第154話 人の願い 大精霊の願い

 気付けば全方位が藍色の空間に包まれていた。足場は無く、宙に浮いている様な錯覚を覚える。


「ここは……」

「う、浮いてる!?」


 見覚えがある場所だった。かつて魔境にて大精霊の神殿を訪れた時、俺はここと似た様な空間を歩いていた。


「しっかりしろ。……ティアルマのお出ましだ」


 板状の巨大な物質が上下から迫ってくる。それらは目の前で組み合わさり、中央部には玉座の様なものがあった。そこに一人の女性が座った状態で姿を現す。


「え……」


 姿形は人間のそれだろう。だが肌は真っ白で、帝国人よりもさらに白かった。目は緑に輝き、耳は長く尖っている。


 人に似ているが決して人ではない。俺が知る大精霊の姿と同じ特徴を有していた。女性は口は閉じたまま、俺達に話しかける。


「まさかこの様な形で、私に接触してくる者がいようとは……」


 俺は二人よりも一歩前へと出る。


「大地と契約せし大精霊、ティアルマだな?」

「ええ。名を聞きましょう、三柱もの大精霊と契約を結びし人間よ」

「理玖。あんたの事はキュリオリスたちから聞いている」


 ティアルマは俺を値踏みする様に、じっと視線を合わせてきた。同時に俺も相手を観察する。そしてある結論に達した。それはティアルマも同様だったようだ。


「まさかこれほどの力を人間が得るとは……。控えめに言っても、私はあなたを恐ろしく思います。そうまでして、その身に超常の力を宿したあなたを」

「こうなったのも最近なんだが。だがあんたなら俺がどういう契約を結んだ上でここにいるのか、分かるんだろう?」

「……ええ」


 俺の肉体は複数の大精霊との契約に耐えられる様に、器を広げられている。そして実際、この器に三人の大精霊の力が注ぎ込まれた。


 俺とティアルマは同時に理解したのだ。人と大精霊という違いはあるが、互いに干渉するには難しい相手であることを。


 ティアルマは俺に強く干渉するのは難しい。ひとまず対等に近い立場に立てたと思っていいだろう。


 だが契約という縛りがあるし、何かあってもここで大精霊の力を振るって、同じ大精霊であるティアルマと戦うのは難しい。そもそも第三の契約がそれを望んでいないだろう。それに俺は別に戦いにきた訳ではない。


「ティアルマ。まずはこの二人の話を聞いてほしい」

「……いいでしょう。名乗りなさい」


 ティアルマに促され、万葉とヴィオルガは緊張した様子で口を開く。


「七星皇国初代皇王である月御門正弦。その直系、月御門万葉と申します」

「ガリアード帝国……いえ、ガリアード王国初代国王ヴァンガルス・ガリアード。その血を引くヴィオルガ・ガリアードです」


 ガリアード帝国は、周辺国の貴族を自国に取り込んだ時に帝国を名乗り始めたからな。初代の時代は王国を名乗っていた。


「なるほど。六王の子孫が導き手の力を借りて、この場に臨む運びとなりましたか。あなたたち人間がどの様な目的でここに来たのかも分かっております。我が愛し子……幻獣たちの件ですね?」

「はい。かつて幻獣という脅威がなくなった世界で、人間がどの様な行いをしてきたのか。私たちはそれをよく学びました」

「ティアルマ様が人間に失望した事も理解しております。それを承知した上で、これ以上の幻獣の大量発生を止めていただきたくこの場に参った次第です」


 ティアルマは二人の訴えを黙って聞いていた。万葉たちはティアルマに強く訴えかける。二度と人同士で争わないために、二国間で条約が結ばれたこと。これから世界はより良い方向に動いていくと信じているという事。両国の王族が語るからこそ、説得力はあるだろう。


「なるほど。確かに450年前よりも人に期待は持てそうです」

「では……!」

「ですが。人というのは集団になれば争うもの。例え国家間という枠組みで争わずとも、それよりも小さな区分ではどうです? この先も争わないと、言い切る事はできますか?」

「それは……」


 二人は言葉に詰まる。おそらく以前までの俺であれば、このまま黙って見ていただろう。だが今の俺にその気はない。俺はあえてティアルマに侮蔑の感情を露わにしながら口を開く。


