第127話 狼十郎 対 剛太 二人の覚悟
「ったくよう。京三、無茶し過ぎだって」
「ろ、狼さん……」
絶刀ほどではないとはいえ、神徹刀を抜いた狼十郎の身体能力も向上している。その狼十郎をもってしても、京三を救い出すのはぎりぎりだった。
翼も自らの放った術が、京三を焼かなかった事にホッとしている。
「ほんと、勘弁してほしいわ。でもこれで栄六は討った。狼さん、近石剛太は……?」
「ああ……」
そう言って狼十郎は視線を移す。そこには粉砕された畳に、仰向けになって倒れる剛太の姿があった。
「さすがだな、狼さん。絶刀相手に勝ったのか」
「いくつか格上の相手と戦う術は用意しているからな。だがそう難しい話じゃない。単純に俺と剛太では、霊力の持続力が違う」
狼十郎は後の事さえ気にしなければ、丸一日は神徹刀を抜いた状態を維持できる。だがそれほど長時間、抜刀し続けられる武人などそうはいない。
ましてや剛太の神徹刀の御力は絶刀。強力な力が得られる分、絶破や絶空と比べても霊力の消耗が激しい。
狼十郎は、自分からは必要最低限にしか仕掛けず、剛太の霊力切れを狙った。そして霊力の勢いが衰えた瞬間を狙い、反撃に転じた。
「しかし翼も案外無茶する。こんなところで雷鳴剣を使うとはな。一般人が巻き添えになる可能性もあるってのに」
「あら。今の時期にわざわざ領主邸に近づく一般人なんていないわよ」
自らの求める素材のため毛呂山領に訪れるなど、翼は思いきりのいいところがある。今回はそれが良い方向に作用したと狼十郎は考えていた。
「さて。表の理玖を援護しに行くか」
「狼さん。剛太はどうするんだ?」
「今回の反乱における重要参考人だからな。身動きは取れないようにする必要はあるが、ここで殺す事はない」
■
なぜだ。どうしてこうなった。仰向けになりながら剛太は考えていた。
狼十郎と戦い始めた当初は、自分の有利を確信していた。狼十郎は霊力豊富な武人という訳ではなく、神徹刀の御力も絶刀ではなかった。打ち合えば勝つのは自分であると疑いはなかった。
だがいくら刀を振ろうが、その刀身が狼十郎に届く事はない。途中からあからさまに自分の霊力切れを狙っている事にも気づいたが、それを正面から打ち破る事もできなかった。
やがて霊力の勢いが劣い始めたところで、形勢が逆転し始めた。刀を抜けば速攻を旨とする、武人らしからぬ戦い方。それにまんまと翻弄された。
そして今、血風の栄六まで敗れた。破術士とはいえ、栄六の戦闘力も決して馬鹿にはできない。身体能力の強化は並の武人よりも強いし、修羅場をくぐってきた経験も豊富だ。過去には近衛、術士との戦闘経験もある。
だというのに、武人術士を相手に敗れ去ってしまった。やはり栄六も杭を使っておくべきだったのだ、と今更ながらに考える。
今回の計画の全貌は、あらかじめ五陵坊より聞いていた。おそらくもう少し時が経てば、皇都には大きな混乱が巻き起こるだろう。
狼十郎は自分たちを敗北が確定した反乱と言っていたが、こちらからすれば必ず成功すると確信しての行動である。
だがこのままでは、最終的に反乱が成功しても自分の立場がない。なにより栄六を死なせてしまった事が、五陵坊に対して申し訳ない。そう考え。剛太も覚悟を決めた。倒れながらも懐から黒い杭を取り出す。
(思えばこの乱を成すと決めたのにも関わらず、覚悟が足りていなかったのだろう。ここにきて自分の勝利は当然のものと考え、狼十郎を侮った。まだまだ皇国には多くの武人術士がいるというのに! 一度は皇国に裏切られた五陵坊が、今も理想の国を目指しているというのに! ここで! 俺がやらねば! 誰が新たな皇国を興せるというのだ!)
自分には必要ないと思っていた呪具。これはあくまで力弱い破術士が使うものだと決めつけていた。だが何故か手放せず、懐にしまっていた。今更ながらその事に安堵する。
「っ! 狼さん!」
異変を感じ取った翼が叫ぶ。だが遅い。剛太は一切の躊躇もせず、黒い杭を自らの心臓へと突き入れる!
