第3話 姫の見る未来と進む謀略
七星皇国皇都、琴桜京の一角にある白璃宮。そこは主に女性皇族が過ごす場所だ。理玖と偕の母、由梨はそこである皇族の姫の世話をしていた。
その姫の名は
艶のある真っすぐな黒髪は腰まで伸び、その瞳は黄金に輝いている。黄金の瞳は皇族の中でも、神徹刀を作れる特殊な霊力に目覚めた者が持つ特徴でもある。
とても強い霊力を持ち神秘の気配にあふれているため、以前非公式ながら偕や誠臣、清香らが万葉と会った時、3人は9才の少女の纏う雰囲気に圧倒され、まともに口がきけなかった。そんな月御門万葉にはもう一つ、幼いながら皇族が稀に備えているという特殊な力があった。
「……由梨」
「はい、万葉様。ここにおります」
「……夢を、見ました」
万葉の言葉に、由梨は驚きで目を大きく見開く。
「それは……まさか、予知夢でしょうか」
皇族は中には時折、神徹刀作成の霊力以外にも特殊な力に目覚める者が出る。月御門万葉の場合、それは予知夢だった。
小さなものでは夕食の献立、大きなものでは大雨で川が氾濫する日と場所を視た事もある。この未来視の力があるため、皇族の中でも月御門万葉は特殊な位置に存在していた。
「……数年後。七星皇国は幻獣の大侵攻に見舞われます」
「……っ!!」
由梨は万葉の発言に言葉を失う。
「そ、それは……どういう……」
幻獣は東大陸、西大陸共に南半分以上の地域を支配し生息している。およそ600年前は、これほど幻獣の住まう領域は広くなかった。しかしこれまで過去に三度……約150年周期で幻獣の大量発生が東西両大陸で確認されており、その度に人類は大きな被害を受け、住める土地を減らしてきたという歴史がある。
そして四度目となる幻獣大量発生の周期が近づいているのではないか、という事は宮中でも度々話されてきていた。前回の幻獣大量発生から、そろそろ150年経つ頃にきているのだ。由梨が万葉の言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのも、この150年周期でやってくると言われている災害だ。
「……まだ、予知夢かどうかは分かりません。……ですが、数日前までこの様な未来は見えませんでした。…………由梨、この数日、皇国に何か変事はありましたか」
由梨は数日間の出来事を思い出す。国内外に大きな出来事は無かったはずだ。
「申し訳ございません。私には分かりかねます。薬袋家の者に確認を取りましょう」
薬袋家は皇護三家の一つであり、皇族を政治・外交面など文官として支える事を主とした一族である。
由梨は他に控える側仕えに、薬袋家の文官から確認を取る様に指示を出す。月御門万葉はそんな由梨達の姿を横目に呟いた。
「……杞憂であれば良いのですが」
そういえば、と思い出した様に万葉は、慌てた様子の由梨に話しかける。
「……由梨」
「はい?」
「……ご子息が、家を出たと聞きました」
「……申し訳ございません、万葉様。武家の者でありながらとんだ不忠者を生んでしまいました。平にお詫び申し上げます」
沈痛な表情で答える由梨に、万葉は静かに首を振った。
「……いいえ。由梨が、つらくないかと心配になったのです」
万葉の言葉を聞き、由梨はどういう表情をするべきか悩んだ。
「万葉様のお気遣い、ありがたく思います。……息子は霊力に目覚めなかったのです。まさかその事があの子をそこまで追い詰めていたとは、気づけませんでした。親としての至らなさを痛感しております」
由梨は自分を良い親だとは思っていない。白璃宮で寝泊まりする事も多いためずっと家に居る訳ではないし、他家と比較しても子と触れ合う時間は短いという自覚もある。
理玖や偕の事は愛しているが、由梨にも皇族に仕える女官としての職務がある。そして由梨は職務を重視する女だった。
理玖や偕が手のかからない子だったという事もある。二人とも幼い頃から近衛を目指し、鍛錬に明け暮れてきた。たまに家に帰った時は、鍛錬の成果を聞いてやり褒める。褒められて喜ぶ子供達はまた鍛錬に精を出し、近衛へ近づく。陸立家に生まれた子への接し方としては、それでいいと思っていた。
だが理玖に霊力は覚醒せず、そこで初めて由梨も、苦悩する我が子にどう接したら良いか悩んだ。これまで褒めるという事しかしてこなかったため、理玖の苦しみや悩みを親として和らげてやれる自信が無かった。
