第13話 初陣を終えて 這い寄る新たなる災禍

 清真館では月御門指月と皇護三家当主による会合が開かれていた。


「どうやら今回、他に皇国領内で悪だくみしていた賊はいなかったようだね」


 歴督の無事が確保されてからも皇都はあわただしかった。少数とはいえ、皇族相手に破術士の狼藉を許したのだ。防衛体制の見直しは急務だった。


「はい。ですが、神徹刀作成の地が賊に把握されてしまいました。今後の対策が必要でしょう」

「かの地は聖地ではありますが、私としては鍛冶工房を他へ移す事も考えるべきだと思います」

「……そうだね。まさか松嶺園までの道行すら危ぶまれる時がくるとは思わなかったけど」

「面目次第もございません」

「いや、葉桐殿のせいではない。むしろ今回はよくやってくれた。現場での事は報告書以外に、叔父上からも聞いたよ」


 上がってきた報告書にはどれも驚きの内容に溢れていた。


「身の丈を超える戦槍を自在に振り回し、衝撃波を得意とする破術士……間違いなく血風の栄六だろう。まさか栄六相手に叔父上を救い出すとは。さすがは葉桐一門と皇国自慢の近衛といったところかな」

「はっ。お褒めに授かり光栄です」


 血風の栄六。破術士界隈ではかなり名の通った男である。その男は皇国に存在する、破術士による犯罪組織に所属しており、その組織の全容も明らかにされていない。


 だが霊力の扱い方について正規の訓練を受けた訳でもないのに、その強さは本物であるという事はよく知られていた。


「それにしても今回の襲撃は謎が多い。何故皇族を連れ去ろうとしたのか、とかね」


 顎に手を当て、薬袋誓悟は自分の考えを口にする。


「自分たちの力を誇示し、我ら皇国民の士気を削ぐためとか?」

「でもそれならわざわざ連れ去らずに、その場で叔父上を亡き者にしても良かったと思わないかい? 追手がかかった状況ならなおさらだ。私なら事を済ませてから松嶺園を脱出するだろう。だが奴らは叔父上を生かしたまま、どこかへ連れ去る事を第一に行動した」

「つまり栄六の所属する組織には、皇族を狙う目的が何かあると?」

「そう考えるのが自然だろうね。まぁ神徹刀が作れ、稀に万葉みたいな者も生まれる血筋だ。狙われる理由ならいくらでもありそうだけど」


 指月はそう言うとやれやれ、と肩をひそめる。


「万葉といえば、今回の一番の功労者は彼女だね。彼女の予知夢が無ければ、叔父上は間違いなく連れ去られていた」


 指月は窓に視線を向ける。空は快晴、混乱の続いた皇都は段々と落ち着きを取り戻しつつあった。フッと指月はほほ笑む。


「これで叔父上は月御門本家に大きな借りができた格好だね」


 何気なく呟かれたその言葉に、一同は緊張のまなざしを向ける。


「ああ、言い方が悪かったね。別に今回の件を政治的に利用しようとは思っていないさ。今は数年後、いつ来るかわからない七星皇国存亡の危機に、一丸となって対処しなければならない時だ」

「万葉様の夢は変わらなかったのですか……?」

「ああ。この間、また夢を見たそうだが。相変わらず未来は変わっていない様だったよ。どうやら今回の件は、七星皇国の未来とは大きな関係が無かったようだね」


 歴督を救出した当初は「もしかしたらこれで未来が変わったのではないか」と期待していた。だがまだ未来に良い変化は訪れないらしい。


「今はできる事をこなしていくしかないね。今回の事も良い教訓になる。それにこれからも万葉の見る予知夢に対処し続けていけば、いつかは違った未来になるかもしれないしね」


 今回の事件で皇国は多くの対処に迫られる。だが迫りくる危機に対して変化は必要な事だ。月御門指月は皇国の危機が少しでも遠のく事を願ってやまなかった。





 葉桐家にある道場で偕は清香、誠臣らと話をして過ごしていた。話の内容はもちろん先日の事件だ。


「強かったな、賊たち」

「ええ。賊で霊力持ち……破術士は私たちとは違い、独自の霊力の使い方をする者が多くて、たいした事はできないって話だったけど。聞くのと実際に目にするのとは大分違ったわね」