■
「これは……!?」
「まさか!?」
剛太を中心に、強烈な霊力の気配が満ちていく。それは南方家の道場で妖が放っていたものよりも強大なものだった。
辺りが眩く輝き、目が眩みそうになる。やがて光が収まった時、そこにいたのは人間ではなかった。
全身を乳白色に輝かせ、目は大きく飛び出している。さらに肉体の中には何かを飼っているのか、不気味に肉が蠢いている。
だがその身に強大な霊力が秘められているのは理解できる。狼十郎は声に緊張の色を滲ませながら、翼に尋ねる。
「翼。霊力はどれくらい残っている?」
「……雷鳴剣ならまだ撃てるわ。でも撃てば狼さんの援護はできなくなる」
「雷鳴剣は撃たなくていい。過去に毛呂山領で雫が妖に雷鳴剣を放ち、効かなかった事例がある。ああなった剛太にも効くのかどうかは確証がない」
今も剛太だったモノは、その身体を変質し続けている。うかつに手を出すのは危険。そう考え、狼十郎は指示を出す。
「京三と翼は理玖の援護に迎え。可能なら理玖を連れてきてくれ」
「狼さん……! でも……!」
「京三は刀が折られているだろう。刀くらいならどこかから調達もできるだろうが、その怪我じゃアレの相手は無理だ。翼も残った霊力を理玖の援護に使ってくれ。おそらく今、俺達に残されたまともな戦力は、俺と理玖だけだ」
狼十郎自身はまだ神徹刀を抜刀した状態であり、怪我もない事から戦力としては十分。だが京三と翼はそういう訳にはいかない。
それならば二人を理玖の援護に向かわせ、早期に彼を連れてきてもらった方が良い。そう判断しての指示だった。
「心配しなくても、俺の久保桜なら時間稼ぎくらい……」
そう言いかけたところで、再び剛太だったモノが輝きだす。その輝きが収まった時、そこには元の姿を取り戻した剛太が立っていた。いや。その胸には黒い杭が刺さっており、そこを中心に全身を乳白色の輝きが迸っている。
「剛太……なのか……?」
剛太は自らの手足を軽く動かし、自分の身体を確めている様だった。
「ふむ……?」
狼十郎たちに強い緊張が走る。先ほども強大な霊力を感じていたのに、今はさらにその霊力が跳ね上がっているのだ。
およそ人の身で宿せる霊力ではない。やがて剛太は落ちていた自らの神徹刀を掴むと、その御力を開放した。
「な……!」
「ふふ……ふふふふ……ふはははははははははははあははははっはははあはあはああははは!!!!」
これまでに感じた事のない、莫大な圧。京三と翼は圧倒的な波動に飲まれ、動けなくなる。狼十郎も意識が飲み込まれない様に必死で抗った。
「これが! これが「成る」という事かっ! 眉唾かと思っていたぞ! ふははははは! 素晴らしい、素晴らしいぃぃぃぃぃいいい!!」
これまでの自分の人生において、これほど圧倒的な存在に出会った事があったであろうかと狼十郎は考える。
そして今日だけで、何度自分の中にある武人としての常識を崩されただろうかと考えた。果たして今の剛太に会話が成立するのか。狼十郎は努めて冷静に口を開く。
「……確認するが。剛太、でいいのか?」
呼ばれた剛太は、首だけを狼十郎へと向ける。
「それ以外に見えるか?」
「そりゃそんなモンを胸に刺してりゃな」
「ああ……これか……」
ふふ、と剛太は不気味に笑う。
「これはとある組織が作り上げた霊具だ。効果は見ての通り。莫大な霊力と引き換えに、通常なら妖となるが、稀に素質ある者はそこから人の姿を取り戻すと聞いていた。まさか俺がこうして元の姿に戻れるとは思わなかったが」
「おいおい。それで元の姿に戻れたつもりなのかよ」
胸に杭が刺され、全身は常に乳白色に輝いている。姿形は人でも、とても同じ人間には見えない。
だが剛太は、狼十郎の言う事を気にした素振りも見せず、神徹刀を軽く振った。瞬間、屋敷が大きく斬られる。
「な……」
「はははははははははは!! 素晴らしいぞ、この力ぁ! まさかこの姿でも神徹刀が振るえるとはなぁ! どれだけ神徹刀の御力を解放しようが、霊力は全く劣える様子がない!」
莫大な霊力を秘めた怪物が、神徹刀の力を自在に振るう。考えただけで悪夢だった。同時に狼十郎は決意する。
「……はぁ。だからこういうのは柄じゃないっつってんだけどなぁ」
