第121話 二度目の上陸 羽場真領の三人

 群島地帯から皇国へ戻ろうとした俺だが、次に皇国行きの船が出るまで、まだしばらく日数に余裕があった。定期便が運航されている訳ではないからな。こればかりは待つしかない。


 だがいつまで待てばいいのか見通しも不透明だという事で、またまたシュドさんに船を出してもらえる事になった。いつまで経ってもシュドさんにはお世話になりっぱなしだな。


 だが予定の無い船を皇国の港につけるのは難しい。そのため、かつてと同じく俺は東大陸の適当な場所で降ろしてもらった。


「ここはどの辺りかな……。まぁ北東に進めば皇都には近づくだろ」


 そうして歩き続ける事しばらく。俺の前には規模の大きな都が見えてきた。


「……? なんだ……都にしちゃ何か違和感があるな……」


 少し覗いてみるかと考えていたところに、背後から誰かが近づく気配を感じ取る。


「だれだ?」


 気配はしばらく一か所にとどまっていたが、やがて観念したのか、その姿を現した。


「こりゃ驚いた。まさか気付かれるとはねぇ。一応聞いておくが、あんたは破術士……ではないな。霊力を感じない」


 出て来たのは二人の男に一人の女、計三人だった。腰に挿す刀と姿恰好、それに霊力。おそらく男は二人とも武人。そして女は術士といったところか。


「こんなところに武人と術士……? こそこそ隠れていた点といい、怪しい奴らだな」

「おいおい、俺からすれば怪しいのはお前の方なんだがなぁ。兄ちゃん、今のこの状況の中、こんな場所で何をしているんだ?」


 この男、なかなかの使い手だな。もしかしたら近衛に迫る実力を持っているかもしれん。


「俺は皇都を目指して北へ向かっているところだ。……ん? 今のこの状況?」

「とぼけるな! 怪しいやつめ!」


 そう言って前に出てきたのは、もう一人の男だった。この血気盛んな感じ、いかにも武人らしい。だが最初に話していた男は手でその動きを制す。


「まぁ落ち着きなって。兄ちゃん、随分腕が立ちそうだが。まさか今の皇国を知らない、て事はないだろ?」


 さて、どう答えたものか。おそらくこの男が三人の中で一番権限を持っているのだろう。さっきからもう一人の武人も術士も従っている様に見える。


 俺の上陸方法には多少の問題はあるが、今のところ敵意は感じない。俺もいきなり事を構えたい訳じゃないしな。少し様子を見るか。


「俺は今まで西大陸に渡っていてな。東大陸には久しぶりに帰ってきたんだ」

「へぇ。港から降りなかったのかい?」

「ああ。何でか、なかなか皇国行きの船を捕まえられなくてな。仕方ないからシュドさん……知り合いに船を出してもらったんだ」

「ボロを出したな! 皇国人が群島地帯に、船を出してもらえる様な知り合いがいる訳ないだろう!」


 血気盛んな方がまた吠えてくる。まぁこいつに意思決定権はなさそうだし、無視でいいだろう。俺はもう一人の男の言葉を待つ。


「シュドというと、今の群島地帯支配者の名だな。兄ちゃん、そんな有名人に顔が利くのかい?」

「ああ。俺は皇国生まれではあるが、シュド一家に世話になっていたからな」

「皇国人が群島地帯に、ねぇ……」

「てめぇらの様な奴らには分からない苦労ってのがあるんだよ、市井には」


 いまいち掴みづらい男だな。俺を警戒しているのは分かるが、相変わらず敵意は感じない。


「今度はこっちの番だ。仮にも武人様ともあろうお方が、随分俺なんかを警戒している様だが。さっき言ってた状況とやらと関係あるのか? なんだか都の様子も妙な感じがするが……」

「その質問に答える前に、もう一つ教えてもらいたい事がある。兄ちゃん、皇都へは何しに? 知り合いでもいるのかい?」

「ああ……。まぁそうだな……」


 これはなんと答えたものかな。まさか指月に話があると言っても信じられないだろう。清香の名前辺りを出してやり過ごすか……? こいつも葉桐一派。清香ならうまく説明してくれるだろう。


「こう見えても皇都の武人には顔が利く方でね。知り合いの武人に会いに行くんだ」

「へぇ? まぁ兄ちゃんなかなか強そうだしな。武人の知り合いがいてもおかしくは……ない、のか……?」

「おかしいに決まっているでしょう! いい加減、この男を捕えるべきです! どうせ奴らの仲間に決まっています!」

「おいおい京三。お前、無辜の皇国民にいきなり暴行を加えるつもりか?」

「しかし……!」


 このままでは埒が明かないな。さっきから話している状況というのも気になる。今は事情を知っていそうなこいつらから、話を聞くのを優先するべきだろう。


「俺の名は理玖だ。皇都に用のある武人の名は葉桐清香、陸立偕、それに賀上誠臣だ。そいつらなら俺の身元を証明できる」

「え……」

「なに……」


 俺の出した名に三人は一瞬固まる。妙だな。知った名だったのか? そういや新しく近衛に入った新進気鋭の武人だし、あいつらも名が売れているのかもしれないな。


「その三人の名が出てくるなんてな。なるほど、お前さん、偕の兄の理玖だな?」

「……へぇ? 今のでそこまで分かるのか?」

「ぶわっははは! 三人の知り合いで理玖と聞けば、思い当たるのは一人しかいねぇよ!」


 男が警戒を緩めたのを感じる。増々妙だ。偕の兄と分かっているのなら、俺自身が罪人だという事も知っているはず。普通ならここで、俺を捕えるために動いてもおかしくないが。


