第6話 目覚め 醒めない悪夢
「う……」
「リク! 目覚めたか!」
「シュ、ド……さ……?」
目が覚めると俺はシュドさんの屋敷に居た。見覚えのある部屋だ。だが今は全身が熱い。喉も渇く。一体俺はどうなってしまったんだ。
「大丈夫か!? 話はできるか!?」
「み……み、ず……」
「おい! 水を持ってこい!」
シュドさんの怒声にはやされ、俺の元には素早く水が運ばれてきた。俺は勢いよく水を腹に入れる。
「うっ! ゴホッゴホッ!」
「ゆっくり飲め! 落ち着け! お前の身体、ひでぇ熱を持ってやがんだ!」
今度は落ち着いて水を飲む。そうしてゆっくりと目を開くと、普段よりも視界が狭い事に気付いた。震える手を左目に持っていく。そこに眼球の感触はなく、ただ熱い窪みがあるだけだった。
「う……あ……」
そうだ。あの時、俺は眼球を……。
「うああああああああ!!!!!!」
「落ち着け! おい、リクの身体を押さえろ!」
多数の腕が俺の身体を取り押さえる。俺の気が鎮まったのは、それから大分時が経ってからだった。
■
何とか落ち着きを取り戻した俺の側に残ったのは、シュドさんとシュド一家の幹部の一人、ドーンさんだった。ドーンさんは実務能力に長けており、一家の頭脳としての役割も果たしている古参の幹部だ。俺は自分の状況の確認を行う。
「俺、は……どう、してここに……?」
「お前たち三人を村に行かせた後、街に戻って来たドーンに手勢を率いらせて後続として送ったんだ」
「そしたら村から火の手が上がっているのが見えてな。俺達が村に着いた時、そこで見たのは悲惨な光景だった」
燃える家屋。辺りに散らばる無数の肉の塊。倒れている俺。そして。化け物の死体の横に転がるサリアの首。
尋常ではない出来事があったと理解するには十分な光景であったという。もう少し到着が遅れていれば、俺も村と一緒に燃え尽きていたそうだ。
「一体何が……あったんだ? 俺の娘は……サリアは何故あんなことに……っ!」
「全て……話し、ます……」
俺はあの晩にあった出来事を二人に話す。ベックが化け物になって襲い掛かってきた事。サリアも同じく乳白色に輝く怪物に姿を変えられていた事。そしてそれらを行い、村を焼いた背の高い細身の男。
「そいつが……! そいつが俺の島で好き勝手やって、サリアもやったってのか!」
「はい……。ステッキの様なものを向けると次の瞬間には……! 俺も立ち向かいましたが……」
俺はゆっくりとあの時の出来事を思い出す。
「大量の石が飛んできて……。何も抵抗できず、全身を石で打たれて倒れてしまいました……」
サリアの時とは違い、俺にはこぶし大の石が襲い掛かってきた。それを避ける事もできずに全身に浴び、意識を手放してしまった。今感じている全身の痛みも、あの時の攻撃が原因だろう。
「お前の全身の打撲痕はそれが原因か。目もその時にやられたんだな」
「ドーンさん……。この目は……」
この目は怪物になったサリアに抉られ、そのまま食べられた。それをシュドさんの前で言うのは憚られた。
「どうした?」
「い、いえ……」
俺はより詳細にあの晩の話をする。ベックの発言から、彼は細見の男と何か関係があったであろう事。男は実験だと称していた事。俺も男の標的だったようだが、魔力持ちのサリアを優先したと話していた事。
話しながらその時の光景が脳裏に浮かび、俺は大きな怒りに支配されていく。残った右目の血管が怒りで破れそうだった。
「許さねぇ……! 俺の島に手を出した事、後悔させてやるっ……! ドーン、ベックのここ最近の動きを洗え! それと細身の男だ! 島への入島経路を徹底的に調べろ!」
「入島経路、ですか?」
「そうだ! ステッキの様な物を持っていたって言ったな!? それを振り回して奇術を使う野郎なんざ、西の魔術師に決まってる! ステッキの様な物はセプターだ! つまり最近、西人の貴人が群島地帯にやってきたって事だ! そんな目立つ奴、何か情報の一つや二つ転がってんだろ! 一家を総動員して探し出せ!」
しかし、とドーンは難しい表情を作る。
「本当に西人の貴人だった場合、それはそれで難しい。ガリアード帝国が関わっているかもしれない。それに仮に補足できたとしても、相手はセプターを与えられる程の魔術師だ。只人である俺らでどうにかできる相手じゃない」
魔力を持たない人間ではどう逆立ちしても、魔力を持つ人間には敵わない。俺もそれは身を持って知っている。だがシュドさんにとってその事は、何もしない理由にはならなかった。
「んなもん見つけてから言いやがれ! こっちは一家に直接喧嘩売られてんだぞ! 魔術師が何だってんだ! お前は相手が特別な力を持っているから、何をされても黙ってろって言うのか!? このままやられっぱなしで大人しくふて寝していろって言うのか!? どうなんだ、ドーン!」
俺も気持ちはシュドさんと同じだった。それに俺がついていながら目の前でサリアを失ってしまった。俺は俺が許せない。シュドさんに申し訳ない気持ちもある。
だが何よりも。あの男に対する怒りが、全ての感情を上回っていた。あいつがどこの国のどんな貴族でも関係ない。必ず追い詰めて絶対に殺してやる! 絶対に絶対に絶対に絶対にっ!!