「はっはっは。天駄句公と同じこと言ってやがる」

「理玖様……?」

「リク!?」


 俺は二人の背中を軽く叩く。助け船は出すが、お前たちがしっかりしない事には変わらない。


「そもそもこの世界において、生き物はみんな戦い続けている。人も、動物も、幻獣も、虫や草木でさえも。それをお前たちは人に対してだけやれこうしろだ、こうあるべきだの枠にはめようとしてきやがる。そもそもお前たちが人間に興味を持ったのは、自分たちの姿に似ていたからだろうが。そして時に世界に干渉し、人を一方的に守ってきた。過保護が過ぎんだよ。自ら干渉しておいて、自分の想い通りにならなかったらだだをこねて拗ねる。世界に溢れる命を見守るだとか気取っているが、俺に言わせれば余計なお世話だ」


 大精霊と初めて会った時、俺は似た様な問答につき合わされた。話を聞いている内に思ったのだ。てめぇら何様だと。


「そもそもてめぇの結論はなんだ? このまま人間同士が争う事は間違いないから、幻獣を使って滅ぼしますってのが望みか? そうして人間がいなくなった時。この世界はどうなる? お前がやっている事は、かつて大精霊が人間にした事と何が違う?」


 勝手に干渉して思い通りにならなかったら勝手に絶望し、人間は栄えたと思ったら今は絶滅しそうになっている。良くも悪くも大精霊の行いに最も振り回されてきたのが人間だ。


「良い気分なんだろうなぁ? 自分にはそうやって、この世界に生まれる命を増やすも減らすも自由自在なんだからよ? せっかくだ、このまま幻獣を煽りたて、人間を滅ぼしたらどうする気なのか教えてくれよ」


 人間と大精霊では物の見方の視点が異なる。俺の考えや常識がそのまま大精霊に当てはまる訳ではない。


 だがその上で言うのだ。お前たちの都合でこの世界の調和を乱すのは止めろと。この啖呵をきった結果、俺は複数の大精霊と契約を結ぶに至った。大精霊も決して、自分たちに忠実な人形のみに力を与える訳ではない。


 ならばお前の考える調和を生きている限り考え続け、自分たちに見せろと言われた時、一度は断ったのだが。ティアルマは開かない口で、溜息を吐いた様なしぐさを見せた。


「……なるほど。なぜあなたがそれだけの大精霊と契約を交わしたのかが分かった気がします。確かにキュリオリスたちが好みそうな手合いですね」

「お前たちは良くも悪くも大精霊同士でしか語り合わない。世界の……現地でどの様な事が起き、どういう考えを抱いて命がそこで生きているのか。真の意味で理解はできていない」

「そう……かもしれませんね。なるほど、それであなたを通じて、この世界に生きる生命を理解したいと考えたのですね」


 第三の契約にも関わってくる箇所だ。俺自身、怒りや復讐心で好き勝手力を振るってきたし、今さら偉そうな事を言うつもりはない。


 だが俺を通して、人が何を胸に抱いて生涯を全うしようとしているのか、人がどれほど感情に従って今を懸命に生きる生き物なのか理解できているはずだ。


 俺の言葉を聞き、万葉たちの目に活力が戻る。


「ティアルマ様。あなたはとてもお優しいのですね」

「……」

「あなただけではございません。他の大精霊様もそうなのでしょう。その優しさが、人間と幻獣に特に強く注がれた。私自身はそのことを嬉しく思います。ですが、優しさだけでは人は成長できません」


 死ぬ未来から逃れたくて、俺に頼るという選択を選んだ万葉だからこその意見だ。あの日から万葉は、自分で未来を掴むのだと大きく成長を遂げてきた。


 いつだって自分を救うのは自分自身の考えと行動だ。おそらく成長という点でも同じ事が言えるのだろう。


 他人からの優しさだけでは、誰も強くは成長できないのだ。籠の中の鳥が、外では生きられない様に。ヴィオルガも顔を上げ、堂々と胸を張る。


「確かに人は争う生き物です。時にいただいたお力を同じ人間に振るう時もあります。ですが、それは人間にとって必ずしも悪い事にはなりません」


 ヴィオルガの発言にティアルマは興味を示す。


「争いがあるからこそ、人は自らの力の在り方を見直す事ができます。それはそのまま人の発展にも繋がります。そして闘争があるからこそ、より多くの人を悲しませる悪と戦う意思を持つ事もできるのです」

「……闘争を肯定すると?」

「全面肯定ではありません。しかし放っておくと碌な事にならない悪意の芽を見て、私は見て見ぬふりはいたしません」


 ですが、とヴィオルガは続ける。


「争い自体が悲しい事である事は誰もが理解しています。そしてここに、国家間の争いは永久に禁ずるという決まりが生まれました。大精霊様から見れば小さな一歩でしょう。ですが、私たち人間にとっては。未来へと紡がれる大きな一歩なのです」


