第17話 三天武の旅立ち 皇国最南の地を目指して

「葉桐清香、賀上誠臣、陸立偕。そなたら三人にはこれより一年、毛呂山領へ赴いてもらう」

「はっ!」


 葉桐清香、賀上誠臣19歳。陸達偕 17歳。理玖が国を出ておよそ4年の月日が流れていた。4年の間で偕達は、一派の誰もが名を知るほどの実力を身に付けていた。


 この4年、多くの幻獣や犯罪を犯した破術士との戦いに赴き、皇国の治安を守ってきた。葉桐一派期待の三天武として、都でも少し名が売れている。そんな三人は今、皇都の通りを歩いていた。


「いやぁ、とうとうこの日がきたって感じだなぁ!」

「ちょっと。まだ早いわよ。それに期待されている分、上手くいかなかったら格好つかないわよ」

「おいおい、俺達三人に加えて九曜一派から術士も付くんだぜ? 何も心配いらねえよ、いつも通りいこうぜ」

「もう……」


 三人は旅装に身を纏い、馬を引く。これから向かうは皇国最南の地、毛呂山領。ここは幻獣の住まう領域との最前線であり、皇都から最も離れている土地だけあって、表を歩きにくい類の人種も寄ってくる。


 偕たちはここで一年の間、務める様に仰せつかった。皇都より遠く離れた地で研鑽を積んでくる様にと。


 葉桐一派の武家の者には時折、こうしたお役目を仰せつかる者がいる。そしてそのお役目を終えた者の多くは、近衛に召し上げられている。


 誠臣が興奮しているのはこれが理由だ。つまり一年後、三人そろって近衛になれるかもしれないと期待しているのだ。


「もし来年、近衛になれたら俺と清香は20歳、偕は18歳で近衛入りを果たす訳だ! 清香は葵さんと同じく女性最年少じゃないか! 偕も目立つよなー!」

「まだ近衛になれるか決まってないですけどね」

「それでもやっぱり偕は凄いわ。確か男性の近衛で史上最年少は陸立時宗……偕のおじい様よね。何でも16歳で近衛入りを果たしたって話だけど……」

「ああ、時宗様はいろいろ伝説を残されている武人だからなぁ。五回近衛を首になっているのも有名だよな」

「あはは……。かなり破天荒な武人だったみたいですからね」


 偕たちは皇都の南門で話しながら時を過ごす。ほどなくしてそこに、馬に乗った二人の女性が見えた。


「失礼。葉桐一派の方で相違ないでしょうか」

「はい。あなた達は九曜一派の?」

「はい。今回、毛呂山領までご一緒させていただく事になりました、三月嘉陽と申します。こちらは……」

「六郷雫でーす! お兄ちゃん、久しぶり!」


 六郷雫と名乗った少女は、偕に向かって笑顔を振りまく。その様子に清香と誠臣は驚き、偕も大きく目を見開いた。


「え、まさか。本当に雫なのかい!?」

「そうよ! やっと会えたわね、お兄ちゃん!」

「え、なに、どういう事!?」

「偕の、妹……? どうして九曜一派に……?」

「はぁ、雫。落ち着きなさい」

「えへへー」


 一行は馬を進めながら会話も進める。三月嘉陽は偕達よりも少し年上のせいか、全体的に落ち着きがあるのに対し、六郷雫はとても元気な少女だった。


「そう。3才の時に六郷家の養子に……」

「そうなのー。だから今日、お兄ちゃんと会えるって聞いてずっと楽しみにしてたのよ! 3才の頃なんて記憶にほとんど残っていないし」

「雫は僕が5歳の時に生まれたのですが、生まれつき霊力が発現していたんです。いろいろ話し合いがあったらしいのですが、陸立家に縁がある術士家系、六郷家に出される事になったんですよ」

「ええ!? 生まれつき霊力に目覚めていたってすげぇな……」

「由梨お母さんが元々巫女の家系だからね、そっちの影響だろうという事で九曜一派に出されたって聞いたよ。そ・し・て! 私は霊力以外にもすんごい力に目覚めているのです!」

「すんごい力……?」

「そうなのです! 私の目は特殊な霊視ができるのでーす! なんと霊視した相手が、過去にどの様な人生を歩んで来たのか見えてしまうのですよー!」

「おおお……!」


 生まれ持った豊富な霊力に加え、雫は幼少の頃に霊視にも目覚めた。月御門万葉の未来視も、この霊視の一種に含まれる。


「あ……。もしかしてそれが今回、雫ちゃんが同行する事になった理由!?」

「はい。もちろんそれだけではございませんが。雫もあなた方同様に、将来の皇国を担う者としての期待が寄せられている身。今の内に皇都の外へ出て、見識を広げて欲しいという九曜家の計らいでもあります」

「なるほど……」


 偕たちが毛呂山領へ向かうにあたって、特に励んでほしいと言われている事がある。それは大規模破術士組織である霊影会の情報を集めて欲しいというものだった。


 この数年、皇国では破術士による犯罪行為が増加傾向にある。中でも霊影会は近年複数の組織を取り込み、大きく勢力を伸ばしてきている。かつて偕たちが戦った血風の栄六も所属している組織であり、因縁がある組織とも言えた。


「霊視は突然発動しちゃう時もあるんだけど。自分でやろうとすると結構疲れちゃうんだよねぇ。あ、せっかくだしお兄ちゃんを霊視しちゃおっかなー!」

「え、ええ!?」

「やめなさい。勝手に人様の過去を暴くものじゃありません」

「分かってるよぉ、冗談ですぅー。……って、え!?」

「……雫?」


 雫の様子が変だと思い顔を覗き込んでみると、黒い瞳は今、青く輝いていた。


「あ……。勝手に出ちゃった」

「雫……」


 嘉陽はあきれた様に手で目を覆う。だがよくある事なのか、どこか諦めた様子だった。


「えへへ、ごめんなさい。お兄ちゃんの見えちゃった」

「へぇ! なぁなぁ雫ちゃん、何が見えたんだ?」

「んー、霊視したからといっても、何も全部が見える訳じゃないの。ごく一部というか。今見えたのはお兄ちゃんが今よりもっと幼かった頃ね。そこでどこかの道場で、もう一人の男の子と一緒に木刀を振ってたよ! すごい、あんなに小さなころから剣の修練を積んでいたんだね」

「それって……」

「……うん、多分もう一人のお兄ちゃん……だと思う。ごめんなさい、事情は知っているけれど。でもこういう形でも、もう一人のお兄ちゃんの顔が見られて雫は嬉しい……」

「雫……」


 偕は幼き頃、理玖の側で一生懸命兄を真似て木刀を振り回していた事を思い出していた。この数年、兄の手掛かりは何も見つかっていない。それどころか兄は、神徹刀を盗んだ大罪人として皇国籍をはく奪されていた。


 果たして今どこで何をしているのか。東大陸にいるのかも不明だ。だがどこにいても無事でいて欲しいと思う。


「本当、理玖ったら今頃何をしているのかしら……」

「……コホン。陸立家の長男の話は私も聞き及んでおります。ですが……彼の者は今や、その名を呼ぶのも憚られる罪人です。もしこれから行く先で見つけたとしても……その時は皇族に仕える者としての責務をお忘れなきよう、お願い致します」


 武家の恥さらしとして知られている理玖に対し、今や偕たちを除いて誰も良い思いを抱いていない。それは嘉陽も例外ではなかった。


 今の嘉陽の言葉は何もおかしい事ではない。むしろ自然な反応だ。誠臣はやや表情を硬くして答える。


「……ああ。分かってるよ、嘉陽サン」


 偕たちは毛呂山領に向かうにあたって、心の片隅ではあるが「理玖と再会できるのではないか」という思いがあった。皇都から遠く離れた、毛呂山領を始めとした皇国南部は、破術士や犯罪者が身を隠すにはもってこいの場所だからだ。


 もし会えたとしても、何と声をかければいいのか分からない。だが考えずにはいられなかった





 毛呂山領へ向けていくつも領地を越え、一行は南へ進んで行く。道中は順調そのもので、何も面倒事は起きなかった。


 皇護三家に連なる身である一行は、途中途中通りかかる領主を頼る事で、寝る場所や食料の補給を受けられる。


 何せ皇護三家の行動には、皇族の意向も少なからず働いているのだ。そんな一行の旅路を支援するのは皇国民の責務ともいえる。さらに幻獣は基本的に南部、もしくは東部へ行くほど多くなるものであり、それ以外の場所で遭遇する事は少ない。


「とまぁ、ここまでは順調だったな」

「でもこの利鳥川を越えれば、もう毛呂山領。領都まではまだ少し距離があるし、ここからは幻獣も出てくるはずよ。気を引き締めて行きましょう!」

「はいっ!」


 長旅ではあったが、五人は互いに親睦を十分に深めつつあった。特に雫は偕に一番懐いており、一行の元気担当としても際立った存在感を放っていた。


「でねでね、とうとう観念したお義父様は、私に内緒で金平糖を食べた事を白状したの!」

「えげつないな、霊視……」

「……少しよろしいですか、皆さん」

「? なんです、嘉陽さん」


 毛呂山領を進む事しばらく。ここで嘉陽は皆に注目する様に促す。


「私は今回、雫のお目付け役の他にも仰せつかっているお役目があります」

「お役目を……?」

「はい。それは清香さんらお三人を見極めるという事です。すなわち、真に近衛に相応しき者達かどうか」

「…………!」


 嘉陽の言葉に三人は息を飲み込む。この言葉が真実であれば、嘉陽の判断一つで近衛入りが決まるかもしれないのだ。


「知っての通り、近衛とは皇国の武を体現するものです。かつて大精霊と契約を交わし、我らに霊力をもたらした皇族を、身命を賭してお守りするのがその定め。強いだけでは務まりません。心が伴っていなければならないのです。これからの一年であなた方は、心身共に近衛に相応しき武人になれる様、過ごしてもらわなくてはいけません」

「…………」

「はっきり申し上げましょう。既に予想しておられるでしょうが、あなた方三人は次の近衛候補です。近衛にならんとするならば、これからの一日、どれも無駄にはできませんよ?」


清香は嘉陽の視線を正面から受ける。


「嘉陽さん……。どうしてそれを今、私たちに?」

「そうですね。本来であれば一年後に話す事でしょう。ですがあなた方に私は、是非とも近衛になっていただきたいと考えています。であるならば。今この場で話しておく事が得策と判断したまでです。何しろあなた方は今、私の話を聞いた事でこれからの一年、未来の近衛に相応しき者として振る舞おうとお考えになられたでしょう?」

「それは……」

「ただ黙々とお役目を果たされるより、ここで言っておいた方がより身の引き締まった一年を過ごされるだろうと思ったのです。そして、そうして欲しい理由が私にはあります」


 嘉陽は目に力を込め、三人を見渡す。


「今から話す事は、皇護三家でも一部の者にしか伝わっていない事です。どうかご内密にお願いします。……月御門万葉様のお力についてはご存じですね?」


 雰囲気の変わった嘉陽の声に、誠臣は重々しく答える。


「あ、ああ。夢の中で未来を見通すというお力……だよな」

「過去に何度かその力で、皇国も危機を脱してきたと聞いています。三年前の歴督様の危機も、万葉様のお力で見通したものだったと聞きました」

「その通りです。そして万葉様がこれまで見通した未来の中で、公に出ていないものが二つあります」

「二つ……」

「一つは将来、幻獣の大侵攻が起こり、皇国が甚大な被害を受けるというものです」

「……なんですって!? そ、その事、お父様はご存知なのですか!?」

「はい。葉桐善之助様は、万葉様がこの夢をご覧になられた時よりご存じです」

「そんな……。皇国に幻獣が押し寄せるなんて……」


 嘉陽の話す皇国の未来に偕は言葉を失う。近衛になって皇族と皇国を守る。これは幼い頃からの夢だ。そしていずれ皇国を襲うという明確な危機を聞いた事で、自分が近衛になった時に何ができるか。幻獣からどう国を守るかを考える。