「……分かりました。情報の収集に当たります。ただこちらも無暗に被害を広げる訳にはいかない。そこは理解してください」
「何でもいい! さっさと動け!」
「……はい」
ドーンは頷くと部屋を出る。俺もベッドから身を起こす。
「俺、も……! あいつが、許せない! シュドさん、俺も、行く……!」
「バカ野郎!」
シュドさんの鉄拳が熱の籠る俺の身体を打つ。俺は堪らず再びベッドに倒れ込んだ。
「今のはサリアを守れなかった罰だ。てめぇは身体を治す事に集中しろ! その目も処置を誤れば、全身を腐らせんだぞ!」
シュドさんの叫びを聞きながら俺はまた意識を手放し、暗闇に飲まれていった。
■
「ふふふ。うふふふふふ!」
「随分とご機嫌ですね?」
「ああ。素晴らしいデータが取れたからねぇ! 早く研究室に帰りたいよ」
群島地帯から西大陸へ向かう大型船の中に、パスカエルと助手の若い女性の姿があった。群島地帯での要件が終わった二人は、ガリアード帝国への帰還の途についていた。
「私はずっと船内で先生の道具を管理していたので、先生が何をしてきたのか分からないのですが。一体どの様な御用向きだったんです?」
「ああ。事の始まりは七星皇国のさる貴人から、破術士にある依頼がいった事なんだよ」
「皇国ですか?」
「何でも貴族の血を持ちながら魔力に恵まれず、罪を犯して出奔した不届き者がいるとかでね。秘密裏に始末してくれと、ある皇国の破術士が仕事を請け負ったのさ」
「それは……。はぁ、あの国も面倒な事情を抱えてますねぇ……」
「大国……大精霊との契約者を先祖に持つ国はどこもそうさ。我がガリアード帝国もね」
大国と呼ばれる国の王族の初代は、どこも同時期……およそ600年前に大精霊と契約したと言われている。それが魔力を持つ人間の始まり。
そして力を得た王族の血族も同じく魔力を持ち、やがて魔力持ちは国の実権を握る貴族となり、今の国家を形作っていった。
いくつかの国は600年の間で滅んだが、今でも現存する皇国と帝国は現在、最も長い歴史を持つ国でもある。魔力持ちの貴族も多く、内部には様々な事情を抱えている。
「で、その依頼を受けた破術士は、どこかしらの組織に所属していた」
「ああ、なるほど。単独で活動していない破術士となると、先生のところに情報が回ってくる確立が高いですね」
「その通り! といっても私がその情報を得たのは、本当に偶然だったのだがね。だが貴族の血筋でありながら魔力を持たない素体なんて、いかにも実験向きだろう?」
「なるほど。その実験体が群島地帯にいる事を掴んで先生自ら乗り込んだ、と。要件が終わったという事は実験も終了したのでしょうが、そうすると先生は破術士の依頼を横取りした事になりませんか?」
「ふふふ。件の破術士は実験体が国外に出た事までは掴めていないよ。今頃皇国内を探し回っているだろうねぇ。結果的にもっと優れた実験体と相まみえた訳だから、やっぱり私が直接来て正解だったよ」
「そうですか。先生がご機嫌な理由がよく分かりましたよ。でもあまり派手な事は控えてくださいね? 後処理も大変なんですから」
「ふふふ! 群島地帯で一つの小村と数人が死んだだけさ。生き残りは誰もいない。これが皇国や帝国ならともかく、ここは無頼漢どもが支配する群島地帯。そう大した事にはならないさ」
「だと良いんですけど」
群島地帯の連中が何か言ってきたところで、ガリアード帝国の魔術師である自分には届かない。パスカエルは自分の立場をよく理解していた。
だが自らの魔術で全身を打ち砕いたリクが、虫の息で生きていた事をパスカエルは知らない。リクは今も強い怒りを滾らせている。これはパスカエルが群島地帯で蒔いてきた種であった。
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