「でも俺達は歴督様を無事にお救いできたんだ! 皇族から直接お褒めの言葉もいただけたし、これってすっげぇ名誉な事じゃないか!?」

「もう、誠臣。調子にのっちゃ駄目よ。葵様と偕がいたから、何とかなったようなものなんだからね!?」

「分かってるよ、そのくらい!! なぁ偕!!」

「え!? え、ええ……」


 最近の偕は少し大人しかった。元々騒がしい性格でもないのだが、清香と誠臣は気になっていた。


「偕……何かあった? 最近、元気がないようだけど……」


 偕は首を振る。最近気持ちが沈んでいる事に自覚があった。とはいえ、その事で清香達に気を使わせるのは本意ではない。


「すみません、心配をおかけして。僕は大丈夫ですから」

「……もしかして。賊の命を奪った事を気にしてるの?」

「…………。い、いえ、その」


 図星だと確信した誠臣は元気づけるため、偕の背中を叩く。


「お前はすげえよ! 戦いの最中で今まで見た事ない絶影を見せるし、しかも歴督様から短刀とはいえ神徹刀を授かったばかりか、それを直ぐに使いこなしたんだからな! あの時、お前の助けがなければ俺と清香は危なかった。お前はあいつらを斬った事で俺達を助けてくれたんだ。そんなお前がいつまでも落ち込んでるんじゃ、世話ないだろ!」

「そうよ。私も賊を殺したわ。そりゃ、いい気持ちにはなれなかったけど。葉桐宗家の者としてやらなくてはならない事だったもの。そして、生き残れた。これは偕のおかげよ。だから、相手の命を奪った事を引きずるなとは言わないけど、そんな風にされたら私たちが悲しいわ」

「清香さん、誠臣さん……」


 清香達の気遣いに偕は嬉しくなる。同時に、少しむなしさも増した。


 偕が落ち込んでいたのは賊とはいえ、命を奪った事ではない。「命を奪う」という、軽視できない事柄にも関わらず、想像していたほど偕自身の心に変化が無かったからだ。


 殺した直後は一瞬で様々な思考がよぎったが、終わってみると心に残ったものは何もなかった。殺した事に大きな感慨も何も訪れなかったのだ。


 清香は元から覚悟しており、葉桐宗家として、そして近衛となるため必要な通過儀礼だと認識していた。今回の事を通して、その覚悟はより強く成長した様に思う。誠臣も同じだろう。


 最後のとどめを刺したのは偕だが、直前に賊の背を切った誠臣の一太刀には迷いが無かった。だが偕は今回の殺人を通して、改めて定まった覚悟もなければ、精神的な変化も無かった。


 その事に偕自身が最も困惑しており、「自分は自分が思っているより冷たい人間なのでなないか」という不安があった。だがその事を相談して、清香達に情の無い人間だと思われるのはつらい。結局、偕が話す事はなかった。


「今回、他に暴れた破術士はいないって言う話だけど……。理玖、大丈夫かしら……」


 理玖がいなくなってもう結構な時が経つが、未だに行方が分かっていない。初めての実戦を経験した3人は、せめて理玖は争いとは関係のない場所で、平和に暮らしていてほしいと願っていた。





