第119話 復讐の五陵坊 動乱の予兆

 清真館にて、月御門指月は皇護三家の当主達と会合を行っていた。内容は万葉の旅路やそれに備えた準備、将来起こる幻獣の大量発生に備えて、地方領主とどう対策を練っていくかなど多岐に渡る。


 そして最後に九曜静華と薬袋誓悟が、指月から依頼を受けて調べていた件の報告があった。


「では……?」

「ええ。当時、本堂家が五行府に何かしらの働きかけをしたのは確かかと」

「本堂家といえば、軍では一角の家だね」


 視線を向けられた葉桐善之助は、その通りですと頷く。


「長く皇国軍を中心に、その力を発揮してくれている家ですな。将軍職を最も多く輩出している家でもあります」

「今の皇国七将の二人は本堂親子だものね。軍における名門一族と言えるでしょう」


 静華は一枚の資料を取り出す。


「当時の事を知る村人にもあたってみましたが。随分昔の出来事であるのと、あまり当時の事を思い出したくないのか。話してくれる村人は少なかったですね」

「だが証言は本堂桃迅丸のものと一致する、か」

「はい。栄六の家族にも話を聞きたかったのですが、どうやら事件の後にどこかへ移動したらしく……」


 栄六の両親や兄弟は村に居づらくなり、栄六が罪人になると同時に村から出て行っていた。


「結局これまでの事実を覆す物証は出てこなかった、か」

「はい。当時五陵坊が本当に賊と通じていたのか、捜査も行われた様なのですが……」

「おや、そうなのかい?」

「記録では」


 指月は薬袋誓悟の言い方に引っかかるものを覚える。


「含むところがありそうだね?」

「当時の書類の管理体制は、かなり杜撰でしたからな」


 今でこそ二重確認や書類の伝達経路など整理されているが、薬袋家当主に薬袋誓悟が就くまでは、適当な管理体制と言われても仕方のない環境だった。


 貴族たるもの己の分を弁え、皇国に忠を尽くすべしというのは薬袋誓悟の考えだ。皇国の内政管理の大部分を司るからこそ、そこに手抜きはあり得ない。


 実際、薬袋誓悟がとり仕切る様になってからというもの、皇国内における賄賂などの汚職は数を減らしていた。


「何か知っていそうなのは本堂親子、か」

「しかし疑わしいからというだけで詰問する事はできません」

「そうだね。実際、本堂親子は皇国軍においてはよく働いてくれている。だが五陵坊と何かあったのは間違いないだろう。九曜一派からは術士も一人、出奔しているくらいだしね」


 五陵坊の過去に何かありそうなのは間違いないが、結局肝心な事は分からずじまいか、と指月は小さくため息を吐く。


(その日がくるまでに、霊影会の件は何とか片付けておきたい問題だが。なかなか難しいね)


 だが、と善之助は声をあげる。


「霊影会が皇国において様々な事件を起こしているのは事実。今は罪人である事には違いありません。一派もその身柄を抑えるために動いております。もし生かして五陵坊を捕える事ができれば。その時はいろいろ話を聞く事もできるでしょう」





 皇都に程近い場所にて。五陵坊は幾人かの男達と会っていた。


「これが……」

「例の組織が作っているという杭か……!」


 年齢や服装、霊力の有無に至るまで彼らには統一された印象が無かった。だが二つ、共通している事がある。


 一つは全員何かしら今の皇国に対して思うところがあるという事。もう一つは、国に仕える仕事に従事しているという事だった。


「……確認だが。霊力を持たない者が使うとどうなるんだ?」

「強い力を得られるのは間違いない。だが霊力を得られるかは分からんし、人の姿に戻れた者はいないという話だ。……どうする、止めても構わんが」

「いいや……くれ。あいつらに……自分が優れていると思い込んでいる武家の奴らに意趣返しができるのなら。俺はためらわない。母を貶めたあの時の屈辱……決して忘れん……!」


 そう言って皇国軍兵士の男は杭を受けとる。皇国軍の兵士は基本的に霊力を持たない平民で構成されている。そしてその指揮をとるのは武人である。彼らの中には、霊力を持たない者をあからさまに見下す者も多い。


 同じ国に尽くす者同士でありながら、身分差を盾に理不尽な要求をする者もいる。平民でも貴族に対して不満を抱いている者は存在していた。だがさらに下に見られているのが楓衆だ。


 楓衆は貴族の生まれではなくとも、全員が霊力持ちである。つまりその生まれには何かしらの事情が付きまとう。


 武人術士たちからは自分たちの下位互換と見られ、思い当たる節のある者からすれば側に置きたくない存在だ。毛呂山領の様な環境ならともかく、皇都近辺では多くの貴族から疎まれている存在だった。


 貴族に不満を抱きながらも、皇国に忠を尽くす者たち。以前までなら五陵坊がそうした者たちを上手く率いていた。


 だが五陵坊が皇国を追われてからというもの、両者の間で溝は深まっていく。何も貴族全員が楓衆たちに理不尽な態度をとっている訳ではない。だがそうした貴族たちよりも、どうしても素行の悪い者の態度の方が印象に強く残る。