「ふはははは! 狼十郎、今さら臆したところでもう遅いぞ!」
「そんなつもりは……いや。多少は臆しているがな。ったく、下手に地位なんて賜るもんじゃないな。だが武叡頭として。そして端くれとはいえ、皇国の武人として。お前は確実にここで仕留める。例え刺し違えてでもな」
「ほう? お前がそんなに勤勉な奴とは知らなかったぞ? 聞いていた印象と随分違うようだ」
「うるせぇな。俺も自分がそんなに勤勉な奴だなんて知らなかったっての」
なんとなく清香の顔が脳裏に浮かび、狼十郎は苦笑する。以前の自分と比べると、もしかしたら何か変化が見つかるのかもしれない。
だが今は。何としてもここでこの怪物を討つ。その覚悟を決め、狼十郎は刀を構えた。
「愚かだな、狼十郎。彼我の差が分からぬか」
「実力差なんてどうにでも覆せるさ。それにお前がどれほどの力を得ていようが、俺が退く理由にはならない」
「ふん、つまらんな。所詮は虎五郎の弟か。もういい、死ね」
瞬間、狼十郎と剛太は同時に動く。京三と翼の目には捉えきれない速度で、両者はぶつかり合っていた。
「ぐぅ!」
しかし身体能力に圧倒的な差が生まれ、武器は互角でも狼十郎は押され始める。狼十郎も本気だ。何度か剛太の肉体に刃を届かせているが、傷付けるには至っていなかった。
「なんて硬さだ……!」
「これだけの霊力だ! 今の俺は常に三進並の強硬身、絶影、金剛力を発動させているようなもの! 貴様には到底届かない領域に俺はいるのだ!」
「だとしても……っ!」
確かに剛太は強い。もはや人という域を出ているだろう。
しかし剛太も得たばかりの力に慢心し、雑に刀を振るっている様に狼十郎には思えた。当たれば致命、だがそう簡単には受けぬ。
狼十郎は刀を振りかぶって隙を作り、剛太がのったところで足をかける。
「なに!?」
相手は幻獣ではなく、これまで散々稽古でも戦ってきた人間。肉体が強いだけで、決して不慣れな手合いという訳ではない。体勢を崩した剛太の眼球目掛けて、正確に神速の突きを放つ!
「ぐああああああ!?」
手ごたえあり。だが油断はできない。狼十郎は素早く刀を引き抜くと、距離を空けた。
「狼さん!」
「やったか!?」
眼球まではさすがに硬くできなかったのか、狼十郎の刃は容易くこれを貫いた。剛太は右目を抑えながら立ち上がる。
「お……おおお……」
「油断大敵ってね。まだまだ力に振り回されている様で助かったよ」
「お……おお……ふ……ふは……」
「……?」
「ふはは……ふはははははははははははははは!」
剛太は右目を抑えていた手をどける。そこには傷一つない目が存在していた。
「な……に……」
「ふははははははは! 素晴らしい、素晴らしい、素晴らしいいぃぃぃぃぃ! これほど即座に再生するとは!」
「まさか……そんな事が……」
「そして! 今、右目を再生した時、俺は新たなこの力の使い方を学んだぞ! ……ふんっ!」
おもむろに左腕を振るう。すると栄六が放っていた衝撃波の様な、激烈な霊力の波動が狼十郎たちを襲った。
「ぐぅっ!?」
その威力は栄六のものとは比べようがなく、狼十郎たちは吹き飛ばされ、屋敷は半壊していく。
「この無敵の肉体に有り余る霊力、そして神徹刀に加え疑似的な術まで! 俺は今! 最強の存在となったのだ!」
これほどの化け物が誕生するとは、狼十郎も考えていなかった。もはや刺し違えてでもという覚悟を以てしても、倒しきれるか怪しい存在。剛太が皇都へと向かえば、全てが終わるだろう。
万事休すか。そう焦ったところに、堂々とした男の声が届いた。
「こりゃまた随分な化け物がいるな。なんか人界に戻ってからというもの、こんな奴ばっか相手してる気がするぜ。ひょっとして魔境はこっちの方だったのか?」
そう言いながら新たに現れたのは、その手に刀を握った理玖だった。
「理玖……!」
「おう狼十郎。京三と翼も無事な様だな。それにしてもパスカエルの野郎。死んでもろくな事しねぇな……」
「……だれだ、貴様は」
例え霊力が無くとも、剛太の圧倒的な気配は感じるはず。だというのに、理玖は普段と変わらぬ態度だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます