第128話 羽場真邸での戦い 理玖 対 剛太
今までも似た様な化け物は相手にしてきたが。さすがに神徹刀持ちは初めてだな。周囲は激しい戦闘の跡が残っており、屋敷はもうめちゃくちゃだ。
翼と京三は、これ以上は難しいだろう。狼十郎は……まだやれそうだな。やはり大した男だ。清香が選ぶ奴なだけはある……のか?
「おい狼十郎。交代だ。後は俺がやる」
「理玖。嬉しい申し出だが、流石に無茶じゃないか?」
「ならまず俺がやるから、入れそうなら援護してくれ」
といっても、入らせるつもりはないが。しかし油断できる相手ではない。四の五の言っていないで、理術を使う必要があるな。
「その刀、神徹刀か……? いやしかし。霊力は感じん」
「ははは。なんでお前ら化け物は、どいつもこいつも言葉だけは上手く操れるのか……」
「まるで俺以外にも、妖を相手にしてきたかの様な物言いだな」
「おう。お前で何人目かもう分からん。あとお仲間は全員仕留めたぜ。つまりここ羽場真領に残った化け物は、お前一匹だけという事だ」
「なに……?」
化け物の相貌が僅かに見開かれる。事実、ここに来るまでに遭遇した妖の類は全て叩き斬ってきた。逃げ出した元皇国兵に破術士までは相手にしていないが、こいつを仕留めれば羽場真領での騒動も終わりだろう。
「では表で暴れていたのは貴様か……。しかしどうやって他の妖を仕留めた? 貴様は何者だ?」
「そういうてめぇはどこのどいつだ」
「ふ……。俺は皇国最強となった武人、近石剛太。只人たる貴様では我が力、理解はできまいがな」
「はは。武人? いつから皇国はてめぇみたいな化け物を、武人として仕えさせる様になったんだ? 自分が武人だと思い込むのはやめておけって」
「生意気な小僧だ。どうやって他の者を屠ったのかは知らんが。狼十郎もろとも、貴様もここで切り捨てるまでよ」
そう言うと剛太と名乗った化け物は刀を構えた。そしてその姿が視界から消える。だがはっきりと敵意を感じ取った俺は、刀で初撃を受け止めた。
「ほう……!」
僅かだが身体が押される。力だけなら俺より上だな。だが。俺はここで軽く足で地を叩き、簡易理術を発動させた。発動した術は、神徹刀を握る剛太の右腕を斬り飛ばす。
「なに!?」
「はっ!」
さらに刀を振りかぶる。相手は武器を無くし、片手のみ。拳も交えた連撃で、確実に負傷を与えていく。
ここに来るまでの間、俺は多数の妖相手に簡易理術の練習を積み重ねていた。まだいまいち掴み切れていないが、この程度は容易い。
しかしもう少し高い位置で発動できれば、首を狙いにもいけるんだが。
「かぁ!」
だが流石に加古助の様に押し切る事はできなかった。剛太は全身から霊力を放出する。俺は神徹刀でそれらを捌くが、後退を余儀なくされた。
距離が空いたところで、剛太は切り落とされた右腕を拾い上げ、腕部の切断面に沿える。次の瞬間、右腕は元通りになっていた。その手には神徹刀も握られている。
「どうやら妖を屠ったというのは嘘ではなかったらしい。小僧、もう一度聞こう。貴様は何者だ?」
「加古助とやらにも言ったが。お前はわざわざ獣相手に名乗りを上げるのか?」
「……ふ。面白い小僧だ。だが真の強者というのを知らぬと見える。馬に踏まれたカエルの如く、醜く潰れるがいい」
「あぁん!?」
剛太の吐くカエルという単語に、左目が久しぶりに強く疼き出す。俺は血に刻まれた大精霊の力を解放していく。
「死ね。 三進……!」
「理術・溺真水法・空咬捻刺」
屋敷の庭にある池。そこから水が竜巻の様に、細長くねじれながら一本の槍と化し、背後から剛太を貫く。
「ぐふっ!?」
全部で四本。その全てが剛太の身体を貫いた。これ以上の威力にも調整できるが、万葉が側にいない以上、むやみやたらと規模の大きな理術を使用するのは避けたい。
簡易理術を極めれば、この辺りの問題も解決すると思うのだが。
「ぐぉっ……なん、だ! これはぁ……!」
術を解いていないので、剛太を貫いた水槍はいつまでも回転し続けている。しかも四本がそれぞれ別方向にねじれているのだ。
「お前が無茶したせいで、お池に宿る精霊様がお怒りなんだろうさ」
「ふざ……! けるなぁ!」
有り余る霊力を無理やり全方位に放射し、半ば無理やり水槍の拘束を解く。だが部屋に水精は満ちた。
「理術・零清凍珀法・氷芯霧閃」
剛太の周囲に、氷で形成された無数の槍が生まれ、全方位から剛太に向けて襲い掛かる。
「おああああ!?」
逃げる事も防ぐ事もできず、全身に氷槍が突き刺さる。俺も経験があるから分かる。今、氷槍は傷を芯から冷やしているだろう。
俺は剛太に向けて駆け出し、間合いに入ったところで氷槍の合間を縫って刀を振るう。
「……っ!」
しかし。いくらか傷はつけられたが、どれも浅かった。硬いな。しかも切り傷は直ぐに修復されていく。
「かぁああっ!」
「ちっ!」
再び全方位に照射される霊力。俺はそれを躱すために大きく後退する。次に剛太に視線を向けると、氷槍は全て取り除かれていた。
「小僧! この妙な術は貴様かあぁぁ!」
理術で傷つけた部位は再生が遅いな。とはいえ、放置すれば完全修復されるだろう。面倒な。