 五陵坊は罪人の身になってからも、一部のそういった者たちと連絡を取り合っていた。霊影会を組織し、今も自分を慕う楓衆たちから効率的に情報も収集していく。そうして皇国の裏にも手を伸ばし、勢力を拡大し続けてきた。


「確認だが。計画を実行に移せば、もう後戻りはできん。今抜けても俺は何も言わん。中には家族がいる者もおるだろう。もう一度よく考えてくれ」


 これはただの武装蜂起とは訳が違う。国家の体制そのものを根底から崩すという、皇国史上誰も考えた事のない企てである。


 通常であれば、畏れ多くて行動に移す者はいないだろう。だが長く続く支配は貴族と平民、持つ者持たざる者の間に大きな溝を作った。


 ある意味当然なのかもしれない。何故ならどれだけ国に忠を尽くしたところで、霊力を持たない平民は貴族には成れないのだから。


 生まれた時から既に上下が確定している。それがこの国、この世界だ。霊力を持つ楓衆を始めとした破術士あれば、尚更自分たちの扱いに納得はできないだろう。その血をたどれば、行きつくのは貴族なのだから。


 そしてそんな彼らに今、杭という武人術士を凌ぐ力を与える呪具が与えられた。五陵坊の件といい、現在の皇国の在り方に不満を持つ者も多い。そこに幻獣の大量発生も近づいているという情報も入ってきた。


 この近く迫った危機を前に、彼らは考える。果たして貴族たちはどこまで自分たちのために動いてくれるのだろうか、と。


「覚悟ならここに来た時点でできている」

「俺もだ。生まれ育った皇国に思い入れが無い訳じゃない。だが」

「今の皇国に……そこまでして命を懸ける価値なんてあるのか……?」

「例え罪人になろうとも。未来に生まれてくる破術士たちのため」


 集まった者たちの決意は固かった。五陵坊は今一度、全員を見渡す。


「……わかった。なら予定通り決行だ。我らの手で七星皇国を……根底から覆す」





 数日後。初めに入ってきた報告は旧亀泉領からだった。鏡を用いた通信術で、火急の報せが入る。


「あ……妖が! 領都に妖が現れました! 数は十五を越えています!」


 幸い旧亀泉領は幻獣領域と面している事もあり、いくらか武人術士も務めている。だが相手はあの妖、皇都に近い事もあり早期の対処が求められる。


 指月と善之助は、亀泉領にいくらか武人の派遣を決めた。しかしその後。


「こちら生天目領! 領都に妖が出おった!」

「左沢領です! あ、妖が! 妖が出て……!」

「羽場真領に妖と思われる者が現れました! 急ぎ援軍を頼みたい!」


 皇都近郊の領地で次々と妖出現の報せが入る。指月はこれに皇国軍、武人術士を総動員して対処を行った。


 しかしそれぞれ別方向で騒動が起き、送れる人員にも限りがある。未曾有の窮地を目の当たりにし、指月に焦りが生まれる。


(妙だ……何故示し合わせたかの様に、皇都近くの領地で妖が出る? そして何故皇都では出ていない? ……これは皇都から戦力を吐き出させようという陽動か……! しかし対処せねば、妖による被害は大きく広がる事になる……!)


 途中からこの騒ぎは陽動であると気づいていた。本命はおそらく皇都。仕掛けたのは霊影会か。指月は皇護三家の当主達を始めとした者たちを呼び、緊急招集を行う。


「旧亀泉領に送った者達に、生天目領にも対処する様に伝えました」

「左沢領へは武人術士の他、第一皇国軍も派遣しております。皇国七将であれば、妖に対して対処も可能かと」

「羽場真領には第二、第三、第四皇国軍を派遣いたしました。こちらは術士はおらずとも、皇国七将の三人が向かっているのです。もしここより南の地でも異変が生じる様であれば、羽場真領を拠点にいくらか軍を分けて事にあたる予定です」


 次々と入る報告に、一同はこれで何とか対処はできたかと考える。だがそこに鏡が光り始めた。九曜静華が対応に移る。


「羽場真領からです。これは……!?」


 羽場真領からの通信。領主からの通信かと思われたが、そこに映っていたのは皇国七将の二人だった。姿を確認した善之助は僅かに驚く。


「お主らは……藤津加古助、それに近石剛太ではないか。一体どうしたのだ、羽場真殿はどうした? 羽場真領の妖はどうした?」

「ご当主。それに指月様もお揃いで」

「急ぎ報告があり、連絡をとらせていただきました。どうか心してお聞きいただきたい」


 二人の皇国七将から真剣な空気が伝わる。全員が押し黙る中、藤津加古助は口を開いた。


「これより我らは霊影会と組み。共にこの国、七星皇国を壊させていただく」


 発せられた言葉の意味を即座に理解できた者は、この場には一人もいなかった。

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