第18話 変わらぬ未来
偕たちが毛呂山領へ向けて旅立ち、しばらくたったころ。皇都では月御門万葉が大精霊を奉る神殿で礼拝の行事を執り行っていた。
初代皇王が契約した大精霊、その名は「天駄句公」と言われている。皇国にはいたる所にこの天駄句公を奉る神殿が建立されているが、大本は御所内にある。
月御門万葉は13才になった折、こうしたいくつかの公式行事に参加する様になっていた。とはいえ万葉は未来を見通す者。その睡眠は守られなくてはいけない。そうした事情から万葉に組まれる公式行事は、全て午後からのものばかりなのだが。
礼拝を終えた万葉は、続いて清真館を目指す。万葉の側には最低でも二人の近衛が付き従っていた。
「失礼します。月御門万葉様が参られました」
「ああ、通してくれ」
余計な装飾品の無い簡素な一室。そこでは月御門指月と葉桐善之助、そして陸達錬陽が畳に座していた。
「万葉、よく来てくれた。こちらに来なさい」
「……はい、お兄様」
指月の言うまま、万葉は指月の側で腰を落ち着かせる。
「さて、いつもの会合を始めようか」
万葉が白璃宮から出る様になった時から、指月は定期的にこの会合を行っていた。出席者は固定ではないが、いつも皇護三家の誰かが二人以上はいる。会合で話し合われる内容は、もちろん皇国の未来についてだ。挨拶はそこそこに早速本題に話が及ぶ。
「それで万葉。最近の夢はどうだい?」
「……何も、変わりません。幻獣に蹂躙される都に、妖の手にかかる私。いつも通りです」
「そうか……。やはり例の三人、毛呂山領へ行かさず強引にでも近衛に召し上げるべきだったかな?」
「それはまだ分かりません。特別に九曜一派から術士も付けたのです。これから彼の地で何か得るやもしれません」
「然り。特に毛呂山領は、皇国にあって混迷極まる試練の地。そこでの一年は、三人にとって得難きものになるでしょう」
善之助と錬陽は何でもない様に話すが、心の内では万葉から振りまかれる神秘の気に押されていた。
万葉と相まみえて普通に会話できるものは少ない。皆が万葉の雰囲気を前に、どこか緊張してしまう。皇族の姫であるため、まじまじと顔を見る事はできないが、そうでなくともやはり直視するのは憚られるだろう。
(由梨から話は聞いていたが、年々神々しさが増しておられる。これでまだ13というのだから恐ろしい……)
善之助と錬陽は万葉と直接話す事はせず、間に指月に入ってもらう。直接話す事を避けてしまうほどに、万葉の存在感は強いものになっていた。
「この四年、万葉の見た未来を変えるため、多くの取り組みを行ってきた。いくつか行動する事で、実際に変える事のできた未来もあった。だというのに件の二つだけはどうやっても変わらない。……困ったものだね」
「はっ。ですが幻獣の大侵攻については、以前より言われている周期的なものではないでしょうか」
「150年に一度、東西両大陸で起こると言われている幻獣の大量発生だね。私もそう考えているよ。原因がわかれば対処の仕様もあるのだろうけど。だがそのために近衛を始め、貴重な戦力を大陸南部に送り出す訳にはいかないね」
「はい。幻獣の住まう領域では、人の身では生きていけませぬ。それに踏み込んだところでせいぜいもって十日。いずれは発狂してしまうでしょう。何しろ日がな魑魅魍魎の巣くう地に身を置くのですから」
過去にも幾人か大陸南部を目指して旅立った酔狂者はいる。だがそうした者達は戻ってこないか、発狂して帰ってくるかのどちらかであった。
「大量発生の原因は謎、その原因が大陸南部にあるのかも謎、あったとしてもたどり着けない魔境。やはりこれに対しては兵力の拡充、砦の増設以外にやりようがないね」
「そういえば……。薬袋家が西のガリアード帝国と情報交換を行ったと聞きましたが?」
「耳が早いね。近く幻獣大量発生の周期を迎えるのはあちらも同様だからね、何か有効な対策をしていないかと話を聞きに行ってもらったのさ」
「それで……いかがだったのです?」
「あちらもやっている事は我々と同じようなものだったね。ただあちらの術士一派……西国魔術協会というのだけど。そこの代表であり、自らも高位魔術師の大貴族であるパスカエル・クローベント氏は、魔術で人を幻獣の上位種に進化させられないか、という研究を進めていると聞いたよ」
「人を、幻獣の上位種に?」
「ああ。何でも人が幻獣を恐れるのは、幻獣が人の上位種だかららしい。人はアリや家畜を恐れないだろう? 幻獣にとって人は、アリや家畜に等しい存在感である、て唱えているんだよ」
「……それで今度は幻獣の上位に人が立てる研究をしていると? 正直、術士ならざる我が身では理解ができませんな」
「その点は同意だね。そもそも何を以て、幻獣が人の上位種なのかという根拠が分からない。それが分からない内は、前提がまず合っているのか疑問だ。……まぁかの氏は天才の呼び名を欲しいままにしている、稀代の大魔術師だ。もしかしたら何か確信があるのかもしれないが」
術士の世界において、誰もが知る名というものがある。東の九曜、西のクローベントがそれである。
特に当代のクローベント家当主パスカエルは、単独で大型幻獣を相手取れるほどの大魔術師として名を轟かせ、若くして西国魔術協会の代表の座についた天才として知られていた。
「ガリアード帝国とは引き続き情報交換を進めていくつもりだよ。おそらくこれから群島地帯で話し合われる機会も増えてくるだろう。そのうち互いの国の術について、直接交流を図る日もくるかもしれないね」
「群島地帯……ですか。あまり治安の良い場所とは聞きませんが」
「そうだね。あそこは無頼漢の縄張り、法の秩序の行き渡らない場所だ。だが最近、島をまとめあげる人物らが現れてね。島にもよるが以前よりも一家が減った分、いくらか安全な場所が増えてきているのさ」
「ほう……そのような人物が?」
「ああ。おかげで勢力図が毎日めまぐるしく変わっているらしい。安全とはいったが、場所によってはかなりの危険地帯もあるそうだよ」
これはシュド一家が台頭してきたことが原因だ。シュドが群島地帯の支配に乗り出した事で、一家同士の抗争は激しいものになった。この数年で多くの一家がぶつかり合い、統合し。今では三つの一家が群島地帯を三分している。
「幻獣についてはガリアード帝国との協議で情報交換を進めつつ、戦力の拡充を目指していくしかありませんな。ですがもう一つのほうは……」
もう一つのほう。それは月御門万葉の死の未来を指していたが、さすがに言葉にはできなかった。
「そちらも今打てる手を打っていくしかあるまい。御所の警備、万葉様の外出の管理。そして偕らを始めとした近衛の育成」
「うむ。二刀使いの近衛など、お前の息子以外に思い当る節はないからな」
万葉の夢に出てくる二刀使いの近衛。この近衛が妖に勝てれば、すべてはまるく収まる話なのだ。偕にはもっともっと強くなってもらわなければならない。それは月御門指月の希望でもあった。
「偕くんたちが皇都に戻ってきたら、即座に神徹刀を与える。叔父上が是非に、とも話されていたよ」
「おお……」
新徹刀の素材である皇桜鉄には、皇族の血が含まれる。必要な事とはいえ皇族に血を流させるのだ。それを提供するという月御門歴督の言葉に、錬陽は昂りから思わず声に出してしまった。
「万葉。不安はあるだろうが、私たちもあきらめない。どうか安心してほしい」
「…………はい。ありがとうございます」
善之助は万葉の声を聞きながら考える。万葉は10才の頃より、もう何度も自分の死を夢で見続けている。常人であれば既に狂っていてもおかしくない。そう思うと、大人として早く安心させてやりたい、違う夢を見させてやりたいと思わずにはいられなかった。
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