第153話 人の未来を担う旅
「はぁ、はぁ……。なあ、ここに来て何日が経った……?」
「今日で74日目だ。俺達、今大陸のどの辺なんだろうな……」
奇跡的に今日までまだ誰も命を落としていなかった。いかにこの数年、この旅に備えていたのかが伺い知れる。だがさすがに疲れが見え始めていた。今では俺も前に出て戦う事も多い。
「万葉。疲れはないか?」
「はい。私よりも皆様の方が消耗が大きいのです。この程度、どうという事はありません。理玖様は……」
「見ての通りだ。まだまだ全力で戦えるさ」
幻獣との戦いが激しくなるにつれ、万葉も何度か援護の術を放つ様になっていた。だが万葉の放つ術は基本的に威力が高く、より大きな騒ぎを呼ぶ事もある。
人界であれば間違いなく指折りの術士なのだが、ここでは気をつけなければ地形の変化も起こしかねない。隣を見ると、ヴィオルガもまだ魔力に余裕を残していた。
「この旅に備えて悪路踏破、基礎体力の向上訓練を続けていて良かったわ……」
「お前も万葉も、似た様な訓練を続けていたんだってな。当代の姫様はどこも大変だ」
「その大変さに見合う成果が期待できるから構わないわよ。それにしても。予想はしていたけれど、やはり幻獣の領域は広いわね……」
東西両大陸は、共に南半分が幻獣の領域となっている。そして旅の目的地は最南部……とまではいかなくとも、奥地という事には変わりない。さらに道が舗装されている訳でもないので、一日で進める距離も限られている。
だが幸いなことに、奥地には多くの実のなる樹も生えており、幻獣の肉も合わせて水や食料で困る事は無かった。
幻獣との戦いは増々熾烈になっていく。全体的に疲労が見える様になった頃、そいつらは現れた。
「あ……」
行く手を阻むのは二頭の巨大馬。片方は黒く、身体に雷を纏っている。もう片方は白く、両手両足は氷で覆われていた。さらに角も生えていたりと、魔境で見た馬にどこか似ている。
「まさか……霊力を持つ幻獣……!?」
「ほ、本当にいたのか……。霊力を持つ幻獣など、僅かに記録に残るのみだが……」
霊力を持つ幻獣の目撃例は非常に少ない。交戦記録ともなると数えるほどだ。大型幻獣が出れば俺が対処する事になっていたが、同様の対応が求められる場面だろう。
「黒い方は俺がやる! ヴィオルガ! 万葉の結界を活用しつつ、白い方の注意を引き付けてくれ! 黒い方を倒し次第、そのまま白い方を片付ける!」
「分かったわ!」
「皆、私の近くに! 結界を張ります!」
これまでも何度か小規模な理術を使ってきたが、今回は初めから威力重視の理術を使う。とにかく速攻で片付ける事が大事だ。俺は前に出ると同時に右目に刻印を浮かべる。
「理術・創耀統造法・現剣界導」
中空に現れた剣が、黒い馬へと襲い掛かる。横目にもう一方の幻獣を見るが、偕たちが上手く注意を引き付けていた。馬が放つ術は、万葉の結界がしっかりと防いでいる。
「ブォウッ!」
「っと! こっちも早く片付けなきゃな!」
おそらく時間をかければ、偕達でも十分に対処はできる。しかし無傷ではすまないだろうし、戦い終えた後の疲労はすさまじいものになるだろう。楽な戦いなどないが、ここで俺が前に出る事で全体の消耗を抑えられる。
(それに俺自身、この旅路で誰も失う気もない。今さらこの程度の相手に手こずってもいられねぇ!)
