第118話 追憶の五陵坊 無償の忠義、霊影会の始まり
五陵坊は村に到着すると、直ぐに防衛体制を敷いた。だが村人たちは以前来た時と違い、どこかよそよそしい。違和感を覚えていた五陵坊の元に、焦った様子の栄六が走ってきた。
「五陵坊!」
「どうした、栄六! 平蔵団が出たか!?」
「違う! 今、親父たちから話を聞いてきたんだが……」
栄六の話を聞き、五陵坊は驚きで目を大きく見開く。なんと村では、五陵坊の管轄する楓衆は盗賊にわざと村を襲わせ、その村を守るためと言って現地に駐留。そこで村を守ってやっているんだからと、ため込んだ食料を奪い、女を無理やり連れて行く様な暴虐を働いているという噂が流れていた。
「ばかな! 糧食なら自前で用意しているし、好意でいただいた物以外は受け取った事もない! ましてや村の食糧や女を無理やり奪うなど! それではどちらが盗賊か分からんではないか!」
「分かっている、落ち着いてくれ。ここは俺の生まれ育った村だ、五陵坊も何度も来ているだろう。村人たちも何もこんな噂を全部信じている訳じゃないんだ」
だがそれに近しい何かがあるから、こんな噂が広まったのではないか。噂は尾ひれ背びれが付くもの。火のない所に煙は立たぬ。村人全員が五陵坊たちを疑っている訳ではなかったが、それでももしかしたら……と不安に思う者も幾人かは存在していた。
「一体どこからそんな噂が……!」
「五陵坊!」
憤慨する五陵坊の元に菊一、佐奈、五十鈴が走ってくる。
「平蔵団だ! 平蔵団がこっちに向かってくる!」
「なんだと!? ……くそ、今は村の防衛が先だ!」
「いや、それが……」
言い淀む菊一に代わり、佐奈が続きを話す。
「なんだか妙なの」
「妙?」
「うん。物々しい雰囲気が無いというか。武装はしているんだけど、誰も武器を抜いていないの。のんびり手を振りながら歩いてきてるし」
「なに……?」
五陵坊は平蔵団の見える、小高い場所へと移動する。確かに平蔵団は、村を襲いにきたと言うにはどこかのんびりした様子だった。先頭に立つ男が声を上げる。
「おうおう、よく聞きやがれ! 俺こそは皇国に名を轟かせる平蔵団の長、平蔵様その人よぉ! 今からてめぇらの財産を……てありゃ、皇都で名高き五陵坊じゃねぇか! なんであの五陵坊がここに!? こりゃ相手が悪い! 五陵坊相手じゃいくら平蔵様とはいえ、とても敵わねぇ! おい、お前ら! 撤退だ!」
「なに!?」
平蔵は五陵坊の顔を見るなり、撤退していく。五陵坊はいくらか追撃の指示を出すが、後ろで見ていた村人たちからは何かを疑う様な目を向けられていた。
それから数日経っても平蔵団が姿を見せる事は無かったが、その脅威がなくなった訳ではないので、村から撤退する訳にはいかない。少なくともここで皇国軍と落ち合うまでは。
「遅い……! 皇国軍は何をしているのだ!?」
今や村人の中にも「五陵坊と平蔵団は繋がっているのではないか」と疑っている者も出始めていた。このままいつまでも村に駐留するのは、五陵坊たちにとっても村人たちにとっても良い事だとは思えない。いっその事、平蔵団が襲撃してくれれば村人たちの誤解を解けるのに、と考えてしまう。
「五陵坊! 軍から使いが来た!」
「!」
やっとかと五陵坊は使いの応対に出る。だがそこで奇妙な指示を受けた。
「一度村の外に出て、そこで落ち合う?」
「はい。五陵坊殿、ここらで流れている噂についてはご存じですか?」
兵士の問いかけに栄六や菊一は怒りを隠そうとしなかったが、五陵坊は静かに手で制した。
「根拠なき噂。我らを愚弄するにもほどがある」
「もちろん我々も信じてはいませんよ。しかしこの状況下で武装した我々が押し寄せては、村人たちにいらぬ不安を与えるのではないかと思いまして。とにかく隊長がお待ちです、早くしていただけると」
