第3話 ハンターの男

 さゆりはレンの姿を観察していた。ショートの栗毛で、身長は百八十センチメートル近くありそうだ。年齢は四十代前後といったところだろうか。無精髭を生やしたおじさんだが、よく見るとなかなか男前だった。

 二人はレンの自宅の前までやってきた。さゆりはその自宅を見て、驚いた。

「うちのビルだ……!」

 さゆりはそうつぶやく。

「ん? もしかして、お嬢ちゃんのお母さんの名前……月下すみれさんって言わないか?」

 レンがそう尋ねてくる。

「は、はい。お母さんのお知り合いなんですか?」

「俺が住んでる賃貸のオーナーだ。まさかオーナーの娘さんとはな」

 レンはそう言いながら、エレベーターで四階まで上る。レンは四〇一号室のドアを開け、さゆりを招き入れた。

「お、お邪魔します」

「その辺に適当に座ってくれ。ホットミルクでもどうだ?」

「は、はい」

 さゆりは返事をした。

 レンがホットミルクの準備をしている間、さゆりはソファに座り、リビングを見回した。ソファ、テーブル、椅子など、最低限のものしかない殺風景な部屋が広がっていた。

 さゆりは通学用リュックサックから、黒猫を出す。

「ごめんね。狭かったでしょ?」

 さゆりは黒猫に謝った。リュックの中はさぞ狭かっただろう。

「にゃあ」

 黒猫は鳴いた。

「はい、どうぞ」

 レンはテーブルにホットミルクを置く。

「あ、ありがとうございます……」

 さゆりはレンにお礼を言った。

「その黒猫、お嬢ちゃんのか?」

「拾ったんです。怪我してて……」

 さゆりがそう言いかけると、部屋の呼び鈴が鳴った。レンは玄関のドアを開けた。

「カッシングさん、私です。ストーンです」

 そう聞こえた。グレイヘアで長身な神父服を着た初老のアフリカ系の男と、スーツ姿の男女が入って来た。

「あれっ? 千鶴お姉ちゃん?」

 さゆりは驚いた。スーツ姿の女は、幼馴染の隼人の姉、千鶴だったのだ。

「さゆりちゃんじゃない。こんなところでどうしたの?」

 千鶴も驚いた様子でそう尋ねてくる。

「住川、知り合いか?」

「弟の幼馴染の子です」

 スーツ姿の男が千鶴に問い、千鶴はそれに答える。

「ストーン神父?」

 レンは神父の名を呼んだ。

「こちらは漆原刑事と住川刑事です。吸血鬼が被疑者の殺人事件の捜査をしています」

 ストーン神父と呼ばれた男は、レンに刑事二人を紹介した。

 そういえば隼人くん、千鶴お姉ちゃんが刑事になった、って言ってたなあ――さゆりはそんなことを思い起こしていた。

「吸血鬼対応係の漆原です。こちらは住川です」

 漆原刑事が警察手帳を見せながら、自身と相棒を紹介した。

「事件の被疑者が逃亡しました。カッシングさん、力を貸して頂けないでしょうか?」

 漆原刑事がそう言うと、さゆりはストーン神父と目が合った。

「カッシングさん。こちらのお嬢さんは?」

 ストーン神父はレンにそう尋ねる。

「ああ、さっき吸血鬼に襲われかけた……」

「月下さゆりと申します」

 さゆりは神父と刑事に名乗った。

「さっきは助けてくださってありがとうございます。カッシングさん」

 そして、さゆりはレンにお礼を言った。

「レンでいい」

 レンはそう答えた。

「これからどうしよう……」

「どうしよう、って?」

 さゆりがつぶやくと、レンは問うた。さゆりはレンたちに、さっき自分に遭った事を手短に話す事にした。

「なんか私、自動車事故に遭ったみたいで……。それで気がついたら、知らない屋敷にいて、親戚を名乗る蒼って人がいて……。その人が、血を吸っている所を見ました……。多分吸血鬼だと思います……」

「そいつの所からどうやって逃げ出してきたんだ?」

 レンが問うと、さゆりは答えた。

「不思議なことが起こったんです。手から炎が噴き出て……。腕に燃え移った拍子に逃げてきたんですけど……」

「炎?」

 レンがそう問う。すると、漆原刑事は言った。

「なるほど……。被疑者は『治癒の力は私のもの』と言って逃亡しました。なにか心当たりはありませんか?」

「治癒の力……?」

 さゆりは何かを思い出したようにつぶやいた。

「なにか、心当たりがあるの? さゆりちゃん」

 千鶴はさゆりに尋ねた。

「満月の夜までに治癒の力を確保する、と言ってました」

 さゆりがそう返事をすると、ストーン神父が言った。

「治癒の力は神の奇跡です。歩く死者である吸血鬼に効果があるのでしょう」

 ストーン神父がそう言う。その言葉を聞いてさゆりは納得した。確かに言われてみればそうだ。あの時はただ必死で気付かなかったが、今考えてみれば、治癒の力によって吸血鬼を撃退したのだろう。

