第120話 動乱の皇国 変革を望む者、復讐を望む者
「なにを……言っている……?」
皇国七将の二人は冗談を言った様子もなく、真剣な表情で言葉を続ける。
「今の皇国は歪んでおります。どれだけ有能な者も、生まれが違えばその立場は一生不変。私は常々、有能な者がそうでない者に使役される状況に違和感を覚えておりました。これはより強い皇国を作り上げるため。そのために必要な事なのです」
突然語られる裏切りの発言に、指月は落ち着いた声色で訊ねる。
「要領を得ないね。今の国家体制に不満があるというのは理解できたが。それが霊影会と組む事とどう繋がるんだい?」
指月からの問いかけに答えたのは近石剛太だった。
「ふふ……。失敬、加古助殿はああ言いましたが。私の動機はもっと単純です。本堂一族ですよ」
「なんだって……?」
「指月様はご存じないでしょうな。軍において栄華を極める本堂家でありますが。彼らの在り方はとても許せるものではありませぬ。自分の子を将軍職に就けるためであれば、賊とも手を組み、国に忠を尽くす者を犯罪者に追い落とす。我が父の代でも、あの家とはいろいろあったと聞きますが。元々気に食わなかったのです。良い機会なので、彼らが無実の罪をなすりつけた五陵坊らと、ここで手を組む事を決めました。全ては皇国を正しき姿に……真に国を想う者が評価される国家に作り替えるため」
近石の物言いでは、本堂家に対する意趣返しの様にも聞こえた。しかし指月は納得する事ができない。
「さすがに今の説明でなるほど、とはならないね。国を想う者であれば、こちら側にも多くいる。君の都合だけが推し通る様な世界ではないよ」
「然り。これは言い訳。元々不満はあったのです。今、その不満を解消できる機会を得られた。そして歴史は勝者が作るもの。ここでこの革命を成功させられれば。後年、栄誉を得られるのは我らとなりましょう」
歪んでいる。指月は率直にそう思った。果たして歪ませたのは皇国なのか。それとも元から近石が歪んでいたのか。
しかしこの歪みがあるからこそ、その言葉に嘘はなく、本気で皇国に対して謀反を起こしたのだと思えた。
「……羽場真領には三つの軍を派遣していた。冬木殿はどうしたのかな?」
指月の問いかけを受け、藤津加古助は一度鏡の枠外へと出る。次に戻って来た時、その手には首だけになった皇国七将の一人、冬木成之の髪を掴んでいた。
「……斬ったのかい。同門の将を」
「冬木めは本堂の子飼いでありましたからな。元々羽場真領に来る前に、こうするつもりだったのですよ」
広場に衝撃が伝わる。各地で勃発する妖騒動に、二人の皇国七将の裏切り。ここにきて皇国は新たな対処に迫られる事になった。さらに加古助、剛太の後ろから新しい人物が現れる。
「お初にお目にかかる。俺は霊影会幹部が一人、栄六」
「な……」
誰があげた声だったのか。そこには血風の栄六の姿があった。これで皇国七将と霊影会の繋がりが、現実のものだと再認識させられる。
「気付いているだろうが、此度の争乱。これは我らの手によるものだ。全ては皇国、そして本堂への復讐のため。お前たちのせいで五陵坊はいわれなき罪を着せられ、俺の家族は村を追われ、隣人には死んだ者もいた。これまで皇国に忠を尽くしてきた我らを、貴様たちは自分の欲のため、踏み台にしたのだ……! これは決して許されるものではない。そもそも我ら破術士が生まれる原因を作ったのは、他ならぬお前たち貴族だ。それなのにお前たちは我らをここまで蔑ろにしてきた。復讐、そして能力ある者を公平に評価する世を生み出すため。我らは立ち上がったのだ。七星皇国。お前たちがこれまで目を背けてきた者の意地。その目でとくと見るがいい!」
そう言うと栄六は鏡を叩き割り、強制的に術を切断した。今回の件、問題はかなり根深い事を指月は悟る。
「……指月様」
「いろいろ打ち合わせる項目が増えたね。まずは本堂諒一及び桃迅丸をここに……」
「も、申し上げます!」
部屋に一人の術士が入ってくる。術士は許可を貰う前に口を開いた。