時間が経つにつれ、職務の忙しさにかまけて理玖の事は後回しになっていた。考えても答えが出ないからだ。そうして過ごしている内に錬陽との話し合いで、理玖を幻獣被害の大きい南方の地方領へ出す事が決まった。
『葉桐一派としては生きていけないが、他領であれば問題ないだろう。地方領で抱えられている武人の中には、理玖の様に霊力が扱えない者もいる。霊力が無いとはいえ、葉桐一刀流を収めた剣士だ。新しい地で、新たに剣士として生きていく事もできよう』
これは錬陽の言葉だ。これを聞いた由梨も「他領へ出すのは理玖のため」と自分を納得させていた。
そして理玖の突然の出奔。いや、突然ではなく、理玖は以前から家を出る事を考えていたのかもしれない。祖父の部屋から神徹刀を持ち出すという、生家である陸立家や葉桐一派をも恐れぬ所業に走ったからだ。実はずっと前から覚悟が決まっていたのでは、と由梨は考えていた。由梨が俯いていると万葉が遠慮がちに言葉を発した。
「……上手く、言えませんが。……せめて皇族の血に眠るという大精霊様に祈りましょう。ご子息が壮健でありますように……」
「万葉様……。ありがとうございます。ふふ、万葉様に祈られたと知れば、きっと驚くでしょう。息子が帰ってきたら、お話しさせていただきます」
そして今度こそ正面から向き合おうと決意する。万葉の気遣いに由梨の瞳には薄く涙が浮かんでいた。
■
「せいっ!」
「やっ!」
「はぁっ!」
賀上家の道場で偕と誠臣、清香は稽古をしていた。最近は他家交流試合でも三人とまともに戦える者はおらず、大人が稽古をつけている。そして稽古をつけてくれる大人がいない時は、こうして三人でしのぎを削り合っていた。
今も三人は1対1対1という形式で稽古を行っている。これは誰もが常に敵が二人いるという状況であり、瞬時に高度な判断が求められる稽古である。そしてその稽古の勝利を勝ち取ったのは葉桐清香であった。
「ふう! 今のは危なかったわ!」
「はぁ、はぁ……。よく言うぜ……」
「え、ええ……。僕の絶影も完全に見切られていました……」
「偕の絶影は確かにすごいんだけど。ここに打ち込みたいのかな、ていうの? なんかそういう雰囲気が読みやすいんだよね」
「おいおい、偕は史上最年少で二進絶影を習得した天才だぞ!? そんな簡単に読めるか!?」
「さ、さすがは清香さんです……」
三人は将来の近衛候補として、早くも注目を浴びていた。
近衛は武家の中でも特に優れた者のみが選ばれる。また皇族を直接警護できるというのは、この上なく名誉な事でもある。
武家の誉であるこの地位を、まだ十代半ばの者がすでに見据えている。これはそれだけ三人が剣術、霊力の扱いに天武の才を持っているという証明でもあった。
三人は今もただひたすらに、幼い頃に四人で交わした約束を果たさんと走っているのだ。汗だくの三人に手ぬぐいを渡したのは賀上誠臣の弟、誠彦であった。
「お疲れ様です。とてもいいものを見せてもらいました」
「おう、誠彦。ありがとな」
誠彦は歳の近い偕にも手ぬぐいを渡す。
「偕さんの絶影、僕には全然目に追えませんでした。さすがは稀代の天才です。とてもあの理玖の弟とは思えませんよ」
「……誠彦くん?」
「おい誠彦。理玖は陸達家の長男、お前よりも年上だ。呼び捨てにするものじゃない」
「ははは、兄上もおかしな事をおっしゃる。霊力に目覚めず、一派を追い出された者に敬意を払えと? それに武家に生まれた者は実力が全て。僕は試合で一度も理玖に負けた事がありません。清香様や偕さんと違って、払うべき敬意などありませんよ。それでは僕はこれで失礼します」
言いたい事を言って誠彦は部屋を後にする。三人は誠彦が何かと理由を付けて、他家の者と一緒に理玖を痛ぶっていた事を知っていた。
だが誠彦の言う通り、武家の者は実力が全てという面もある。実力があれば何をしても許されるというものではないが、年下に痛ぶられているところを助けに入ったら理玖はどう思うか。きっとより自分が惨めだと考えるだろう。そう思うと安易に助けに入る事もできなかった。
何より霊力に目覚めなくとも、三人は理玖を対等な者という視線で見ている。手助けする事で、対等な視線で理玖を見られなくなるのではないかと恐れてもいた。
だがどういう理由であれ、理玖に関わらなかった事には違いない。そして理玖は家を出た。それも神徹刀という、皇族から賜った陸立家の家宝を持ち出して。
