第150話 群島地帯の理玖 皇国船の到着

 そして次の日。今度は皇国の船を迎えに港へ来ていた。皇国の船からも見知った顔が降りてくる。


「あ!」

「理玖!」


 多くの武人術士に囲まれ、群島地帯の地に降りたのは指月と万葉だった。当然、偕たちに加え近衛頭の天倉朱繕も一緒だ。よく見れば雫と涼香の姿も確認できる。


 この二人も何度か帝国との会合で群島地帯に来ていたからな。万葉たちに比べるとそこまで久しぶりでもない。


「やぁ理玖殿。しばらくぶりだね」

「理玖様。お久しぶりです」

「ああ。みんな元気そうだな」


 昨日と同じく、皇国の要人を貸し切りの屋敷へと案内する。そこでも明日の調印式に向けた話し合いが行われた。


「なるほど。シュド殿と理玖殿のみ調印の場に同席すると」

「ああ。部屋に入るのはあくまで指月とテオラールの二人のみ。二人の調印には俺達が見届け人となる」

「他ならぬ理玖殿が見届け人となるのだ。何も不満はないね」


 その後の段取りについても話し合いは進む。そしてある程度区切りがついたところで、皇国の現状についての話を聞く事ができた。


「楓衆や破術士の身分の整備、か」

「ああ。これはこれでとても難しい問題だけどね。まだ草案もまとまっていないが、着手し始められたことには意味があると考えているよ」


 霊影会を始めとした、破術士や皇国に不満を持つ者たちによる乱。これは長い治世で、見て見ぬふりをしてきた者たちの感情の発露。


 第二第三の乱が起こらない様に、皇国でも国内の整備をし始めたところだった。これも帝国と同じく、一朝一夕ではいかない問題だろう。


 新設される身分制度によっては、従来の貴族たちの既得権益を侵す事も考えられるし、破術士たちが新たな枠組みの中で生きるのを良しとする保証もない。


 だがやるなら今しかないというのが、新皇王となった指月の判断だった。


「しかし今度の皇王陛下は随分と足が軽いんだな。わざわざこんな地までくるとは」

「これが皇王となった私の最初の公務になるからね。それだけ皇国は、この調印式が重要だと認識しているという事さ」


 後から知ったのだが、前の皇王は五陵坊が御所を暴れ回った際に巻き込まれていたらしい。


 そういえば帝国では皇帝と話す機会は多かったが、皇国で皇王と会った事はなかったな。俺が武家に居た頃もあまり話を聞いた事がなかったし、普段から皇国を取りまとめていたのは専ら指月だった。


 おそらく指月は、皇族の中で誰よりも皇護三家を味方に付けていた。だからこそ今日まで皇国の舵を第一線で切ってこれたのだろう。


「それにしても。万葉、さらに霊力が強くなったな。以前よりも成長しているのが感じられる」

「ありがとう、ございます……! きたるべき日に備え、いつも修練を怠りませんでした。その成果を理玖様に感じていただけたのは望外の喜びです……!」


 万葉とはこの一年、数えるほどしか会わなかった。だからこそ、その成長ぶりがよくわかる。


 おそらく術士として相当腕を上げたのだろう。その自信が表に出ているのか、以前よりもはきはき話す様になったと思う。


「明日の調印式が終われば、両国の交流会も予定している。ヴィオルガも驚くだろうよ」


 そういえば、と俺は指月に疑問を投げる。


「皇国と帝国は鏡を使った通信術が使えるんだろう? 何で今日までの会合のほとんどを群島地帯で行っていたんだ?」


 群島地帯で会合を行うには、それなりに労力が必要になるはずだ。人員の確保、旅の備え、相手国との会合内容の折衝。


 通信術を用いれば、ある程度そうした手間は省けるはずなんだが。俺の疑問にやや苦笑しながら答えたのは万葉だった。珍しい表情をするものだ。


「すべては理玖様がこちらにおられるからです」

「俺が……?」

「はい。理玖様の契約の件もあります。会合に至るまでの大まかな折衝は、通信術を使っておりましたが、なるべく理玖様の目の前で包み隠さず会合の内容をお見せした方がいいだろうと判断いたしました」

「うん……?」


 契約の件……この場合は万葉の方ではなく、俺が両国の敵になるかもしれない契約の方だろう。


 要するに俺に対して「帝国との話し合いでやましい点はありません」と主張するのが目的だったのか。もしかしたら帝国側も似た様な考えだったのかもしれない。


「え、つまりみんな俺に気を使っていたのか……? ヴィオルガも似た様な事を話していたし……」

「ふふ。それだけ両国にとって、理玖様は無視できないお方という事なのです」


 どうやら契約の内容が、脅しとしての効果を想像以上に発揮していたようだ。


 考えてみれば両国の主要な者は全員、俺の力を直に見ている。そして主だった弱点……血の消失の件は誰にも話していない。 

 

