第11話 襲撃 聖地に集う武人と破術士

 休息が終わり、水篠葵たちは馬を進める。そしていよいよ一隊は目的地である松嶺園にたどり着いた。


「各自、ここからは最大限に警戒せよ! 何かあれば報告するように!」

「はっ!」


 松嶺園は一帯が森林部にあり、人の手があまり入っていないため足場も良い訳ではない。また敷地面積も広大であり、初めて来た者であれば鍛錬所までの道行に迷うだろう。


 だが葵は何度か皇族の護衛でここへ訪れていた。これも今回、葵が選ばれた理由の一つだ。偕達が近づく実戦の予感に顔をこわばらせている中、葵は迷いなく目的の場所へと馬を進める。


(……間に合った? 最善なのは万葉様の夢がただの夢である事だけど。……ううん、万葉様が会った事の無い歴督様のお顔まで夢で見たって話だし、やっぱり楽観視はできない。歴督様の護衛に付いている近衛もいるんだもの、そう簡単に賊に遅れは取らないはず!)


 葵は手に汗かきながらも馬を進める。そして鍛冶工房がある屋敷が見えた時、そこには幾人かの死体が転がっているのが確認できた。


「……っ! これは……っ!」


 見たところ賊と鍛冶師であろう者や、松嶺園に配備されていた皇国軍兵士らの死体が見える。初めて見る死体を前に、偕達は平静を保とうと大きく息を吸う。


「誰か! 誰かいないのか! 歴督様! おられましたらお返事を!」


 葵の必死な叫びに答える声があった。


「あ、うう……」

「! 誰か! 水を!」


 その男は神徹刀を打つ刀鍛冶の一人だった。男は葵に上体を起こされ、事情を話す。


「ぞ、賊の襲撃です……! あいつら、急に襲撃してきやがったんです!」

「落ち着け、水だ。何があったか簡潔に述べよ」


 男は葵たちに向かって口を開く。賊の襲撃があったのはつい先ほど。こちらの戦力は歴督に随行した近衛一人と、松嶺園を守る兵士数名だけだった。最初は善戦したが、賊の隊長格の男が参戦した時から流れが変わったの事だった。


 男は霊力を持っており、その力で兵士たちを惨殺。神徹刀を持っていなかったとはいえ、近衛をも破り歴督を連れ去ったとの事だった。鍛冶師の多くは、戦闘に巻き込まれた者を除けば無事に逃げられたようだ。誠臣は葵に向かって叫ぶ。


「葵様! 近衛の方が見つかりました! 無事です!」

「! 直ぐ行く!」


 葵が向かった先にいた近衛の男は、口から血をこぼしつつも意識は失っていなかった。


「葵か……」

「三浦殿!」

「何故お前がここに……。いや、今はどうでもいい。葵、直ぐに南へ馬を走らせろ! 歴督様が賊に連れ去られた! 馬であればまだ追いつけるはずだ!」

「は、はい! 三浦殿、お怪我は……」

「今は俺の事など気にするな! 事は一刻を争う、急げ!」


 葵は頷くと、号令を出した。


「南へ行く! 急げ!」





 気絶した月御門歴督を肩に担ぎながら、その賊は部下達と走っていた。


「いやぁ、最初にこんな任務を聞いた時は死んだわーって思ったが、なかなかどうして。案外うまくいくもんじゃないの!」


 その男は市井にありながら霊力を持つ者……いわゆる破術士だった。破術士はその力を好きに使い、皇都から離れた場所で徒党を組み、好き勝手する者も多い。ある日、この男に自らが所属する組織の長からある命令が下った。


「松嶺園へ潜入し、皇族の血を引く者を生かしたままつれてこい」


 最初は無理だと思った。だが、拒否できない命令だと悟ると、少数の手勢を率いて松嶺園へ潜入する事を決めた。目指すは皇国北西部にあるという神徹刀の鍛冶工房。


 そこは遥か昔から存在するだけあり、関係者以外詳しい場所までは分からなくても、民達の間で「このあたりで神徹刀が作られている」と噂されていた場所だった。そこからさらに絞って、工房を見つけるのは骨が折れたが。だが工房を見つけてからはひたすらにチャンスを待った。


 皇国の歴史は長い。その長い歴史において、神徹刀を作成するには皇族の力が必要であるというのも周知の事実。ここで待っていれば、いずれ必ず皇族が現れる。その確信があった。


 そして今、作戦が成功して帰路へついているところだ。まさか比較的治安の良い地域で、皇族に仇なす賊がいるとは思っていなかった月御門歴督は、わずかな手勢しか連れてきておらず、襲撃はあっさりと成功した。これには近衛が神徹刀を持っていなかった事も大きい。だが男はここで、妙な地響きを察知した。


「うん……? なんだ、何の音だ……?」

「いたぞ! このまままっすぐだ、進めえ!」


 賊を追いかけるにあたり、葵は神徹刀を抜いていた。御力を開放したその刀身は淡く輝いている。


 葵の神徹刀の銘は「否花正宗」。その能力は神徹刀によって上昇した身体能力を、更に向上させる絶刀。葵の場合はそこからさらに視力も強化される。


 今の状態の葵は、遥か彼方に茂る葉の一枚一枚まで正確に数える事ができるのだ。葵は馬上で神徹刀の御力を開放し、その超視力で歴督を連れ去った賊を発見していた。


「ちっ、馬か。やっかいだな」


 いくら健脚を誇ったところで、このままでは追い付かれる事は自明の理である。


「ここまで来て失敗はできねえな。しかしあの刀……神徹刀か。なら追手は全員武人、か。……はぁ、しょうがねぇ。おい、お前ら2人はこいつを連れてけ! 残りはここで足止めだ!」

「はっ!」


 部下に歴督を任せ、自分は部下に持たせていた武器を手にする。それは人間の身長を軽々と超えた戦槍だった。


「ぐおおおおおおらぁぁあああああ!!!!」


 男の腕に輝きが増し、咆哮と同時に戦槍を横に一閃する。その男を中心に扇状に衝撃波が走った。


「っ! 散会しろ!」


 男の咆哮と共に放たれた衝撃波に石が飛び、馬が驚く。何頭か飛んできた石に身体を射抜かれ、馬から放り出された者もいた。


「くっ! 歴督様は賊どもの先だ! 二人の賊が連れ去った! 馬が無事な者は追え! 他は残った賊の相手をしろ!」


 葵の指示に隊が動く。馬に乗っている者は葵を含めて4人。葵の他には隊の後方にいた偕、清香、誠臣だ。馬から落ちた6人は絶影を使って葵たちを追い抜き、残った賊の相手をするべく立ち向かう。


 絶影は霊力を用いた超速の移動術であり、影すら映さぬ速度で移動する、葉桐一派の武人が使う奥義だ。長距離の移動は不可能だが、短距離であれば馬の脚をも抜く。


 その場に残った賊は4人。6人がかりであれば抑えられる。だがその6人の接近に合わせて、戦槍を持った賊も前へ躍り出た。


「おらぁっ!」


 次に6人が姿を現した時、2人が戦槍で切り裂かれていた。


「っ!」


 目の前で味方が流血し一瞬怯むが、偕達は手綱を離さない。そして4頭の馬が賊達を通り抜けようとした時、葵の乗った馬の脚が切断された。


「ヒヒンッ!!!!」


 葵は堪らず落馬する。


「くっ!!!!」

「あんたが一番厄介そうだったんでな! 5対4だ、嫌とは言わせねえ! 悪いが相手してもらうぜぇ!」


 4頭の馬が戦槍を持つ賊の側を駆け抜ける際、男は全員の足を止める事は不可能だと悟った。この一瞬で確実に止められる馬は1頭。なら誰か。答えは直ぐに出た。


(他の3人は吹けば飛びそうだが、こいつは他の奴の手に余るな)


 そして迷う事なく、葵の馬を狙った。


「おのれ……!! 「否花正宗」!! 私に力を!!」





 葵が落馬したところは確認できた。だが自分たちは止まる訳にはいかない。偕は前を走る賊を睨む。


「よし、もう少しだ!」

「……すみません、先行します!」

「偕!?」


 偕は疾走中の馬から地面に身を投げる。地に足がついた瞬間、絶影を発動させた。瞬く間に偕は賊へと距離を詰めていく。


(くっ足りない!? ……いいや、まだだ!! 僕の絶影はこんなもんじゃないっ!! ここで尽きる様な霊力なんかじゃ……いけないんだっ!!)


 葉桐一派が使う絶影や金剛力には段階が存在する。通常の絶影は瞬間歩行。次の段階に進むとより早い二進絶影。そして二進絶影の速度を維持したまま、さらに距離を伸ばしたものが三進絶影。偕の絶影は今、三進の域に届きかけていた。


(ここで追いつく! これだけの霊力があって、そんな事も出来ないんじゃ……意味がないんだ!!)


 偕には兄に対して負い目があった。「弟と妹のために母の胎内に霊力を残してきた兄」。これは理玖に対して、侮蔑の意味を込めて使われている言葉の一つだ。もちろん、そんな訳はない。


 だが霊力の覚醒が同年代より早く、霊力量も多い偕は心の奥底で「もしかしたら本当に僕が兄さまの分の霊力を奪ってしまったのでは」と考えていた。


 兄弟の片方が霊力を持っていなかったら、もう片方は強い霊力を持つだなんて話は聞かない。過去にそのような記録もない。だが今まで無かっただけで絶対に無いとは言い切れないのではないか。そんな解消のしようのない不安が、偕の心の奥に棘として刺さっていた。


 そして突然の兄の失踪。この事は、自分のせいで兄は家を出て行く事になったのではないかと、偕により強い罪悪感をもたらした。


 せめて兄の分も、自分が立派な近衛になる。兄からもらったものなのかもしれないこの霊力で、自分が兄に代わって役目を果たす。これが今の偕の生きる原動力となっていた。


「せいっ!」


 賊に追いついた偕は歴督を担いだ男に切りかかる。突然姿を見せた偕に驚き、偕に切られた賊は歴督を手放してしまった。


 再び絶影で放り出された歴督を受け止め、そのまま清香らと合流すべく後退する。一連の動きを馬上から見ていた清香は、驚きの表情が隠せなかった。


「す、すごい……! この距離を絶影で……!?」

「今のあいつの絶影、まったく見えなかった……! しかも絶影の連続使用でこっちに向かってくる! 歴督様も無事だ!」


 さすがに二度目の絶影はかなり速度が落ちていたが、偕は無事に清香らと合流する事ができた。歴督を奪われ、焦った賊は怒涛の勢いで迫ってきている。


「歴督様を担いだままじゃ追い付かれる! ここで迎え撃つわよ!」

「分かった! 偕、距離をとって歴督様を守れ! あの二人は俺と清香がやる!」

「わ、わかり、ました……!!」


 息も絶え絶えに偕は答える。限界を超えた絶影の酷使により、偕には戦えるだけの体力が残っていなかった。

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