第129話 羽場真領解放 次に向かう地は
これで羽場真領の妖は全部やったな。俺は刀を振って、刀身にのった血を飛ばす。
「おつかれさん」
後ろを振り向くと、そこには狼十郎が立っていた。翼と京三も一緒だ。
「これで羽場真領に駐屯している反乱勢力は駆逐できただろ。まだいくらか元皇国兵か破術士がいるだろうが、主だった奴らが消えた以上、好き勝手にはできないはずだ」
「しかし理玖。お前さん、ちょっと規格外過ぎるな。なんでそれで一派を放逐されそうになったんだ?」
「皇国を出てからいろいろあったんだよ」
あまり理術を使うところは見せたくなかったが、相手が悪かった。これは仕方がないだろう。それに、もはや今更だしな。
「とにかく礼を言う。正直、俺じゃ厳しい相手だった」
「……まぁ気にすんなよ。言ったろ? 俺が協力する以上、成果は約束されているって」
「はは……。確かにな。あの時、お前さんを誘っといてよかったぜ!」
狼十郎は普段通りの口調で話しているが、翼と京三はどこか遠慮がちだ。思い当たる節はいくつかある。
摩訶不思議な術を使い、近衛でも苦戦するであろう剛太を制した。この力が自分たちに向かないかとも考えるだろう。良識がある奴ほど警戒するのは当然だ。
ふと何故か涼香の言葉を思い出す。馬鹿馬鹿しい。別に自分の心から目を背けているつもりはない。だが。今のところ、俺は皇国と上手くやっていけている。ここで変な溝が生まれるのは避けておいた方がいいか。
「あー……その。なんというか」
「うん?」
そう。あくまでこれは、俺が気を使ってやっているだけの事。何故俺が……と思わなくもないが。第三の契約もある、皇族で最も話が通しやすい指月とは、これからも上手くやっていく必要がある。決して涼香の言葉を意識している訳ではない。
かつて自分から国を捨てた身ではあるが。第三の契約の縛りがある以上、皇国上層部とは繋がっていた方が都合がいい。それに復讐を終えた今、この新たな目標に向き合ってもいいだろう。
「皇国を出ていろいろあったと言ったが。まぁそこでさっきみたいな術を覚えてな。指月ももちろんその事を知っている。そして俺は、指月から個人的に雇われた万葉の護衛でもある。まぁなんだ。俺自身、今回の反乱は収めたいと思っている。後で指月から報酬も出るだろうしな」
考えていたよりふわっとした言葉になったな。これじゃ、何が言いたいのか分からない。俺のとりとめのない言葉をどう受け止めたのか。狼十郎は少し間を空けると。大きく口を開いた。
「ぶわっはっは! ああ、分かっているって! 何よりお前さんは偕の兄で、清香たちの幼馴染だ! 俺にとっちゃ、それだけで信用に足るってもんだ! おい京三に翼。お前たちも礼の一つでもしときな!」
狼十郎に促され、二人も一歩前へと出る。
「お兄さん。今回は危なかったわ。お兄さんがいなかったらどうなっていたか……。うふふ、雫にも良い土産ができたわ。ありがとう」
「……お前がいなければ、ここで死んでいたのは事実だ。礼を言う。片瀬の名にかけて、いつかこの恩は返す」
「ああ……。まぁさっきも言ったが、俺自身指月から雇われている身だ。間接的とはいえ、万葉の護衛にも繋がっている。気にすんな」
……どうやら狼十郎には見破られていたようだ。俺は自分が皇国……そして京三や翼たちと敵対する者ではないと話したかっただけだった。
指月の名を出したが、なんて事はない。ただお前たちの味方だと言いたかっただけだ。それを狼十郎は汲んだ。
改めてその事に気付くと恥ずかしい。どうしてそう感じるのか。復讐を終えた事で、少しは人間らしい感情が戻ってきているのかも知れない。
いや。人界に戻って以来、多くの奴と知り合った影響だろうか。一人気恥ずかしさを感じているところに、狼十郎が声をあげる。
「さて。一旦南方家に戻るとしようか。少なくとも、主だった危機は取り除けたんだからな」
そう言うと狼十郎は、神徹刀の輝きを収めた。
■
その後の羽場真領は慌ただしかった。仮の領主邸の用意、領内の状況整理、反乱に加担した破術士たちの掃討。俺もそうしたいくつかの後始末を手伝う。そうして数日が過ぎた頃、俺達は南方家の大広間に集まっていた。領主である羽場真士空の姿もある。
「では……」
「ああ。我が屋敷にあった鏡は割られていてね。皇都と連絡は取れそうにない」
「他領の状況は分からず、か……」
士空は知っている限りの皇国の現状を教えてくれた。最初に妖の姿が確認されたのは皇都東部。次に西部。最後に南西部……羽場真領だった。
以降、羽場真領より南で反乱の兆しは見えていない。これは毛呂山領武叡頭である狼十郎も確認済みの事だ。
