第7話 シュドの決意 理玖の覚悟

 あの悪夢の日から二ヶ月後。シュド一家の取り巻く環境は大きく変わっていた。俺は今、ガイナル一家が本拠を構える島に、シュド一家の者達と共に乗り込み、討ち入りを決行していた。


 まだ身体は本調子ではない。あの日の事を思い出すと今も強く左目が疼く。この疼きを止めるため、俺は怒りに身を任せてガイナル一家の者どもを斬り捨てていく。


 そして屋敷の最奥部に頭領のガイナルを追い込み。ガイナルを守る屈強な連中を躊躇なく斬り捨て、怯えるガイナルの喉元に刀を突きつけていた。


「ヒ、ヒィィ……! な、なんなんだよ! てめえら、何故……!?」

「何故……。何故、だと……?」


 俺は刀を素早く振るう。一瞬後、ガイナルの耳が床に落ちた。


「うああああああ!? い、いてぇ、いてえええぇ!」

「お前がベックを抱き込んでいたのは分かってんだ。パスカエルって西人に俺達の情報を売り、奴を俺達にけしかけたって事もな。頭領の貴様には当然、この落とし前はつけてもらう……!」


 ドーンの働きで様々な事が明らかになった。ガイナルがベックを抱き込んで情報を入手していた事、それをパスカエルという西人に金で売っていた事。


 売っていたのは主に俺の情報だった様だが、結果として奴はシュド一家の島に乗り込んで来た。そして俺よりも優先度が高いと目を付けたサリアに出会い……あの日の惨劇が起こった。


 パスカエルの足取りは途中までしか追えなかったが、今回の元凶の一人であるガイナルをこのまま放置する事はできない。


 怒りに支配された俺とシュドさんは今、こうして直接ガイナル一家を潰しに来た。ガイナルの叫びを聞きつけたシュドさんが姿を見せる。


「おう。久しぶりだな、ガイナル」

「しゅ、シュド!?」


 シュドは怒りで血走った瞳をガイナルに向ける。


「てめぇにはしてやられたぜ……?」

「ま、まってくれ! あんな事になるなんて思ってなかったんだ! パスカエルがあんな大それた事を考えていたと知っていたら、俺は何もしなかった!」

「ああ。それでてめぇのおかげで俺は自分の島が荒らされ、部下は重症を負い、娘は死んだってぇ訳だ。他に言う事はあるか?」

「ち、違うんだ! お前の怒りはもっともだが、それはパスカエルの野郎にぶつけるもので……!」

「てめぇが野郎を呼び出せるってんなら話は別だけどよ。たかだか島一つの支配者程度の奴の声なんて、野郎には届かねぇだろうよ。まったくよう、本当に。…………本当に、よくもやってくれやがったなあああぁぁぁぁクソ野郎がああぁぁぁぁ!!!!」

「ひいぃぃ!」


 シュドさんはこの二ヶ月で溜まりに溜まった怒りを、ガイナルの身体にぶつける。ガイナルは全身をボロ雑巾の様になるまで殴られ続けた。


「はぁ、はぁ……! 悪いな、リク。てめぇの分は残ってねぇ」

「構わない。シュドさん、あんたのその怒りは俺に向けられてもおかしくないものだ」

「野暮な事言うんじゃねえよ。てめぇへの罰はもう済ました。それでしまいよ」

「シュドさん……」

「今日よりこの島はシュド一家の縄張りにする。リク、てめぇは引き続き身体を治せ。まだ本調子じゃねぇだろ」

「……はい」


 そしてこの日。ガイナル一家がシュド一家に潰され、シュド一家の縄張りが増えた。この事はあっという間に群島地帯に広まった。


 群島地帯でひしめき合う一家において、この事実は各所で混乱を招く結果になったが、大きく勢力拡大に成功したシュド一家はそれらを上手く治めていく。


 そうしてさらに一ヶ月が過ぎた頃、俺はシュドさんの部屋で彼と向き合っていた。


「……要件は分かっているつもりだ。どうしても行くつもりなのか?」

「はい。俺はあの日から自分と……パスカエルという魔術師が許せない。あの男は絶対に、殺す」

「シュド一家はこれからさらにでかくなる。お前の力も必要だ。いつか俺はこの群島地帯をまとめ、この地で王を目指す。そしてその時、なんとしてもパスカエルを見つけ出して公の場に引きずり出すつもりだ。てめぇにはできればそれに協力してもらいてぇんだが」


 今のシュドさんの立場では、帝国の貴族であるパスカエルに立ち向かえない。シュドさんはここで自分の影響力を高める事に決めた。そして他国にとって無視できない存在になる事を目指す。


 ここは東西両大陸の航路の要所であり、貿易も盛んだ。一家の中には他国の貴族と繋がりが深いところもあると聞く。この地で主導権を握るという事は、少なからず他国に対して影響力を持つ事ができるだろう。


 だがそれは果たしていつの日か。少なくとも一年後、二年後という話ではない。そしてその間、仇が生きていると分かっていながらここで過ごすという事は、俺にはできそうになかった。


「無くなった左目がね……疼くんですよ」

「……なに?」


 俺は眼帯越しに無くなった左目に触れる。


「この目。実はサリアに抜かれたんですよ」

「……」

「サリアは俺の目を食べると、ほんの一瞬……正気を取り戻しました。そしてパスカエルに立ち向かっていった……」

「リク……」

「左目は失いましたが、今もあの時の光景がはっきりと失われたこの目に浮かぶ。奴を殺せと痛いほど熱を発する。相手が魔術師であるとか関係無い。俺は俺のやり方で、この刀を必ず奴に届かせてみせる」


 そう言うと俺は、部屋から出ようと踵を返す。


「今までありがとうございました。拾ってもらった御恩、一生忘れません」

「……リク。てめえの席は残しておく。いつでも帰ってこい」


 それ以上言葉を交わすと足が止まりそうで。だから俺は何も答えず、前を向いて足を進める。すべては復讐のため。残った右目からは涙が流れていた。





 西大陸行きの船に乗って三日後。船は嵐に見舞われていた。


「ひどい嵐だ……」


 部屋で大人しく過ごしていると突然扉が開けられる。廊下には大柄な男が立っていた。


「おいあんた! 外でマストがやべぇらしいんだ! 男手が必要だと言われている! 俺も今から行くんだが、あんたも協力してくれねぇか!?」


 確かに船の揺れは酷いし、何か異常が起きていてもおかしくないか。船の構造に詳しい訳ではないが、このまま沈んでも困る。


「分かった。案内してくれ」

「おう! こっちだ!」


 俺は男に連れられて共に甲板に出た。外は横殴りに雨が降りしきり、風も強い。甲板にも海水が乗り上げており、何かにつかまっていないと危険な状況だ。風で声も届きづらいため、俺は大きく声を張る。


「どこだ!? 何をすればいい!?」

「ああ……死んでくれ!」

「!?」


 そこで男は振り返り、俺に刃を振るってきた。俺はとっさに距離をとるが船が大きく傾き、体勢を崩して転がってしまう。


「何をする! 人手がいるんじゃなかったのか!?」

「ははは! こんな嵐で甲板に出るバカがいる訳ないだろう! 俺の狙いはてめぇだよ、罪人リク!」

「なに!?」


 男は不安定な足場にも関わらず、安定した足運びで俺との距離を詰めてくる。振るわれる刃を躱しながら、鞘に入ったままの神徹刀を振った。だがやはり足場は不安定で、下手に刀を振ると俺自身大きく体勢を崩してしまう。


「この足場じゃ満足に刀を振るえまい! 神徹刀を寄越すなら見逃してやるぞ!」

「なぜこれが神徹刀だと知っている!? 何故お前はこの足場で自由に走れる!? お前は何者だ!」

「俺はさるお方から、お前を殺す様に依頼を受けた破術士さ!」

「なんだと!?」


 破術士。貴族ではないが、市井の身にあって霊力を持つ者を指す言葉だ。サリアも破術士に含まれる。


 貴族は基本的に貴族同士で婚姻を結ぶ。だが中には様々な事情から、平民との間に生まれ落ちる者もいる。


 そうした者は霊力こそ持つものの、葉桐一派や九曜一派の様に、霊力の扱いについて教育を受ける訳ではない。結果、霊力を満足に扱えはしないが、独自の使い方を身に付ける者がいる。


 不安定な足場に置いて、それを感じさせない身のこなしも、奴が独自に身に付けた霊力の使い方の可能性があった。


「まさか国外に出ているなんて思わなかったからなぁ、見つけるのに苦労したぜ! さぁ大人しく神徹刀を寄越しな!」

「断る! これなるは我が祖父の振るいし破邪の霊刀! 陸立に縁がある者ならいざ知らず、破術士にくれてやる道理はない!」

「なら死ね! お前の死体からその刀を奪うとしよう!」

「元よりそのつもりだろう! 白々しい奴め!」


 再び迫る凶刃。だが彼我の戦力差は明らかだった。俺は不安定な足場で満足に立てず、下手に刀も振るえない。対して相手は自由に動き回り、的確に刃を振るってくるのだ。一つ、また一つと細かく傷を負わされていく。


「はははははは! どうしたどうした! それが武家の剣か! それが葉桐一刀流か!」

「くそっ!」


 相手は霊力持ちとはいえ、葉桐一派の様に身体能力の強化が行われている節はない。こんな状況でなければ、十分に対処できる相手だ。


 ……いや、こんな状況だからこそ仕掛けてきたのか。自分の得意とするこの状況で。だが俺もやられっぱなしではない。足場が悪いながらも徐々に相手の剣筋を見切っていく。


「そこだ!」


 そして僅かな隙を突いて胴へ目掛けて刀を振るった時、また船は大きく揺れた。


「うおっ!」

「あっ!」


 今度の揺れは先刻までとは比べ物にならないほど大きい。俺は刀を振るうために体重を移動させている最中だった事も重なり、たまらず尻もちをついてしまう。


 甲板は大きく傾いている。今、俺の目の前にはそれまで留め具で固定されていた、大小様々な木箱や樽が迫ってきていた。


「うおおお!?」


 よく濡れた上に大きく傾く甲板。そして迫る積荷を正面からまともに受ける俺。俺はたまらず積荷ごと、嵐の海に放り出されてしまった。刺客はあっと声をあげる。


「ああ!? くそ、まぁ生きてはいねぇだろうが……」


 遠くに刺客の声が聞こえた気がするが、俺は海水が傷に染みる中、必死になって掴まれるもの……一緒に投げ出された積荷を探した。

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