「わかりました。署に戻って調べてみます。ご協力ありがとうございました」

 漆原刑事がそう言い、ストーン神父、漆原刑事、そして千鶴は帰り支度を始めた。

「それでは、これで失礼します」

「漆原刑事さんと住川刑事さんだったな。どうも」

 レンがそう言うと、三人は帰っていった。


 ◇◇◇


 帰る三人組のそばを、黒髪ショートヘアーの女がすれ違った。女はレンの部屋の呼び鈴を鳴らす。レンは玄関のドアを開ける。

「エリカ?」

「久しぶりね、レン。相変わらずいい男」

 エリカと呼ばれた黒髪ショートの美しい女は、レンに向かってそう言う。

「なにしに来た?」

「依頼をしに来たのよ。あなたに力を貸してほしいの」

 エリカはそう言うと、二人はソファに座る。

「この街に蒼という吸血鬼が潜伏しているわ。奴を倒してほしいのよ。あなたは『治癒の力』について詳しいかしら?」

 エリカはそう尋ねてきた。

「それがどうした?」

 レンは素っ気なく答えた。

「蒼は、『治癒の力』を狙っているの。蒼はその力を手に入れて、自らを頂点とした吸血鬼による世界征服を目論んでいるのよ」

 エリカはそう告げた。

「お願い。蒼から、この世界を救ってくれないかしら?」

 この女性は、蒼のことを知っているのだろうか? ――さゆりは、エリカのその言葉に疑問を感じた。そして同時に警戒心も抱いた。それは、なにか良からぬことを企んでいるのではないかと疑ってしまうほどだ。

「レンさん、この女の人は……?」

 さゆりはレンに尋ねた。

「ああ。俺と同じ吸血鬼ハンターのエリカだ」

 この人も吸血鬼ハンターなの? それにしても、モデルみたいに綺麗な人だなあ――さゆりはエリカの美貌に見惚みとれていた。

「……わかった。その依頼、引き受けてやる」

 レンはエリカに向かって、そう言った。エリカは笑みを浮かべた。まるで自分のことのように嬉しく思っているのかとさえ思う笑顔だった。


 ◇◇◇


「さゆり! 帰りが遅いから心配したのよ? どこにいたの?」

 レンに送られて、自宅に帰ると、母親であるすみれが血相を変えて玄関まで来た。さゆりの背後にはレンもいる。すみれはそれに気がついたらしい。

「カッシングさん?」

「お久しぶりです。月下さん。説明は私からしま……」

 レンがそう言いかけると、すみれはそれを遮った。

「二人とも、とにかく上がってちょうだい」

 すみれがそう言い、さゆりとレンはリビングルームまで招かれた。すみれはお茶を淹れてきた。

「どうぞ、粗茶ですが……」

「いえいえ」

 すみれの謙遜の言葉に、レンは謙遜で返す。このやり取りを見たさゆりは思った――レンさんって、日本暮らし長そうだなあ――と。

「さあ、説明してちょうだい」

 三人ともソファに座ると、すみれはそう言った。

「冷静になって聞いてください。お嬢さん、吸血鬼に拉致されたんです」

 レンがそう言うと、すみれの表情が変わった。

「ら、拉致?」

「はい」

「どうして……うちの子が?」

「知人から依頼がありまして……。蒼という吸血鬼が、治癒の力を狙っている、と。そして、お嬢さんは治癒の力を持つ存在です」

 レンはすみれにそう説明した。

「治癒の力……」

 すみれも、そうつぶやく。

「市内で吸血鬼の仕業と思われる殺人事件が起きたそうで……。その被疑者には逃げられたらしいのですが、『治癒の力は私のもの』と言って消えたそうなんです」

 レンはそう説明する。

「じゃあ……またさゆりを狙ってくるかもしれない、ってこと?」

「ご安心ください。お嬢さんの証言を元に、その吸血鬼の屋敷を捜索する予定なので」

 レンは優しい口調でそう言った。だが、すみれは不安げだった。

「心配しないでください、月下さん。私が絶対にお嬢さんを守りますから」

 レンが力強く宣言すると、すみれはその言葉を信じることにしたようだった。

「ありがとうございます。ところで……あなたたち、いつの間にそんなに仲良くなったのかしら?」

 すみれがふと疑問を口にした。

「あっ……」

 さゆりは思わず声を出す。

「まあ……。色々ありましてね」

 レンが苦笑いしながら答える。

「実在の吸血鬼って……血を吸う魔物、って認識でいいんですか?」

 さゆりはレンに質問した。

「吸血鬼は闇に生きる魔物だ。強い力と美しさを保つために人間の血液を摂取し続ける……。体温が低く、甘い匂いがする……」

 レンは質問に答えてくれた。

 体温が低くて、甘い匂いがする、か――さゆりは蒼の手が冷たく、えも言われぬ甘い匂いをまとっていたことを思い出していた。

「日本は安全とされているが、俺以外にも多くのハンターが日本に派遣されているな……」

「どうやって倒すんですか?」

「太陽光が弱点だからな。あと、銀製の武器も有効だ」

 レンはそう説明してくれた。さゆりは時計を見る。もう日付は変わっていた。

「そうだ、さゆり。今後いろいろ話し合いたいから……電話番号もらってたっけ?」

 この人はなにを言っているのだろう――さゆりはレンの言葉を疑問に思った。

「えっ……だって、出会って数時間しか経ってないじゃないですか」

「じゃあ、教えてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る