「月下さん。どうする?」
美桜が尋ねてくる。
「うーん……もう一回やってみるね」
さゆりはそう答えて、お代を支払い、射的銃を構える。しかし、もう一度やっても同じ結果になってしまった。
「残念だなあ……」
さゆりはそう言いながら、振り向いた。
「隼人くん? 白谷さん?」
さゆりは大変なことに気づいた。隼人と美桜がいない! 二人とはぐれてしまった。まずい。この人混みの中でどうやって見つけよう? さゆりは不安になったが、二人はすぐに見つかった。神社の御神木のそばだ。さゆりは声をかけようとしたが、美桜の声が聞こえた。
「好き……住川くんのことが好き……」
さゆりは美桜の声を聞いて焦った。美桜が隼人に告白している!
嫌だ! 聞きたくない! ――さゆりはそう思いながらも耳を傾けてしまった。
「お、俺も……ずっと気になってて……」
隼人のその言葉を聞き、さゆりは全身が青ざめるような感覚に陥った。まさか、そんな……!
「……あっ。ごめん、ちょっと……」
隼人がこちらに気づき、言いかける。
「ごめん! 用事思い出しちゃったから、先に帰るね! 夏祭り、楽しんで!」
さゆりは隼人の言葉を遮ると、逃げるようにその場から立ち去った。
◇◇◇
人混みの中を、さゆりはひとりぼっちで歩いた。
二人は両想いだ。モテ男はモテ女と結ばれる運命なんだ――さゆりはそう思いながら、とぼとぼ歩く。すると、背後からポン、と肩を軽く叩かれた。
隼人くん……? ――さゆりは淡い期待を抱きながら振り向いた。
「君、かわいいねえ。一人?」
さゆりの肩を叩いたのは、知らない二人組の男達だった。
ナンパか。無視しよう――さゆりはナンパ男達を無視して歩き続けた。
「ねえねえ、一人?」
ナンパ男達はついて来た。さゆりは無視して歩き続けた。すると、舌打ちが聞こえた。
「お高くとまってんじゃねえよ。ブス!」
ナンパ男の一人がそう罵倒してくる。すると、背後から声が聞こえた。
「おーい、俺のタイヤキちゃーん。探したぜ」
さゆりの背後にいるナンパ男達からさらに後ろの方から、レンが近づいてきた。浴衣ではなく、いつものスーツ姿だ。レンに押し退けられたナンパ男達は青ざめている。
「さっき、俺の連れをブス呼ばわりしただろ?」
レンがナンパ男達を睨みつけながら、そう言い放つ。
「オー! アイム・ソーリー! プリーズ・エンジョイ・デート!」
レンにビビった様子のナンパ男達は片言の英語でそう謝罪すると、ばつが悪そうにその場から去っていった。
「どうして英語で返事するんだよ……。こっちは日本語で話しかけてるのに……」
レンが呆れながら、そう愚痴る。
「レ、レンさん……」
「ん?」
「あ、ありがとうございます」
さゆりはお礼を言った。するとレンはため息をついた。
「夜に出かけるのはやめろ、って言っただろ?」
「ご、ごめんなさい……」
「来て正解だったな。もう危険なことするなよ?」
レンはそう言って、優しくさゆりの頭を撫でてきた。レンの手は大きく温かかった。それだけでホッとした気持ちになれたが、それと同時に自分が惨めになった。さゆりの目には涙が浮かんだ。
「レンさん……。私、失恋しちゃった……。好きな人、別の子と両想いだったんです……」
さゆりはそう告げた。しばらくの沈黙の後、レンは言った。
「めかしこんでる割に一人だな、と思ったら……。そういうことだったのか?」
レンの言葉に、さゆりは頷く。
「よし。じゃあ、今日は好きなだけ付き合ってやる。せっかく夏祭りに来たんだし、楽しもうぜ? 手、離すなよ」
そう言ってレンはさゆりと手を繋いだ。さゆりはドキッとしたが、はぐれないためだと自分に言い聞かせた。さゆりは緊張していた。周りの人には自分達はどう見えているのだろう?
「あ、あの……」
「ん?」
「どうして、さっき……タイヤキちゃんって呼んだんですか?」
「アメリカじゃ、恋人をお菓子に例えて呼んだりするんだぜ。例えば……スイーティーパイとか。ナンパ野郎相手なら、恋人のフリした方がいいと思ってな」
「そ、そうですか……」
数ある和菓子の中から、なぜたい焼きを選んだのだろう? ――さゆりは訳がわからなかった。しかし、不思議と嫌ではなかった。
そんな会話の後、二人は焼きそばの屋台で焼きそばを買った。レンは焼きそばを珍しそうに見つめ、一口食べた。
「……美味い」
レンは一言、そう言った。二人は焼きそばを食べ終わり、境内をぶらぶら歩いた。
「焼きそば、って初めて食べたな」
レンはそう言う。
「作ったことないんですか?」
さゆりはそう尋ねた。
「自炊、ろくにしてねえからな」
レンはそう言った。
自炊をしたことがないのか――さゆりはレンの健康が気になった。
「そんな食生活してたら、身体に悪いですよ?」
「うーん。面倒なんだよなあ」
二人はそんな会話をした。さゆりは少し考えた。
「そうだ! 今度、レンさんにお弁当作りますよ!」
さゆりはそう提案した。
「いいのか? もちろん、材料費は出すからな?」
レンはそう言った。さゆりはレンに感謝の気持ちを伝えようとした時、違和感を感じた。
「ん?」
レンも違和感を感じたようだ。
「この匂い……」
間違いない。吸血鬼の匂いだ! さゆりは辺りを見回したが、それらしい人影はいなかった。甘い匂いが近づいている。さゆりは、きっと近づいてきていると確信した。
さゆりは気づいた。
「おや……。またお会いしましたね。さゆりさん」
蒼はそう言う。レンはさゆりをかばうように蒼に立ちはだかる。
「お前が蒼か?」
レンはそう尋ねるだけで、なにもしなかった。ここで蒼を殺せば、大騒ぎになってしまうからだろう。
「いかにも」
蒼は余裕のある表情で答える。その笑顔を見て、さゆりは背筋が凍るような思いだった。
「お前がさゆりを狙っているのは本当か?」
「手元に置くことを望んでいない……と言えばウソになる」
蒼は意味深なことを言う。一体、なにが目的なのだろう。
「ハンターに保護されているなら……心配は無用のようだ」
蒼はそう言い残し、人混みに消えた。
「待て!」
レンは後を追ったが、蒼は見つからなかった。
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