剛太は真っすぐに俺に向けて駆け出し、刀を振るう。俺も接近戦に応じるが、無理に打ち合う事はしない。力押しでは俺の分が悪いからだ。
それをどう捉えたのか、剛太は勝ち誇った様な笑みを浮かべる。だが。
「学習しねぇ奴だな。そらっ!」
剛太の斬撃を避けつつ、地に右足が触れた瞬間に簡易理術を発動させる。再び剛太の右腕は宙を舞った。
「おおおお!?」
作り出された大きな隙。俺は刀では大きな傷を与えるのは難しいと判断し、力を込めた渾身の打撃を剛太の腹部に放った。拳は情け容赦なく腹部に突き刺さり、剛太を大きく吹き飛ばす。
「ははは! 神徹刀を使ってもその程度かよ! ……っと。狼十郎!」
俺は足元に転がる剛太の神徹刀を、狼十郎の方に向けて蹴り飛ばす。
「京三にでも使わせてやれ! 少なくともあの化け物が振るうよりは有用な使い方だろ!」
狼十郎は苦笑しながら頷く。俺もじいちゃんの神徹刀をずっと使い続けているからな。例えその御力が引き出せなくても、手入れ不要な名刀という点は変わらない。
剛太は吹き飛ばされた先で立ち上がる。その右腕は再生しようとしているのか、不気味に蠢いていた。よく見ると、側に落ちている剛太の右腕も蠢いている。
「うお、気持ち悪い! ……理術・滅灰撫熱法・焼塵訣」
威力を最小に絞って理術を発動させる。落ちていた右腕は白い炎に焼かれ、一瞬後には跡形も残っていなかった。
「な……に……」
翼が雷術でも使ったのか、周辺はところどころ焼き焦げている。これらの火精を活用すれば、僅かながら火の理術も使用可能だった。
「さぁて。これでてめぇはしばらく右腕が使えない、神徹刀も失った。そういや面白い事を話していたな。真の強者がどうたらとか」
「ぐぅっ……!」
「せっかくの力も、扱う奴がお前ではな。これが宝の持ち腐れという奴か?」
「貴様……! だが俺には、依然としてこの莫大な霊力がある!」
「それさっきも言っていたよな。で? このざまなんだが? それともまだ何か隠し玉でもあるのか? 言っておくが、今更お前程度にびびる俺じゃねぇぞ」
改めて見るが、やはりパスカエルとは霊力の規模が全く違う。奴は杭とは違う手段で化け物に成ったようだった。あの格の化け物が相手となると、いくらか苦戦していただろう。
■
再び始まる理玖と剛太の激突。だが勝敗は既に明らかだった。剛太は手負い、さらに頼みの神徹刀もその手にない。対して理玖は依然無傷。さらに時折理解不能な術を行使している。
その身のこなしに加えて、圧倒的な霊力を前に、ものともしない胆力。一体どれだけの修羅場をくぐれば、あれだけの実力が身に付くのだろうかと狼十郎は考える。
「狼さん……」
「京三。しばらくこれを使っておけ」
狼十郎は京三に剛太の神徹刀を手渡す。京三は複雑な表情でそれを受け取った。翼も剛太の霊力にあてられていたが、今は持ち直している。
「お兄さん……。一体何者なの……」
その疑問は三人に共通したものだった。剛太の力は、こけおどしでも何でもなかった。あのまま戦い続けて勝つには、とても難しい相手だった。
一対一でこれに勝てる者など、そうはいないと断言できる。妖と化した剛太に太刀打ちするには、皇国最高峰の武人術士を複数用意せねばならなかっただろう。
冗談ではなく、その存在は皇国の存亡を左右するものだった。では。その剛太をも圧倒する理玖とはなんなのか。今も目の前で、剛太を次々と切り刻んでいる。
「どうしたどうした! そんなんじゃ神徹刀があってもなくても変わらねぇぞ!」
先ほどまで自分の勝ちを信じて疑っていなかった剛太も、今は理玖に対してはっきりと怯えの感情を顔に出し始めていた。
「……京三」
「……はい」
「世界って……広いんだなぁ……」
「…………はい」
狼十郎たちからすれば、理玖は理不尽の権化だった。でたらめな実力、謎の術。おまけに右目は紅く光っている。これで霊力を感じないのだから、増々理解できない。
もはや狼十郎は、理玖に加勢しようという気は無くなっていた。京三も理玖の戦いをじっと見つめる。
「狼さん。俺の……追ってきた武って。なんだったんでしょうか……」
「さて、ね。自分の武を疑うのは、武人であれば誰もが一度は通る道だが……。あれを見て自分の武を疑うのは止めておけ。あんなのを目の当たりにしちゃ、誰だって……なぁ? ところで翼。理玖の使っているであろう術。ありゃ九曜一派の何かか?」
「いいえ。はっきりと断言できるけど、絶対に違うわ。そもそも霊力を感じないもの。彼の言う通り、本当にお池の精霊様がお怒りになったと言われても納得できるくらい。そもそも術の規模の割に、発動が速すぎるわ」
「だな……」
何の予備動作もなく、呪文を唱えれば即座に術として完成されている。初見であれば、避けられる者はまずいないだろう。
剛太はそんな理玖の術を受け続けている。そしてとうとう片足を地につけた。
「終わりだ、化け物」
「ひぃっ……や、やめ……たすけ……」
理玖は右足で地を叩く。倒れた姿勢でいた剛太の首が宙に飛んだのは同時だった。周囲には剛太の血が吹きすさぶ。
理玖は素早くその場から離れ、まともに血を浴びるのを避けた。
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