少なくともパスカエルや五陵坊の方が手ごわい相手だ。それにこの中では、俺が最も幻獣との戦いに慣れている。こういう特殊な手合いにはまず俺が先陣をきるべきだろう。
「おおおお!」
力を持っていなかった昔ならいざ知らず、今の俺がこの程度の幻獣相手に深手を負ってはいけない。俺の負傷は一行の精神状態にも影響を及ぼす。
幻獣は雷の術を飛ばしてくるが、刀で絡めとって直撃は避ける。そのまま接近、身体能力にものを言わせて斬撃を繰り出す。
「せいっ!」
理術も多用しながらさっさと黒い馬を討伐する。今は温存がどうのとか考える場面ではないからな。
■
「なんとかなりましたね……」
「ああ……」
俺が本気を出して対処した事もあり、大きな怪我人を出す事なく戦いを終わらせる事ができた。改めてこの面子で良かったと思う。
誰もが役割を持ち、この旅を成功させる使命感に燃えている。さすがに俺一人では、万葉を護衛しながら幻獣領域を踏破する事もできないしな。
皆疲れた顔はしているが、目は死んでいない。今も難局を誰も死ぬ事なく乗り越えた事で、より自信につながったとも思う。
貴重な肉を大量に得られ、二頭の幻獣は次々と捌かれていった。幻獣の肉を食らいながらも旅はさらに続く。そうして十日が経過した頃だった。俺は奇妙な感覚に襲われる。
「……止まってくれ」
「リク?」
おそらくは俺以外には感じないであろう感覚。大精霊のものだ。どうやら目的地が近いらしい。
「確かなことは言えないが。もうすぐだと思う」
「え……!」
ここからはより慎重に前へと進む。すでに草木を刈りながらでないと進みづらい箇所も多くなっていた。
うっそうとした深い森を進む事しばらく。目の前に平野が現れる。その奥には大きな大樹が見えた。俺達は緊張しながらもゆっくりと大樹の元へと向かう。
「大きい……」
とても立派な樹だった。この大きさに育つまで多くの年月を費やしてきたはずだが、大樹自体からは老いを感じない。まだまだ瑞々しい枝葉を多く茂らせている。そしてこの大樹全体から、大精霊の気配を感じ取っていた。
「万葉。ヴィオルガ」
「はい」
「ええ」
二人もいよいよこの日が来たかと、緊張を表情に出していた。
「おそらくこの大樹を媒介にして、大精霊の領域へと干渉ができる。そして領域へ行けるのは、当代において六王の力を強く発現している者。すなわちお前たち二人だ。大精霊と接触すれば、俺達がどうなるかは分からん。偕たちには周囲を十分に警戒してもらいたい」
「わかりました」
「任せてくれ!」
大樹を中心に偕たちは円陣を組む。一通りの準備を済ませると、万葉とヴィオルガの二人も大樹の元へとやってきた。
「二人とも。準備はいいか」
「はい。……お願いします、理玖様。理玖様と出会って以来、今日この日のために多くの準備を整えてきました。そして今から起こる事が、この世界にとってどの様な意味を持つのか。理解した上で臨む覚悟です」
「私もよ。それにせっかく帝国と皇国の関係も良い方向に進んだのだし、これを私たちの代で終わらせる気はないわ」
「そうだな……」
俺の中では未だ第三の契約に対する答えは出ていない。というより、おそらく明確な答えを導き出すよりも、ずっと考え続けさせる事が目的なのだろう。だからこそ当初思っていたものとは違う形で、俺はこの場に立てているとも思う。
少なくとも今は俺自身、皇国と帝国のこれからをまだまだ見たいと思っているし、群島地帯の発展していく様を近くで見続けたいとも考えている。
人間側に強く寄り添う俺の考えが、この世界の調和とやらに繋がるのかは分からない。しかしそれを判断するのは俺でも大精霊でもない。結局いくら考えたところで、結論などでないのだから。
だが復讐のために身に付けたこの力が今、こうして世界の役に立とうとしている事を否定しなくてもいいだろう。15で皇国を出たが、今日までの自分の生に後悔はない。そして人界に戻ってからの、人との出会いと縁にも。
「万葉、ヴィオルガ。大樹に手を」
俺の言葉に従い、二人は大樹に両手を付ける。俺はその二人の肩に手を乗せる。
「……いくぞ」
二人から肩越しに緊張が伝わる。俺は右目に刻印を浮かべると、この日に備えてあらかじめ聞いていた大精霊の名を呼ぶ。
「大地と契約を交わせし大精霊ティアルマよ。我はアンセスター、キュリオリス、ゼマデルシアと契約を結びし契約者なり。ここにキュリオリスとの契約に従い、代行者として汝の領域へと踏みこまん」
ティアルマとの間で強制的に繋がりが構築されていく。おそらく万葉が幻獣の大量発生の未来を視る様になったのは、ティアルマが目覚めたからだ。つまり現時点で接触自体は可能なはず。
予想は当たり、ティアルマから領域へと招かれる気配が強まる。
「くるぞ……! 二人とも、領域へ踏み込める様に霊力を常に張り巡らせろ!」
万葉もこの日のために、様々な霊力の使い方を身に付けてきたのだ。
時間の感覚が薄れ、周りから偕たちの気配も消えていく。俺は二人の肩を強く握りながら、大精霊の領域へと先導するのだった。
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