第19話
明日は約束の日だ。冷たい夜風が吹いている。俺は白い息を吐く。手にはもはや握り慣れた木刀があった。
「よくぞ来たな。勇者、サトルよ。四天王最強たるこの私が直々に相手をしてやろう」
「魔王は誰の設定なんだ」
「雪花様だ」
似合ってると思ってしまった。
「準備は良いのか?」
「バッチコーイ」
言葉とは裏腹に空気が静まり返り、張り詰める。足音が静寂を打ち破る。俺はすぐさま接近して突きを繰り出す。相手の僅かな動きで切っ先がそれる。空閑は
愚直に上から振りかぶる。ギリギリで空閑は身を撚る。
「危うすぎだろ」
「これが
空閑は木刀を叩きつけるように振り下ろす。俺は防御しようと型を外し、そのまま木刀で受け止める。強烈な衝撃で手のひらが痺れる。痛みで刀から手を離したくなる。突然、重さが消える。空閑は
「いえーい。私の勝ち」
空閑の決めポーズとともにカタリと木刀が落ちる。
「頼む。もう一度やってくれ」
帰ろうとした空閑を呼び止める。歯が割れそうなほど食いしばる。ただ悔しかった。一度も勝てないことに納得できない。
「これは朝チュンコースかな?かかってこいやー」
「使い方間違ってるからな」
俺はもう一度、木刀を握った。
「眠い」
俺は窓に
「大丈夫か、聡。お父様と戦うのに着く前に勝手に倒れそうな雰囲気だぞ」
やはり夜ふかしは良くない。結局一睡もできずに電車に乗ることになった。
「そうだ!」
沙耶は何か明暗でも思いついたのか目を輝かせながら、自分の膝を叩く。
「特別に膝枕してやっても良いぞ」
眠い、頭がボーとする。
「寝る」
「おい、待て」
ドタドタと足音がする。俺は耐えきれず横になる。待っていたのは硬い座席ではなく柔らかな布越しの肌だった。
「大丈夫だからな」
子守唄のような声が薄れゆく意識の中を流れた。
すっかり眠ってしまった聡の柔らかな頬を指で突く。
「お前は十分、優しい人だよ、聡。けど、私の彼氏はそんなものじゃ、満足してくれないんだよな」
黒髪を撫でる。
「じゃあ、満足するまで足掻き続けよう。私達、二人でな」
電車から降りてもまだあくびが出たが、なんとか考えることには問題はなさそうだ。右腕に沙耶が抱きつく。
「徹底抗戦だ」
「父親に対する言葉とは思えないな」
「お父様は
「それは同感だ。俺も渡す気はないよ。……痛い痛い」
ぎゅっと、右腕が締め上げられる。
「嬉しいぞー、聡。彼氏ができる前はこんな言い合い、
目を開けられらないほどの強い光が沙耶から放たれた気がした。
俺は目の前のビルを見て硬直していた。雪津市の外れにある場所は例外なく都市化が進んでいることは知っていたが、ここは特にそうだ。周りには巨人でも生活しているのかと思うほどの高さのビルが乱立している。典型的なオフィス街だ。その中でも今、ここにあるビルは軍を抜いている。
「久しぶりだな、ここに来るのは」
沙耶は怯んだ様子もなく進んでいく。
「一体、何メートルあるんだ?」
「250mは超える設計だったはずだ」
中に入ると黒い扉の前に案内される。
「お好きなタイミングでノックしてください。正道様はいますので」
「
「
瞳と呼ばれた秘書と思わしき人物はその場を離れる。
「沙耶、外で待ってくれないか?」
「何でだ、私が言ったほうが話が早いだろ」
「そうかも知れないけど、俺がやりたいんだ。俺に与えられた問題だから」
「……そうか。じゃあ、任せる。私の彼氏なんだカッコいいところを見せてくれ」
俺は苦笑いで返した。
「よく来たな、天ヶ瀬聡くん」
ノックした後、部屋に入る。正道はこちらに気づくと席から立ち上がり、握手を求めてくる。大きな手は力強く右手を握る。握り過ぎじゃないか。
「痛いです」
「すまんすまん、つい
やっぱり怨まれてるのかよ。
「それで、
俺は無言で持ってきた書類の束を渡す。慣れた手付きで、正道は一つ一つ、見ていく。
「龍楓花、物騒な家の娘だな。山神万葉、地主の娘。……天ヶ瀬空。随分と信頼されているようだな。それで肝心の天馬のものはどうした?」
俺はしっかりと相手の目を捉える。ぼやけているが、感情は安定している。俺は右手を強く握る。
「ありません」
「……ではどうやって証明するのだ」
「それが証明です。俺はすべての友人に、何よりも沙耶を裏切ることはしません。沙耶の重りになりません。俺たちはどちらかが一方が引っ張るんじゃなくて、二人で生きていくんです。だから……」
「だそうだ、天ヶ瀬天馬」
突然、扉が勢いよく開く。
「おい、引っ張るな不審者」
「だからー、さっきから不審者じゃないって言ってるでしょ。将来の君の父なのに、酷い扱いだよ」
「……天馬さん?」
何が何だか飲み込めない。
「聡君は……成長したね。安心した、これなら問題なく任せられそうだ」
「お父様、戦争だ!」
正道に飛びかかろうとした沙耶を天馬が頭を掴んで止める。
「天ヶ瀬聡!君を今ここで、僕の後継者として認めよう。仮だけどね、本当のものは約束通り空閑に勝ってからになる。これで大丈夫かな、正道?」
正道は大きく息を吐きながら元の椅子に座る。
「騒動を起こした張本人が何を言うか。聡君、聡くんが養子であることを利用してこういうことをやれと言ってきたのは全部そこのソイツだ」
「は?」
沙耶が立ち止まる。目が据わっている。俺も流石にこの行為は養護できなかった。たとえ、天馬の思いに気づいてても。
「ぐはぁ」
沙耶の強烈な拳が天馬の腹にめり込んだ。
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