第135話 絶望の復讐者 炎に沈む領都

(これはまずいわね……。このお姉さん、絶対普通じゃない。下手すれば五陵坊以上……!)


 背を見せれば確実に斬られる。佐奈はどうやり過ごそうかと考える。


「まさか霊影会幹部とここで出会えるとは。でも困りました。捕えた方が良いのは分かっていますが。殺してしまった方が、後々の面倒もなくて楽なのよね」


 完全に自分が勝つと確信している。だがそれも仕方ないと佐奈は認める。元々佐奈は、そこまで戦闘に特化した能力を持っている訳ではない。状況や環境が嵌まれば強力な能力なのは間違いないが、こうした真正面からの戦闘には対応しづらい。


「必中の佐奈。霊影会幹部の中では一番若いですね。幼い頃に五陵坊に拾われたのだったかしら?」

「……へぇ。お姉さん、詳しいじゃない」

「一時、皇都から出たあなたたちを、同僚の桃迅丸が何かと気にしていましたから。少し気になって調べた事がありまして。何でも面白い能力を持っているみたいですね? どちらの武が上か、試してみたいわ」

「妖を何の苦もなく切り裂くその強さ。あなたが噂の第一軍の将ね。……どうせ派遣されてくるなら、その桃迅丸か父の諒一が良かったのに」


 佐奈も五陵坊と本堂家の因縁は知っている。そして五陵坊の敵は佐奈の敵。佐奈はここに本堂家の者が来ればいいのにと考えていた。そうすれば、自分の手で五陵坊の無念を晴らせるのに、と。


 しかし蓋を開けて見れば、皇国最強の武人がやってきた。皇都の防衛に穴を開けるという意味では作戦は成功しているが、どう考えても佐奈や菊一で対処できる武人ではない。


 思い出すのは幼き頃、五陵坊と出会った時の事。楓衆の預かりとなり、親のいない自分に愛情を注いでくれた同僚たち。そして出会ってから今日までずっと一緒に過ごしてきた菊一。


 またあの日々を取り戻すため。皆で笑い合える時を目指して。ここで死ぬ訳にはいかない。


 下手な動きを見せれば、それが自分の最後。今懐に入っているのは、いくつかの投擲用の刃物。腰には難燃性の縄もある。これらを使って、この場から離脱する。そのためにも今は時を稼ぐ。


「桃迅丸や諒一も、あなたの様に強いの?」

「ふふ。皇国の武人で、私に敵う可能性のある者は少ないですよ。そしてその中に、その二人はいません」


 面白味のない男たちですよ、と紗良は付け加える。


「何やら本堂の者と因縁があるようですが。私には関係ない事。さぁ、大人しく……」


 言葉の途中で轟音が響く。こことは別の場所で、誰かが暴れている様子だった。そして佐奈は、ここしかないと判断する。


 視線が佐奈から離れた紗良に向けて、網目状にした縄を能力も使って高速で投げつける。次いで刃物も投擲し、自らはその場からの離脱に動く。


 佐奈の能力の影響下にあるそれらは、対象の足を止めるには十分であった。


 並の武人ならば。


「え……」


 うまくいった。そう思った佐奈であったが、何故かその視界は天地が逆転していた。





「お……あ、ああ……」


 今も妖は、こことは違う場所で暴れている。だが。菊一の耳には、遠くで暴れる妖たちの騒音も入ってきていなかった。


 その目は地の一点を見つめている。地に転がる佐奈の身体と……その側に落ちている首に。


「さ………………なぁ…………」


 もしこの作戦が上手くいったなら。新たな皇国を作り出せたのなら。その時は皇都で、一緒に暮らそうと話していた。


 菊一の脳裏には、これまで佐奈と過ごしてきた数年間の想い出が蘇る。初めて出会った時、佐奈はまだ子供だった。だが楓衆で苦楽を共にし。成長した佐奈に惹かれ。いつしか二人は思い合う間柄になった。