「……」
兵士の物言いには違和感を覚えたが、幸い軍も直ぐ近くに来ているとの事だった。村も見下ろせる丘の上に展開しているので、何かあっても直ぐに村へは戻れる。そう考え、五陵坊はいくらか手勢を率いて村を出た。
念のため栄六と五十鈴は村に置いておく。兵士に案内された先には、隊長の他にも十人の武人が居た。これだけの武人がそろっている事に五陵坊は驚く。
「この隊を預かる本堂家が嫡男、本堂桃迅丸である。……お前が五陵坊か」
「はい。此度の平蔵団討伐の任、共に働けて光栄に存じます」
桃迅丸は五陵坊をまじまじと見つめる。
「……早速だが五陵坊。ここへ来るまでの間で妙な噂を聞いてな」
「……」
「噂など当てにならん事はよく理解している。だが聞くところによると、村に現れた平蔵団はお前の顔を見るなり、一戦も交えず撤退したらしいな? 以降、その姿を見せていないと聞く」
一体どこからその事を聞いたのか。さっき村を訪れた使いが、村人から話を聞いたのだろうかと訝しながらも五陵坊は答える。
「はっ。その事は事実にございます。しかしそれと噂の真偽はまた別の話かと」
「だといいがな? しかし真偽が明らかでないのもまた事実」
これに反応したのは菊一だった。
「てめっ……! 俺達が! そんなことを」
「菊一!」
五陵坊は一喝して菊一を黙らせる。相手は武人であり貴族でもある。無礼な口を叩いたからといって即手打ちになる事はないが、やっかみを買う原因にはなる。周囲の武人はどこか剣呑な視線を菊一に向けていた。
「ふん……。とにかく、だ。村人に余計な不安を与えたくないのはこちらも同様だ。五陵坊、お前にはもう少し話を聞かせてもらおう」
「はっ……。しかしいつまでも村を空けておく訳にもいきますまい。手早く済ませてもらえるとありがたいのですが」
「それはお前次第だ。さて、村に来てからのお前の行動を今一度教えてもらおうか?」
桃迅丸は意味のない問答を繰り返す。いい加減にしてほしいと感じ始めた頃、五陵坊の耳元に五十鈴からの報せが耳に飛んだ。
『五陵坊! 襲撃です! 平蔵団が村を襲ってきました!』
「なんだと!?」
急に立ち上がる五陵坊を誰もが訝し気に見る。
「失礼……! 今しがた、村に残してきた五十鈴より報告が入りました! 村に平蔵団が現れたとの事! 急ぎ援護に向かいます!」
「……分かった。我らも直ぐに向かう」
五陵坊たちは直ぐに村へと引き返した。楓衆は村の防衛に勤めているが、すでに被害も出始めている。並の破術士ならともかく、相手は十六霊光無器を持つ平蔵。取り押さえるのは並大抵の事ではない。五陵坊が村へ着いた時、すでに村人にも被害が出始めていた。
「おのれ……! 我らが出ている隙に……!」
五陵坊は今も大暴れしている平蔵に向かって駆けだす。そんな五陵坊の姿を見て、平蔵はニヤリと笑った。
「おう、五陵坊! あらかじめ聞いていた通り、お前のいないところを襲わせてもらったぜ! いやぁ、まさか天下の五陵坊と我ら平蔵団が手を組んでいたとは、誰も考えていなかっただろうよ! おかげで今回も良い稼ぎができそうだぜ!」
大声で妄言を話す平蔵。既に被害が出ている事もあり、村人の中には驚愕の表情で固まる者も出てくる。
「何を言う! 誰が貴様らなどと手を組んだりするものか!」
「そんな演技なんてしなくて大丈夫だって! どうせ村人は全員殺すんだ、誰も俺達の関係に気付きはしねぇよ!」
「まだ言うか!」
その口を封じようと五陵坊は剣を抜く。だがそこに後から追って来た桃迅丸の声が響いた。
「五陵坊! 貴様、やはり賊と組んでおったか!」
「違う! これは平蔵めが……!」
弁明に後ろを振り返る五陵坊。その目に映るのは、奇妙な笑みを浮かべる桃迅丸であった。到着の遅い皇国軍、五陵坊を村の外に呼びつけ、意味の無い問答でその場に留めおいた事、その間に現れた平蔵。もしやと平蔵の方を再び見ると、同じく奇妙な笑みを浮かべる平蔵の姿があった。
「……まさか……俺の噂を流したのも……平蔵の奇妙な行動も……今になって皇国軍と平蔵団が現れたのも……」
「平蔵団もろとも五陵坊らも取り押さえろ! 逆らう奴は殺しても構わん! 五陵坊を庇う村人がおれば、そいつも賊との内通者だ! 同じく斬って捨てろ!」
「な……! や、やめろぉ!」
皇国軍兵士はただの武装した平民だ。しかしここに来た皇国軍には、十人もの武人がいる。武人は平蔵団はもちろん、抵抗する五陵坊の隊員や村人も斬っていく。
「おのれ桃迅丸!! 貴様、それでも皇国の武人かぁ!!」
「くく……ははは……! 当然であろう! 皇国に忠を誓う武人として、こうして賊を斬っておるのだからな!」
「言うに事を欠いて、俺達を賊扱いするかぁ!!」
「ふん……!」
次の瞬間、桃迅丸は五陵坊の真正面に移動していた。俊足の絶影に対応が遅れ、五陵坊はみぞおちに拳を突き立てられる。
「がぁっ……!」
「もう一度言う! 平蔵団、楓衆は共に取り押さえろ! 庇う者あれば斬れ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
そこに現れたのは平蔵本人だった。平蔵は焦った様子で桃迅丸に問い詰める。
「なんで俺達まで!? 言われた通りやっただろ!? 話がちが……」
後ろから現れた、桃迅丸とは別の武人が平蔵の首を落とす。
「桃迅丸様。平蔵、討ち取りました」
「よくやった。聞け! 平蔵はここに討ち取った! 楓衆よ、それ以上の抵抗はやめろ! お前たちの隊長を守りたければな!」
そう言ってうずくまる五陵坊の首筋に、刀を向ける。それを見て栄六、菊一たちは抵抗を止めた。
「おのれ……! おのれ……!」
■
五陵坊は賊と内通していた嫌疑をかけられ、牢に繋がれていた。楓衆でも人気の高かった五陵坊の行いに驚く者は多かったが、誰も五陵坊たちの弁明を聞かず、桃迅丸の主張が中央に通る。
そして五陵坊には皇国を混乱に貶めた罪が着せられ、死刑が確定した。地下深く厳重に築かれた牢に桃迅丸が訪れる。
「これはこれは。皇都の人気者も落ちた者だ」
「桃迅丸っ……!! 貴様……!!」
「ふふ……。さすが賊と通じていただけあって、野蛮な目つきをする。同じ父でも、母が違えばこうも変わるものか」
「まだ俺が賊と通じていたと言うか! …………!? 貴様、今なんと言った!?」
「同じ父でも、母が平民と貴族では変わるものだと言ったのだ、兄上」
「なんだと……!?」
くく……と桃迅丸は暗い笑みを浮かべる。
「お前は父上が若かった時にできた子だ。遊びとはいえ、初めてできた子。不憫に思った父上はお前を楓衆に預けたのだ」
「なにを……なにを言っている……!?」
「ところがお前は楓衆で目立ち過ぎた。その豊富な霊力といい、求心力といい、お前の人気が高まればお前の親は誰かと調べ始める者も出てくる。父上が将軍職を皇王陛下よりいただいている事は知っていよう? 栄えあるお役目をいただき、これから増々皇国軍における本堂家の影響力も高まるという時期に、お前の存在は目障りになった」
「ばかな……! それで……! そんな事で、あんな真似をしたというのか……!?」
「あんな真似? 何を言っているのかは知らぬが、お前が平蔵と通じていた事は事実だ。それはあの場にいた多くの者が聞いている」
「平蔵と通じていたのはお前だろう!」
