第151話 大陸に未来を 新たな歴史の始まり

 そして迎えた次の日。シュドさんの居城……というか、でかい屋敷で両国の調印式が行われた。


 指月とテオラールは、俺とシュドさんに先導されて個室へと入る。特に何の飾り気もない、シンプルな部屋だった。その中央でシュドさんが条約の内容を読み上げていく。


 しかし両国の間を、シュドさんがこういう形で受け持つとは。俺を含め、人生誰がどうなるかなんて分からないものだ。


「以上、双方相違はないな?」

「ああ」

「こちらも相違ない」


 条約の内容は多岐に渡る。万葉の旅路を支援する項目の詳細から、今後の両国の在り方についても言及されていた。


 互いの政治、国内事情には不干渉を貫く一方、これまでの様な互いに薄い関係を築かず、これからは友好的な関係を積極的に発展させていこう、という内容だ。


 他にも双方に益がある様な条項などもあったが、中でも絶対禁止のものとして締結されたのは、両国の武力を使った争いだった。


 これを破った場合のペナルティは記されていない。もし本当に破った時には、ペナルティがどうのとか言っていられない事態になる事を双方理解しているからだ。


 皇国と帝国の在り方を大きく変える事になるこの条約は、東西恒久発展条約と呼ばれる事になった。


 歴史的に大きな意味を持つこの条約が発効された地として、群島地帯もこれまでの負のイメージを大きく塗り替える事になるかもしれない。


 指月とテオラールは条約書にサインをしていく。全部で三枚。写しは両国が保管し、原本は群島地帯が保管する事になる。これにより群島地帯も両大陸と大きく関わりを持つ事になった。


 またこの地におけるシュドさんの支配は盤石なものの、歴史も浅く血の繋がった後継者もいないため、将来次の群島地帯支配者の地位を争う内紛も起こるかもしれない。


 条約の原本を保管し、今後も両大陸の橋渡しの役目を担う群島地帯で、その様な争いは好ましくない。


 まだ審議中ではあるが、ここからは群島地帯と両国間でも何らかの条約が結ばれる可能性がある。もしかしたら両国の資本が入ってきて、二国間の中継地点として大きく発展を遂げる未来もあるかもしれない。


 これからの人類の発展に想像を働かせつつ、俺は二人がサインを終えた事を確認する。


「契約者たる俺が確かに見届けた。この条約を結ぶに至った両国の考え、精神、志。それらはいつまで経っても失われる事はないと信じている」


 俺が発言すると、指月とテオラールは互いに俺に向けて跪いた。


「もちろんだ。今日この日を起点に、人類は互いに協力し合って生きていけるのだと信じている」

「私もだ。帝国、皇国。そして群島地帯。決して優しい世界ではないが、我等人類はこの条約の精神に則り、一丸となれると信じている」


 二人とも理玖という個人ではなく、契約者としての俺に跪く。誰もいない個室だからこそできたことだった。





 四人で部屋を出ると、シュドさんが一歩前へと出て宣言する。


「ここに両国間で東西恒久発展条約が交わされた! 二国間の歴史的場面の一助になれた事、俺も嬉しく思う! さぁ酒と料理はいくらでも用意してある! この後は思う存分、交流を図ってくれ!」


 シュドさんの宣言が成されると同時に歓声があがる。まだまだ皇国も帝国も国内事情は安定していないが、それでも今日という日を皮切りに、誰もが新たな歴史が始まるのだと信じていた。


(俺もこの世界の調和とやらの一助になったのだろうか……。というか、シュドさんはともかく。事情を知らない奴からすれば、何故俺まで調印式の行われる部屋に居るのか不思議で仕方ないだろうな)


 忙しい両国がさらに忙しくなるのはここからだ。条約を足掛かりに、帝国と皇国は本格的に協調路線を歩む。


 今後人や物の行き来はさらに増えるだろう。それは群島地帯の重要性が増す事も意味している。俺もシュド一家の一人として、しっかり支えていかなければ。


 会場を見渡すと、見事に帝国人と皇国人が入り乱れていた。互いに壁を作らず、しっかりと交流を図れている様子だ。


 酒の力もあるのだろう。ヴィオルガも久しぶりに万葉と話せて楽しそうだ。復讐から解放された俺の心には、この光景を見て湧き上がる何かを感じていた。


「よう理玖。どうしたんだ、嬉しそうな顔してよ」

「誠臣か」


 嬉しそう? 俺が? ……なるほど。久しく忘れていたが、確かに今、俺は嬉しいと感じていたのかもしれない。


「15でここに来た時。まさかこんな光景が見られる事になるなんて思っていなくてな。なんだか感慨深いんだよ」

「ああ。そういやお前、皇都を出て直ぐに群島地帯に渡ったんだよな……」


 多くの皇国人は、自分の慣れ親しんだ環境を離れる際、南を選ぶ。だが当時の俺は一刻も早く国を出たくて、群島地帯に渡る事を選んだ。その判断は今も間違っていなかったと思っている。


「もう七年……いや、八年前か? あの時はこうしてまたお前たちと話せる日がくるとも思ってなかったよ」

「俺もだ。どこかで元気にやってくれているのなら、それでいいと思っていた。……まぁ今更だけどよ」

「いや。あの時の俺は話しかけるなという雰囲気も出していたからな。というか、この話はよそうと前にも言った事があったよな?」

「そうだったな……! 互いにもうよそうと話していた!」


 俺も誠臣たちとの誓いを守れず、逃げ出した身だからな。互いに昔の事を掘り返すと、碌な話にならない。


 今の俺達はこうした都合の悪い過去に蓋をし、これからの人生に目を向ける事ができる。都合の良い生き方とも捉えられるだろうが、それを嗜める奴はどこにもいないのだ。


 もう15のガキでもないし、これくらい構わないだろう。こうした柔軟さを身に付けながら、人は歳を重ねていくのかもしれない。


「それより理玖。帝国はどんなところだったんだ?」

「どんなところ……?」

「ああ! 俺、帝国人の美人率の高さにびっくりしてよ! ほら、見ろよ! みんな綺麗じゃね!?」

「ああ……」


 確かに白い肌に金髪碧眼というのは、皇国人には見られない特徴だ。物珍しさはあるだろう。


「特にあの子! めっちゃ俺の好みだわ!」

「どれどれ……」


 誠臣の視線の先には料理を美味しそうに頬張る少女が立っていた。少女は俺達の視線に気付くと、ニコリと笑いながらこちらに近寄ってくる。


「お、おい、理玖! あの子、こっちくるぞ! お、俺を見ているよな……!?」


 誠臣は髪型を直しはじめる。少女は真っ直ぐこちらに向かってくるが、その性格を知っていれば誠臣も遠慮しただろう。


「お兄さん。調印式はお疲れ様~」

「アメリギッタ。いいのか、ここに入ってきて」

「ん~、ゲイルを返せと言われそうだし、ヴィオルガ王女と直接話すのは嫌だけど。料理はおいしいから」


 こいつは皇国でも帝国でもそれなりに暴れてきた前科がある。にも関わらずここまで堂々とできるのも、ある意味こいつらしいというか。


「お、おい、理玖。知り合いか?」

「ああ。そういや誠臣は直接顔を合わせるのは初めてになるのか。こいつはアメリギッタ。名前だけなら何度か聞いたことがあるだろ?」

「へ……? え、えぇ!?」

「はぁい。よろしくね、武人のお兄さん」


 アメリギッタの事は亀泉領で出会った時にも報告しているし、帝国でのあらましについても指月に話している。近衛である誠臣なら当然知っているだろう。


「ず、随分聞いていた印象と違うな……」

「アメリギッタ。こっちは俺の……幼馴染の誠臣だ。こう見えて近衛をやってる」

「へぇ! それじゃお兄さんも強いんだ?」

「お、おう……!」


 セイクリッドリングがある以上、アメリギッタと誠臣の実力は近いかもしれないな。俺はアメリギッタと誠臣の会話が始まった頃合いを見てその場を後にした。


 俺も何か飲もうか……と考えていると、声をかけてきたのはローゼリーアだった。


「リク様。よろしければこちらをどうぞ」


 そう言って水の入った杯を渡してくれる。


「ありがとう。……この間はゆっくりと話せなかったな。元気でやっているか?」

「はい。オウス・ヘクセライの先輩方もよくしてくれています……」


 ローゼリーアは帝国での出来事をいろいろ教えてくれた。アンベルタ家は取り潰しになったが、いくつかの功績が認められ、ローゼリーアが新たなアンベルタ家を興す事になったらしい。


 その功績の一つは、パスカエルに立ち向かい俺が契約を結ぶまでの時間を稼いだこと。またセイクリッドリング「ヒメル」の新たな使い手になった事が挙げられた。


 元々上級貴族院を首席で卒業する予定もあるほど、魔術師としての腕も一級だったのだ。優秀かつ信頼できる魔術師を多く失った帝国としても、簡単に切り離せる人材ではなかったのだろう。


「まだ目は開かないのか?」

「はい。あれから初心に帰り、魔力制御の修練も積んでいるのです。その甲斐もあり、以前より人に与える威圧感を抑えられるようにはなったのですが。こういう場ですので……」

「ああ……」


 さすがに王族などの貴人が集う場で、万が一の事があってはならないと気を使っているのだろう。


 ローゼリーアもこの一年、帝国内の破術士を討伐していたり、新たなアンベルタ家当主として魔術師派閥の再編に尽力したりと、魔術師としても貴族としても忙しい日々を送っていたらしい。


「リク様は。この一年、いかがお過ごしでしたか?」

「そうだな……。この一年に限れば、群島地帯からも出る事はなく、シュド一家の一員として過ごしていたな。まぁ帝国や皇国からはよく会合で人が来ていたから、顔を合わせる奴は何かといたが」


 互いにこの一年の話をしていく。おそらく俺よりもローゼリーアの方が多忙な日々を送っていただろう。


 ローゼリーアは両目は閉じたまま、瞼の下から強い決意を感じさせる視線を送ってきた。


「リク様。私もヴィオルガ様と共にマヨ様の旅路に付いて行きます。そしてこの世界を……みなさんと一緒に救いたい。そうすれば、私にも自分が生まれてきた理由が実感できるかもしれませんから。……ふふ。不謹慎ですよね。大陸を救うのが自分のためだなんて」


 試す様な問いかけ。かつて俺がパスカエルに対する復讐心を打ち明けた時、ローゼリーアは何を思っていたのだろうか。


「さぁな。少なくとも俺がお前を不謹慎だと咎める資格はないさ」

「え……」

「俺も皇国帝国でいろいろ暴れたが。それにより俺に感謝している奴もいる。だが俺に言わせれば、感謝されたくてした事じゃない。全部自分のためだ。そうそう、俺が万葉の旅路に同行する理由な。これも自分のためだ。別にこの世界を心から救いたいと考えている訳じゃない」


 あくまで第三の契約を履行するため。何故第三の契約を結ぶ事になったかといえば、パスカエルを殺すため。パスカエルを殺すのは俺にとって最優先、俺の都合だ。


 涼香はいろいろ言っていたが、やはり俺は俺のためにしか力を振るえないし、誰かのために振るうつもりもない。だが結果として誰かのためになる事までは否定しない。


「俺もお前と同じだ、ローゼリーア」

「わたしと……同じ……」

「人によっては誰かのために強くなれる奴もいる。実際そういう奴も知っている。だがみんながみんな、そうして強くなれる訳じゃない。お前がどっちなのかは分からないが……まぁあれだ。そんなしょうもない事で自分の行動に疑念を持つのはよせ。徹頭徹尾、自分のためにしか力を振るわない俺がばかみたいだろ?」

「ふ……ふふふ。やっぱり……優しいのですね。リク様は」

「どうして今の会話でそういう感想になるんだ……?」


 ローゼリーアの事はあれからどうなったのか気になっていた。ヴィオルガが群島地帯に来た折に話を聞く事はできていたが、こうして直接本人から話を聞かないと分からない事もあるからな。


 だが大変ながらも頑張れている様で、俺はどこかで安心していた。


【後書き】

いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。


本日、新たに

「黒狼の牙 〜領地を追われた元貴族。過去の世界で魔法の力を得て現在に帰還する。え、暴力組織? やめて下さい、黒狼会は真っ当な商会です〜」

を投稿しました。


よろしければ、こちらもご覧いただけましたら幸いでございます。


引き続きよろしくお願い致します。

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