 菊一は五陵坊のため、そして霊影会ができてからは、佐奈のために奮闘してきた。だが。


「さぁ…………な…………」


 分かっていた。今のままでは、いつだってこうなる可能性がある事は。


 明日自分が死んでもおかしくない。そういう生活を送っているという事は分かっていた。


 だが佐奈が自分よりも先にその日を迎えるのは。絶対に許せない事だった。


「あ……あぁ……」


 今更自分が他人の死を悲しむのはお門違いだという自覚はある。これまで自分も、多くの武人術士をその手にかけてきたのだ。


 その者の家族は。残された子供は。友人は。やはり今の自分と同じ想いを抱いたに違いない。しかし。それでも。この絶望は。


「う……あ…………」


 その目に狂気が、絶望が、失望が宿る。槍の矛先には不安定な炎が宿る。


 炎は決して大きい訳ではない。しかしその色が紅いものから紫に変わり、今は菊一の心を反映する様に黒くなっていた。


 そして菊一は。槍を地に置くと、佐奈の顔に触れ。その首を拾い上げて胸に抱く。


 しばらく目を閉じていたが、佐奈の首をそっとその身体の上に置くと。自らの懐から黒い杭を取り出す。


「はぁ…………あ、あぁ…………」


 もはやどうでも良かった。これで失敗して死んだとしても、何でも良かった。


 だが。もしこの試練に打ち勝ち。新たな力を得られれば。その時は。


「全員……武人も、術士も、領民も、全員……。みな……みなみな……み、な、ご、ろ、し、だ…………!」


 そして。ここに狂喜の炎妖が誕生する。





「破っ!」


 狼十郎は仲間の武人術士と協力し、妖を討滅した。


「こちらも被害は出たが、何とか片付いたか……」


 手ごわい相手ではあったが、剛太を相手取った後という事もあり、いくらか冷静に対処する事ができていた。


 妖は誰もが自分よりも強い霊力を持っていたが、さすがに剛太ほどの脅威は感じない。


「そちらも終わったようですね」

「紗良殿」


 声のした方に視線を向けると、そこには紗良がいた。一人で多くの妖を相手取っていたというのに、傷どころか服に汚れすらない。これは張り合う相手ではないな、と狼十郎は考える。


「どうやら領都を荒らした者どもはあらかた片付いたみたいですね」

「ええ。ですが指揮をとっていたと思わしき者の姿は見えません。東に陽動をしかけていた事といい、栄六の様に霊影会幹部が指揮を執っていると思ったのですが……」

「あら。霊影会幹部ならいましたよ、必中の佐奈が」

「え……」


 やはりここにも幹部がいたか、と驚く。だがその姿を見たという当の紗良は、落ち着いた様子だった。


「その様子じゃ、どうやらそっちも終わったみたいですね」

「ええ。捕えようかとも思ったのですが。少々抵抗されてしまいまして」

「はぁ……」


 少々の抵抗くらいなら何とか対処できたのでは、と思わなくもない。だが霊影会もこれまで、皇国の至るところで暴れてきている。


 それに皇族たる月御門万葉殺害に動いた死刃衆。その支援を行っていたことも確認されている。姿を見せれば問答無用で殺されても仕方がない。


「しかし領都の修繕には時間がかかりそうですね。まぁ私は役目を終えれば皇都に戻るだけですので、後の事は左沢領領主殿の仕事なのですが」

「他にこの地で暗躍する破術士がいなければ、俺も一度皇都に行きますよ」

「婚約者に会いに?」

「……もしかしてその話、武家中に広まってます?」


 はぁ、と狼十郎が溜息を吐こうとした時だった。近くで轟音と共に、巨大な火柱が上がる。


「な……!?」


 火柱はあっという間に領都を焼く。さらに一度では終わらず、何度も火柱は上がった。


「いったい!?」

「どうやらまだ残っていたようですね……」


 だが残った者は並の破術士ではない。通常の符術であそこまで大規模な火術を連発する事は難しいからだ。それができるとすれば。


「術の心得がある、人と化した妖でしょうか。いずれにせよ捨て置く事はできませんね」

「……ですね。しかし並大抵な相手ではないでしょう。ここは向かう人数を絞るべきかと」

「そうですね。では武人は狼十郎。それに援護に術士二人。付いてきてください」

「はっ!」

「了解」


 狼十郎はこの四人で対処しきれるだろうかと考えるが、紗良の存在は別格だと計算しなおす。


 逆に紗良が対処に向かったのにも関わらず、敵わなければ。今、領都に残る戦力ではどうしようもない相手になるか、と考えた。


「もうこの辺りから熱いな……!」

「敵が近いですよ、狼十郎殿」


 今も連続して火の手は上がっており、周囲の建物は燃えている。場所に気を付けなければ、自分たちの肺も焼いてしまうだろう。


 警戒しながらも前に進む。そしてそこに原因の妖がいた。


「あれか……!」


 奇妙な妖だった。その姿は間違いなく人そのもの。しかし。腕に、足に。黒い炎がまとわりついている。


 そして。その妖は、狼十郎たちの姿を確認すると。


「あ……おあああああああああああああああ!!」


 絶叫と共に黒い炎を、広範囲に放ってきた。

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