第126話 武人、片瀬京三 その意地の結末

 絶刀の御力を開放させて振るう剛太の太刀は、常に二進並の金剛力を纏っている様なものだ。さらにそれとは別に、金剛力を纏う事もできる。単純な力押しでは、狼十郎では敵わないだろう。しかし。


「破っ!」

「なんの!」


 曲がる絶影を加えた変幻自在の動きで、狼十郎は剛太の太刀を捌いていた。


「ちょこまかと!」


 身体能力で差がつけられていようと、自分は幻獣領域と面する毛呂山領の武人。その腕を錆びつかせたつもりはない。それに時間をかければ、有利なのは狼十郎だった。


(後々が怖いが、このまま打ち合えば間違いなく先に霊力を切らすのは剛太の方だ! 俺は最悪、剛太に栄六の援護をさせなければいい!)


 しかしそれは京三と翼が、確実に栄六を上回る実力を持っていたらの話だ。苦戦を強いられているのは京三と翼だった。


「ふんっ!」

「きゃあっ!」


 栄六は左腕を振るい、衝撃波を放つ。栄六は霊力をため込み、それを衝撃波として放出する事ができる。


 術とも言えないほど荒々しい霊力の使い方ではあるが、発動も早い上に接近戦で打ち合っている最中にも放てるため、応用が効きやすい。


 さらに京三と戦いながら、離れた場所で機を伺っている翼も狙えるため、相性が良い相手とは言えなかった。


「くそ! 三進……! 金剛力!」

「なめるなっ!」


 栄六は戦槍の柄の部分で、京三の太刀を受け止める。金属の激しいぶつかり合いに火花が散った。


「なに!?」

「金剛力に対して、何も対策をしていないとでも思ったか!」


 栄六の戦槍、その柄部分。そこは幾重にも鋼で鍛えられた部分である。


 神徹刀を抜いた武人ならいざ知らず、いくら金剛力を纏ったところで、ただの刀如きに切断できるものではない。そして翼が術の準備を始めたと見るや、再び衝撃波を放った。


「翼!」

「くぅ……!」


 栄六は並の武人と同等に身体能力を強化でき、踏んできだ修羅場も相当なもの。ましてや今、いよいよ数年越しに準備を整えてきた五陵坊が動いたのだ。普段よりも力があふれ出るというものである。


「ははっ! 俺は別に何度打ち込んでこようが構わないぜ?」

「くそっ!」


 京三の振るう刀も、神徹刀ほどではないとはいえ名刀と言える一品だ。だが耐久度は神徹刀並とは言えない。あまり無茶な受け方をすると、簡単に折れてしまう。


 三進金剛力でも相手の武器を破壊できない事が証明された今、いくらか慎重にならざるを得なかった。二対一でさっさと終わらせ、狼十郎の援護に向かいたいのに上手くいかない。


 京三の中で焦りと苛立ちが増していく。そんな中、翼は吹き飛ばされた先で立ち上がった。


「京三! こうなったら本気の術を放つわ! 士空様には屋敷を壊してもいいって許可をいただいているし! 京三、一撃で決めるから時間を稼いで!」

「なに……!?」


 狼狽えたのは京三の方である。別に士空からは、屋敷をめちゃくちゃにして良いとは言われていない。


 それにああも堂々と大規模な術を使うと公言すれば、栄六は決してその隙を見逃さないだろう。現に目の前の栄六は、翼を強く警戒している。


(……! そういう事か!)


 だが得心を得た京三は、再び栄六に刀を構える。


「分かった! 翼、でかいのを頼む!」


 そう言うと京三は栄六に斬りかかった。しかし戦槍で捌かれ、その身体に太刀を届かせる事ができない。


 やがて栄六自身が霊力を溜め、京三をいなしながら翼の方へ向けて衝撃波を放つ。だが京三はその隙を逃さず、さらに斬りかかる。


「む……!」


 栄六は術士である翼を警戒している。規模の大きい術を受ければ、場合によっては一撃で死ぬ可能性があるからだ。


 そして翼自身が、屋敷の事を気にしないほどの大きな術を放つと言った事で、その存在を無視する事ができなくなった。


 京三と打ち合っていても、その注意力は散漫になる。翼に気を取られている内に京三が斬る。そういう作戦であった。


「おのれ、面倒な……!」


 だが京三自身、刀の耐久性を気にしながら戦わなければならない。そして栄六は、遠近どちらにも即座に対応できる事には変わりはないのだ。劇的に有利になったという訳ではない。


