第19話 霊影会 皇国の影に住みつく者

 皇国のいずこかに居を構える破術士の集まり、霊影会。この組織は近年かなり勢力を伸ばし、今や皇国における破術士達の最大派閥になりつつあった。組織の長である五陵坊はその日、幹部を招集していた。


「まったく。あいつらはまだ来ないのか」

「ふふ。そう急くな、栄六よ。まだ時はある」

「しかし五陵坊。仮にも我らは霊影会を率いる身。日に日に配下も増えているというのに、示しがつきません」

「お前のそういう所は昔から変わらぬな……」


 五陵坊と栄六が会話に興じているところに、二人の男女の姿が見える。


「なになに!? 昔の話をしてたの?」

「うるせぇ佐奈! いきなり叫ぶんじゃねぇ!」


 片や小柄な女性、片や引き締まった肉体の男。男は女性よりも大きな声で悪態をついた。


「遅いぞ佐奈、菊一」

「あん? 集合時間にはまだ早ぇだろうが。先に着いたからって調子こいてんじゃねぇぞ」

「そうだそうだー。まだ来てない人もいるしー。てか昔の話をしてたんじゃないの? ひょっとして楓衆だった頃の話? それとも都一の暴れん坊だった菊一と出会った時の話?」

「な!? てめ!?」


 佐奈の言葉に菊一の声が跳ねる。そこに新たな男女の声が響いた。


「その話は私も聞きたいですね。人づてにしか聞いた事がないので」

「そうね。その時現場に居たのは五陵坊、佐奈に栄六の三人だものね」

「来たか。鷹麻呂、五十鈴。まぁ菊一の事はまたの機会にでも話してやろう」

「な!? おい五陵坊、余計な事は言うなよ!」


 現れたのは育ちの良さそうな細見の男に、どこか艶めいた印象を抱かせる女性だった。二人もそれぞれ席に着く。


「全員そろったな」

「何だか随分久しぶりー」

「そうね。霊影会も大きくなって、最近はこうして集まる事もなかったものね」


 血風の栄六。

 必中の佐奈。

 烈火の菊一。

 言運びの五十鈴。

 無刃の鷹麻呂。


 いずれも波動法師五陵坊を筆頭に、破術士組織霊影会を率いる幹部である。そしてこの六人はそれぞれが、並の破術士を圧倒する実力を兼ね備えていた。


「こうして集まってもらったのは他でもない。皆の意見を聞きたいと思ったからだ。先日、幻魔の集いとの会合があった事は知っていると思う」

「ああ。確か栄六と行ってきたんだよな?」

「そうだ。そこで奴らからある頼まれごとをされた」

「頼まれごと……ですか?」


 頼まれごとと聞いて皆怪訝な表情を作る。かつて幻魔の集いから受けた依頼事について思い出していたのだ。それは皇族をさらってくるという事。これは失敗に終わり、霊影会にも少なからず被害が出た。


「まさかまた誰かさらってこいってのか?」

「いいや。盗みの依頼さ」

「盗みぃ!?」


 五陵坊は幹部たちに依頼内容について話していく。


「ふぅん。それでこの辺りを根城にしている俺達に話がきたって訳か」

「しかし依頼を受けるだけでアレを寄越すとは……。アレは幻魔の集いにとっても秘奥でしょうに」

「俺に言わせればただの失敗作だ。当然、お前らにアレを使わせるつもりはない。だが使いようによっては有効な代物なのは確かだ。……皇国をぶっ潰すっていう事とかな」


 五陵坊は表情こそ変わらないが、その言葉には皇国に対する怒りが込められていた。


「今更だがお前ら。……良いんだな?」


 主語の無い五陵坊の問いかけ。だがここにいる誰もが当然とばかりに頷きを返す。


「何をいまさら」

「私の家族はみんなだけだし」

「へっ。俺はあんたについて行くって決めてんだ」

「今の皇国に忠は尽くせません」

「私も……日陰者だったから」


 五人の回答に五陵坊はふぅ、と息を吐く。


「ならこのまま作戦は決行だ。……以前皇都に潜り込んだ時に聞いた、面白い話を覚えているか?」

「あれよね。夢で未来を見る皇族の姫の話!」

「かつて俺が松嶺園にて失敗した皇族さらい。あれは事を起こす前から、既に予知されていたっていう訳だ」


 栄六は苦虫を噛み潰したような表情を作る。


「それがきっかけで皇族の姫の存在が分かった訳だが。その姫は他にも様々な予知夢を見ているらしくてな。これまでもその力で、皇国の危機を救ってきたって話だ」

「すごい力の持ち主が皇族に生まれたものね……」

「そして皇都へ赴き、かつての仲間だった奴らと接触し、そこで聞いたのが……」

「近い将来、皇国は幻獣の大量発生で大きな被害を受ける!」

「そうだ。未来見通す姫がかなり前から、そんな夢を見ている事が分かった」


 五陵坊はもう一度皆の顔を見渡す。


「その時俺が考えたのは、これを上手く利用すれば皇国を潰せるんじゃないか、という事だった。それからは組織の拡大を図り、今や幻魔の集いからアレを都合してもらえるまでになった。……何も皇族全員ぶっ殺したい訳じゃない。今の皇国の制度や古き慣習を潰し、力ある者誰もが平等な評価を受けられる場所を作る。それが俺の願いだ」

「五陵坊……」

「今回の仕事を切り口に、俺は幻魔の集いからまだまだアレを融通してもらうつもりだ。奴らも記録を欲しがっているし、うちにもアレの危険性を分かっていても欲しがっている奴は多い。それだけのモノであるのは確かだ。……幻魔の集いも。幻獣の大量発生も。目的のため、使えるものは何でも使う」


 強い決意を感じさせる五陵坊の言葉を、皆が真剣な表情で聞いていた。ここにいる者は誰もが五陵坊の気持ちが理解できるのだ。それだけの時間を共有してきた。それこそ霊影会ができる前から。


「それならなおさら、今回の仕事。完遂しなければなりませんね」

「でもさー。これも姫様に読まれていたらどうするの?」

「もっともな疑問だ、佐奈。だがそれについては鷹麻呂が面白い分析をしてくれてな」


 話を振られた鷹麻呂はかるく頷く。


「件の姫が見える未来には限界があるのですよ。具体的に言うと距離です」

「距離?」

「ええ。秘密裏に接触を図った楓衆の者から情報をもらい、この数年姫が見た夢について分析しました。その結果、皇都からある一定距離以上離れた場所で起こる事件や災害については、対処ができていない事が分かったのです」


 皇都近辺で起こった事件や災害については対処できていたが、遠く離れた地で起こる犯罪などには何も対応できていない。その事から鷹麻呂は、月御門万葉の見る夢はあくまで皇都近辺。最も遠い所で松嶺園であると仮説を立てた。実際、仮説に基づいて各地の変事を探ったが、まず間違いないだろう。


「すごいわ鷹麻呂」

「へっ! やるじゃねぇか!」

「なら毛呂山領では何も問題ないという訳だ。考えてみればそこまで何もかも見えているのなら、我らもとっくに見つかっていたはず。やはりこの地までは皇族の威光も届かぬという訳か」

「その代わり幻獣の領域が近いんだけどねー」

「さて。疑問が解消できたところで、具体的にどう進めていくかを話合いましょうか」

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