第147話 動乱終結から一ヶ月後 皇都琴桜京
大型幻獣を片付けてから一ヶ月ほどの時が過ぎた今。俺は各地に残る妖や破術士討伐のお役目を手伝っていた。
しばらく皇都を出ていたが、今は帰路についている。幾人かの武人術士たちと一緒だったが、この一行を取り仕切っていたのは偕だった。俺は先頭で偕と馬を並べる。
「久しぶりの皇都だな。しかし天下の近衛が、現場に引っ張り出されるとは思わなかったぜ」
「それだけ人手が足りていないのです。中途半端な者では隊の統率も難しいですし」
「それは一理あるな……」
自分よりも格下に従う武人などいない。しかし偕は近衛であり、実績もある。年下といえど、近衛に正面きって逆らう様な真似をする奴はいない。
「父上も隊を率いて、東へ向かっているという話です」
「親父も働くねぇ。もう歳だろうに」
いろいろあったが、皇国はまた秩序を取り戻しつつあった。早期に五陵坊を始めとした、主だった者たちを討てたのが大きかっただろう。
それに大陸に住む者たちは、150年周期で大きな災害にあっているんだ。有事に対する心構えというのも、ある程度染みついているのかもしれない。
「兄さま。帝国での要件は終えられたのですよね?」
「ああ。あっちもあっちで大変だったが」
「その。これから兄さまは、どうされるおつもりですか?」
現状、俺が一番に優先する事は万葉の旅路を成功させる事だ。そのために帝国の支援も取り付ける事ができた。
万葉も相当実力を身に付けてきているし、この分だと思っていたよりも早く幻獣の領域に挑めるだろう。
「ある程度の方針は固めているが。なんにせよ指月と話を終えてからだな」
俺に霊力があれば、万葉を鍛えてやる事もできたかもしれないが。あいにく符術の事はよく分からない。
「そういえば。万葉の旅路、お前も付いていくのか?」
「はい。まだ選抜は行われていませんが、万葉様の近衛として側でお守りするつもりです」
「となると誠臣や清香もか」
もしかすると四人で幻獣領域に挑む事になるかもしれない。共闘する可能性があるというのも不思議な感じがするな。
「新進気鋭の近衛様がご一緒となれば、頼もしいことこの上ないな」
「あはは……。兄さまが一緒なので、僕も心強いですが」
「五陵坊の様に明確な敵がいるならともかく。幻獣領域では環境そのものが敵だ。人が一人でできる事なんて限られている。あまり俺を当てにするなよ」
魔境も俺一人だったから生き抜けたようなものだ。もし他人を守りながらとなると、話は大きく変わっていた。
そして腕っぷしだけではなく、決して折れない精神力も必要だ。さらにいざという時は、万葉のために死ぬ覚悟が求められる。
「お、皇都が見えてきたな」
「ええ。……どの程度、復旧は進んだのでしょうか」
「さてな。まぁ一ヶ月も経っているんだ。それなりに進んでいるだろ」
■
俺は偕と別れると家へと戻った。帰るまでに一通り皇都を見たが、予想通り街の復旧作業はだいたい終わっていた。
まだ細かいところは残っているが、街としての機能は取り戻している。茶を淹れてゆっくりとした時間を過ごしていると、誰かが家を訪ねてきた。
「理玖!」
「涼香か」
元気よく家に入ってくる。こいつも相変わらずだな。俺は涼香の分の茶も淹れてやるかと席を立つ。
「さっき姉様から、理玖が帰ってきたって聞いたのよ」
「で、早速遊びに来たのか。今は武人術士はみんな忙しいだろう」
「私が遊びに来たと思ったの? ちゃんと仕事で来たに決まってるじゃない」
「お前、前も遊びに来ていただろ……」
涼香は俺の淹れた茶を飲んで呼吸を整える。
「あら、美味しい……。じゃなくて。指月様から伝言よ。二日後、時間は空いているだろうかって」
やっと時間が取れる様になったか。おそらく今の皇国で最も多忙なのは指月だろう。
「ああ、構わない。万葉からの呼びかけがあれば応えよう」
「できれば直接御所に来て欲しいとのことよ」
「なに……」
罪人を直接御所に呼ぶ、か。俺の罪人認定は今更感もあるが、それでも体裁はあるだろう。
「それ、大丈夫なのか? 悪目立ちしそうだが」
「理玖。もしかして今の立場、分かっていない?」
「あん?」
涼香は呆れた表情を隠さずに話す。
「大型幻獣を屠った術。理玖がやったのよね?」
「ああ」
「私を含め、一部の武人たちの間であなたが契約者だって事は知られているわ」