「雫はこの事、知っていたの?」

「うん。九曜一派でも霊力の強い人は、将来の危機に備えて以前から様々な準備を整えているの。強い霊具を作ったりしてね」

「……そしてもう一つ。それは……」


 嘉陽は唇を震わせ、上手く言葉を紡げないでいる。よほど言いづらい事なのだと感じ、偕たちは静かに続きを待つ。


「恐れ多くも……万葉様が、お隠れになるという事です。それも不届き者の手によって」

「なん……!?」


 それは皇族の死を意味していた。それも幼き姫の。雫は嘉陽の言葉を引き継ぐ。


「これまで何度か、万葉様がご覧になられる夢が変わる事はあったそうなの。不幸な未来が見えていても、それを変える事は可能なのよ。でも幻獣の迫る夢とこの夢は、四年前から一度も変わらないそうなの……」

「そんな……!」

「一体誰が!? 今の内にそいつを倒せば……!」


 誠臣の言葉に嘉陽は静かに首を振る。


「下手人は妖の類と言われています。人でありながら人の形ならざる者との事よ。そして夢にはいつも、万葉様をお守りする三人の近衛が見えるそうなの。その内の一人は左手に短刀を持ち、右手に刀を持つ二刀使いの近衛だそうよ」

「え……!?」

「それって……!?」


 清香と誠臣は二人そろって偕を見る。四年前に歴督を救出した際、偕は短刀「羽地鶴」を賜っていた。それ以来、偕は葉桐一刀流を二刀使いに改良を加え、今も研鑽を積んでいる。二刀使いの偕の名は、一派では誰もが知るところである。


「おそらく未来の偕さんなのだと思います。であるならば、一緒にいる二人は清香さんと誠臣さんである可能性が高い。……今回、あなたたちが異例の若さでこのお役目をいただいた意味、見えてきたかしら?」

「早い内に近衛に引き上げ、そこで更なる研鑽を積ませるため……」

「そうです。近衛ともなれば神徹刀が与えられ、同じ近衛同士でさらなる研鑽を積む事になる。早く近衛に引きあげてより高度な修行の機会を与え、あなた達をさらに強くする事が目的なのよ。妖から万葉様をお守りできるように。でも若いあなたたち三人をまとめて近衛にするには、事情を知らない者たちからの反発を買う可能性もあります。そこで今回のお役目よ」

「しっかり一年、皇都より最も離れた地で研鑽を積み、九曜一派の者がそれを見届ける……」

「ええ。実績と九曜一派からのお墨付きがあれば、近衛に任命されるのには十分。もう分かるわね? これからの一年。皇国のため。そしていつかくる災厄から月御門万葉様をお守りするため。そのための準備期間だという事を忘れないで」


 嘉陽から知らされた皇国の未来。それを聞かされた偕たちは、これまでとは違う心持ちで毛呂山領の領都を目指す。その胸中は悲痛なものではなく、自分たちが国と皇族を護るのだという強い決意であふれていた。


 一方で偕は今一度、嘉陽の言葉の意味を考える。


(心身共に、近衛に相応しい武人になれる様に過ごしてもらわなくてはいけません、か……)


 近衛に相応しき武人。偕は嘉陽から、もし兄と再会できたとしても将来の近衛として相応しい行動をとるようにと、釘を刺されたのだと感づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る