第85話 指月の提案 理玖と誠臣

 御所の一角では、いよいよ明日帝国へ戻るヴィオルガ達を歓待するための宴会が催されていた。参加者の中には帝国人や万葉、指月はもちろん、皇護三家所縁の者も多く参加している。規模としてはかなりのものだろう。それはいいのだが。


「なんでこの集まりの中に俺まで含まれているんだ……?」


 何故かこの宴会には俺も呼ばれていた。明日の事で具体的な話も進めておきたかったし、俺自身ヴィオルガや万葉達に話があった事は確かだ。だがいくら何でも、罪人である俺をこの場に招待するのはどうかと思う。


 葉桐一派の中には俺を疎んでいる奴も多いだろうし、実際いろんな奴から変な視線も向けられている。正直言って居心地が悪い。今日は諦めてもう帰るか……と考えていると、正面から指月がやって来た。


「やぁ。挨拶が遅れてすまないね。皆の手前、皇国の代表としてまずヴィオルガ殿と話す必要があったのでね」

「で、その次に話すのが俺なのか? それはそれで問題だろ……」

「いいのさ。これは皇族がそれだけ君を重要視している事を周知させる狙いもある。実際、重要視している訳だが」


 通常であれば、主賓と話した後は皇護三家の面々が指月に挨拶しに行くだろう。だがこいつはそれらを振り切り、俺の元へと自ら挨拶しに移動した。皇族としては異例な事だろう。実際、周りがこちらを見る目は驚きに満ちたものが多い。


「それに今宵は無礼講と言ってある。あまり緊張感を持たせても、ヴィオルガ殿も居づらく感じるだろうしね。だから私がこうして君の元へ赴くのは、何もおかしい事ではないさ」

「いや、おかしいだろ……」


 いくら皇族が無礼講だと話したところで、ここにいる連中は、はいそうですかと納得するような奴らじゃない。それにこうした指月の態度は、皇族に対する距離感を不用意に縮めかねない。


 ……まぁこいつはその辺りの事なんて、あんまり気にしていなさそうだが。指月は周囲を気にしてか、小声で話してくる。


「実は君に提案したい事があってね」

「提案?」


 どうやら指月も俺に用があり、招待した様だ。


「帝国へ赴いた後。万葉の様に誰かに呼んでもらって、帝国へ跳べるようにする事はできるのかい?」


 そして今の指月の確認で、俺に何を提案したいのかおおよその輪郭が掴めた。丁度いい、こちらから話す手間が省けた。俺も小声で話す。


「つまり俺が自由に帝国へ行ける様になったら、折を見て皇国と行き来してほしいという事か?」

「話が早くて助かるよ」

「俺も話そうと思っていた事だ。いつまで帝国に居続ける事になるか分からないからな。定期的に皇国の現状は掴んでおきたい」

「君と同じ考えだったとは。これは重畳」


 指月は何でもない事を話している風を装い、手に持った杯で喉を湿らせる。


「では緊急の事態でもない限り、最初に皇国に戻ってもらうのは一ヶ月後でどうだろうか」

「いいぜ。しかし万葉の事、心配し過ぎだろ。今の万葉はお前より強いぞ」

「それでもこの間の様な事もあるからね。それに、私も今の帝国の内情を把握しておきたいのさ」

「俺を介してか? 言っておくが、俺に帝国の内情を探らせるつもりなら期待しない方がいいぞ」


 帝国へ行くのはあくまでパスカエルを殺すため。密偵紛いの事をしに行く訳ではない。


「君が見聞きした事を教えてくれれば、それでいいさ。帝国は今、微妙な時期を迎えているからね」


 先日、指月と話した事を思い出す。確か時期帝国の継承者が指名される日が近いんだったか。それに呼応して多くの派閥や貴族が動き始めている、という話だったな。皇族としては帝国の内情はもちろん、次期皇帝の人物像なども把握しておきたいんだろう。


「もちろん対価なら……」

「いや、いい」


 指月の言葉を途中で遮る。対価という単語に、涼香から言われた事を思い出してしまった。俺はあえて、自分の中に生じた気持ちに逆らう様に話す。


「……積極的に内情を探るつもりはないからな。見聞きした事を話すだけであれば、土産話のついでだ。わざわざ金を貰う必要はない」

「そうかい? いずれにせよ、君という存在が万葉を護ってくれるのは、兄としてありがたく思っているよ」

「ふん……」


 万葉を優先する様に改めて釘を刺してくる。定期的に皇国に戻したいのも、俺が長く帝国に滞在する事で、帝国側に取り込まれるのを懸念しての事だろう。


 こいつはもう俺の力の源泉について感づいているからな。体制側の人間としてこれを恐れるのではなく、皇国にとって有益な形で活用したいと考えている。


 ここは人によって意見の分かれるところだとは思うが、俺との関係性から皇族としてどうすべきかを選び取ったのだろう。これくらい強かな奴が皇族でいてくれた方が、仕えている側も心強いだろうけどな。


「それより万葉に交渉術の一つでも授けておくんだな。その時が来れば、俺は介入ができんぞ」

「ああ。交渉材料も含め、その時に備えさせてもらうよ」


 さすがに俺への時間をかけ過ぎたのか、指月はその場を後にして立ち去っていった。さて。この場における俺の用事はほとんど済んだな。そろそろ帰ろうかと思っていると、今度は誠臣が近づいてきた。


「よう理玖。指月様直々に挨拶に足を運ぶなんて、すげぇなお前」

「誠臣……。万葉の警護はいいのか?」


 俺は万葉の方へ視線を向ける。万葉はヴィオルガと話をしており、側には清香と偕、それに母上が控えていた。ヴィオルガの側にはこの間会った帝国人の男と、給仕らしき女が控えている。


「あの場にあれ以上人がいたら窮屈だろ。俺は少し引いたところから万葉様を警護する事にしたのさ」


 言われて見てみるが、確かに万葉達がいる場所は、大勢がたむろできる空間ではない。誠臣も昔よりかなりがたいが大きくなったからな。何より物理的な窮屈さを感じていたのは誠臣自身だろう。


「なぁ理玖。お前から見て、俺って強いと思うか?」

「なんだ急に。その年齢で近衛に抜擢される奴なんてそうはいないだろ。神徹刀も持っているし、お前たちは間違いなくこの世代では最強の武人だろ」

「俺も今まで近衛になろうと努力してきたし、今も鍛錬は欠かしていない。でもな。それでも万葉様はお守りできなかったし、今回の事も俺がいたところでどうしようも無かったって分かっているんだよ」


 大型幻獣の事か。確かにあれは、近衛の様に個の力が優れているからといって、どうにかできる相手ではなかった。一個人がああいう手合いに立ち向かうには、別次元の能力が求められる。


「今回の件はお前が気にする事じゃないだろ。あれは例え親父や善之助、それに近衛頭がいたところでどうにかできる相手じゃなかった」

「でもお前はどうにかできた訳だろ? お前も相当な修羅場をくぐり抜けてきた事は分かるけどよ。武人の力って何だろうって最近考える様になってな」

「おいおい、えらく年寄りくさい事を言うじゃねぇか」


 誠臣ってこんな考え込む奴だったか? ……いや、俺が知る誠臣は幼少の頃の誠臣だ。誠臣自身、ここにたどり着くまでに多くの試練を乗り越えてきたはずだし、いつまでも昔の様に物事を捉えたりはしないか。


 誠臣の重ねてきた努力が、俺に劣るものだとは思わない。力を得る過程で違う点があるとすれば、どういう心境でどのように臨んできたかだろう。


「なぁ理玖。お前さ。今からでも俺達と一緒に、近衛にならないか……?」

「あん……?」

「指月様の覚えも良く、皇国における実績もある。お前が望めば、指月様も善之助様も。朱繕様だって近衛入りを拒んだりはしないだろう。むしろ喜ぶはずさ。もう一度。あの時の誓いを果たさないか……?」


 何を言いだすかと思えば。俺は軽口で誠臣の話を流そうとするが、不意に涼香の言葉が頭に響いた。


『そうやって自分の心から目を背けるのはやめなさい』


「……くそ」

「?」


 涼香の奴。厄介な呪いを残していきやがって。


「……これからも万葉を護る事には協力するさ。だが近衛としてではない。あくまで仕事……仕事だ。俺は皇国籍に復帰するつもりはないし、陸立家に戻るつもりもない。それに……今の俺に……いや。まぁ、武家生まれのお前には分からないかもしれないけどな。今の距離感が俺にとっては楽なのさ」

「そうか……」


 誠臣も答えを予想していたのか、これ以上この話をしてくる事はなかった。幼少の頃より目標にしていた近衛になれた誠臣ではあるが、思う様に力が発揮できていないと感じているのだろう。


 だが誠臣は同年代で最強の一角に数えられる武人である事は間違いないし、いずれは偕達と共に葉桐一派を代表する武人になるはずだ。今、誠臣が感じている無力感について、俺から何か言う事はない。これはあくまで皇国の武人であり、近衛である誠臣の問題だ。


「そう言えば。指月様から話があったんだ。いずれ万葉様が理玖と共に、人の未来を担って幻獣領域へ旅立つと」

「ほう……」

「その時に備えて鍛錬に励んでほしいって言われてさ。人数を相当絞った精鋭を、今から準備するつもりみたいなんだ」


 この間話していた通り、指月も本格的に準備に着手したか。だが人数を絞っておくのは賛成だな。いくら未踏の秘境を進むとはいえ、人数が多ければそれだけ気を使う箇所が増えるし、食料や休む場所の問題も発生する。


 いつ終わるかわからない旅路は精神を負の方向へと傾け、内輪揉めの原因にもなりかねない。万葉の旅に付き添えるのは強い精神力を持ち、自分の事は自分で面倒が見れる者のみ。それ以外は足手まといだ。


「まだまだ力不足は自覚している。だが俺は万葉様の旅の従者に選ばれるため、今からさらに鍛錬に望む。近衛として責務を果たす。清香や偕も同じ気持ちだ」

「そうか……」

「そしてその時こそ。お前の横に並べる男に俺はなる。……それを伝えておきたくてな。理玖、帝国へ行くんだろ? 次に会う時を楽しみにしていてくれ」


 ……やっぱり誠臣は変わっていない、か。俺から言わせれば、前を歩いているのはお前たちの方なんだけどな。


「誠臣」

「なんだ?」

「俺は帝国へ行っても、しばらく皇国と行き来する予定だからな。早ければ一ヶ月後には再会するぞ」

「……え」


 それでも誠臣なら。一ヶ月もあれば、見違える武人になっているだろう。

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