帝国に続き、皇国でも皇族に公表したからな。皇護三家の関係者には知られていてもおかしくない。
「だから大型幻獣を屠ったのは理玖だ、て事は理解しているんだけど。あなたの事を知らない人も多いのよ。特に平民はね」
「それはそうだろうな」
民衆の避難は済んでいた様だが、あの場には平民が多くいた。皇国兵にしても、基本的に平民だからな。
「事情を知らない平民が、突如空から剣が降ってきたらどう感じると思う? しかも大戦力を動員しないといけない大型幻獣を一撃で屠ったのよ?」
「……九曜の術すげー、とかか?」
「そんな訳ないでしょ……。術士にあんな真似ができない事くらい、平民も知ってるわよ。剣が降ってきた時、あなたと万葉様の姿を見た者は大勢いるのよ」
段々と涼香が何を言おうとしているのかが見えてきた。
「平民の中には、万葉様のお顔を知っている人もいるから……」
「万葉が術を使ったと認識しているってことか」
「ええ。未来視を失った万葉様が、変わりに得た奇跡の力だって。あの剣も大精霊様から授かったものに違いないって騒がれているのよ」
「はっはっは」
「何がおかしいのよっ!」
そういえば今まで理術を使う時は人目を気にしていたのに、あの時はまったく考えていなかった。契約者であると明かした事もあり、その辺りの配慮はストンと抜けていた。
しかも皇都のど真ん中で、堂々と目立つ術を使ったのだ。騒ぎになるのは当たり前である。
「で、それと俺が御所に出向く事に何か関係があるのか?」
「理玖、普段は聡いのに、どうして分からないのかしら……」
自分の命や荒事関連には、常に注意深く生きているが。人間関係や政治関連についてはそこまで考えが及ばない。涼香は溜息を吐きながらも事情を話してくれた。
「平民は万葉様の奇跡だって納得していても、武人術士たちはそういう訳にはいかないわ。中には理玖の事を知っている者もいるし、あの日万葉様と一緒に並び立つ理玖を見た者もいる」
皇国軍には武人も多く配属されているし、現場に向かうまでに俺達の姿を見た者もいただろう。それは理解できる。
「そしてその者たちの中には万葉様ではなく、理玖が術を使ったのではないかと考えている者もいるのよ」
「……ああ。つまり霊力を持たない無能者がどういう事だ、と不思議に思われている訳だ」
「ええ。そして今、理玖は大精霊様の契約者になったのではないか、という噂も出ているの」
「まぁあの規模の術を見ればな。貴族であればそう思うか」
やはり軽率だったか。俺が契約者である事は、万人に知られて良い訳ではない。下手な噂は、皇国という現体制の崩壊に繋がりかねないからだ。
元々国の興りが大精霊の契約者から始まっているんだ。裏切った皇国七将の様に、現体制に不満を抱く奴がいれば、そいつらにとって俺はなんとしても利用したい、距離を縮めたい相手だと考えるだろう。
「指月様も理玖の意図を計りかねているのよ。このまま大精霊の契約者として振る舞いたいのか否か」
「……なるほど。確かにあの時は言葉足らずだったな。俺の意思としては、その事を知るのは皇族を中心に一部だけでいいと考えているんだが。必要以上に大勢に知られる必要はない。分かった、御所に赴いた時に誰かに何かを聞かれても、知らぬ存ぜぬで通すとしよう」
今は証拠がないため、疑惑でしかない。俺の言葉で明確に否定するという行為に意味がある。
「大型幻獣を倒した術については、万葉の奇跡の御業って事でいいだろ」
「いいのかしら……」
「また見せてくれ、てなったら俺が何とかするから大丈夫だろ。まぁ奇跡はそんなに安くないがな」
俺は涼香に指月に伝えてほしい事をまとめる。しかしこの分だと、騒ぎが沈静化するまでは皇国から出た方がいいかもしれないな。
ある程度指月とこれからのすり合わせが終われば、一度群島地帯か帝国に渡ろう。
「それじゃ。二日後、忘れないでよ!」
涼香はそのまま家を出て行こうとする。俺はその後ろ姿に向かって声をかけた。
「そうだ、涼香」
「……なに?」
「その首飾り、似合ってるな」
「…………そ、そう? て、あなたも似合うと思ったから、私に贈ったんでしょ!?」
「まぁ……そう、だな」
「何で言いよどむのよ……」
まさか照れたからだなんて、言える訳がない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます