第116話 新たな決意 杭の行方

 ローゼリーアは王宮内の部屋の一室にいた。特に窮屈な思いはしていなさそうだ。


「あ……。リク様」

「よう。元気そう……でいいんだよな?」

「ええ」


 以前と同じく、ローゼリーアは両目を閉じていた。だがその指にはセイクリッドリングが装着されている。皇帝が所持を許可したのだろう。


 俺はローゼリーアと様々な話をした。その中には俺自身の事情についても含まれていた。


「それで……リク様はパスカエル様への復讐を果たそうとされておられたのですね」

「ああ。今までは復讐しか考えてこなかったが、ここにきて事情が変わった。これから先はこの世界のために、自分に何ができるのかを考えながら生きていく事になるだろう」

「ふふ……」

「なんだ?」

「いえ。どこか嬉しそうに聞こえたものですから」


 嬉しくは……ないが。だが復讐を果たした後、何をして生きていくかは全く考えていなかったからな。新たな目標ができたのは、悪い事ではないのかもしれない。


「初めてリク様をお見掛けした時に感じたお力は、大精霊様のものだったのですね」

「それが感じられるだけでも相当なものだと思うが。言っておくが、あの時に見せた様な力はもう扱えないぞ」


 世界の敵なんてそうそう出るもんじゃない。それに理術を使う際には、相変わらず血が必要になるしな。


「リク様は、これからどうされるのですか?」

「まずは群島地帯に行く。寄りたい所があるしな。それからは皇国へ戻るが、しばらくは帝国と皇国の橋渡しでもしながら将来に備えるさ」

「皇国の姫、マヨ様の旅路ですね」

「ああ……」


 もう一つ、気になる事がある。パスカエルが作成していた黒い杭の存在だ。ヴィオルガや監察官の捜査で、何本かは完成品として皇国に渡った痕跡が残っていた。


 パスカエルの奴、表では西国魔術協会の長として君臨し、裏では幻魔の集いという闇組織の長として活動もしていたのだ。杭は幻魔の集いの伝手が使われ、皇国へと運ばれていた。


 皇国にも犯罪組織を形成している破術士はいる。偕達もいるし、大ごとにはならないと思うが。不安の種である事は変わりない。


「リク様。私、決めた事がありますの」

「うん?」


 そう言うとローゼリーアはゆっくりとその金の瞳を開いた。ローゼリーアから魔力が漏れ出る。


 改めて見るが、万葉と同じく神秘的な瞳だ。だがこの魔力。なるほど、並の術士であれば思わず警戒するのも頷ける。


「今まで私は、自分のこの体質が好きになれませんでした。でも、あの時。パスカエル様の注意を引けた事をリク様にお礼を言われて。初めて自分の力に対して肯定的に……前向きな気持ちになれたんです」


 これまで長きにわたって、他人との距離を離してきた力と体質。さすがに直ぐに好きになれる訳ではない。それでもローゼリーアなりに、前向きな姿勢で取り組もうとしている様子が伺えた。


「あの場でセイクリッドリングに選ばれたのも、きっと意味があるのではと今では思っています。私は今、この力を使ってリク様のお役に立ちたい。人のために自分ができる事を見つけたい。そのためにまずはオウス・ヘクセライに入り。より力をつけ、将来マヨ様の旅路に同行できればと考えております」

「そうか。正直、助かる。俺の力も万能ではないからな。ローゼリーアほどの魔術師なら大歓迎だ。きっと力を借りる時がくると思う。その時はよろしく頼むぜ」

「……はいっ!」


 家族の事もあるし、まだローゼリーアも今回の件全てを自分の中で消化しきれた訳ではないだろう。だがそれでも。目的のため、自分の決めた道を歩むと決めたその強さを、俺はよく知っている。経験者だからな。


 やはり俺とローゼリーアは近しいところがあると思う。俺も自分で決めた新たな道を歩むため、改めて前を向いて行こうと決意した。





 帝国では時が経った今もまだ落ち着いてはいない。あれだけの事があったのだ、事態の完全な収束には年単位の月日が必要だろう。


 そんな帝国を出て俺は今、群島地帯に来ていた。海の見える小高い丘の上。そこにある石碑に手を合わせる。


「……サリア。すまない、遅くなった」


 左目の疼きは、以前ほど強いものではなくなっていた。きっとこれからこの疼きは段々薄まっていくのだろう。だが一生無くなる事もない。これはそういうものなのだと思う。


 あまりにも長い間、俺の心は復讐に染まっていた。パスカエルを殺したのも全て自分のため。これまでの生に、サリアのためという部分は一欠片もない。


 あの日全てを失ったが、数年越しで得られたものもあった。大陸に戻ってから得たものや人との縁は、もしかしたらサリアがくれたものなのかもしれないな。


「おうリク。サリアは何か言ってたか?」

「シュドさん……」


 後ろからシュドさんが話しかけてくる。その声にはどこか達観めいたものが含まれていた。


「……どうやら俺が寂しがりだって、気づかれていたみたいです」

「がはは! んなもん、初めておめぇを見た時から気付いてたわ!」


 シュドさんが笑いながら俺の肩を強く叩く。今回パスカエルを社会的に追い詰められたのも、シュドさんが群島地帯をまとめてくれていたおかげだ。シュドさんのこれまでの頑張りも決して無駄ではなかった。


「数日以内に帝国から使者がくるみたいでなぁ。面倒事はドーンの奴に任せるつもりだが、まぁこれからはある程度、友好的にやっていってもいいかと考えてる」

「そうか。困った事があったら、いつでも言ってくれ。一応、俺もシュド一家だからな」

「へっ。名前だけの古株がよく言うぜ。てめぇこそ、また大陸が居づらくなったら戻ってきな」


 そう言うとシュドさんは去っていった。あれでも忙しい身だ、きっと無理してここに来たのだろう。


「さて」


 俺は立ち上がると足を港に向ける。皇国に戻ったらやる事も多いからな。しかし群島地帯から皇国に戻るとなると、どうしても魔境から帰還して皇国へ渡った時の事を思い出すな。あの時は最初に涼香と再会したんだったか。


「そういや涼香の奴、元気にしてるかな。土産くらい買って帰ってやるか」


 帝国へ行く時に、涼香が俺に向けて言い放った言葉。最初は呪いの類だと思っていたが、今ではいくらかそれを受け入れる事ができていた。





 理玖とパスカエルの直接対決が始まるよりも数日前。皇国某所にある霊影会のアジトでは、五陵坊たちが集まっていた。


「五陵坊、いよいよ……」

「ああ。軍とも話をつけた。予定通り、決行に移す」


 五陵坊の目の前に大量の黒い杭と、一本の赤い杭が置かれていた。完成品とされる杭に、人を大型幻獣に変異させるという呪具が。


「これはどうするのー?」

「元々これが欲しくてうちに入った連中もいるんだ、そいつらの中から選んで渡す」

「赤い方もか?」

「こいつについてはあてがあってな。まぁ楽しみにしておけ」


 鷹麻呂は杭を掴み、まじまじと観察する。


「幻魔の集いから送られてきた資料にも目を通しましたが。これが人知を超えた力をもたらすのは疑いないでしょう。我々もすでに何度か目にしていますしね。……しかし、その割には妙だと思いませんか?」

「妙? 何が……?」

「未完成品を使用した者達はこれまで全員、途中で死んでいました。ですが完成品を使えば、そんな事もないはず。それなのに、皇国でも帝国でもその様な超人が今も暴れているという話は聞きません」

「…………」

「考えられるとすれば。やはりこれはまだ完成品ではないか。もしくは、超人と化した者を正面から破った者がいる。先日の帝国使節団の話は聞きましたよね?」

 

 鷹麻呂の問いに皆頷く。今でも霊影会は皇都の楓衆や、一部の軍関係者などと繋がりが深い。そのため情報収集力は非常に高かった。集めた情報の中には、杭を使った帝国聖騎士を近衛が降したというものもある。


「聖騎士が使った杭が完成品だったのかは分かりませんが。少なくとも近衛の中には、これを使ってもそれを打ち破る実力者がいる。そして赤い杭を使った者がどうなったのかは結局分からずじまいです」

「鷹麻呂。何が言いたいのー?」


 佐奈の問いかけに答えたのは五陵坊だった。


「杭の力を過信するなって事だろう」

「その通りです。作戦を決行するにしても、杭の存在ありきで進めるのは危険かと。ただの武人ならともかく、近衛には注意が必要でしょう。皇都には近衛頭と、第一軍の将もいるのですから」


 五陵坊たちも赤い杭が皇国内で使われた事は把握していたが、その事態がどう収束したのかまでは調べられなかった。


 大型幻獣ともなれば、軍を動員させなければならなくなる。だが最近、皇国軍がその様な動きを見せた事はない。そして近衛であれば、杭を使った聖騎士を討てるという事実もあるのだ。鷹麻呂の懸念にも納得がいった。


「おそらく赤い杭は使われなかったのでしょう。もし使われていたのなら、大きな騒ぎになっていたはずですから。そういう意味では、コレの有効性に関してはまだ不透明なところがあります」

「本命以外にもいくつか案は必要、か。その時には皇都で俺が完成品を使う」

「……! 五陵坊……」

「俺はあの時の恨みと失望を忘れない。そして未来視る姫がその力を失い、杭はここまでそろった。今、皇国で火をつける事ができれば。いずれくる幻獣の大量発生と合わせ、皇国は長きに渡って大きく崩れる事になるだろう。今しかないのだ」


 そう言うと五陵坊は、力強い目で配下たちを見るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る