第148話 御所での対談 サリアのくれたもの
そして二日後。俺は真正面から御所へと入った。守衛には話が通っており、真っすぐに指月の元へと案内される。遠目に視線を感じたが、俺に接触してくる者は誰もいなかった。
「やぁ理玖殿。しばらくぶりだね」
「ああ。……やせたか?」
「はは。あまり寝れていないからね……」
久しぶりに指月の顔を見たが、疲れている表情を隠せていなかった。今一番忙しい皇国人だろうが、こればかりは皇族に生まれた自分を呪うしかないだろう。
俺は指月と挨拶はそこそこに、本題に入ることにした。内容はもちろん、帝国での出来事だ。
「実は先日、帝国からも使者が見えてね。今の帝国の内情はおおよそ分かっているつもりだよ」
「皇国もまだ大変なのに、帝国の相手もするとはな」
第一王子グライアン及びパスカエルとその一派の失脚。第二王子テオラールの次期皇帝正式指名。その他、それに伴う改変など、ある程度の事情は理解しているようだった。それを補う形で、パスカエルとの戦いを話していく。
「てな訳で、帝国も街一つ壊滅した上に、パスカエルと繋がりの深かった魔術師のあぶり出しなど、まだまだやる事は多い。帝国も皇国も完全に落ち着くのは、まだ時間が必要だろうな」
「魔人と化したパスカエル氏か……。しかしそこで第三の契約を交わすとは。まさか三人もの大精霊様と契約を結んでいるとは思わなかったよ」
「万葉が近くにいれば、第三の契約も必要なかったんだがな」
今さら隠す事もないかと思い、俺は大精霊との契約の一部を話す。すなわち、万葉を護るという契約を。
とはいえ、この事は指月も以前、薄々感づいている様だったが。
「なるほど。それで万葉が側にいる時は普段よりも強力な力が振るえると」
「ああ。契約を成す者……代行者としての力を得られる。時に干渉できるのもその力だ。もっとも、これは万葉にしか適応されないが」
話すのはあくまで契約の内容のみ。理術に俺の血が必要な事などは伏せる。さすがにこれは話せない。
「魔境から脱出するにあたり、とある大精霊から出された契約になる。その大精霊は人類に希望を……大地と契約した大精霊と交信できる可能性のある者を守りたかったんだろう」
万葉を護る代わりに魔境から脱出でき、さらに限定的ではあるが空間と時に干渉する力を得た。かつての六王もこの力は得ていなかっただろう。
「今も我々を見守ってくれている大精霊様に感謝だね」
指月の発言に、俺は曖昧な表情で応える。あいつらは見守るだけの存在だ。自分たちから積極的に動くこともないし、その在り方は傲慢とも受け取れ、俺は好きになれない。
というか、好意的な感情を向けることができない。霊力を持っている側の人間には理解できないだろうな。
「まぁ第三の契約もある。俺も大陸に住む人間がどういう未来をたどるのか。調和とはなんなのか。考える事も増えた。改めて万葉の旅路には全面的に協力するつもりだから、安心しろ」
「それは心強いね。その話については、帝国とも協調していくことになるだろう」
今後帝国に通信用の鏡を贈呈する話になっているらしい。帝国に駐在する術士も派遣し、両国が綿密に連絡を取れる体勢を築いていくようだ。この辺りの手の速さは流石といったところか。
「理玖殿はこれからどうするか、決めているのかい?」
「ああ。なんだか今、皇都では俺の噂もいろいろ出ているみたいだからな。しばらく離れようと思っている」
「出ている噂はだいたい真実なのだけれどね……」
指月は苦笑しながら茶で喉を湿らせる。
「ま、群島地帯に行くにせよ帝国に行くにせよ、俺に緊切の用は無いんだ。必要なら万葉を使って呼べばいい」
「それはありがたいが。……ところで残り一つの契約について。聞かせてもらう事はできるかな?」
万葉を護るという契約と、第三の契約を話したが、俺が契約した大精霊は全部で三人だ。つまり残り一つ、指月に話ていない契約がある。帝国でも話したことだし、まぁこれも今さらだろう。
「そっちの契約は単純だ。再び国家間での争いが発生した時。両国の霊力持ちを全員殺す。この契約を呑むことで、俺は理術を操る術を得た」
契約の内容を聞き、指月は表情を硬くする。
そもそも人は、そのままの状態では複数の大精霊と契約を結ぶことができない。あいつら曰く、そこまで器は大きくないとのことだ。
複数の大精霊と契約を交わすため、俺は一度身体を作り替えられていた。おかげで強靭な身体能力を手に入れたため、これについては何も不満はない。
第三はともかく、第一、第二の契約を受け入れるのは、俺にとっても都合が良かったのだ。
「かつての過ちを繰り返さないため、か」
「さぁな。何故そんな内容の契約にしたのかまでは聞いていない。まぁ勝手に力を授けて勝手に失望する様な奴らだ。あまり真に受けない方がいい」
「大精霊様相手でも対等に話せる理玖殿は、やはり特別だと私は思うね……」
「やめろ。俺はそういう上等なもんじゃない」
俺があの魔境を生き抜いた事を、特別の一言で片づけられるのはしゃくだ。
俺が今日まで生きてこられたのは、特別な存在だったからじゃない。恨み、憎悪。そんな人間なら誰しもが持っている感情を捨てなかった結果だ。
「お前もあいつらと話せば、きっと考えが変わるさ。俺にまつわる噂話は適当に収めといてくれ。お前ならできるだろ?」
「わかった。だが君が契約者という事をうまく誤魔化せても、並の武人を超える実力の持ち主だという事は知られている。どこまでうまくやれるかは未知数だよ」
「ああ。ま、仕方ないだろうな。……そうだ、一応これも言っておくか」
体制側が契約者に対して抱く懸念点は、いくつかあるだろう。その一つを払しょくしておく。
「俺を取り込んで新たな血族、新たな国造りを考えたいバカもいるかもしれんが。俺の力は一代限りのものだ」
「……ほう」
「六王の時とは事情が異なるからな。もし俺に子ができたとしても、そいつは普通の子だ。理力を操ることはない。つまり反体制側の奴が俺を取り込んで新たな王に据えようとしても、霊力に代わる力が子孫に受け継がれる事はない。俺の力はどこまでいっても俺自身のもの。他人の都合でどうこうできるものじゃない」
俺から始まる王朝というのは有り得ないし、霊力にとって代われる様な力が受け継がれない以上、600年の伝統と格式を持つ皇族には及ばない。
今も大精霊の力を色濃く残す皇族は、やはり特別な血筋と言えるだろう。皇国は皇族に代わる一族がいないのだ。神徹刀を作れるのも皇族のみだしな。
「どちらにせよしばらくは皇国から離れた方がいいだろう。さっきも言ったが、必要な時は呼んでくれれば対応するから、うまくやってくれ」
「ふふ。分かった。その時は頼むよ」
■
指月の部屋を出て御所の中を歩いていると、三人の人物が俺の行く手を遮っていた。親父と母上。それに偕だ。親父も遠征しているという話だったが、帰ってきていたのか。
「おや。二人がそろっているなんて、久しぶりに見たな」
「……お前が指月様に呼ばれたと聞いたからな。無礼を働かないか控えていたのだ」
「ふふ。素直に息子が変わりないか、顔を見に来たと言えばいいではないですか」
「む……」
廊下で四人が立ち止まるのは手狭だったため、庭先に足を進める。御所内はところどころ破壊された痕が残っており、復興は進んでいない様子だった。
「街の復興は進んでいるのに、ここはまだあの時の痕跡が残っているんだな」
「御所の修復は最低限に。まずは街からという方針を指月様が出されたのです」
妖となった五陵坊は、偕たちと戦う前に随分と派手に暴れまわっていたらしい。生々しい破壊痕はいたる所に見られた。
しかしこうして四人がそろうのは随分と久しぶりだ。親父は神妙な声で語り掛けてくる。相変わらず無駄な堅苦しさを感じる声だ。
「偕からも聞いた。今回も見事な働きを示したそうだな」
「その言い方だと、俺が皇国のために働いたみたいでしゃくだが。まぁ俺にも事情があって、万葉を護らなくちゃならないのは確かだ」
あくまで俺自身の都合で戦っただけ。
……くそ、涼香の言葉がまた脳裏をよぎる。
俺は自分の心から目を背けているつもりなんてない。間違ってもこの口から、皇国のために戦っただなんて言葉が出る事はない。
「兄さま。先日もお伺いしましたが、これからどうされるのですか?」
「ああ。さっき指月にも話したんだが。しばらく皇国を離れるつもりだ」
「え……」
「俺に関する噂話もいろいろ出ているみたいだからな。万葉の旅が始まるまでまだ時はある。無理にこんな堅苦しい場所にいる必要はないだろ。何かあれば飛んでくる事もできるんだしな」
俺の発言に母上も軽く頷きを返す。
「あら。なら理玖とお茶を飲みたい時は、万葉様にお願いしようかしら」
「……まぁ別にそれでも構わないが」
自分でも今の発言に驚く。昔の俺ならまず言わなかったことだろう。
やはり復讐を終えてからというもの、自分の心に怒り以外の感情が戻りつつある様に思う。余裕が生まれたとでも言うか。
「あ……」
「なんだ、偕?」
「兄さま。今、笑いました?」
「あん? ……んな訳あるか。笑う箇所じゃなかっただろうが」
俺達は他愛ない会話をしながらゆっくりと御所の中を進む。こうして家族と共に歩める日がくるとは、不思議な気持ちだ。
だがどうあっても、やはりここは俺の帰る場所じゃないし、居場所でもない。
これまでの自分の生き方を変える事もできないし、皇国人として新たな人生を歩むつもりもない。だが。
今こうして過ごす時間を作るきっかけとなったサリアに、俺は心の中で笑いかけるのだった。
【後書き】
いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。
もうすぐ最終話を迎えますが、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。
今後ともよろしくお願い致します。
佐々川和人
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます