第122話 潜入、羽場真領 反乱勢力に占領された都

「こんな場所があったのか……」


 南方狼十郎たちと出会った場所から少し。そこには洞窟があった。今、俺達は六郷翼が術で作り出した光を頼りに、狭い洞窟内を進む。


「南方家は羽場真領では一番古い家だからな。こうした抜け道がいつくかあるのさ。このまま進めば、南方家の地下まで進める」


 目的地までは少し距離がある。俺達は改めて、互いの事情を簡単に話していた。


「へぇ、群島地帯に西大陸とはねぇ。兄ちゃん、若いのに冒険してんなぁ」

「ふん。罪人のくせに、何しに戻ってきたんだか……」


 片瀬京三という奴は、さっきからずっとこんな感じだ。まぁこれが俺に対する一般的な武人の対応だろう。


「そういえば、雫には会ったのよね?」

「ああ。実の妹とはいえ、ほとんど話した事は無かったけどな」

「雫から話は聞いているわ。あなたがいなければ危なかったって」

「ああ……」


 亀泉領の時の事か。あの時はアメリギッタがいきなり仕掛けてきやがったからな。不意打ちだったし、確かに涼香と二人だけなら危なかっただろう。


「翼。何の話だ?」

「妹と葉桐家の次女が、一緒のお役目をいただいた時があって。その時、お兄さんも同行していたのよ」

「はぁ? なんで罪人なんかを?」

「さぁ? なんでも葉桐家ご当主様直々の御指名だったそうだけど」

「ばかな!? そんな事、あるはずないだろう!」


 そうか。地方の武人ならともかく、六郷家は皇都に居を構える九曜一派だ。その辺りの事情は知っていてもおかしくないか。


 それに雫が妹なんだ。お役目の報告もしているはず。この話に興味を示したのは、狼十郎も同じだった。


「皇族を動かす事ができ、葉桐家当主から娘のお役目に同行する様に要請までされる。こりゃ兄ちゃんに同行してもらって正解だったかぁ!? ぶわっはっは!」

「ええ。私もそう思うわ。雫から聞く限り、その実力は相当なものだし」

「そりゃいい! ちなみに妹さんはなんて言っていたんだ?」

「……霊力を持つ者の常識では計れない。自分たちとは異なる種類の実力者、て話していたわね」


 雫は俺が理術を使用するところを見ているからな。そもそも霊力を持ってもいないし、雫の言う事は的外れでもない様に思う。


 だがそれは、実際に霊力とは異なる力の片鱗に触れたからこそ。それ以外の力を知らない者からすれば、そう簡単に納得できるものでもないだろう。


「ふん。どうやって葉桐家に取り入ったのかは知らんが。ここではお前はただの平民だ、あまり調子付くなよ」


 こんな感じにな。だがこの京三の気持ちも理解できない訳ではない。武人として生きていくと決めた者は、その生涯を自身の武を高める事に費やす。当然だが、誰もがそうして身に付けた自身の力に誇りを持っている。それを差し置いて、俺みたいな無能力者が評価されては面白くないだろう。


 それが理解できる分、京三がなんと言ってこようが俺は何も感じなかった。復讐を果たし、心に余裕が生まれているのかもしれない。


「そんな兄ちゃんの実力は俺も気になるところだが。着いたぜ、この上だ」


 目の前には縄梯子がかかっており、見上げると畳の裏面の様な物が見える。おそらくあそこから南方家の屋敷に通じているのだろう。


「あの畳をくぐれば、南方家の蔵につながっている。まずは俺が行く。大丈夫そうなら上から呼ぶから、上がってきてくれ」


 そう言うと狼十郎は梯子を登り、畳をどかす。やがて上から顔を覗かせると、上がってくる様に合図を出した。


「梯子もかなり古くなっている。一人ずつ上がってきてくれ」


 翼、京三の順で梯子を登っていく。そして俺が登ろうと手と足をかけた時だった。さすがに長年取り換えられていなかったからか、縄梯子の耐久は限界を迎え、ちぎれてしまう。


「あちゃ……。さすがに経年劣化が過ぎたか。しょうがない。理玖、代わりになる物があるか探すから、少し待っててくれ」

「……いや。今は状況の把握が先だろう。俺の事は後回しでいい。そっちが落ち着いたら、縄でも放り込んでくれ」

「……そうかい? 正直、ありがたい申し出ではあるが……」

「狼さん。元々俺たち三人で十分なんです。いなかった奴の事は置いておきましょう」


 正直この程度の高さなら、ただ跳ぶだけで届く距離だ。だが今は敵が迫っている状況でもないし、ここで三人にわざわざ自分の力を見せなくてもいいだろう。


 三人の気配がなくなったところで上がるとしよう。岩壁をよじ登ったとか、適当に言っておけば深くは追及してこないだろ。


「お兄さん。一応、明かりはここに残しておくわ」

「ああ。ありがとう」


 そう言うと翼は、光る符をその場に一枚張り付ける。それから三人はその場を離れた。





「さて。こっちもパッと見回って、様子を探るか。早く兄ちゃんも引っ張らないといけないしな」


 そう言うと狼十郎たちは、蔵からそっと扉を開いて外へと出る。奇妙な事に、屋敷内に人の気配は感じなかった。


「狼さん。ここが……」

「ああ。俺の生家で間違いない。懐かしいが、今は感傷に浸っている余裕はないな。さて、皆はどこにいるのかな、と」


 屋敷の中を見ると、各所に荒らされた跡が残っている。狼十郎は不安を胸にしまい、久しぶりの我が家を見て回る。やがて懐かしい場所で、人の気配を感じた。


「狼さん。あそこは……?」

「うちの道場だ。誰かいるな」


 警戒しながらそっと中を伺う。そこには狼十郎にとって、懐かしい顔ぶれが揃っていた。狼十郎はすぐさま中へと足を踏み入れる。


「だれだ!? ……お、おまえは!?」

「お久しぶりです、父上。それに……」


 狼十郎がその男に会うのは数年ぶり。だが顔は忘れていなかった。羽場真領の領主、羽場真士空ハバマシクウ。狼十郎と同い年であり、共に育った仲でもある。


「狼十郎……狼十郎か! おお! 久しいな!」

「士空殿も。ご無事でよかった」


 狼十郎の父、南方斗真ミナカタトウマも立ち上がり、狼十郎の近くへと歩み寄る。


「狼十郎、どうしてここに……? お前は毛呂山領にいるはずでは。それに後ろの者たちは……?」

「ああ、その辺りの情報交換をしようか。こちらも今の羽場真領の現状が知りたい」


 何か手がかりが得られる。そう期待した狼十郎であったが、それに待ったをかけたのは羽場真士空だった。


「待ってくれ、狼十郎。俺達は今、ここに軟禁されている。もう少ししたら奴らも戻ってくるだろう。今はお前たちも、どこかへ姿を隠した方がいい」

「軟禁? そういやなんで領主となった士空殿がここに?」

「南方家と羽場真家の主だった者はここに集められているんだ。奴らによってな……」

「奴らっていうと、皇国七将に栄六どもか」

「そこまで知っていたか。そうだ、現在我が領地は奴らによる狼藉を許している」


 狼十郎は改めて周囲に視線を移す。そこには南方家に縁のある者の他に、士空の妻を始めとした領主一族の姿があった。しかし。


「士空殿。娘の姿が見えないようだが」

「……詩芽ウタメなら奴らに人質として連れられている。我らが一歩でもここより外へ出れば、娘は殺される。そのため我らは抵抗ができぬのだ……」


 羽場真領は毛呂山領とは違い、駐屯している戦力というものは少ない。統括する戦力がないため、武叡頭も存在しないのだ。


 この地で長く根差している南方家が、一応武叡頭の様な役割を担っている。だがそうした武人たちは、領主士空の娘が人質に取られた事により、完全に抵抗を封じられていた。


「奴らめ、今は所用だとかで出払っておるが、いつ戻ってくるか分からんのだ。今宵、もう一度訪ねてくれ。その時に改めて事情を話そう」

「……分かった。士空殿、父上。今しばらくお待ちを」

「ああ……。お前が来たという事は、上はまだ我等を見捨てていないという事なのだろう。すまないが、頼む……!」


 狼十郎は一旦道場から出ようと京三、翼と話す。だが折悪く、そこに道場に入ってくる者たちがいた。


「ああん? 誰だてめぇら」

「……ほう。その顔、見覚えがあるぞ。虎五郎の弟、狼十郎だな。毛呂山領にいるはずのお前が、何故ここにいる?」


 入ってきたのは一人の男に四人の妖だった。妖は全員、両手両足はあるものの、その姿は人間からはかけ離れていた。


 目が複数ある者もいれば、足だけ異様に長い者もいる。そして誰もが共通して、心臓に黒い杭が刺さっていた。狼十郎は先頭にいる男に視線を移す。


「藤津……加古助殿……!」


 兄の虎五郎と同じく、皇国七将の一人にして裏切りの将軍。その藤津加古助の後ろに控える妖四人。


 さらに震えながら妖たちに囲まれている、幼い女子が一人。おそらくその子が士空の娘なのだろうと狼十郎は悟った。

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