第152話 幻獣領域 踏破開始
二国間で調印が交わされてからさらに一年の月日が流れた。俺もう24歳になる。今日まで様々な事があった。
パスカエルが作成していた黒い杭。これがまだ帝国内に残っており、西国魔術協会の流れを汲む魔術師たちが手にしていたのだ。それにより帝国内で一時混乱が起こり、これの対処にヴィオルガに呼ばれる事があった。
皇国でも毛呂山領で大型幻獣が五体も出現し、大きな混乱を招いた。こちらの対処にも万葉に呼ばれ、皆と共に何とか毛呂山領を守りきった。
さらに未だ行方不明のセイクリッドリングと十六霊光無器。これらを所持した破術士が群島地帯で新たな一家を旗揚げし、シュドさんから群島地帯支配者の地位を簒奪しようという動きもあった。
だがたまたま皇国、帝国の実力者が群島地帯に滞在しており、皆と協力してこれも鎮圧した。
その他、両国間の行き来が増えた事で群島地帯も大きく変わるなど、何だかんだと波乱に満ちた一年だった。その中で俺は皇国で万葉の実力を見た時に、ある事を決意する。
「今の万葉なら大丈夫だろう。二国で都合が整い次第、幻獣領域を目指す」
毛呂山領に現れた大型幻獣。この対処に万葉も皇都から出て直接対処にあたった。そこで俺は確信を得たのだ。今ならばいけると。
そして今。皇国へ行くために群島地帯に来た帝国の船に乗り込み、俺はヴィオルガたちと共に皇都へと移動した。
■
「いよいよこの日が来たか……」
万葉の旅路に同行するのは、両国で選抜された者達に限られる。
皇国からは万葉の他に清香、偕、誠臣、狼十郎、雫に翼。他に武人が二名に術士が三名。
帝国からはヴィオルガにローゼリーア、他オウス・ヘクセライから五名に加え、聖騎士からはマルクトアを含め計七名が選ばれた。
ここに俺とアメリギッタが加わり、計28名という規模になる。
涼香もかなり腕を上げていたので選抜されるかと思っていたのだが、家の事情も重なり選ばれなかったらしい。本人はとても悔しがっていたが、最終的には納得しているとのことだった。
意外な事に誠彦も最終選抜まで残っていたらしい。俺が最後に誠彦を見たのは、約二年前の左沢領になる。その時に何か気づきを得たのか、大きく実力を上げていたようだ。
これから互いに命を預けあう事になる俺達は、皇都で一ヶ月ほど滞在し、互いに親睦を深めていった。
もちろん互いに得意とする事の確認や、旅での役割についても話を進めていく。そうして予行を兼ねて、隊列を組みながら毛呂山領へと進み、いよいよ幻獣領域に足を踏み入れる日が訪れた。
「ここから……幻獣領域……」
これまで誰も踏破できた事のない、未踏の魔境。そして深部へ向かった者の生存率がゼロという事実。
いかに両国の精鋭を集めたと言っても、進むばかりではなく戻ってくる時の事も考えなければならない。目的を果たしても、全員無事ではいられないだろうと誰もが想像していた。
打ち合わせ通り、偕たち接近戦の実力者が先頭を歩く。その後ろに万葉、側には俺とアメリギッタ。横はヴィオルガたち帝国魔術師が固め、その直ぐ後ろは聖騎士たちが物資を守りながら追従する。そして最後尾を、皇国の武人術士が七名で固める。
僅かな期間ではあったが、両国選抜者による連携訓練を行ってきた。一朝一夕とはいかないだろうが、ここにいるのは紛れもなく精鋭たちである。いざとなれば個人の力量である程度は乗り切れる。
「きたぞ! 幻獣の群れだ!」
「あの程度ならば武人三人に魔術師二人で十分よ! 援護は最低限! 無駄な体力は消耗しないで!」
「はっ!」
定期的に俺が遠見で周囲を警戒し、いち早く幻獣の接近を知らせる。そして程度に合わせてヴィオルガが直接の指揮を執っていた。当初考えていたよりも順調に旅は進む。
またこの日に備え、万葉含め誰もが野宿や仕留めた幻獣の解体、調理などができる様に訓練してきていた。貴族は荒事に慣れている奴が多いが、その中でもこうした技能を身に付けているのはかなり特殊な方だろう。