 白璃宮にて。その日、由梨は珍しい光景を目にしていた。なんとまだ早朝にも関わらず月御門万葉が目覚めていたのだ。こういう事は初めてである。


「万葉様!? おはようございます。申し訳ございません、部屋へ赴くのが遅れました」

「……由梨」


 由梨は多少慌てつつも、万葉に近づいて着替えを手伝う。近くで見る万葉の顔も、いつも通り幼子とは思えない美貌を放っていたが、由梨には一つの確信があった。


「万葉様。夢を……ご覧になられたのですね?」


 由梨の問いかけに対し、万葉はたっぷり一呼吸おいて小さくはい、と答える。由梨はその様子から尋常ならざる夢を見たのだと察する。


「一体どのような夢を……?」

「…………自分の終わりについて、です」

「……え?」


 万葉の発した言葉の意味を正しく理解できず、思わず聞き返してしまう。


「……おそらくは数年後。場所は分かりませんが、私は妖の類によって殺されます」

「ま……!? よ、さま!? そ、それは……!? い、いえ、ご覧になられた夢は必ずしも予知夢とは限りません……!」

「……この夢を見たのは今日で二度目。初めて見た時は、叔父様が松嶺園よりお戻りになられた日になります」

「そ……んな……。こ、近衛は!? 妖とは一体!?」


 万葉の言葉に由梨は強い衝撃を受け、気が動転してしまう。月御門万葉は皇族の中にあっても特別な存在。決してその身が危ぶられてはいけない。これは皇族、皇護三家共通の認識である。それにも関わらず自らの死を見たというのだから、これは由梨でなくとも正気ではいられなかった。


「……分かりません。幻獣……ではないと思います。さりとて人の様で人でもありません。その妖に三人の近衛が立ち向かいます。ですが近衛をものともせず、妖の腕は私の胸を貫きます」

「あ、ああ……。なんてこと……」


 皇国は今、いつかくるであろう幻獣の大侵攻に向けて準備を整え始めたばかりである。砦の建築、物資の備蓄、兵の質の向上、新たな予算……行政を司る五行府に務める役人は、薬袋一派を筆頭に連日激務に追われている。そんな中、今度は月御門万葉の身が危うい可能性が出て来た。


 未来を見通す月御門万葉という少女は、皇国にとって大きな恵みをもたらすだけではなく、皇国臣民の皇族への信仰心を集め、その旗頭になりつつある。幻獣への対処も必要だが、月御門万葉の身の安全は、何をおいても優先しなければならない。そう考え、由梨は早朝から直ぐに動き出した。





「失敗したのは残念だったが、お前が無事なのが幸いだった。ご苦労だったな、栄六」

「はっ! ……部下も死なせてしまいました。此度の失敗、どのような罰も甘んじて受ける所存です」


 東大陸、皇都より遠く離れたとある場所で。組織「霊影会」の長、五陵坊は松嶺園より帰還した栄六から事の次第を聞いているところだった。


 松嶺園へ潜入し、皇族拉致という任務に失敗した栄六は五陵坊に合わせる顔が無く、ただただ平伏していた。


「よい。そもそも今回の件は俺も気が進まなかったのだ。……だが例の組織からの依頼だ、何もしないという訳にはいかなかった。お前程の実力者を派遣して失敗に終わったのだ。体裁を取り繕う事くらいはできよう」

「……幻魔の集い、ですか」


 破術士の中には徒党を組み、集団組織を作る者やそういった組織に入る者がいる。霊影会もその一つ。


 こういった事は東西両大陸で見られ、各組織は規模こそ国家に及ばないまでもそれぞれ時に争い、時に情報を共有したりする。そんな破術士達の世界にあって幻魔の集いというのは、最も大きな存在感を放つ組織であった。


「それより報告で気になったのは追手の話だ。まるでお前たちの動きを事前に知っていたかの様ではないか。栄六よ、報告の内容に嘘偽りはないな?」

「もちろんです。報告申し上げた内容は全て真実にございます。失敗した言い訳にはなりませんが、事を起こす前に私たちの襲撃を把握し、対処してきた様な……そんな奇妙な実感がございました」

「ふむ……」


 栄六の話を聞いた五陵坊は、不可解な点も多いが思い当たる節があった。そしてこの事は、今回受けた依頼と無関係ではないだろうとも考えていた。


「……もしかしたら、少ない犠牲で貴重な情報を持ち帰れたかもしれん。この事はあちらにも伝えておこう。改めてご苦労だった、栄六。今は体を休めるといい」

「ははっ!」


 答えた栄六は深く頭を下げ、その場から去って行った。


「時折皇都の民達の間で噂に上る、神秘の幼姫。昔の伝手を使って、少し詳しく調べてみるか……。さて。この情報を得た幻魔の集いはどう動く?」

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