第8話 決めごと。


 ◇


 HRは手短に終わったあと、体育祭の種目を決める話し合いが開かれる。


「もうすぐ体育祭があるので出場する種目を決めていきたいと思います。まずは種目書くからちょっと時間ちょうだい」


 そう言うと、委員長はチョークを持つ。その傍らで副委員長は紙を見ながら種目名を読んでいた。


 クラスメイトは、待ち時間をタダでは過ごさないらしい。その証拠にガヤガヤとしゃべりだす。


「もうそんな時期なんだ。早いよね」


 と、隣から声をかけてきた鳥羽。


 みんなも話してるし少しくらいいいよね。


「あー、うん、たしかに。入学して今日まであっという間だった気がする」


 入学して半年以上が過ぎた。


 初めは、男子だらけで慣れなかった。


 けれど、共学校を選ぶつもりなんてはなからなかった。女顔だとからかわれるのが嫌だったから、男子校を選んだ。


 周りはほとんどが共学校を選択していたから、俺は少しだけ不安だった。こんな俺が男子校に行って大丈夫なのかと。またからかわれたりしないのかと。


 そのせいで受験の日は、ひどく緊張していた。だから正直、あまり覚えていない。


 けれど、俺は何かを忘れている気がした。


 それが何だったのかは、思い出せていない。


「俺さー、男子校に入ったのは失敗だったかなって思ったけど、なんだかんだ楽しいよね」

「鳥羽はなんで男子校に来たの?」


 俺がそう尋ねると、鳥羽は一瞬だけ固まったあと、


「漫画本で男子校の話やってたからおもしろそうで」

「え、それ真面目に答えてる?」

「てのは半分冗談で、ここ卒業すると視野が広がるっていとこが言ってたから」

「あー……なるほど」


 半分冗談ってことは、半分は本気だったってことなのか?


「矢野は男子校来て失敗だった?」

「いや、そんなことはない」


 たまに可愛いとか、主に先輩から言われることあるけど中学生の頃よりマシだ。多分、女子に言われたことが一番コンプレックスなんだと思う。


「普通に毎日楽しいし。あっ、あと鳥羽とも仲良くなれたし」


 少しだけ似た人種の俺たち。


 だから何か通じ合うものがあった。


「……やめろよ、惚れるだろ」


 鳥羽は、アニメオタクだからちょいちょいアニメの言葉遣いやキャラが降りてきて冗談を言うが、それはそれでおもしろい。


「男子が男子に惚れるとかないでしょ」

「いや、最近の漫画本ではあるんだよ。ボーイズラブって言ってな──」


 まだまだ話が続きそうだったので、


「あー、はいはい」


 と途中で相槌を打って話を遮断する。


 そうしたら鳥羽は、不服そうな表情を浮かべるから、俺は思わず笑ってしまった。


 鳥羽と話す時間は楽しい。


 鳥羽はアニメオタク。俺は女装。似たようなものを共有しているからだろう。


「矢野にも起こりそうな出来事だよな」

「えっ、なにが?」

「だから、ボーイズラブが」


 と、言われて。


 なぜか頭の中に先輩の顔が浮かんだ。


「それとも……もうそんな仲になってる人がいるとか?」


 俺と先輩が……?


 ──いやいやっ、


「ないないっ! 絶対にありえないから!」


 浮かんだそれをかき消すように首を振ると、


「この世に絶対なんてものはないよ」


 自信ありげにドヤ顔をする鳥羽。


「もう〜、鳥羽が読んでる漫画本と重ね合わせないでよね……」


 これ以上余計な話を頭に入れたくなかった俺は、耳を塞いだ。


 男子校だからといって、恋愛が始まるわけではない。あれは、漫画本の世界だから成り立つわけで、現実ではありえない話だ。


 俺は、ここに恋愛をしに来たわけじゃない。


 からかわれないために逃げたのだ。


 もしかしたら高校でもそれが続くのかと思っていたけれど、そこまでじゃなかった。


 夏樹先輩や武田先輩にたまに〝可愛い〟とか言われることもあるけれど、そこまで気にならなくなった。


 ……というか、夏樹先輩に言われるとなんか調子が狂う。


 なんでだろう。


 それに先輩は、すぐ冗談を言う。


 可愛いとか俺の前以外で女装しないでとかキ……キス、とか。普通男子同士ではしないような会話ばかりというか。いきなり言われたら誰だって赤面するよ。


「なんか顔、赤いけど」


 突然、指摘されるものだから、思わず肩がビクッとなって、


「あああ暑いだけだから……っ!」


 分かりやすく動揺してしまう。


 これじゃあちっとも信じてもらえない。


 ──ああもうっ、先輩のことを思い出すと、これだ。冷静じゃいられなくなる。ペースを乱される。


 だから恥ずかしくて、両手で顔を覆った。


「とりあえず黒板に種目を書いたので、出たいところに自分の名前書いて言ってくれー」


 他のことを考えていると、あっという間に黒板に種目名が書かれていた。

 委員長の言葉でクラスメイトは一斉に立ち上がる。


 うわー、みんなすごいやる気だなぁ……。


「矢野、どうする?」


 俺が余計なことを考えている間にタイミングを逃してしまった。


「うーん……今は人多いからもう少し減ってから行くよ」


 どうせ教卓に行ったって書けっこない。


「じゃー俺も」

「え、いいの? やりたくない種目残るかもしれないよ」

「それはそれでいいと思ってる。体育祭、楽しみたいし」


 鳥羽、アニメオタク以外はほんとに普通なんだよなぁ。見た目だってモテそうだし、陰キャラってわけでもないし、その場の雰囲気を楽しむことが好きな隠れ体育会系っぽい。


 俺は、どちらかといえば目立ちたくないし、できることなら汗だってかきたくない。運動なんて大の苦手だ。


「あ、そろそろ行けるよ」

「うん、ほんとだ」


 目立ちたがりタイプのザ・体育会系男子は、長距離や借り物競走など率先して記入していた。


 残っているのは、玉入れと短距離走とパン食い競走と綱引き……一番体力を使わないのは。


 やっぱり、パン食い競走かな。


 中学のときは、そういう競技がなかったからパン食い競走ってイメージできないけれど、そんなに走ることはなさそう…な気がする。


「えーっと、変更する必要がないのは玉入れと長距離走だけど……他の種目、人数足りなかったりするなぁ。二種目やってもいいって人いる?」


「あー、じゃあ俺二つやってもいいよ!」


 一人が手を挙げれば目立ちたい人たちは、次々と挙手をする。


 そしてあっという間に種目決めは終了した。


「なんか体育祭ってわくわくするよなー!」

「分かる分かる。しかも男だけだと逆に本気になるもんな!」

「絶対負けられないよな!」


 HRの時間が余ったため、会話はよからぬ方へ進んでゆく。みんな相当気合いが入っているみたいだ。


「よーし! 今年は一年が優勝するぞ!」


 うわー、かなり盛り上がってる。


 それに便乗するように立ち上がる男子。


「だってさ、矢野」

「……なんで俺を見るの」

「いやー、なんとなく?」


 教室の片隅でひ弱な俺は、プレッシャーを抱えていた。


 体育祭で絶対にミスできない。


 ──ああほんとに憂鬱だ。

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