そして衛生面の管理にも手は抜かない。精神状態を良好にしておくのに非常に重要だ。集団は何をきっかけに瓦解するか分からないからな。
水は術士であれば生み出す事ができるし、簡易組み立て式の仕切りで汗を流したりもできる。だが水浴び中などはどうしても無防備になるため、その間は俺が常に全方位に気をつけている。
指月もこの日に備えてあらゆる事態を想定し、様々な携行品を発明させていた。なんといっても大事な妹の事だからな。勅命もいくつか出したと聞いている。
初めの一ヶ月こそ順調だったが、幻獣領域を進むうちに誰もが空気が変わった事を察知した。
「リク。これは……」
「ああ。ここからは深部と呼ばれる場所になってくるだろう」
見た目では何が変わったのかは分からない。だがこれまでとは明らかに違うという事は分かった。俺にとっては懐かしい感覚……魔境で感じていた雰囲気だ。より慎重になる必要があると考え、今日はここで休むことになった。
夜は完全に真っ暗になるが、近くの樹に数枚の符を張り、そこを中心に周囲を照らす光が生み出される。俺は皆の前で、かつて俺が魔境で出会った幻獣の話をする事にした。
「人面を持つ巨大な蛾、人を捕食するカエル……」
「霊力を操る巨大馬だって!?」
同種の幻獣がこの奥にいるかは分からないが、伏せておく必要もない。むしろもう少し早く話しておいた方が良かったかとも思うが、俺自身魔境での事はあまり人に話してこなかったからな。
「あなた……霊力を持たない身で、よくそんな幻獣相手に生き残れたわね……」
「何度か死にかけてはいるけどな。だがここにいるのは精鋭中の精鋭だ。どんな化け物が出てこようが、何とかなると信じている」
まさか俺が他人の実力を当てにし、信じる事ができる日がくるなんてな。だが頼もしい事には変わりない。
そしてここにいる誰もが、俺の実力を信じてくれている。万葉と自分の命を預けてくれている。だからこそ、ここにきて俺はこれまで明かさなかった自分の力について、説明をする事にした。
「俺の術だが。少々のものくらいなら問題ないが、大規模なものとなると、連日の使用は難しい」
「多少の事情は聞いているわ。マヨの側であれば、普段よりも大きな力が振るえると聞いているのだけれど」
ヴィオルガは俺が大型幻獣を降しているのに、パスカエルに苦戦する様を見ているからな。万葉が側にいるといないので、どれくらいの差があるかは分かっているだろう。
「俺の術は使用にいくらか血を消失するんだ」
「え……」
「使い過ぎると血が無くなって、流石の俺も倒れてしまう。だが万葉が側にいれば、血の消失量は大幅に減らす事ができる上に、普段よりも強力な術が使える」
これからさらに深部に潜っていくのだ。俺の術をどう温存し、運用していくのかが重要になるという事は、皆理解できた様子だった。
「無事に人界に帰れても、あまり人に言わないでくれよ。お前らなら俺が今日まで黙ってきた理由、分かるだろ?」
今さら両国に俺に敵対する奴がいるとは思わないが、それでもこの情報を得た第三者が、いつどういう行動をとるかは分からない。明確に俺の弱点に直結するため、知られたくない情報なのは確かだ。
「だがそれと身体能力は別だ。こっちは血も何も関係ない。つまり普通に前に出て戦う分には問題ない」
だがやはり俺はこの旅における最高戦力であり、最も強力な万葉の護衛である。そして俺が生きていれば、万が一万葉の身に何かあっても、最悪やり直しがきく。
そういう意味でも俺の参戦は必要最低限、俺自身の判断に委ねられる事になった。
魔境での出来事については他にもいくつか質問を受ける。それらに答えながら、全員明日に備えて身体を休めた。
そして気持ちを新たに、さらに幻獣領域を南へと進む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます