第124話 新たなる力 南方邸解放
将軍は至近距離から絶影で挑んでくる。しかし俺はその一太刀を避ける。次に俺の視界に将軍が映った時、その表情は驚愕で目が見開かれていた。
「な……」
「一太刀で……なんだって?」
今度はこちらの番だ。俺は力任せに刀を叩きつける。
「ぐぅ!?」
将軍は刀で受け止めるが、衝撃は伝播している様子だった。そこからさらに体術も加えて攻撃の手を速める。刀が、腕が、足が将軍を襲う。
「おいおいおいおい! 神徹刀を抜いて、まさか防戦一方なのかよ! ちょっとは神徹刀の御力というのを見せてくれよ!」
「小僧っ!」
将軍は俺から距離を一旦取ろうとするが、そうはさせない。俺はぴったりと将軍にまとわりつく。刀で刀を止められれば腕撃を繰り出し、腕撃を警戒されれば蹴撃を加える。
武人は基本的に、体術は最低限しか修得しない。誰もが将来神徹刀を賜った時の事を考え、剣術に磨きをかけ続けるからだ。
特に神徹刀を賜った者ならなおさらだ。まさか体術に対する対応に迫られる時がくるなんて、考えてはいないのだから。
「なめるなっ! 旭扇・絶空!」
至近距離から放たれる、御力の放射。俺はそれを難なく躱す。そして技を発動させ、僅かに硬直したその瞬間。出の早い左腕で、裏拳を顔面に放つ。
「ぶべっ!?」
「よく当てれもしない技を、そこで使おうとしたな……」
将軍は鼻血を吹きながら吹き飛ぶ。多分鼻の骨が折れたな。俺は将軍に近づくために足を進める。途中、狼十郎の相手をしていた化け物の一匹が近くにいたので、ついでに首を落としておく。
「邪魔だ」
狼十郎もどこかあっけに取られた表情でこちらを見ていた。まぁ今のは化け物にとっても完全に不意打ちだったからな。たまたま俺の間合いの中に踏み込んだ事を後悔するんだな。
将軍はゆっくりと立ち上がると、俺を理解不能な物体を見る目で見ていた。
「なんだ……なんなんだ、貴様は……。なぜそうも平然と、妖を前にして戦える……!? 人外の怪物を前にしては、狼狽えるのが普通だろう!」
「はは。俺にとっちゃ、ちょっと珍しい幻獣と大差ねぇよ」
「ありえない……私の理想とする皇国はこれから始まるのだ……! その実現を前にして、貴様のような存在は許されない……!」
急激な霊力の高まりを感じる。これで霊力が枯渇しても構わないという覚悟の現れだろう。まごうことなき本気の一太刀。それを繰り出そうとしている。
「へぇ? やりゃできるじゃねぇか」
「どこまでもコケにしおって……! 我が名、藤津加古助の名において! 貴様は斬る! 小僧、名を名乗れ!」
俺はニヤニヤしながら、たっぷり間を空けて答える。よりにもよって俺をカエルと称した事、忘れてはいない。
「それなりの奴なら教えてやってもいいけどなぁ? お前程度の……しかも今から死ぬ奴に名乗っても……なぁ? お前もわざわざ幻獣相手に、名乗りをあげて戦う訳じゃないだろ?」
畜生相手にいちいち名乗りをあげ、太刀を振るう奴などいない。俺の最大限の挑発に、加古助とやらはのった。
これまでとは違う、俺を強敵であると認識を改めた目つき。そして洗練された動きで斬りかかってくる。おそらくは極の位にまで達した金剛力。その一撃を受けては、さすがの俺も無事ではすまないだろう。
だからこそ。俺は試してみたいと考えていた事を実践した。
右足を軽く上げ、地を叩く。そうして発動させるのは簡易理術。かつて聖杖「エファンゲーリウム」を振るった時の様に、至近距離に迫った将軍の腕を切り落とそうとする。しかし術は上手く発動せず、将軍の右肩に、不可視の打撃が加えられたのみだった。
「ぐ!?」
本来なら右肩から斬り飛ばすつもりだったんだがな。しかし体勢は大きく崩れた。俺は崩れた体勢で向かってくる将軍に、刀を振るう。大きく胴を斜めに斬られた将軍は、その場に崩れ落ちた。辺りには血が広がり始める。
(……そう上手くはいかない、か。いける自信はあったんだが。もう少し修練が必要か)
パスカエルとの戦いで聖杖「エファンゲーリウム」を振るった時。俺は理術に対して新たな知見と見識を得た。普段の俺は必要以上に、大きな理力を振るっていた事を自覚したのだ。細かな理力の制御は、より理術の幅を広げるという事に気付いた。
そして今、俺は自分自身を聖杖「エファンゲーリウム」に見立てて、簡易理術を発動させた。俺の身体は、複数の大精霊との契約に耐えられる様にするため、一度作り変えられている。そしてその血には大精霊の力が刻まれている。
俺自身、ある意味で大精霊の作り上げた神器に近い。その事に気付いたからこそ、俺にも簡易理術が放てるという確信が生まれた。
(しかし。明らかに前よりも身体能力が向上している。三人目と契約した影響か……?)
もしかしたら簡易理術が放てたのも、三人目と契約した事が関係しているのかもしれない。まだまだこの身体でできる事がありそうだ。周囲を見渡すと、京三、翼に狼十郎の三人は、妖を倒し終えていた。
「なんだ。俺待ちだったか?」
「いんや。こっちも今終わったとこさ」
道場内を見渡すと、四匹の化け物の死骸に将軍の亡骸。周囲も戦闘の影響で荒れている。
さて、ここからどうするのか。派手に暴れたし、敵将を討ったのだ。相手側にも何かしらの動きはあるだろう。
■
「狼十郎。改めて礼を言う。娘もこの通り無事だ。……そちらの青年も」
「ああ」
俺は軽く返事を返す。この男がここ羽場真領の領主、か。随分と若いんだな。
聞けば年は狼十郎と同じで、二人とも幼少の頃からの付き合いだと言う。領主の羽場真士空は、今の領地の現状について話し始める。
「では羽場真邸に……」
「ああ。近石剛太に栄六、それに主だった妖どもはそこに集まっている」
領内は荒らされてはいるものの、人的な被害は少なかった。あくまで今は、だが。
領主の娘、詩芽を人質にとり、南方家を始めとする武人たちは軟禁されていた。だが大人しくすればこれ以上領内で暴れないとも言われており、他に援軍が望めない以上、言う通りにするしかなかったという。
「最初に抵抗した領民たちの中には、殺された者もいるが。少なくともこの数日は、そうした被害は出ていない。だが加古助が戻ってこないとなれば、いずれここに敵の手の者が押し寄せるだろう」
「状況は決して良い訳ではない、か……。まいったね、こりゃ」
道場内に暗い空気が満ちる。だが今の話を聞いて、俺は何故悲観しているのか理解できなかった。
「……何でそんな重苦しい雰囲気を出してんだ?」
俺の発言を空気の読めない奴だと感じたのか、京三が視線を向けてくる。
「今の話を聞いていなかったのか? まだ敵の主だった戦力は多く残っているのだ。さらに加古助が討たれたと知られれば、何をしでかしてくる事か……。最悪、見境なく領内で暴れ始めるのかもしれんのだぞ」
「それはこのまま何もしなければ、だろ? 今なら敵戦力は一か所に固まっているんだ。ばらける前にこちらから潰しに行けばいい」
「どこにそんな戦力が……」
「十分だろう。ここにはいっぱしの武人に術士。それに南方家という武家の者たちもいる。何より俺がいるんだ」
「お前……!」
立ち上がろうとする京三を狼十郎が手で制した。狼十郎はしばらく考え込んでいたが、探る様に俺に視線を向ける。
「兄ちゃん。確か霊力に目覚めなくて、一派を放逐されたって話だったよな?」
「ああ。正確には放逐される前に、自分から出て行ったんだが」
「今も兄ちゃんからは霊力を感じない。だが俺達は兄ちゃんの実力を目の当たりにした。今になって翼の言葉を思い出したよ」
そう言うと翼も小さく頷く。
「霊力を持つ者の常識では計れない。自分たちとは異なる種類の実力者。雫の話していた通りね」
「む……」
さすがに俺の実力は認めたのか、京三が何か言ってくる事はなかった。狼十郎は翼の言葉に頷く。
「現に兄ちゃんは妖をものともせず、神徹刀を抜いた加古助を終始圧倒していた。これほどの武を有している者がいるなんて、まだまだ俺の世界も狭いもんだと思ったぜ」
「だが狼十郎は神徹刀を抜いていなかったし、多勢に無勢だった。術士も本来なら、後方からの高火力が売りだろうしな。不利な状況ながらよく戦えていたと思うが」
「へぇ、俺の刀が神徹刀と分かるとはね。いや、清香たちの知り合いなら知っていてもおかしくないか」
十六霊光無器と同じく、神徹刀からも大精霊の気配を感じるからな。わざわざ説明するのも面倒なので、狼十郎の納得を訂正しないでおく。
「その実力の謎にも迫りたいが、今は時が惜しい。それに兄ちゃんの言う事にも一理ある。……父上、刀は振るえますか?」
「当然だ。老いたとはいえ、南方家当主南方斗真。霊力剣術まで老いたつもりはない」
「では父上は万が一、敵が都内で暴れる事があれば、これに対処してください。……兄ちゃん、いや、理玖。その武を見込んで頼みたい事があるんだが」
「陽動か?」
「話が早くて助かる。理玖には正面から領主邸を襲撃してほしい。できるだけ派手に暴れてな。おそらく妖の一匹でも斬り伏せれば、これに対処するため多くの妖が屋敷から出てくるだろう。俺達はその隙に忍び込み、直に栄六と近石剛太を討つ」
先の戦いで、狼十郎は俺なら妖複数でも十分に対処できると踏んだのだろう。今ある戦力で打てる手としては、悪くない手だと思う。
どの道このままでは敵戦力が分散してしまう可能性があるのだ。今、最速で動く必要があるのはこちらだ。
「分かった。なら早速向かうとしよう。そうだ狼十郎」
「なんだい?」
「あまりにも妖が弱ければ、俺が一人で片付けるかもしれん。親玉をやるなら早くやれよ?」
俺のあまりの自信に、狼十郎たちは苦笑していた。
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