「ああ、警戒しなくていい。お前さんは特別だって通達がきていたからな」

「通達? 特別?」

「陸立理玖は皇国において罪人の身分ではあるが、捕える必要はないってな。しかも皇族直々のお達しだ!」


 指月か。なるほど、地方の武人との余計な摩擦を回避するため、手を打っていたという事か。


「ああすまん。名乗りが遅れたな。俺は南方狼十郎。毛呂山領で武叡頭のお役目をいただいている。みんなからは狼さん、て呼ばれているぜ」

「毛呂山領の武叡頭、南方狼十郎……!?」


 聞いた名だ。確か亀泉領に向かう時、雫からその名を聞いた。


「え、て事はお前が清香の夫?」

「う……。その話まで知ってんのか。頼むから今はちょっと置いといてくれ……」





 その後、俺達は互いに改めて自己紹介を行った。


「片瀬京三だ」

「六郷翼よ」

「六郷っていうと……」

「ええ。雫の姉になるわ。よろしくね、お兄さん」


 ここで六郷の家の者と会うとはな。不思議な縁だ。俺は改めて狼十郎から、今の皇国の現状を聞いた。


「霊影会に皇国七将の謀反だと……!?」

「ああそうだ。幸いここ羽場真領より南には影響が無かったからな。皇都より火急の報せが、毛呂山領に届いたんだ」


 皇都近郊の領地は、妖を含む破術士の集団と、裏切りの将軍たちにより抑えられていた。そこで指月たちは鏡を使った通信術で、毛呂山領に援護を要請する。何故なら毛呂山領は幻獣領域と面している領地なだけあり、いくらか武人術士といった戦力が配属されていたからだ。


「だがさすがにその戦力の多くを持ちだす訳にもいかないからな。そこで人数を絞って、精鋭のみで移動してきたって訳だ」

「それがお前たち三人か。しかし少数精鋭ってのは分かるが、武叡頭自ら来るとはな」

「元々俺は羽場真領の生まれだからなぁ。多少は土地勘があるのさ」


 片瀬京三は毛呂山領に配属されている武人の中でも、上位に位置するらしい。そして六郷翼。彼女は毛呂山領に配属されている術士という訳ではないが、たまたま霊具作成に必要な素材を求めて、毛呂山領に滞在していたそうだ。皇国内で流通している幻獣の素材のほとんどは、毛呂山領から運ばれてきているからな。


「だがそうなると、今の羽場真領領都には裏切りの将軍二人に霊影会の幹部、それに妖が存在している訳だ。領主一族や南方家を含む武家の奴らもどうなっているか不明。そんな場所に三人だけでどうやって乗り込むんだ?」

「言ったろ、俺はここの生まれだって。いくつか入り込む道はあるんだよ。秘密裏に潜入、状況を確認して可能なら要人の救出、どうあがいても無理だと判断すれば、その情報を持って毛呂山領へ帰還する」

「狼さん……! 罪人なんかにわざわざ説明しなくても……!」

「ははは、まぁいいじゃねぇか! 兄ちゃんはなかなか強そうだしな! それになんと言っても皇族を動かすほどの人物だ。ただの罪人じゃこうはいかねぇ。そんな訳でどうだ、兄ちゃん。俺らに協力しねぇか?」

「……」

「狼さん、本気か……?」


 改めて南方狼十郎という男を見る。本当に奇妙な武人だ。だが毛呂山領に武叡頭として配属されるほどの武人であり、その実力は確か。以前に雫から話を聞いた時、武人の実力と将としての器を兼ね備えている人物の様に聞こえた。


(それに妖の件もある、か……)


 妖。パスカエルが作成した黒い杭によって、力を得た元人間。帝国ではパスカエルが、大量の杭を東大陸に送っていた事が分かっていた。それがこの様な形で皇国で使われたのだろう。


(復讐の残り香……て訳でもねぇが。このまま野郎の残滓を残しておくのは業腹だな)


 そう考え、俺は意思を固める。


「いいぜ。羽場真領解放に協力してやる。俺が協力する以上、成果は約束された様なものだ。良かったな」

「ぶわっはっは! そりゃ頼もしい!」

「狼さん……! 知りませんよ、どうなっても」


 以前までの俺なら、もしかしたら今の皇国の現状を無視していたかもしれない。だが今。俺は皇都にいる知り合いどものために、一肌脱いでやるのも悪くはないかと思い始めていた。

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