「か、各地で破術士たちの反乱が起こっております! 中には楓衆、それに皇国軍に所属している兵士達も見られるとのこと……!」
皇国の動乱が今、本格的に始まろうとしていた。
いくら楓衆を含む破術士たちに、皇国の将軍が謀反を企てたところで、大きな脅威にはなりえない。武人術士は依然として破術士よりも有能な者が多いし、裏切った二人の武人よりも強い武人も用意できる。
だがここに妖が加わると話は変わる。さらに多方面で騒ぎが起こっているため、これに対処していてはどうしても戦力は分断される。
そして皇国の体制に不満を持つ民衆が、この動きに便乗しないとも限らない。事態は急を要していた。
■
栄六が宣戦布告を行った直後。指月たちは早急に事態を収めるために動いた。幸い動きがあるのは皇都近郊の領地のみ。それより南では、今のところ異変は生じていない。
そしてさらに数日後。今も混迷極まる皇都の近くで、五陵坊はある男と話をしていた。その男の見た目は、皇国人のそれでは無かった。
「これが……」
「そうだ。ある意味で黒い杭、そのもう一つの完成形。そういう触れ込みだ」
男の名はジルベリオ。元は帝国聖騎士であった者だ。ジルベリオはかつて皇国内において、レイハルトと共にヴィオルガに対し謀反を働いた。だが黒い杭の力で成った仲間たちを清香、誠臣によって斬られ、劣勢とみるやその場から逃げ出した。
それ以降、ジルベリオは帰る場所を失い、霊影会の世話になっていた。そのジルベリオの手には今、赤い杭が握られている。
「かつてレイハルト様が手にしていた赤い杭が、俺の手元に……」
「いいのか? それは他の杭とは一線を画すものだが」
「構わないさ。どうせ俺にはもう帰る場所がないんだ。レイハルト様も討たれ、聖騎士が冷遇される帝国に対する忠義もない。だが。あの時逃げ出した俺だが。せめてレイハルト様の仇くらいはとらないと、俺は今後自分で自分が許せなくなるだろう。俺に最後の手向けの場を用意してくれたこと、感謝する」
かつて皇国行きの船の中で熱く議論していたジルベリオだが、近衛の力を目の当たりにしてしまい、逃げ出してしまった。
仲間やレイハルトを討たれて以降、ずっと失意の中にいた。自分なりに聖騎士というものにプライドを持っていた分、心は黒く染まり壊れていく。
今のジルベリオはレイハルトの敵討ちと、歪んだ破滅願望に憑りつかれていた。
去って行くジルベリオの姿を見ながら、五陵坊は考える。
「……動き出した以上、もはや止まる事はできん。俺も覚悟はできている。今こそ皇国を旧態依然とした支配体制から解き放つ時」
長く楓衆や皇国軍と秘密裏に情報交換を進めていたが、特に注力していたのは本堂諒一と本堂桃迅丸、二人の情報だった。
かつて自らの栄誉のため、賊と通じ五陵坊を貶めた張本人。そして実の父にして弟。二人の情報を集めていたある日、有益な情報が入る。それは本堂家自体に不満を持つ者は以外と多いという事だった。そしてその中には、楓衆の他に武人もいた。
五陵坊は幸い、不満を持つ武人の一人である近石剛太と面識があった。これまで楓衆を通じて近石剛太とも連絡をとっていた。その剛太は時を経て皇国七将へと上り詰める。
さらに剛太がもう一人の将軍、藤津加古助も連れてこちら側に付いてくれたのは嬉しい誤算だった。
「各地に現れた妖に、裏切りの皇国七将。貴族どもの中にはさぞ動揺が広がっておるだろう。そしてここで本命の作戦を決行する」
「五陵坊」
声と同時に現れたのは鷹麻呂だった。
「お待たせしました。……ジルベリオは?」
「行ったよ」
「そうですか……。では私たちも向かうとしましょう」
そう言って鷹麻呂は後ろを振り向く。そこには五陵坊に味方する破術士たちの他に、幾人もの妖がいた。
「ああ……。今日、この日。七星皇国を落とす。我らの絶望、失意、怨念。今こそ思い知れ」
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