第123話 裏切りの皇国七将 狼十郎の覚悟
「加古助殿。そこの妖どもと一緒にいるっていう事は。やはり裏切ったという事でいいんだよな?」
「さて。私自身は皇国を裏切ったつもりはないが。それよりお前はどうしてここにいる?」
「素直に言うとでも思うかい?」
話ながら狼十郎は内心焦りを感じていた。妖の強さは本物であり、加古助も将軍職を賜るほどの実力者。さらに向こうには人質もいる。現状、打つ手は無かった。そして加古助は今、どちらが有利なのかもちろん理解している。
「ふん。まぁよい。しかしここで我等と会うとは運がなかったな。さぁ大人しく神徹刀を寄越すがいい。そこの武人と術士もだ」
加古助の要求に狼十郎は躊躇する。おそらくここで武器を渡してしまえば、もう勝ち目はなくなる。それに大人しくしていても、いつまでも命の保証がある訳ではない。
武器を手放した途端、斬りかかってくる可能性もあるのだ。しかし言う通りにしなくては、間違いなく幼なじみ士空の娘は殺される。
「狼さん……」
京三がどうするのか伺ってくる中、動き出した者がいた。他ならぬ士空の娘、詩芽である。
「わ……! わたしの! ことは……気にしないで、くださいっ!」
「……!」
震える幼子が精一杯の声を張る。その一瞬で狼十郎は理解した。この子もこの機会が、現状を打破できる唯一にして最後の機会であると理解しているのだ。
領主の娘に相応しく、声は震えていてもその顔に悲壮感はなく、強い決意が目に宿っている。
(こんな幼子にここまで決意をさせて! これで動けなけりゃ、恰好つかないでしょ!)
その瞬間、狼十郎は駆けた。目の前の加古助に神速の居合を抜き放つ。しかし加古助は自らの刀で、それを正面から受けきった。
「狼十郎、貴様!」
以心伝心。京三も刀を抜き、妖に斬りかかる。翼は符を取り出し、発動の早い術で妖の足を止める。
「加古助、覚悟!」
「なめるな、小僧が!」
互いに切り札の神徹刀を温存しつつ、切り結ぶ。一方で京三には二人の妖が、翼には一人の妖が立ちはだかる。もう一人の妖は、急に声を張り上げた詩芽の頭の上に手を乗せていた。
「ったくよう……。これだからガキはよう……。ほぉれ、おまえのせいで始まっちまったじゃねぇか。そこで武人どもが死ぬところを見て、自分がやらかした事をよぉく理解するんだなぁ」
妖は詩芽の頭を強く掴み、強制的に戦いを見せている。目の前では激しい攻防戦が繰り広げられているが、妖は自分たちの勝利を疑っていなかった。
そもそもこの身体になった自分たちは、並の剣撃では傷つかないのだ。さらにその霊力は強大で、多勢に無勢。結果は火を見るよりも明らかであった。
「くそ! なんだ、こいつらの身体は!」
京三も何度か妖に太刀を入れているが、与えられる傷は浅い。三進金剛力を使おうにも、二人掛かりではなかなかその隙を突けない。それは翼も同様であった。二人の苦戦に狼十郎も焦る。
(くそ! せめて俺が加古助をやれれば、片方の加勢に動けるんだが……! 久保桜を抜くか……!?)
狼十郎の神徹刀、久保桜。その御力は特殊で、神徹刀でありながら持久戦に向くという特性を持つ。一方で一度発動させてしまうと、発動させた時間に比例してしばらく霊力が使えなくなる。
まだまだ妖が何人いるかも分からず、敵には皇国七将の近石剛太に血風の栄六までいるのだ。例えここで久保桜を抜いて加古助に勝てたとしても、その後の連戦が難しい。だが膠着状態を嫌うのは、加古助も同様であった。
「さすがは虎五郎の弟といったところか……。あまりお前に時間をかけたくもないのでな。ここからは本気であたらせてもらうぞ」
「っ!」
「神徹刀、旭扇! 御力開放、旭扇・絶空!」
加古助が刀を振るうと、強烈な波動斬が狼十郎へ向かって飛ぶ。狼十郎はそれを避けるが、後方では悲鳴が上がっていた。
「ふはははは! 貴様が避ければ、後ろの家人どもに被害がでるぞ!」
そう言ってさらに加古助は、二閃三閃と刀を振るう。
「くそっ!」
狼十郎は再び迫る波動斬に対し、神徹刀で迎え撃つ。だがその威力を完全には相殺しきれず、後方へと吹き飛ばされた。
「ふん、どうした狼十郎。神徹刀は抜かんのか? もっとも、お前が神徹刀を抜けば、領主の娘は即座に殺すがな」
「そういうことだぁ。おい加古助よぉ。もういいだろ」
「……もう少し楽しんでもよかったがな。まぁどのみち人質がこちらの手にある以上、初めから勝敗など決まっておるのだ。……おい」
加古助は妖に合図を送る。加古助の意を汲んだ妖は、詩芽の頭を片手で掴み上げた。詩芽は苦しそうな表情を浮かべる。加古助は地に足が届かなくなった詩芽の首元に刀を向ける。
「う、詩芽っ!」
「士空、悪く思うな。狼十郎たちは少し暴れ過ぎた。だが狼十郎にそこの武人、それに術士よ。お前たちがここで自害するのなら、この娘の命は助けてやる」
「な……っ!?」
狼十郎は立ち上がると加古助を睨む。
「……俺がその娘を助けるために、自分の命を捨てると思うかい?」
「俺は別にどちらでも構わん。このまま娘を殺してお前と戦ってもいいし、そこで自害してくれても構わん。どちらにせよ結果は同じなのだ、これは俺の手間を省くためにやっているに過ぎん。だが別に人質はこの娘でなくともよい。……おい。次に狼十郎が動けば、即座に娘の頭を潰せ」
「いいぜぇ。こう、ぐちゅっと潰してやらぁ」
万事休すか、と狼十郎は考える。確かにこのまま戦い続けても、苦戦は必至。この窮地を脱するには新徹刀を抜くしかないが、そうすると詩芽は確実に殺される。
そして詩芽の命と引き換えに勝利したとしても、この先も戦い続ける事は難しく、一旦毛呂山領まで引き返す事も視野に入れなくてはならなくなる。だが時を与えると、有利になるのは加古助たち。進んでも後退してもその道は険しいものになる。
だが。かつて挫折を経験し、毛呂山領まで流れた自分ではあるが。武人としての矜持をすべて捨て去ったつもりはない。絶対に譲れない境界線というものがある。
今一度、自分の心に問いかける。これまで自分の生き方は、決して褒められたものではなかっただろう。兄の様に立派な武人として生きていく事もできない。それでも。
今ここでもう一度、武人としての覚悟を決める。大義という名の言いわけを掲げ、幼子を犠牲にするという覚悟を。その目を見た加古助は、残念だとため息を吐いた。
「おい。娘をやれ」
「おうさ」
「……っ!」
詩芽の頭を掴む腕に力がこめられる。その顔が苦悶に歪んだところで。妖の両腕が胴から分かれた。
「え……」
その場にいた誰もが、状況を正しく理解できなかった。切断された妖の両腕と共に、詩芽も地に落ちる。一体何が……と思考する間もなく、瞬く間に妖の首が飛んだ。
大量の血をまき散らしながら、妖はその場に崩れ落ちる。だが今度は、狼十郎は確かに見た。妖の首を簡単に切断した鋭い太刀を。
「おいおい。なんだか物騒な事になってんな」
詩芽を庇う様に一歩前へ出てきたのは、地下通路に置き去りにしたはずの理玖。その手には刀が握られていた。
■
「おい、頭は無事か?」
俺はしゃがみこむと幼子の頭を軽く撫でる。幼子は妖の血を少し浴びており、緊張で表情が固まっていたが、命に別状はないようだった。
「ほれ、危ないから後ろに下がってな。……んで、そこの化け物三匹と、神徹刀を持ったてめぇが敵って事でいいんだよな、狼十郎」
俺はあの後、跳躍して上へと登った。周辺に人の気配はなく周囲を探ったところ、ここで騒ぎが起こっているのを発見した。
しかし事情はよく理解できていないが、これは分かりやすい状況だ。神徹刀を持って狼十郎と敵対し、妖陣営についている野郎なんざ、裏切った皇国七将以外に思い当る奴がいない。まず間違いなく敵だろう。将軍は俺を警戒する様な目つきで見てきた。
「……誰だ、貴様は。どうやってその者を斬った?」
「おいおい、目がボケてんのかよ。刀で斬ったに決まってんだろ。そんな事も分からない様な奴が神徹刀を持っているなんて、皇国は随分と余裕があるんだな」
「とぼけおって。妖と化した者の肉体は、御力を解放した神徹刀か金剛力を以てでしか太刀打ちできん。だが貴様からは霊力を感じぬ。どういうからくりだ?」
「見た通り普通に振ったら斬れたぜ? まぁおまえ程度の奴にはできないだろうけどなぁ? おっと悪い。そもそも普通に振ったところも理解できていなかったんだったな。お前の武格に合わせて会話をするのを忘れていたよ」
「貴様……。将軍職をいただき、神徹刀をも賜った俺の武をなんと言った……」
この程度の挑発にのってくるとは。さすがに神徹刀持ちは無駄に自信家が多い。俺は怒りの感情を目に映す将軍を無視して、狼十郎へと声をかける。
「狼十郎、交代だ。こいつは俺が……いや。何なら残りの妖三匹も含めて俺が受け持つ。お前たちは休憩していていいぞ」
「……さすがにそこまで面倒を見られちゃ、立つ瀬がないってね。京三、お前は翼と共に妖の相手をしろ! 俺はその妖二人の相手をする!」
「狼さん……! しかし……!」
「いいから! 今は兄ちゃんに任せるんだ!」
良い判断だ。口ではああは言ったが、実際複数の妖も相手に被害を抑えるとなると、理術を使わざるを得ない。
将軍殿も親父以上の武を持っていれば話は別だが、さすがにあの格の武人はそうはいないだろう。親父の場合は神徹刀の御力も絶刀だしな。
「残念だったな。化け物のお仲間が駆け付けてくれなくて。お前は一人で俺の相手をしないといけなくなった訳だ」
「霊力を持たぬ貴様相手に、神徹刀を抜いた俺一人では不十分だと言うか……!?」
「はは、まじで相手との実力差が見えていないのかよ! こりゃいい! 皇国の将軍というのは、こんな奴にも務まるのか!」
「小僧。大海を知らぬ井の中のカエルよ。一太刀で葬ってくれる」
「あぁん!?」
意図して挑発していたが、最後は俺が将軍の挑発にのってしまう。長年パスカエルに怨念を抱き続けていたせいで、俺は「カエル」という単語に敏感になっていた。
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