 つまり俺が思っている以上に、両国は俺を危険視しているという事だ。……我ながらよく霊力を持たぬ身でここまできたものだ。


「それに理玖様が契約者である事は、両国首脳の知るところです。いわば理玖様は、大精霊様の代理とも呼べるお方。契約者を祖先に持つ身としては、常に敬意を払ってしかるべきでしょう」

「俺自身にはあいつらの代理をしている気はないし、堅苦しいのも好かんからな。お前も難しく考えるのはやめろ」

「あ……」


 俺は万葉の整えられた髪をくしゃくしゃにしながら撫でる。なんとなくしばらく見ない内に、生意気になった様に見えたのだ。朱繕は薄く額に青筋を立てていたが、無視した。


 しかし俺が契約を履行している限り、あいつらの代理になっているのも確かだ。まぁこればかりは俺が望んで選んだ道だ。今さらどう思っても仕方がない。


 そして昨日と同じく、俺は皆と話しながら夕食を共に過ごした。皇国とは食事のスタイルが大きく異なるため、初めて群島地帯に来た指月なんかは終始興味深そうにしていた。


「これが……ナイフとフォークですか」

「万葉様!? 刃物を手に持つのはお控えください!」


 群島地帯の料理も、基本的に箸を使う様にはできていない。何度かここに来ている雫と涼香は、慣れた様子で食事をとっていた。


 しかしこういう場でもないと、皇族と一緒に食事をする事なんて少ないだろうな。


 食事を終えた俺は、バルコニーに佇む涼香の姿を見つけ、話しかけることにした。


「よう涼香。こんなところで何をしているんだ?」

「り、理玖!? びっくりした……」

「特に気配を消していた訳でもないんだが……」


 涼香は今日も以前俺が贈った首飾りをしていた。ここ群島地帯で買った物で決して高価な物ではない。だが大事に持ってくれているのは伝わってきた。


「私、皇都から出て旅をするのが好きで。でもまさか群島地帯にまで来れるとは思っていなかったから。異国の夜景というのを見ておきたくて」

「この一年の間で何度か来ただろ。それに群島地帯は皇都と違って夜は暗い。見るべきものなんてないと思うが……」

「いいの! もう、人がせっかく楽しんでいるのに!」


 涼香と他愛のない話を続ける。この一年のお役目の話を聞き、涼香も武人として大きく成長している

のだと感じられた。


 まだまだ皇国には破術士の賊も多いが、最近は涼香たちの活躍もあり、かなり治安を回復できたようだった。


 また多くの実戦を積みながら、いくつか破術士の手に渡っていた十六霊光無器も回収できたらしい。


「その分、群島地帯や毛呂山領まで逃げた者たちもいるんだけど……」

「毛呂山領といえば、狼十郎が武叡頭を務める地だったな。一年前はあいつにもいろいろ気を使わせたが……」


 俺が狼十郎の名を出すと、涼香はあからさまに不機嫌な顔を見せる。


「ふん! あの男なら今は武叡頭じゃなくなってるわよ!」

「そうなのか?」

「ええ……! あの男……! お姉様と同じ皇都に住むため、よりにもよって皇国七将の一人になったのよ……! 許せない……絶対に……!」


 涼香の全身から鬼気が発せられる。あまり詳しく聞けなかったが、どうやら狼十郎は空席となった皇国七将の一席に就いたらしい。


 五人も空席があったからな。だが現在、軍の編成も元の状態には復旧できておらず、もう一人武人を将軍職に就けて皇国四将となっているらしい。


 そして毛呂山領の武叡頭には片瀬京三が就いたとのことだった。あいつも達者な様で何よりだ。


「通常、毛呂山領に勤める武人術士は数年単位で入れ替えが行われるの。でもあの男は唯一、期限無しで毛呂山領に勤める事に合意していた……! それなのに……!」


 清香の婚約者が皇都に住む様になる。当然、二人の会う頻度は増える。


 近衛に将軍だ、仕事関連で顔を合わせる機会も多いだろう。涼香はそれが我慢できない様子だった。


「あんな……! あんな男にいぃぃぃ!」

「お前、そこは相変わらずだな……」


 実際俺の目から見て、狼十郎はそこまで適当な奴には見えなかったんだが。涼香も狼十郎の実力自体は認めているはずだが、感情の面で納得できないのだろう。


 結局ここからは、涼香のグチを長く聞かされる羽目になってしまった。

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