「皇国軍が……それも本堂家の武人たる私が賊と通じる? 荒唐無稽だな。誰もその様な話を信じん。あの時、お前は独断で村の外にいる皇国軍と接触し。その間に平蔵団に村を襲わせた。賊と通じた貴様に下された刑は餓死。今日から水も食料も与えられん。ここで一人静かに朽ちていけ」
「桃迅丸……!! おのれ……!! 許さん……!! 許さんぞ!! お前も、お前の行いを肯定する皇国も!!」
「はっはっは! いよいよ賊らしくなってきたじゃないか! せいぜい喚くがいいさ」
そう言うと桃迅丸はその場から去って行った。これまで皇国のために忠を尽くしてきた。皇国からの評価も高かったであろうという自負もある。
ところが皇国は、人生をかけて忠義を尽くしてきた自分たちの意見は聞かず、自らの立場のために、武人でありながら賊と通じた桃迅丸らの意見を尊重した。黒幕は皇国七将であり、自分の父でもあるというのに。
楓衆というだけでこうも扱いが変わるのか。同じ力を持ち、同じ方向に進む同志ではなかったのか。そう考えていたのは自分だけだったのか。五陵坊の心に、暗く冷たい何かが接触してくる。
五陵坊はそこから水も与えられない日が始まるかと思い、悔しさを噛み締めながら覚悟を決めた。だが次の日の晩、牢に鷹麻呂が現れる。
「鷹麻呂……!」
「静かに。術を使います、離れて」
鷹麻呂は符術を用いて牢を壊す。
「鷹麻呂……! ありがたいが、こんな真似をすればお前も……!」
「あなたが賊と通じる訳がない。そんな事、数年一緒に仕事した私が良く知っています。おかしいと思って方々に手を回したのですが、誰も事の真偽を捜査しようとしませんでした」
「なに……」
「どういう訳か、皇国七将の一人である本堂諒一が動いたみたいでして。今回、諒一の息子である桃迅丸は平蔵団を誅するという武功を挙げましたからね。その桃迅丸の言う事を誰も疑わないのです。……面会記録を見ましたが、桃迅丸がここに来ていましたね? 何か言っていましたか?」
五陵坊は鷹麻呂が持ってきた水を口に含みながら、桃迅丸との会話を話す。鷹麻呂はその目に呆れや怒りといった色を浮かべていた。
「そこまで……皇国は腐っていましたか」
「俺の言う事、信じるのか?」
「当たり前です。何故話した事もない武人の言い分を私が信じると思うのです。私とあなたの付き合いももう結構長いのですよ?」
「鷹麻呂……」
「外で栄六たちも待っています」
「なんだって……!」
「五陵坊の話を聞いた今、私もこの国には未練がありません。今日この時より、八蔵の名を捨てただの鷹麻呂として生きていく事にしましょう」
「しかし、お前には家族が……」
鷹麻呂はゆっくりと首を横に振る。元々それほど家族には思い入れはない。そして鷹麻呂には潔癖なところがあった。腐敗した体制下でその力を振るうよりは、五陵坊の元で働きたいと考える。
「いいのです。いつかはこんな日がくるのでは、と思っていましたから。……五陵坊、これを」
「これは……平蔵が使っていた武器?」
「十六霊光無器が一つ、神天編生大錫杖。これを媒介にすれば、自身の霊力を容易に放出する事が可能になります。身体能力の強化しかできない五陵坊には、もってこいの武器でしょう」
「鷹麻呂……」
「さぁ行きましょう。今日より我らは皇国の影に潜む事になります。ですが楓衆や軍内部には、依然としてあなたの味方も多い。こんなところであなたは死ぬべきではない。力をつけ、いつかこの国を……五陵坊の今日までの働きを仇で返した皇国に、裁きを降すのです」
そしてこの日。皇都より五人の破術士と、一人の術士が脱走した。
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