「まぁ昨日辺りに、毛呂山領でも妖が出ている可能性も無い訳ではないが。だが例の杭。あれも数に限りがある呪具だろう。いたずらにばらまくよりは、計画性を持って使用するのが普通だと思う。おそらく奴らの本命は……」
「皇都琴桜京か」
他領での騒ぎは陽動。皇都から皇国軍を始めとする戦力が出払ったところを狙う。それだけの計画は練っていそうな信念を持っている相手との事だった。
「生天目領方面、そして左沢領の様子も気になるな」
「ああ。生天目領方面は、最初に妖の出現が確認された地だ。それなりに対応できる戦力が割り振られているだろう。そして次に妖が確認された左沢領。ここ羽場真領から最も近い領地だけあり、気にはなるが」
羽場真領の様に上手く事を収められていれば良し。だがそうでなかった場合、皇都になにかあっても戦力を戻す事は難しい。何しろ羽場真領へ派遣された戦力は、皇国七将の裏切りもあり、崩壊しているのだ。
「狼十郎。お主の考えは?」
「……難しいがね。まずは京三。お前には毛呂山領に戻ってもらおうと思う」
「そんな……!」
「まだ怪我が響いているだろう。毛呂山領で俺の名代として皇都と連絡をとり、羽場真領とも密に情報を共有してほしい」
「……わかり、ました。俺もこの怪我では、足手まといになるのは分かっています……」
すまんな、と狼十郎は小さく呟く。
「羽場真領としては、取れる選択肢は二つだろう。ここから最も近い左沢領へ向かい、それから皇都を目指すか。初めから皇都を目指すかだ」
狼十郎はそれぞれの選択肢を選んだ場合に考えられる事態を話す。まず左沢領へ向かった場合。まだ妖が残っている様であれば、現地に派遣された戦力と協力してこれを討つ。すでに反乱鎮圧後であれば、情報を収集しつつ皇都へ向かう。
こちらの案は妖が残っていた場合、上手く討伐できれば左沢領に派遣されていた戦力を、皇都に戻す事ができるという益が得られる。一方で皇都に何かが起こった時には、その場にいられない可能性がある。
皇都へ向かった場合はこの逆。敵の狙いが高確率で皇都である以上、これに備える事はできるかもしれない。
しかし左沢領が敵の手に渡っていた場合、皇都は近隣の領地から逆に敵戦力を差し向けられる可能性がある。
特に狼十郎は剛太を見た以上、この事態は避けたいと考えている様だった。下手すれば単身で皇都に乗り込める強さを持っているからな。
「戦力が俺と翼、それに南方家所縁の者だけであれば。俺は無理を推して皇都を目指していただろう。しかしこちらには理玖がいる」
狼十郎がそう言うと、周囲の視線は全て俺に集中した。既に事の顛末は皆に知れ渡っているし、羽場真士空も目の前で俺が妖と加古助を斬り伏せているところを見ている。俺の実力が疑われる余地はない。
「羽場真領の守りは一旦父上にお任せするとして。俺、翼、そして理玖。この三人で左沢領へ向かい、後顧の憂いを断ったうえで皇都を目指す。これが俺の考えだ」
「狼十郎。しかし皇都に何かあればどうする」
「そこの懸念は確かにあるんだよなぁ。しかしもし本当に何かあった場合、それに対抗できる戦力や人員が必要になる。俺達三人が向かっても、どうにもならない事もでてくるだろう。やはり左沢領に向けられた戦力が、今どこで何をしているのか。これの把握が先だと思う」
「むう……」
「……理玖。お前さんの考えはどうだい?」
正直狼十郎の考えを聞いて感心していた。正解のない議題において、とても建設的に思考を働かせていると思う。将の器というものが、確かにあるのだろう。
「左沢領に向かうのは賛成だ。狼十郎とは違う理由だが」
「へぇ。その理由を聞いても?」
「万葉だ。万葉は何かあれば、俺を呼び出す事ができる。それに万葉の身に危険が迫れば、俺はそれを察知して跳ぶ事も可能だ。今のところ万葉からそうした合図はない。なら皇都は無事……かどうかはともかく、少なくとも万葉の身に危険は迫っていないだろう」
「はは……。お前さんの言う事、今なら信じるよ。しかしなるほど。それならある意味、保険をかけた状態で左沢領を目指す事ができる訳だ」
狼十郎は俺の言う事をすんなりと信じた。それにもし本当に敵の狙いが皇都で、実際に何かが起きた場合。近衛たちで対処しきれなければ、万葉は俺を呼ぶだろう。
万葉の側で力を振るう限り、俺はほとんどの問題を力で強引に解決する事ができる。例えパスカエル級の妖が相手であったとしても。
そのため一先ずは左沢領へ向かい、状況を確認するというのに、俺は賛成だった。
「よし、なら行動は早い方が良い。早速馬を用意してもらおう。理玖、今回も協力してくれ」
「ああ。ま、俺が協力するんだ」
「成果は約束されている、ね?」
翼にセリフを取られたが、俺は小さく笑いながら頷いた。
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