第2話 新たな居場所

 父に打ちのめされても俺は霊力に目覚める事なく15を迎えた。そして霊力に目覚めなかった武家の者を、成人と認める訳にはいかぬという意見が一派の中で巻き起こった。


 そんな俺に下されたのは、葉桐一派からの追放。父からも「今後は陸立の名を名乗る事を許さぬ」と言われた。


 だが追い出されると知った時、俺の中に変な意地が生まれた。追い出されるくらいなら自分から出て行こうと決めたのだ。


 その日の晩、俺はいくらかの金銭と、死んだじいちゃんがかつて使っていた神徹刀を盗み、家を出た。もう半年前の話だ。


 そしてそのまま港街へ行き、ここ群島地帯にやってきた。群島地帯はその名の通り小さな島の集合地帯で、皇国の存在する東大陸と、帝国の存在する西大陸の狭間に位置する。


 群島地帯は各島に大小様々な規模の街や村がある。大昔は東西両大陸の犯罪者が島流しにあった場所でもあるが、今は交易船の行き来も盛んでどこもそれなりに栄えていた。だが特定の国家というものは存在せず、その代わりに「一家」と呼ばれる無頼漢たちの縄張りが存在している。


 場所となり立ちからして、決して治安の良い場所ではない。だが一方でよそ者にも寛容であるという気風がある。俺は縁あって「シュド一家」という一家に拾われ、そこで用心棒の様な事をしていた。


「リクさん、さっきはありがとうございました!」

「へへ! ガイナル一家の奴ら、リクさんが来た途端慌てて逃げ出しやがった!」

「ありゃ見ものだったな!」


 霊力……西では魔力とも呼ばれるこの力は、どの国も貴族に連なる者にしか発現しない。つまり大多数の人間は持っていない力だ。それはここ群島地帯でも例外ではない。


 まぁここは大昔の貴族が島流しにあっている場所のため、中には魔力持ちの人間もいてはいるのだが。


 そんな中にあって物心つく前から剣術に触れてきた俺は、ここではいっぱしの強者として認知されていた。これでも霊力さえ関係なければ、剣の才は特上であったと自負している。


 さらに実家から拝借してきた神徹刀。これは皇族の持つ特殊な霊力を用いて作られる、特別な刀だ。滅多な事では折れず、錆びも刃こぼれもしないこの神秘の刀は手入れも不要で、こうした環境ではとても貴重な武器だ。


(皇国とは違い、ここは居心地が良い。だが……)


 以前にいた環境とは違い、俺を認めてくれる一家や街の人がいる。治安の悪い地域にあって、腕にものを言わせる事もできる。ここなら霊力を持つ武家の者もいないし、俺にとって最高の環境と言えるだろう。


 だが本物の強さ……霊力を持つ奴らにはやはり及ばない。それにこうして市井に出てみると、武家の者達がいかに一般常識からかけ離れた武の持ち主なのかが分かる。それが理解できてしまう分、周囲からの賞賛も素直に喜べはしなかった。


(それに、偕や誠臣。清香は今も近衛になるため、己の武を磨いているはずだ。……いや)


 俺は国を捨てて国外に出た身だ。もう……皇国の事を考えるのはよそう。俺はここで生きていくのだから。





「おうリク! お前、今日も派手にやったらしいじゃねえか!」

「シュドさん。何も派手な事はしていませんよ。ただ店で暴れている奴らがいるというから、立ち寄っただけで」

「で、ガイナルの奴らはお前の姿を見て逃げ出したって訳か! たいしたもんだ!」


 夕方。俺はシュドさんと、シュドさんの娘のサリアと一緒に飯を食べていた。


 群島地帯では海産物が好んでよく食べられる。シュド一家には幹部が何人かおり、シュドさんは毎日誰かしらと飯を食べるが、今日は幹部も全員出払っていたため俺の他には誰もいなかった。魚にフォークを刺しながら、サリアは疑問を口にする。


「でもガイナル一家といえば隣の島が本拠でしょ? どうしてうちの島にいたんだろ」

「はっ、そりゃリクが目的だろうよ!」

「リクが?」

「俺がですか?」

「お前、ここに来る前にガイナル一家の島で派手に暴れたんだろ? そんな奴がシュド一家の一員になったってのは奴らも知っているはずだ。で、実際大人しくシュド一家に取り込まれているのか様子を見に来た。大方隙あらばお前を排除するか、引き抜けるかを確認しに来たんだろうよ」


 東大陸から初めて群島地帯に来た時、俺はここの隣の島に降り立った。そこでガイナル一家の奴らが俺に絡んできたのだ。そしてあろうことか、神徹刀を寄越せと言ってきた。


 国を捨てたとはいえ、この刀が特別な意味を持つものだという事は理解している。それにじいちゃんの形見でもある。脅されたからと言って、はいそうですかと大人しく渡せる物ではない。


 そんな俺とガイナル一家がぶつかるのは火を見るよりも明らかだった。そしてこれを撃退した。あっさりと。


 ガイナル一家からすれば、外から来たばかりの人間に配下がやられたのだ。当然メンツを保つためにも仕返しにくる。そして俺はこの仕返しに来た奴らも撃退していった。


 あまりにもしつこかったので、シュド一家の支配するこの島へと渡ったのだが、そこでシュドさんと出会った。


「あの時、活きのいい皇国人がいると話題になっていたからな! ガイナルの奴らもバカだぜ、リクの実力を見誤って仲間に引き入れる事もできなくなっちまったんだからな!」


 シュドさんは俺の実力を高く評価し、準幹部扱いで一家に招いてくれた。これまで誰からも必要とされていない場所にいた俺に「お前の力が必要だ!」と言ってくれた時、とても嬉しかったのを覚えている。初めて自分の居場所ができたと思った。


「でもリク、本当に強いよね。その武器も皇国で使われる刀ってやつでしょ? 歳も私と変わらないのに、一体どこでそんな実力を身に付けたの?」

「それは……」

「おいサリア! 野暮な事聞くんじゃねえよ! 群島地帯にはいろんな奴らが集まってくる。いちいち気にしてりゃキリがねぇぞ!」

「あ……。ごめん、リク! 今の忘れて!」


 もう一つ、群島地帯が居心地良いと感じる理由がこれだ。ここは東西両大陸から俺の様に国を捨てた奴もいれば、犯罪者なんかも流れついてくる。いかにも訳アリに見える奴にそこまで深入りをしてこない。そんな風土があった。


 シュドさんには恩があるが、さすがに家の事情まで話す気にはなれない。


「リクはうちの戦力としてよくやってくれている。俺ァそれ以上は求めねえよ。で、だ。またお前に出張ってもらいたい案件がある」

「なんでしょう?」

「南に小さな村があるんだが、最近そこで幻獣被害が出ているようでなぁ」


 幻獣は通常の動物とは違い、明確に人に敵意を向けてくる害獣だ。中には大型の個体もおり、そうした幻獣討伐にはかなりの戦力の動員が必要とされる。


 東西両大陸は南部を中心に半分以上が幻獣の住まう領域になっているため、人の手が入っていない未踏の地になっている。そしてその幻獣は群島地帯にも巣くっている。


 だが群島地帯の幻獣は大昔に外から持ち込まれたものが中心で、見かける幻獣は小型の個体が多く、大陸ほど幻獣被害は大きくない。


 幻獣は基本的に害獣だ。だがその肉は、人間の食糧事情の改善に繋がったり、爪や毛皮、内臓なんかは特殊な装飾品や儀式に使えたりもする。そういう意味では、幻獣と人間は奇妙な関係を築いていると言えるかもしれない。


「数や特徴なんかは分かっているのですか?」

「それもあいまいでな。で、サリアとベックを連れて見に行って欲しいんだ。三人で対処できそうならそのまま片付けてきてくれ」

「サリアもですか?」

「当然でしょ! 今は他の幹部もいないんだし、うちらしかまともに動けないのよ」


 シュドさんの血族も、元をたどれば西大陸で罪を犯した貴族が祖先のため、魔力に覚醒する余地がある。


 だが魔力を十分に使いこなすためのノウハウまでは伝わっていないため、西大陸の貴族が使う魔術というのは扱えない。サリアもせいぜい一日に数回、魔力の塊を放つ事ができるくらいだ。それでも魔力を持たない者からすれば十分な脅威だが。


「お前の剣にサリアの魔力、それにサポートにベックを付ければ大事無いと思うが、まぁ上手くやってきてくれや! ガハハハ!」

「はぁ……」


 既に幻獣討伐も何度かこなしているし、今回もそう大した事にはならないだろう。それに自らの管轄する島の管理は一家の務めでもある。そう考え、俺は明日に備えて早めに寝る事にした。

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