第5話 運命の時2

「サリア! どこだサリア!」


 サリアの名を叫びながら燃える村を駆けまわる。奇妙な事に村人の姿も見えなかった。これまでに感じた事のない、嫌な予感が胸中を支配する。


「くそ! 一体何が起こってるんだ!」

「り、りく……」

「!?」


 サリアの声だ! 俺は声のした方に視線を向ける。そこには確かにサリアが居た。全身を乳白色に輝かせるサリアが。


「りぃ……くうぅ……」

「さ……り、あ……?」


 サリアは身体の中に何かを飼っているのか、肉が不気味にうごめきながら盛り上がる。そのまま肉は何かを形作ろうとして弾けた。周囲には大量の肉片と血がまき散らされる。


「あ……あ、あ……」


 それは俺の声だったのかサリアの声だったのか。俺の思考はそこで止まろうとしていた。だがそれに待ったをかける様に新たな声が響く。


「おや。今頃リク君のおでましか。中々姿が見えないから、最後の実験体はリク君から彼女に変更したよ」


 その男は背が高く、色白で細見なのが特徴的だった。だが村人の中にこんな男はいなかった。間違いなく部外者。そして俺の中に確信が芽生える。


「お前が……。村を燃やしたのか!? ベックを、サリアを! 一体どうしたんだ!」

「ふ、うふふふふ! いやぁ、実験体にするには貴人の血筋でありながら魔力を持たない君だと考えていたのだけどねぇ! ここに来て魔力持ちの実験体が手に入ったからさ! ついつい君よりも彼女を優先してしまったんだよ! 仲間外れにして申し訳ない!」

「答えろ! みんなに何をしたって聞いてんだ!」

「ここに来るまでに魔力の素養のない者達も使ったんだけどね? 成功したのはベック君だけだったねぇ。魔力持ちは成功率は高いが、サンプル数が少なかったんだ。ここでの貴重なデータは人類発展に大きく寄与するだろう! おお、なんという幸運の持ち主なんだ、君たちは!」

「きさまああぁぁぁ!」


 会話が成り立たない。いや、そもそも会話をする気がないんだ。こいつは今の状況に酔って、自分語りがしたいだけのクズ! 確かなのはこいつのいう実験とやらで村が燃え、サリア達の姿が変えられたという事! 問答する気が無いのなら言葉は無用、ここで腕の一本でも切り落として、サリアを元に戻す方法を何としても吐かせる! 


 そう決意し、怪我で痛む自分の身を無理やり走らせる。だがそれを阻んだのは他ならぬサリアだった。


「りぃぃいくううぅ! いたい、いたいのおぉ! からだがああぁぁ!」

「さり……っ!」


 サリアの腕の肉が盛り上がり、通常の三倍近くにまで伸びる。そしてその長大な腕を鞭の様にしならせてきた。


 俺は飛び上がる事で何とか躱すが、空中で動けない間にサリアは俺に距離を詰める。そのまま伸びていない方の腕で俺につかみかかってきた。


「うあっあああ!」


 掴まれた左肩に指がめり込んでくる。あまりの激痛に頭が真っ白になった。意識を手放しそうになるが、続く男の言葉に俺の頭は憤怒の色で塗りつぶされる。


「おお! 身体に感じる痛みを和らげるために顔見知りを襲うとは! これは興味深い! いいぞ、サリア君! 君は最高の実験体だ! リク君、どうかね? 変異したサリア君の力は。成人男性と比べてどれくらい強いものかね? あとサリア君とは適切にコミュニケーションがとれるかね!?」


 こいつっ……! どこまでも……あくまでこれは実験なのか!? 一体、お前は何様なんだっ!


「りくぅ、りいいいくううぅぅ!」


 サリアの身体の肉が再びうごめき始める。そして背中から膨れ上がった肉はそのまま腕を形成し、身動きのとれない俺の顔に迫ってきた。指の先端には鋭い爪が見える。


「う、ああああああああああああ!!!!!」


 ズチュ。


 抵抗できない俺の左目に、新たに生えたサリアの指が差し込まれる。眼孔内でサリアの指がうごめくのを直に感じる。そしてサリアは俺の左目を引き抜くと、そのまま自分の口へと放り込んだ。


「お、あああああああ!!!!」

「おおお! これまで肉を食らう実験体はいたが、まさか眼球だけを取り込むとは! 一体どういった理由だ!? ああ、いいぞいいぞ! 全く、君たちは最高だ!」


 本当に……何が……起こっているんだ。幻獣を倒して、ベックと別れて。魔猿料理を食べて夜風に当たって。サリアと話して。これからシュド一家の一員として群島地帯で生きていこうと決意して。全て夢だったのか? どこへ行っても俺に安息の地は訪れないのか……!?


「り……く……」

「……!?」


 僅かに聞こえたサリアの声に、残った右目を向ける。そこには身体を怪物に変えながらも、しっかりと残るサリアの顔があり、その目からは涙が流れていた。


「ご……めん、ね……」

「さり、あ……?」


 そして。サリアは掴んでいた俺の肩を離すと、背の高い男の方へと身体の向きを変える。


「ほう? ほほほう?」

「し……ね!」


 サリアは男に向かって駆ける。そのまま不気味に伸びた腕を渾身の速さで振るった。


「おお! 理性があるのかね!? 素晴らしい、素晴らしいぞ!」


 俺ですら躱すのにかなりの集中力を要したサリアの腕の一振り。とても武に通じてそうには見えないその男では、避けきれないだろう。


 だが。サリアの腕は男に届く直前で、何かによって切り落とされていた。腕の切断部からは大量の血がまき散らされる。


「ああああああああ!!!!」

「それだけに残念だよ。データ取りがここで終わるなんて、ね」


 サリアは斬られた腕を物ともせず男に駆け寄る。だがいつ取り出したのか、男は腕に持ったステッキの様なものを、迫るサリアに向ける。


「風よ。我が手に宿れ。ヴィント・シュナイデン」


 男の言葉が終わると同時にサリアの身体は、俺の目の前で不可視の刃によってバラバラに切り刻まれた。その場にはサリアのものだった身体の肉片が、大量の血とともに、ぼとぼとと落ちる。


「おお、本当に残念だ。だがとても有意義な結果を残してくれた。サリア君の献身は間違いなく人類の発展に繋がるだろう!」

「うああああああああああああ!」


 もう何も考えられなかった。俺は刀を手にとり、男に向かって駆けだす。男は俺に対してもステッキ状の物の先端を向ける。


「うふふふ。さらばだリク君」


 男のこの言葉を最後に、俺の記憶はそこで途絶えた。





 七星皇国の皇都、琴桜京には皇族に関連する建物が数多く存在する。リクの母である由梨が勤める白璃宮もそうだが、ここ清真館もそうだ。


 清真館は皇族が国内有力貴族との打ち合わせや会議などに使用するために設計された建物であり、高位貴族のための屋敷である。その建物の一室に四人の男女がそろっていた。


 現皇王の息子である月御門指月。

 そして三人の皇護三家当主達。

 葉桐家当主の葉桐善之助。

 九曜家当主の九曜静華。

 薬袋家当主の薬袋誓悟。


皇族と皇護三家が集うこの会合は、皇国の現状を共有し、これからの方針を定めるのに重要な役割を果たしていた。密室かつ四人だけで行われる、極めて気密性の高い会合でもある。そこでは月御門指月から衝撃的な話がもたらされていた。


「それは……本当ですか?」

「ああ。もう三回も見たそうだよ」

「まさか……。将来、皇国に幻獣の大侵攻が……」


 月御門指月が話したのは、彼の妹である月御門万葉の見た夢の内容についてだった。月御門万葉は、正確な時期は読めないものの、これまでに三度、皇国に幻獣が押し寄せいくつかの都が滅ぶという夢を見ていた。