「近衛でもない奴にあまり時を要したくない。悪いがそっちの姉ちゃん共々死んでもらうぞ」

「自らを近衛並と言うか! なめるな!」


 何度か打ち合う事で、京三は栄六の動きを見切りつつあった。その肉体は鋼の様に固い訳ではない。届きさえすれば、金剛力も必要ない。


 京三は意識を集中し、栄六の動きを注視する。後方で再び翼が術の準備を始める。栄六が京三の太刀をいなし、翼に衝撃波を放ったところで、半ば無理やり刀を突きだす。しかし。


「ふん!」


 栄六が右足を蹴り上げると、そこから衝撃波が発生した。至近距離でまともに衝撃波を受けた京三は、たまらず吹き飛ばされる。


「俺が衝撃波を放てるのは、何も左腕だけではない。両手両足、どこからでも放てるのだ。過去に近衛を相手に披露した事もあるのだがな。知らなかったのか?」


 京三は全身に骨まで伝わる衝撃を受け、たまらず意識が飛びそうになる。しかし決してその意識を手放す事は無かった。顔から血を流しながらも立ち上がる。


「ほう。まだ立てるか」

「……っ! 俺は……! こんなところで……! 負ける、訳にはいかないんだっ!」


 思い出すのは武人に憧れていた幼少の時。京三は片瀬家の長男であり、年齢は27。理玖たちよりやや年上である。


 片瀬家は武家ではない。薬袋一派に属する家柄である。薬袋一派の者は時に自分の子を武家、もしくは術士家系の家に出す。特に優れた霊力に目覚めた者ほど、その傾向が強かった。


 だが長男が他家に出される事は稀である。しかし京三は武人に憧れを持っていた事、そして自らも強い霊力を持っていた事もあり、親を説き伏せて葉桐一派へと入った。


 始めこそ武家の緑川家の元で「緑川京三」として武を磨いていたが、実績や長年の皇国に対する貢献が認められ、25にして新たに「片瀬家」という武家の創設を許された。


 そうした家は少ない訳ではないが、溢れるほど多い訳ではない。それだけ京三の貢献が認められたという事でもある。


 その事に京三は、大きな誇りを持っていた。葉桐一派において、何の後ろ盾もなく新たな武家を創設できた自分は、他の武人よりも優秀であると信じていた。いずれ近衛にもなれると確信もしていた。


 だが周囲は……特に京三と同世代の者たちは当然、面白いとは思わない。何しろ彼らは京三と比べられるのだから。そうした者たちは陰で様々な事を呟く。


「自分の家を興すまでは素晴らしい武人だったが、今はただの自惚れ屋」

「たまたまでも時の運をつかんだ者がどうなるのかよく分かる例」

「薬袋家の金で買った地位」

「裏で生家が手を回したらしい」

「鳴りもの入りが武家を創設できるなど、何かが裏で動いたと考える方が自然というもの」

「薬袋一派が後ろ盾につくと、新たに家まで興せるのか」


 いずれも自分の実力を妬んだものたちによる誹謗中傷だと考えていた。だがこうした噂はいつまで経っても消えない。そこで京三は考えた。誰もが認めざるを得ない武功を挙げられれば、そうした者たちも黙らざるを得ないだろうと。


 そして軍に所属しない武人が、武功を立てられる機会はいくつかある。京三は自ら進んで、犯罪破術士と幻獣蔓延る毛呂山領行きを志願した。


 毛呂山領に配属される武人術士は、通常ある程度の配属期間が設けられる。狼十郎の様に、そこに永住しても構わないと考えている者の方が少数派なのだ。


 そして上から毛呂山領配属のお役目をいただいた者のいくらかは、近衛入りを果たしている。自分から志願したが、皇都に戻れば自分にも近衛入りの芽があるのではないかとも考えていた。


