第20話

 沙耶が天馬さんを見るも無残に撃破した後、俺達は帰路についた。

 懐かしい屋敷の香り、少し涙腺が刺激される。帰ってきたのだ、天ヶ瀬邸に。

「おお、けっこう大きいな」

「そう言えば、沙耶を誘ったことがなかったな」

「お前の家には常に人が居そうだからな私も無理に行こうとは思わなかった」

 俺が扉を開けて二人で手を繋いで通る。

「歓迎!」

 さっきまで見えなかった扉の裏から、頭の上でピースを決めながら飛び出してくる。

「空閑ちゃん」

「久しぶりだな、我が妹よ」

 もともと仲が良かったのか出会った瞬間、沙耶と空閑は抱き合う。

「お前ら友達だったのか?」

「ネトモという奴だ」

「どう見てもネトモの距離感じゃない」

「聡の乙女ゲーは好評だったようで何よりだ」

 えっ。「聡の乙女ゲー」という謎の単語に俺は硬直する。

「それは秘密だろ!」

「……やってしまいした。この空閑、潔く切腹させていただきます」

 ある時期から学院に居る時に女子からなんとも言えない好奇の視線が増えた意味が今、分かった。


 今日は疲れた。自室に入って泥のように眠ろう。そうしよう。扉を開ける。

「……何でお前らが居るんだ?」

「今の明らかにラグでしょ」

「見苦しいぞ山神」

 龍と山神が俺の部屋のテレビを使ってゲームをやっている。それも俺が買わないFPSだ。

「お前ら俺の部屋で何やってるんだ」

「見て分かるでしょう。ゲームよ、ゲーム。邪魔しないでくれませんか?」

「そうだ、俺たちの真剣勝負に水を差すな」

 俺の部屋で真剣勝負されても困るだけどな。どうにも怒る気にはなれず、ベッドの上に座った。

「ありがと、な」

 誰にも聞こえないようにボソリと言った。


「本日は予告もなしに集まってくれてありがとう。今日は私にとって記念すべきだ日だ。息子が新たな一歩を踏み出してくれたのだからね」

 屋敷の中の大きな広間で俺は立食しながら壇上に立った空馬の演説を聞く。隣では体に似合わない茶色のコートを着た沙耶がいる。沙耶が差し出した手をゆっくりと握る。

「だが、今日はもっと良い日になると私は信じているよ。……空閑君」

 いつの間にか、壇上に立っていた空閑が空馬が投げたマイクを当然のように受け取る。

「あーテステス。イェイ、天ヶ瀬家のスーパーメイド、空閑つばさだよ。……聡、もしかして私との勝負を忘れてないよな」

 空閑はニヤリとこちらを見て笑った。

「エンディングにはまだ早すぎる。だって、聡は私に一度たりとも勝ってないからな。天ヶ瀬聡は可愛い彼女の前で逃げたりしないよな?」

 空閑の言葉で周囲の視線が俺に集まる。

「勇者天ヶ瀬聡にこのメイドが宣戦布告する。暖かい服装で、外に出るんだな。風を引いたら心配する」

 いつまでも、変なテンションな空閑の深い青の瞳を見つめる。その目には確かに、獣のような闘争心が湧き上がっていた。

「……逃げるわけがないだろ」

 俺は沙耶の手を軽く握る。

「今度こそ勝ってやるよ」


 身軽な服装で外に立つ。冷たい夜風が肌を切る。木刀を握る手は燃えるほど熱い。龍が雪花が山神が東が志帆が、そして沙耶が静かに俺を見つめている。すべてをシャットアウトして、視線を目の前の空閑に集中させる。

 自然体のままだらりと刀を握る空閑の視線は常にこちらの隙きを伺う。

 俺は一歩大きく踏み出した。空閑の呼吸、胸の上下、視線の動きから相手の攻撃の軌道を予測する。斜め上。直前で止まる。空振った空閑に突きを繰り出す。身をひねられ空振る。突き出した刀に引っ張られそうになる。頭を破壊する剣幕で木刀が一閃される。風切り音に恐怖を覚える。姿勢を低くしたまま、空閑の腹めがけて刀を振るう。即座に木刀に防がれ、手に痺れが伝わる。そのまま力で押し切る。空閑は不利を悟り、距離を取る。

 焦りが見えた。空閑の瞳の奥にしるべが現れる。すぐさまそれをなぞる。滑らかな斬撃は空閑の首の横で止まった。

「…………持ってけ泥棒」

 空閑は地面に木刀を捨てた。俺が吹き出していた汗を拭う前に、体に何かがタックルしてくる。

「やったな、聡ぅぅぅ。これで見事、お前は天ヶ瀬グループの次期当主だぞ!」

 俺を押し倒して泣いて喜ぶ沙耶を見て。……勝ったんだ。偶然かもしれない。きっと偶然だろうけど、確かに空閑に勝って、沙耶に追いついていけるんだ。湧き上がるような気持ち共に、涙が溢れた。泣いてばかりだな、俺は。


 俺は胸いっぱいに空気を吸う。冷たさのない風は久しぶりだ。懐かしい山道を歩みながら、向かうべき場所に向かった。

 そこに母が眠っていた。何の取り柄も特別さもない石の墓には、ただ白河可奈と刻まれていた。持ってきた桜の花束を置く。

「久しぶりね、聡さん」

 後ろから鈴の音のような声が聞こえ振り返る。雪の妖精、……雪津市に向かう時に出会った女性だった。

「どうして……」

「僕が呼んだんだよ。妻も墓参りに来たいと言うものでね」

「初めまして、天ヶ瀬安奈あんな、その男の妻よ。残念ながらね」

 初めて会った時の疑問が解決した。

「残念ながらとは失礼だね」

 天馬は困ったように首を捻る。天馬はよく分からない缶ビールを置いた。

「母って酒が好きだったんですか?」

「いやなんとくなくだよ。こんなこと言ってると、冥府のそこから怒ってくるかもね」

「天馬さんはどうして俺を養子に引き取ったんですか?継がせなたかったというのが本当の目的ではないような気がします。そんなの俺である必要がない」

「……やっぱり、言わなきゃ駄目?」

「教えてほしいです。俺が前に進むためにも」

「……今後は進みすぎないかが心配になってきたよ。来たね。答えは君の背後にあるのさ」

 天馬さんの言葉に従って、後ろを振り返る。一人と男性が立っていた。シワが刻まれた中年の男性。雪花の部屋にあった写真の中に写っていた……。

「父さん?」

「久しぶりだね。10年以上かもしれない」

「彼は僕の友人だよ。会社の部下でもあるけどね。それがえんで絆だ。納得かい?」

「はい……」

 呆然と俺と父は見つめ合っていた。

「殴りたければ、殴っちゃってよ。僕も協力するからさ」

 天馬さんの飄々とした言葉にジト目を向けた。父と同じように。


 三年生になる日、俺は沙耶ともに登校していた。手を握れば強く握りしめられる。

「若干、痛い」

「何言ってるんだ、聡。愛ってのは痛いぐらいが丁度いいんだ」

 銀色の髪を揺らしながら沙耶はこちらを見る。

「俺は優しい方が好きだな」

「難しいこと言うな。けど、私の彼氏が望むなら成ってやる。……当然」

「ああ、当然二人で」

 眼前に広がる薄紫色の芝桜しばざくらが公園の大地を染めていた。

『誰よりも優しくあろう』

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