 皇都は皇国北部に位置しており、南側は地方領主が皇王の委託を受けて統治している。そのさらに南側は幻獣の支配する領域になっているため、地方領主の都が失われるという事は、その分だけ幻獣の住まう領域が皇都に近づく事を意味する。同時に、人の住める領域が今よりさらに狭くなることを意味していた。


「まぁまだはっきりした事までは分からないんだけどね。ただ気になるのは、万葉がこの夢を見始めたのは少し前からという事だ。それまでは私が現皇の後を継ぎ、この皇国を治める夢を何度か見ていたそうだ」

「なんと……!!」


 月御門家は指月以外にも兄弟が存在する。まだ現皇の後継も決まっていない段階での今の指月の言葉には、皇護三家当主達に大きな衝撃を与えた。


 もっとも、こうした会合が開ける事と、今でも実質的な政務のほとんどを執り行っているため、当主達はああやっぱり、という気持ちもあったのだが。


 しかし万葉様が見たというのなら、次の皇王は確実に指月で決まりと言える。そこまで考えて、葉桐善之助は疑問を口にする。


「それがいつ頃からか指月様が治める皇国の未来が見えず、代わりに皇国にある都が滅亡する未来が見える様になったと? ……万葉様のお力を疑う訳ではございませんが、途中で見える未来が変わるという事などありえる事なのですか?」


 葉桐善之助の疑問に月御門指月は柔和にほほ笑む。


「ああ。万葉の見る未来は確定事項ではない。未来を見た上でそれを変える事もできる。例えば、万葉が一番よく見る予知夢は何故か次の日の夕食の献立なんだ。そこで万葉が苦手な野菜が出ていると、明日の夕食にその野菜は少なくしてくださいと、側付きの陸立由梨殿から要望が飛んでくる。我が妹ながらなかなか可愛らしいだろう? 野菜を抜けというのではなく、少なくしてくれというところにいじらしさを感じてしまうよ」


 指月は口元に手を当て、ふふ、と笑う。


「料理番長は仕込みもあるため、当然事前に夕食の献立を考えている。だからこそ万葉に献立の内容が伝わる前に、件の野菜が使われていると当てられ驚く。だがそこで要望通りにその野菜を少なくした場合、万葉の予知夢は外れる事になるだろう?」

「……なるほど」

「おそらく未来というのはほんの些細な事で変わるんだ。まぁ中には天災の様に、変えようのない未来もある訳だが。だがここで重要なのは、万葉がこの夢を見る様になったのは少し前からという点だ」


 月御門指月の言葉に、今度は薬袋誓悟が答えた。


「少し前から皇国の未来の姿が変わった……。つまり、その間に何かが起こった? それも将来の皇国の未来を揺るがすほどの?」

「そう考えるのが自然だね。だが繰り返すが、未来はほんの些細な事で変わるんだ。ここ最近、皇国で大きな変事は無かっただろう?」

「ええ。特別大きな幻獣被害も無く、国内においては政局も含めて安定しています。特に大きな問題は無かったかと」


 薬袋誓悟の言葉に月御門指月は頷く。


「おそらく我々が意識もしない程の小さな出来事がきっかけとなり、それが巡り巡って皇国の未来を変える結果につながったか、あるいは皇国に関係のないところで何かが起こったのだろう。そも、幻獣の事など我々には理解の及ばぬところでもある。何故およそ150年周期で大量発生が起こるのかも含めてね。実は何も起こってなかった可能性もある。そういう意味でも原因の特定はできないが、私は万葉が三度同じ夢を見た事により、これを確度の高い予知夢だと判断した。諸君には皇国臣民のため、この未来を変えるための手助けを頼みたい」


 月御門指月の言葉に三人は姿勢を正す。


「ははっ! 我ら葉桐一派は皇族に変わらぬ忠節を誓い、一丸となって皇国を守りましょう!」

「九曜家も同じく。我が一派も皇国随一の術を以て、皇国の未来を守護して見せましょう」

「もちろん薬袋家もです。夢の内容が内容だけに、地方領主との折衝も必要になってくるでしょう。政務に関してはお任せください」

「ありがとう。皆の忠義、嬉しく思う。皇族を代表して礼を言おう」


 ここに四人は、皇国の未来について共通の認識を得た。この四人が共通の認識を得るという事はすなわち、皇国のかじ取りに皆が同じ方向を見いだせているという事に他ならない。


 皇国の武を司る葉桐家。術を司る九曜家。そして政に大きな影響力を持つ薬袋家。月御門指月としては、この会合で三人の認識を統合しておく必要があった。


「ところで、改めて聞くが。三人にはここ最近、何か思い当たるような出来事は無かっただろうか」


 事が事だけに、3人は真剣にここ最近にあった出来事を思い返す。そういえば、と葉桐善之助が声をあげた。


「我が一派の陸立時宗の事はご存じですな?」

「ああ。その名は誰もが知っているだろう。なにせ数多くの逸話を作り上げた武人だからね。大型幻獣との戦いで最期を遂げたが、神徹刀は無事だった。確かその神徹刀は皇族から陸立家に下賜したものだと記憶しているが」

「まだ調査中ではございますが、陸立時宗の神徹刀「越之花霞」が紛失したそうです。時同じくして陸立家の長男も出奔したようでしてな」


 葉桐善之助の言葉に九曜静華は食いついた。


「まぁ。皇族から下賜されし神徹刀を失ったばかりか、家の者が出奔するなんて。葉桐一派の武人としての誇りが無かったのかしら」

「ああ、それがその長男というのがちょっと訳ありでしてな。15を過ぎても霊力の覚醒が無かったため、一派からの追放が決まっていたのですよ」

「あら……。それは可哀そうにねぇ」


 人ごとの様に答える九曜静華。実際人ごとではあったが、可哀そうと憐れむ気持ちは本物であった。


 一派を出されるという事は、国で管理できない霊力持ちを増やさないため、子を成せない身体にされてしまう事を知っていたからだ。話を聞きながら、月御門指月は杯に注がれていた水で喉を湿らせた。


「その報告は私も目を通した。近年類を見ない、驚きの出来事だったからね。陸立家の長男が神徹刀を持って出奔したという見解が強いようだが」

「ええ。一派を治める長として申し開き用のない程、お恥ずかしい出来事です。依然調査中でございますが、そういえばこれは半年前くらいの前の出来事だったな、と思った次第でして」

「ふむ……」


 指月は首は正面のまま、思案顔で横目に壁を見つめる。


「霊力の無い者が、使い手の失った神徹刀を持ったとして何ができるとも思わないが。時宗亡き今、あの神徹刀はただの頑丈な刀と大差ない。霊力を持たぬ者の行動がどう巡れば、皇国の存亡に関わってくるのか想像できないね」

「ですな。すみません、今の発言はお忘れください」


 だが、と薬袋誓悟は憤った口調で続けた。


「武家の家に生まれながら才に目覚めないというだけで、それは罪と言っても良いでしょう。武人として皇国に忠義を尽くすため、民の税で恵まれた境遇で過ごしてきたのですからな。それなのに役目を放棄したどころか、神徹刀を持って出奔するなど許されるものではありません。現在、その者には皇国籍の永久除外を検討しているところです」


 薬袋誓悟の言葉に月御門指月は曖昧な笑みを浮かべる。七星皇国民にとって皇国籍除外というのは、かなり重い罪に当たる。


 だが「皇国臣民は身分に関係なく国に忠義を捧げるべし。特に貴族の家に生まれた者であれば尚更である」という信念を持つ薬袋誓悟からすれば、理玖の行動は決して許せるものではなかった。

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