 そしてこの取り決めは、数多くの争いの上に出来上がったものだ。争う事で多くの命は失われるが、そこから出来上がるものすべてが悪ではない。多くの命が失われたからこそ、より良い未来を築くにはどうしたらいいのか、真剣に考える事ができる。


「ティアルマ様は、幻獣が大陸南端へ追いやられたのを哀れにお考えになられたのでしょう。しかし私はその事を否定いたしません。リクが話した通り、自然界に生きるものは誰もが争っているのです。自然淘汰は世の定め。ですが大精霊様からいただいた力を振るって幻獣を減らしては、幻獣側が哀れだと思うお気持ちは理解できます。だからこそ」


 続きは言わない。言わなくても分かるだろう。これも先ほど俺が話したことだが、結局今の世界は攻守が逆転しただけ。


 今はティアルマが幻獣に力を貸し、人を北端へと追いやっているのだ。大精霊の力の干渉なく、両者どちらかが淘汰される分には仕方がない。


 しかし大精霊が与した側には勝利が約束されている。この世界で勝利するという事は、種族としての繁栄が約束されている事に他ならない。万葉もヴィオルガの言葉に続く。


「私たちは今後の人と幻獣の在り方について、ティアルマ様とお話ししたく思います。今一度教えてください。ティアルマ様のお望みは、人を滅ぼして大陸の支配者に幻獣を据えることなのですか?」


 二人の話を黙って聞いていたティアルマは、首を横に振る。


「いいえ。私自身、かつて人に失望は抱きましたが。恨んではいませんし、ましてや憎んでいる訳でもない。ですがこの失望も、あなた方に言わせると勝手に期待を抱いて勝手に失望しただけ、自分勝手なものになるのでしょう。そして我々のこうした思い、考えが。この世界に生きる生命に大きく影響を及ぼしてきたこと、よく理解できました」


 ティアルマは二人を真っすぐに見据える。


「例え国家間での争いがなくなっても。悪意の芽を摘むためと人同士の争いは続き、衰退していく可能性もあります。その時、あなたがた人はどうするのですか?」

「人も自然の摂理には敵いません」

「その時は。人も自然淘汰されていく存在となるでしょう」


二人はティアルマと視線を逸らさず、じっと見つめ合っている。そんな二人の強い意思が伝わったのか、ティアルマはやはり開かない口でふぅ、と溜息を吐いた様に見えた。


「人は……生命は成長し、進化するもの。この世界に生まれる生命を見守る我等ですが、その事を真の意味で理解できた気がします。……いいでしょう。いくつかの条件を設ける事と引き換えに、私もこれ以上幻獣に与するのは止める事にいたしましょう」


 ティアルマの言葉に、万葉とヴィオルガは笑顔になる。四度目となる幻獣の大量発生が無くなった瞬間だった。


「喜ぶのはまだ早いですよ。条件があると話したでしょう。まずは月御門万葉。あなたには私の契約者となってもらいます」

「え……?」

「そして生涯を通して、私に人が何を考え、どう生きていくのか。その姿を見せ続けなさい。かつての六王や理玖の様に、新たに授ける力はありませんが……やってくれますね?」


 万葉は僅かにも迷わず、はいと頷く。


「また霊力持ちが幻獣を絶滅させる事を目的にした行動にも、制限を設けさせていただきます」

「それは……」

「安心なさい。自然淘汰に逆らえないのは幻獣も同じ。人と幻獣が奇妙な共存関係にある事は理解しています」


 幻獣は人を襲うが、人も幻獣を狩ってその肉を食らう。それに血や心臓は霊具の材料にもなる。


「生きるため。そのための行いであれば、仕方がないでしょう。幻獣も人を食らうのですから」


 力を持つ人間の一方的な乱獲は制限したいといったところか。なんだかんだでティアルマはやはり幻獣に寄り添う大精霊なのだろう。だがそんなティアルマから大きな譲歩を引き出せたのは流石といったところか。


「それから理玖。導き手であるあなたには、私の呪縛を受けてもらいます」

「呪縛……?」

「数々の大精霊に認められたあなたの導きによって、二人はここまでたどり着きました。こうしてあなたたち人が得た結果について、責任を取っていただきます」


 そうして俺も加わり、その後もいくつかの取り決めを交わしていく。ここに新たに人間と大精霊の間で、契約が交わされる事となった。



【後書き】

いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。

いよいよ次話が最終話となります。


明日のお昼頃に投稿できればと考えておりますので、引き続きよろしくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る