第12話 聖地の激戦 武人の試練

「こいつらが……歴督様を誘拐した賊……!!」


 対峙する清香と誠臣の顔には、緊張から冷や汗が浮いていた。相手は自分たちより大柄で、殺し合いにも慣れている風体の男二人。稽古とは違う、本物の殺し合いが始まるのだ。2人の賊はその体躯に相応しい大きな剣を構えた。


「嬢ちゃんたち。悪い事は言わねぇ、そいつをこっちに寄越しな。そうしたら命までは取らねえよ」


 敵との初めての会話。当然だが、それは決して友好的なものではなかった。


「断る!! 皇族を守るのは俺達の使命だ!! お前らなんかに渡さない!!」

「そうか、やっぱりその男が皇族か!! 当たっていて良かったぜ」

「何!?」


 賊の言葉に焦る誠臣。襲撃側もさらった男が本当に皇族であるという確信があった訳ではない。


 皇族は神徹刀を作るなど、何か大きな行事が無ければ基本的に皇都から出る事はないのだ。破術士の情報網をもってしても、皇族の顔など簡単にわかりやしない。


 松嶺園では「集団の中で一番丁重に扱われている奴が皇族だろう」という予測で動いたに過ぎないのだ。さらった男が皇族だろうとは思っていたが、確信がある訳ではなかった。


「せっかく上手く忍び込んだのに、外れていたら目も当てられなかったからなぁ! 親切に教えてくれてありがとよ!」

「くそっ!」

「誠臣、落ち着いて!」


 清香は賊と対峙してから感じていた違和感について思考を巡らせる。


(どうしてすぐ私たちと戦わないの? ……時間稼ぎ? このまま会話が長引けば、あの戦槍を持った賊が葵さんらを破って駆け付けてくれると考えている!? 確かに歴督様をお守りしていた近衛の方も敗れている。それだけあの賊……破術士は強いって事!?)


 葵は優秀とは言え、まだ近衛になり立てである。そこまで考えてから、清香は時間を稼がれるとこちらに不利になる可能性があると悟った。


「誠臣、冷静に! ここは早く片付けて、葵さんたちの援護に行くわよ!」

「おう!」

「ほう、俺達を片付けるとは言ってくれるじゃないか」

「いくぞ!」


 誠臣の叫びと同時に二人は絶影で接近する。知覚される前に接近して、初撃を加えようという考えだ。だが2人の刃が届く事はなかった。ギィンと金属のぶつかり合う甲高い音が響く。2人とも相手の剣に刀を受けられていた。


「はは! 知ってるぜぇ、絶影っていうんだろ! さっきの坊主には背後からという事もあってまんまとやられたが、正面から仕掛けられて素直にくらうと思ったか!」


 各々1対1という状況で、戦いの火ぶたが切られる。


(くそ、不意の初撃だったのに完全に見切られた! こいつらもわざわざ実行部隊に抜擢されているくらいなんだ、強いに決まってる!)


 神徹刀と違い、通常の刀は下手に打ち合うと折れる。誠臣は刀に気を使い、見るからに頑丈そうな相手の剣を、正面から受けるのを避けていた。


「おら、隙有りだ!」

「くっ、強硬身!」


 せまる剣を霊力で硬くした左腕で払う。払った左腕には、まるで天から降って来た大岩を受け止めたかのような衝撃が響いた。致命傷は避けたが、左腕にはしびれが残る。


(しばらく左腕は使えねえ! やばい!)


 誠臣は右半身を前にし、構えを新たにする。横目に清香を見るが、そちらも苦戦していた。


(強い! でも、やれない訳ではないわ! 目も慣れてきた。何とか隙を突ければ……)


 手ごわい相手ではあるが、このままいけばいずれ自分の刃は届く。だがその確信を得た時、賊の動きが変わった。


 清香から素早く一歩引き、距離をとったところで右足が光る。そして力強く右足で大地を踏み抜くと、清香の方へ衝撃波が走った。


「きゃあっ!」


 咄嗟に両腕で胴と頭を守るが、身体は後方へ飛ばされる。まさか相手が霊力持ちだとは思っておらず、完全に油断してしまった。


「ははは! 嬢ちゃん、どうやら実戦慣れしてないなぁ!? 霊力持ちは何もお前ら貴族だけじゃないんだぜぇ! これなら隊長を待つまでもなかったか!」


 清香へ追撃をかける賊の男を見て、偕は焦っていた。


「このままじゃ2人が……」


 少し休んだおかげで体力は戻りつつある。自分も参戦した方が良いのではないか。しかし皇族である歴督から離れる訳にはいかない。様々な思いが偕の心を占めていた。


「……少年」

「!?」


 そんな偕に声をかけたのは、偕たちが助けに来た皇族、月御門歴督だった。偕は気づいていなかったが、歴督は少し前から意識を取り戻しており、清香と誠臣の戦いを見ていた。偕は歴督の方へ身体を向け、膝をつき臣下の礼を取ろうとする。


「今は戦場ゆえ、その様な礼は不要だ」

「ははっ」


 歴督は静かに偕と周辺を見た。


「どうやらまだ松嶺園の中の様だな。これほど早く援軍がくるとは……なるほど、万葉か。なら、この機を無為にする訳にはいくまい」


 そう言うと歴督は、懐から取り出した物を偕に手渡した。それは脇差よりも更に短い短刀であった。


「少年、名は?」

「は、はい。陸立偕と申します」

「時宗所縁の者であったか。では陸立偕。お前にこの短刀を授ける。これは我が血を吸って鍛えられし、皇桜鉄から生み出されたもの。神徹刀と同じ性質を持つ。葉桐一派に名を連ねる武家の者なら、あるいはその力を呼び覚ます事もできよう。私の事は良い。これで見事、この窮地を脱してみせよ」


 偕は神徹刀の作り方を知らない。皇族の血を吸う? 皇桜鉄? どれも何のことか分からない。だが一つ確かな事がある。それはこの短刀を握れば、清香と誠臣を助けられるかもしれないという事だ。


 偕は受け取った短刀を抜くと、目を閉じて意識を集中した。


(お願いだ、どうか僕に力を貸してください! ここで2人を助けられなかったら……兄さまに合わせる顔がないんだっ!!)


 絶対に清香と誠臣を失いたくない。その強い思いに呼応したかの様に、偕には確かに短刀の銘が視えた。


「羽地鶴!! 僕に、力を!!」


 偕が目を開くと同時に、握っていた短刀は淡く輝き始める。


「これは……」

「まさかいきなり「銘」を視るとはな。さすがは……。いや、よい。お主の役目を果たすのだ」

「は、はいっ!!」


 偕は己の身に、これまで感じたことのない強い力が宿った事を自覚する。


(分かる……。身体能力が向上している! さっきまであった気怠さも感じなくなってる! これなら2人と戦える!)


 偕は左手に短刀、右手に刀を持つとその場から絶影で移動する。その初動には音が無かった。


(さっきの感覚をもう一度……! あの時みたいに、より早く! より深く!)


 清香はだんだんと押され初めていた。衝撃波をまともに受けて以来、身体のあちこちに同時に痛みが走り、十全に肉体を動かす事が難しくなっていた。


「そら、終わりだっ!」


 賊の持った剣が清香へ迫る。


「清香っ!」

「おおっと、よそ見とは余裕だな!?」


 誠臣が援護に駆け付けようとしても、目の前の賊はそれを許さない。誠臣の目の前で、清香を切り裂くべく振るわれた剣が迫る、その瞬間。剣を振るっていた賊の腕は、肘から先が切断されていた。そしてその背後には、刀を振りぬいた姿で静止した偕の姿があった。


「ぐぎゃあああ!!!!」


 賊は腕から大量の血を流しながら叫ぶ。何が起こったのかは分からない。分からないが、偕がやったという事は分かる。そう理解した清香は、腕を失って混乱している賊の喉元へ向けて、素早く刀を突き出した。


「ぐひゃっ……か……ひゅ……」


 賊は大きな音をたてて倒れる。その男はそれきり動かなくなった。


「なんだと!? 一体、どうなってやがる!? ……っ!」


 偕はもう一人の賊へ斬りかかる。二刀振るうその姿は、まるで美しい剣舞を見ているかの様であった。


「くそ、なめるな!!」


 残った賊は、その体躯に合った大きな剣を振り回す。だがその剣は、偕が左手に持つ短刀で弾き返されていた。


「バカな!? そんなちゃちな刃物で何故受けられる!?」


 偕の握る短刀「羽地鶴」は神徹刀と同じく、錆びず刃こぼれもほとんどしない材質で作られている。そしてその御力は絶刀。偕は大きく向上した身体能力で、賊の剣と正面から打ち合う。さらに賊の背後からは誠臣が刀を振るう。


「おら、さっきのお返しだぜ!」


 偕が正面から賊を相手取り、その後ろから誠臣が斬りかかる。2対1。賊は偕だけでも手一杯なのだ、捌けるはずがない。


 背中から誠臣に一太刀当てられ、態勢を崩す。そうして生まれた隙を、偕は見逃さなかった。


「せいっ!」


 右手に持った刀で大きく切りつけ、とどめに相手の心臓目掛けて「羽地鶴」を突き立てる。


「がっ……ふっ」


 男の口から大量の血がこぼれる。その声を最後に、男は沈黙し倒れた。


「はあ、はあ、はあ、はあ!」


 無我夢中だった。初めての実戦、初めて経験する御力。そして殺生。相手の胸に突き立てた「羽地鶴」を引き抜くと、嫌な手ごたえが左腕を通して脳を震わせた。


「う……」


 目の前には地に伏せ、動かなくなった賊の死体。その死体を中心に血が広がり続けている。偕はそこで初めて、自分の服にも返り血が大量についている事に気付いた。暗い思考が偕を襲おうとする。


「戦場で敵味方として出会ったのだ」「皇族をさらったのだ、殺されて当然だ」「やらなければこちらがやられていた」「でも」「命を奪った」「その事に後悔しなくてはならないのでは」「いや、武家の生まれである以上これは当然の事」「自分は


 そんな多くの思考が押し寄せ始めたところで、威厳のある声が響く。


「陸立偕、大儀であった」


 その声に意識が現実に戻される。気付けばいつの間にか歴督が近くにおり、清香と誠臣は跪いていた。


「こ、これは無礼を!!」

「良い。そなたらもだ。ここはまだ戦場であろう。賊はこの者だけか? 巨大な戦槍を持つ者もおったと思うのだが」


 許しを得た清香らは、立ち上がると改めて歴督に状況を説明する。





 葵は初めて戦う破術士を相手に善戦していた。


(強い。確かにこの者が相手では、三浦殿一人では鍛冶師や皇族を守りながら戦うのは難しかっただろう。けど……)


 5対4で始まった戦いは、葵が戦槍を振るう賊を相手取り、残りの4人で3人の賊にあたった。この4人も、近衛でなくとも全員が葉桐一派に名を連ねる武家の生まれ。賊相手にそう簡単には後れを取らない。


 結果、3人いた賊の1人は討ち取られ、手の空いた武人が葵に加勢した。今、戦槍を持つ賊の男は、1人で2人の武人を相手にしているのだ。


「かぁ、くそ! なんでこんな場所に神徹刀持ちがいやがるんだ!?」


 戦いながら男は疑問に思っていた。この部隊はどこから現れたのかと。


 いくら皇族がいるとはいえ変だ。さらった皇族には専属の近衛が付いていた。これだけの戦力を保持する部隊がいたのなら、何故自分たちが襲撃した時に出てこなかったのか。


 ここは皇都からもそれなりの距離があり、皇族一人の護衛にしては戦力過多だ。武装といい、馬の数といい、まるで自分たちを追う事を目的に組織された部隊ではないかと疑いたくなる。


(そんなはずはねえよな……。何せ皇族をさらったのはついさっきの話だ。俺達の事は鍛冶工房にいた奴ら以外には知られていないはず。なのにこいつら、どういう訳かこの事を察知し、こんなに早く追ってきやがった……?)


 事を起こしてから追撃がかかるまで早すぎる。あらかじめ知っていなければ不可能な動きだ。しかも相手は、自分たちを相手にする事を前提にしたかのような戦力、装備だ。


(こりゃせん滅は無理だ。先行した奴らが皇族を連れてアジトにたどり着けるまでの間、時間を稼いで撤退だな。何か情報が欲しいところだが)

「よう、嬢ちゃん。あんた強えな。さっき戦った近衛の男も強かったが、これほどの実力者を一日に2人も拝めるとは思わなかったぜ」


 突然話しかけられた葵は憮然とした表情を崩さず、構えは解かない。


「ふん、私などまだまだ未熟。そんな私如きを強者と称するとは、大した実力者ではないことが伺い知れる」


 と言いつつも、強敵から実力が認められてちょっぴりうれしい葵である。


 葵は女性最年少で近衛入りを果たすほどの実力者である事は間違いない。元々の才に加えて、努力も重ねてきた。物心つく前から寝食以外の時間を、すべて近衛となるための努力に捧げて来たと言っても過言ではないのだ。


 そんな努力家の葵は、自分の努力が第三者から認められる事が……ようするに褒められるのが好きだった。


「はは! その言い草、謙虚を美徳とする皇国武人の特徴まんまだな! 俺はこれまでも皇国の武人と戦った事があるが、その中であんたほどの実力者は数えるほどしかいなかったぜ? そこに美人まで付け加えるとなると、さすがに初めてだ! ……あんたも近衛なんだろ? 皇国最強の武人だという」


 葵は男の発言にまた褒めらた気がして、頬が緩みそうになる。そして武家に生まれた者にとって、近衛とは誉であり誇り。指摘されて隠すいわれはない。


「いかにも。この身は未熟なれど、近衛の末席に数えられている」

「やっぱりか。光栄だぜ、皇族の護衛以外にはほとんど皇都から出る事のない、最強の武人とこんなところで会えるなんてな。だが、いいのか? 皇都で皇族様方を守っていなくてよ」

「お前たちのせいで、皇都での役目の途中でここへ赴いたのだ。早く片付けて皇都へ戻る所存だとも」

「そうかい、そいつは悪い事したなあ」


 葵の発言を受けて、男は思考を深める。


(俺達がここを襲撃した事は皇都で知ったのか? だが普通なら皇都からここまで、半日やそこらで来れる距離じゃねえはず。しかしこの嬢ちゃんの話だと、明らかに襲撃を知ってからここへ来ている。それも皇都から。……訳がわからん)


 直接聞いてみるか……と考えていると、後ろから馬が2頭近づいてきた。乗っているのは偕と清香だ。


「葵様! 歴督様は無事です! 残りの賊はここにいる者だけです!」


 その声に驚き、賊の男は振り返る。そこには先ほど自分たちを追い抜いていった者達の姿があった。


(なんだと!? あいつらがやられた!? ……いや、なるほど。やったのはあの少年か。こりゃ見誤ったな)


 偕達は歴督を誠臣に任せ、清香と葵の加勢に戻ってきた。歴督の無事を知らせるという目的もある。誠臣はまだ左腕の痺れが治まっていなかったので、歴督の護衛も兼ねながら姿を隠す事にした。


 偕は葵らの姿を見つけると馬上で再び「羽地鶴」から絶刀の力を引き出す。その姿を見て賊の男は仲間がやられた理由を悟った。


「お前ら! 飛べ!」


 残った仲間に向かって叫び、同時に戦槍を周囲に向けて大きく振る。葵と話しながら蓄積していた霊力を用いて、全方位に衝撃波を放出した。


「うわっ!」

「くっ!」


 誰もが堪らず後ろへ飛ばされる。同時に襲い掛かる石に気を付けながら目を開き、土煙が収まった頃には賊達の姿は消えていた。


「……逃げられたか」


 呟きながらも葵は胸中で安堵のため息を吐いた。


(終わり!? これで終わりよね!? 歴督様も無事だし、任務成功よね!? あ、でもこっちも何人かやられたし、賊の襲撃には間に合わなかったし、不味いかも!? 結局隊長格っぽいあの破術士も取り逃がしたし!)

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