 近衛は皇国武家の誉。金で買える地位ではないし、近衛に入れば嫉妬にうるさい周囲も黙らざるを得ないだろう。自分には近衛に入るに相応しい実力もあると信じていた。


 そして今回の反乱。これを聞いた時、京三は自分の武を広く知らしめる好機だと考えた。


 だからこそ狼十郎が羽場真領へ向かうと聞いた時、自分もこれに付いて行くと志願した。毛呂山領でも随一の実力者である自分を、狼十郎は翼と共に同行を許してくれた。


「ここで……! なんとしても! お前に、勝つ!」

「威勢がいいのは結構だがな。世の中それだけじゃ、越えられないものもあるんだぜ」


 自分の実力に自惚れていたつもりはない。だが妖と戦い、霊力を持たない理玖の理不尽な実力を見せつけられ。今まで自分が追っていた武というものは何だったのだろうかと、僅かに疑問が生じた。


 だが今更生き方を変える事はできない。望みは一つ。誰もがその武を認める武人となる事。ここで破術士一人倒しきれないようでは、話にならない。だからこそ。


「おおおお!!」


 絶影。発動とほぼ同時に、栄六は衝撃波を飛ばす。姿は見えなくても広範囲に攻撃し、その気配を掴む。だが京三は止まらない。


「はぁっ!!」


 栄六は戦槍で京三の太刀を受け止める。もはや刀の耐久など考えない。裂ぱくの気迫と共に刀を振るい続ける。その太刀を受けて、栄六は京三が決して油断できる相手ではないと認識を改める。だが。


「ふん!」


 とうとう限界を迎えた刀は、半ばから折れてしまう。だが栄六は油断しない。後方では翼が、再び術発動の準備を整えていたからだ。二人もろとも衝撃波で牽制しようとしたところで、京三が栄六に飛び掛かった。


「なに!?」

「うおおおお!!」


 もはや意地だった。京三は正面から栄六につかみかかる。


(さっきから散々衝撃波をくらったから分かる! こいつは衝撃波を放つ時、腕でも足でも、とにかく振るうという動作が必要になる! つかみかかってしまえば、そう簡単に力は振るえない!)


 間合いの内に入られ、栄六は身動きを封じられてしまう。だが攻撃できない訳ではない。栄六は掴みかかる京三を、自由に動けないながら拳で叩く。だが十分に威力をのせる事は難しい体勢であった。それでもとにかく剛腕で叩き続ける。


「ぐぅっ! ……翼ぁ! 構わん、俺ごとやれえぇ!」

「……っ! ちゃんとぎりぎりで避けなさいよ!? あと化けて出ないでよね!? ……天駄句公よ、その御力をここに!」

「おおおお!? おのれ、離れろぉ!」


 翼の発動する術が致命のものだと悟り、栄六は必死で京三を振りほどこうとする。だが京三はどれだけ身体を殴られ、血を流そうとも決して栄六から離れない。


「星辰……!」


 一瞬後、翼の術が完成するだろう。栄六を離さないのはもはや京三の意地であった。


 どうやって自分の武を周囲に認めさせるのか。相手は多数の妖に栄六、それに将軍二人。もし二人の武人と一人の術者、それに霊力を持たない武者の四人で羽場真領を開放できれば。


 その実績があれば、自分の武に文句を言える者はいないだろう。例え自分が死んだとしても。狼十郎と翼の二人であれば、自分の名誉を守ってくれるとも信じられる。


「雷……!」


 20年以上、武人として走り続けてきた。これ以外の生き方を知らない自分ではあるが、後悔はない。そうして覚悟を決めたところに、狼十郎の声が響いた。


「ったく、世話がやけるっての!」

「鳴……!」


 どこからともなく現れた狼十郎は、栄六の足の健を斬ると、そのまま京三の服を引っ張りながら絶影で離脱する。


「剣!」

「おおおおおおおおおお!!!!!」


 間一髪。意図して翼が術の発動を遅らせた事も功を奏した。


 すんでのところで狼十郎に引っ張られた京三は、ぎりぎりのところで命を繋ぎ、栄六には最強格の雷術、星辰・雷鳴剣が突き刺さる。


 眩い光が収まった頃、屋敷はあらゆる箇所が焼き焦げ、そこに栄六の死体は灰すら残されていなかった。

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