第117話 追憶の五陵坊 皇国の破術士

 配下との打ち合わせが終わり、五陵坊は自室へと戻る。懐には完成品とされる黒い杭が入っていた。


「やるのだ、俺は。死んでいったあいつらと。ここまでついてきてくれた奴らに報いるために」


 五陵坊は静かに瞳を閉じる。思い出すのは自分がまだ楓衆として、皇都で働いていた頃。





「栄六! ここには慣れたか?」

「五陵坊さん! ええ、みんなよくしてくれますし。俺の力がみんなの役に立ててうれしいです!」

「はは、そうか! だが少し堅いな! 俺にさん付けは不要だ、もっと言葉も崩して構わんぞ!」


 五陵坊がまだ波動法師と呼ばれる前。五陵坊は楓衆の一部隊の隊長として皇都に務めていた。


 両親はいない。物心ついた時には楓衆の中で育てられており、成長すると何の疑問も持たず、五陵坊は楓衆の一員となった。やがて楓衆の中で、五陵坊はその頭角を現していく。


 五陵坊は覚醒した霊力を、何か特殊な形で運用する事はなかった。だがその霊力は並の武人術士を上回っており、身体能力の強化に特化した使い方を身に付けていた。


 葉桐一刀流を修めた訳でもないのに、その武は並の武人に勝ると言う者もいる。そして五陵坊自身、嫌みの無い性格という事もあり、その実力と相まって楓衆や庶民からの人気が高かった。


 時はまだ万葉の予知が存在しなかった時代。今でこそ乱暴狼藉を働く破術士は皇国南部に多くいるが、この時の皇都周辺ではまだ犯罪に手を染める破術士がいくらか存在していた。


 中には徒党を組み、盗賊まがいな事をしている集団もいる。五陵坊は軍や武人、術士らと共にこうした者達を討ち、皇都周辺の治安維持に務めていた。


 ある日、村の一つが破術士の盗賊に襲われているという報告が入った。だが駆けつけてみると、すでに盗賊は一人の村人によって討たれていた。その村人こそ栄六だった。


 五陵坊は歳の近い栄六を楓衆へと誘う。栄六もまた戦闘寄りの能力を持っていたため、楓衆で活躍する機会は多かった。


「五陵坊。その子は?」

「ああ……。孤児院から相談されてな。うちで引き取る事にした」

「ええ!? よく許可が降りましたね……」

「ははは! 随分難色は示されたけどなぁ! この間、一緒に仕事した八蔵家の術士がいただろ?」

「ああ、あの生意気な……おっと。貴き貴族様ですね?」

「そいつが弁護してくれたのさ! 五陵坊の様に楓衆で育った者もいるんだ、幼少の頃より素質ある子を楓衆に育てさせるのに何も不都合もないはずだ、てな!」

「へぇ……」


 この時に五陵坊に連れてこられたのが佐奈であった。佐奈は物心ついた時には孤児院にいたが、霊力の覚醒が早かった。それを見た孤児院の管理者が、楓衆に相談を持ちかけたのだ。


 相談を受けた五陵坊は佐奈を引き取り、楓衆の中で育てていく。いつしか佐奈も、五陵坊たちに懐くようになっていた。


 次に出会ったのは菊一だった。休暇時に五陵坊、栄六、佐奈の三人で都を歩いていた時、往来で大きな騒ぎがあった。一人の若者が複数の大人たちを相手に大暴れしていたのだ。


「栄六!」

「ああ!」


 二人はその若者……菊一を取り押さえ、事情を聴取する。


「けっ! あいつらから俺に絡んできやがったんだ! 俺は売られた喧嘩を買っただけ! なんか文句でもあんのか、ああ⁉︎」


 強がる菊一だが、五陵坊と栄六には歯が立たなかった。菊一の中に霊力の気配を感じた五陵坊は、菊一自身について調べる。都ではちょっとした有名人で、手がつけられない暴れん坊という評判だった。


 両親もいない事から、おそらく自分と同じ事情の生い立ちなのだろうと考える。しかし菊一と争っていた大人側も、皇都で評判の良い部類の者達ではなかった。


 紆余曲折を経たが、結局菊一をそのまま捨て置く事はできず、五陵坊は半ば強引に楓衆へと所属させ、自分の配下とした。初めは文句の多かった菊一も、やがて楓衆の一員として仕事をこなしていくうちに、いつしか連帯感を持つ様に成長していく。


 現在の霊影会の幹部で、最後に知り合ったのが五十鈴だった。五十鈴は元々五陵坊とは違う隊に所属する楓衆だったが、戦闘能力は高くなく、隊の中でも不遇な扱いを受けていた。


 しかしその能力の有用性が高いと判断した五陵坊は、五十鈴の所属する隊の隊長に交渉を持ちかけ、自分の隊に引き抜く。


「楓衆は武人、術士とは違う! 別に戦闘力だけが全てじゃないんだ。 五十鈴、お前の力はこの隊では欠かせないくらいに素晴らしいものだ。どうか俺の隊では存分にその力を活かしてほしい!」


 これまで日陰者扱いを受けて来た五十鈴は、五陵坊の言葉によって救われた。楓衆で育った五陵坊からすれば、楓衆に所属する者達は家族にも等しい。そんな五陵坊の想いが通じたのか、五陵坊の隊は強い結束で結ばれ、楓衆の中でも一角の存在として知られていく。


 皇都において、楓衆の扱いは決して良いとは言い切れない。武人や術士の中には、自分たちの下位互換だとあからさまな態度をとってくる者も多い。


 だがそんな中においても五陵坊は、皇国のためという思いが同じであれば、時にいがみ合う事があっても、進む方向は同じだと信じていた。


 自分たちの力が公平に評価されていないと感じる時も無い訳ではないが、それでも皇国のために忠を尽くすのだという気持ちは色あせない。


 そんな五陵坊の姿勢に他の隊の楓衆はもちろん、武人や術士の中にも好意的に捉えている者もいた。


 五陵坊の隊は多くの功績を積み上げていく中、軍からある任務を共同で行いたいと要請を受ける。


「五陵坊、軍はなんと?」

「平蔵団を知っているな?」

「ああ、あの盗賊団の……」


 この時期、皇国を賑わせていた破術士は幾人かいる。その中の一人が平蔵。平蔵は破術士だけで構成された盗賊団の頭目を務めていた。


 たかが破術士と侮るには難しい実力をこの一団は有していたが、最も大きな特徴といえば、頭目の平蔵が十六霊光無器の一つ、神天編生大錫杖を持っていた事だ。このため、軍といえど簡単に平蔵を捕える事はできなかった。


「その平蔵団だが。栄六、お前の村の近くに住み着いている事が分かった」

「なんだって……!?」

「落ち着け。村は無事だ。だがいつ被害が出るかも分からん。俺達はこれより村へと赴き、先に防衛体制に入る。軍は後から来る予定だ。合流後、平蔵団を殲滅するための作戦行動を開始する」


 これまでの任務で、五陵坊の隊は何度か栄六の村で寝泊まりの世話にもなっている。逸る気持ちを抑える事もできず、五陵坊の隊は栄六の村へと向かった。





「では……?」

「ああ。さすがに目障りだ。他家の中には薄々気付いている者もいる。栄えある皇国七将の息子はお前一人。他に必要はない」

「もとはと言えば、父上の蒔いた種でありましょうに……」

「そう言うな。今回の功績を以て、お前を次の皇国七将に推薦するつもりだ。これで我が本堂家が二つの皇国七将の席を有する事になる。期待しているぞ、桃迅丸」


 皇国軍には七つの軍団があり、その長は皇国七将と称されていた。ここはその皇国七将の一人、本堂諒一の部屋。諒一は息子の桃迅丸と酒を飲みながら話をしていた。


 本堂家は武家であるが、特に皇国軍に対して強い影響力を持っている。というのも、一族のほとんどが軍人として活躍してきているからだ。皇国の歴史上、多くの将軍を輩出してきている名門でもある。本堂家の当主、本堂諒一も皇国七将として名を連ねていた。


「しかし中には実力者も確かにおります。多少の苦戦は免れないでしょう」

「俺の配下で信頼できる実力者も同行させる。とにかくこれ以上は煩わしくて敵わん。ここで確実に仕留めろ」

「……村人はどうするのです?」

「庇う様ならもろともだ。五行府の事は気にするな。奴らの中にも五陵坊の隊を邪魔だと考えている者は多い。理由ならいくらでも作れる」

「すでにそこまで手が回っていましたか」

「五陵坊だけではないという事だ、楓衆にいるのは」


 桃迅丸はどこか呆れながら、酒を口に含める。


「ま、これも武家という血筋に生まれた者の柵なのでしょうね」

「平蔵とも段取りはつけておる。……上手くやれよ」

「はっ。これも皇国のため……という事でよろしいのですよね?」

「当然だ。血で劣る者達を排し、真に高潔なる血筋の者が大衆を導く。こうして皇国は発展してきたのだ」

「では明後日。決行するとしましょう」


 そう言うと桃迅丸は、空になった父の杯に酒を注ぐのであった。

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