当然、理玖に対する風あたりはそれまでよりもより強いものとなった。今や理玖という名は武家の恥さらしの代名詞。そして兼ねてより理玖を見下していた誠彦の様な者達からすれば、何を言っても許される存在だ。これにより以前に増して理玖の悪評は盛んになっていた。
「……弟がすまんな、偕」
「いえ……」
稽古の熱はすっかり冷め、三人はどこか気まずげだ。三人とも理玖が出て行ったと聞いて、大きな衝撃を受けたのは違いない。だが霊力覚醒の有無は理玖の問題。三人が助けてやれる事は無きに等しい。結局、これまでどおり稽古に明け暮れる事しかできなかった。
「……偕、誠臣。強くなりましょう。私たちが強くなり、近衛となって皇族をお守りできれば。それはこの国を……理玖を守る事にもつながるはずよ」
「清香……」
それは理玖が対等の友ではなく、守られる側の人間だと認めた発言だった。清香は心を切り替えて前に進むという道を選ぶ。
「……そう、だな。あいつの分まで俺達が皇族をお守りしていこう」
「……はい。兄さんの夢、僕が叶えます。今一度誓います。僕は必ず近衛になると」
三人は決意を新たに前に進む。
■
群島地帯のとある島にて。島の中心部、ガイナル一家の支配する街のある屋敷で、二人の男が会合していた。一人はガイナル一家の頭領ガイナルその人である。
「ガイナル、その話は確かですか?」
「ああ。シュド一家に加わった黒髪の男はリクって呼ばれている。それに東国の武人が使う刀も持っていた。あんたの探している奴で間違いないだろう」
半年前、自分の配下がリクに叩きのめされたと聞き、ガイナルは自分たちに逆らう者の末路を見せしめにしようと動いた。
だがリクは思いのほか強く、配下は全員敗れた。このままでは島民に示しがつかない。大小様々な一家がひしめく群島地帯において、この事態はガイナル一家が軽んじられる隙になる。
だが結局リクを捕まえる事はできず、あろう事かシュド一家に収まってしまった。今ではガイナル一家は他からも舐められ、自分の街にちょっかいを出してくる一家も出始めていた。このまま舐められて終わる訳にはいかない。そんな時に出会ったのが目の前の男だった。
背の高いその男は細身であり、およそ暴力沙汰に慣れている様には見えない。間違っても無頼漢の集いである一家に接触してくる様なタイプには見えない。
だがその男……パスカエルと名乗る男からは何か不気味な気配を感じ取っていた。パスカエルはリクの情報を集めていた。理由は分からない。だが金払いはいい。ガイナルはリクへの個人的な恨みも重なり、パスカエルに積極的に協力していた。
「明日から街を離れて、南の村に向かう事もつかめている」
「ほう……。大した情報力ですね。どうやらガイナルに頼ったのは正解だったようです」
そう言うとパスカエルは金の入った革袋をガイナルに差し出す。ガイナルは目に喜色を浮かべて受け取った。
「へへ、まいど。しっかし東国の小僧に一体なんの用事だ? いや、話したくねぇなら深入りはしねぇけどよ」
「ふふ、実はとある依頼を受けましてね。ま、半分は趣味……というか、個人的な興味みたいなものですが」
「ふーん? まぁいいさ。ところで行くなら船が必要になるだろ? あんたにはかなりの額を貰ったからな、よければ船を出してやるぜ」
「それは助かります。ありがたく使わせていただきましょう」
ごく当たり前のやりとり、至極当然な受け応え。だが趣味と笑うパスカエルの目は、まったく笑っていなかった。
■
「ベック! そっち行ったぞ!」
「……っ! うるせぇ! 分かってる!」
俺達が村を訪れて二日後。報告にあった幻獣の群れが田畑を荒らしにきていた。
その幻獣は皇国では魔猿と呼ばれる、猿に似た獣だ。だが猿と違って爪は長く、背中には角を生やしている。これがおよそ20匹。俺は前に出て刀を振るい、サリアとベックは弓で援護する。
「はあっ!」
魔猿にも様々なタイプがいるが、幸いな事にこいつらは小型。動きこそすばしっこいが、大した脅威ではない。
俺は襲い掛かる魔猿を軽くいなし、刀で切り伏せていく。滅多な事では刃こぼれを起こさない神秘の刀、神徹刀は切れ味もすさまじかった。
「ベック、離れて!」
「お嬢っ!?」
魔猿の群れがベックに近づくが、サリアはそこに魔力の塊を飛ばす。慌てた魔猿は周囲に散るが、俺はそこに飛び込むと一匹ずつ切り伏せていった。
「ギギ……ギッ!」
「あ!」
「逃げた!?」
「俺が行く! サリアとベックは村の警護を!」
流石にバラバラに散って逃げたため、全ては仕留めきれなかった。だが追いかけながらでもさらに2匹斬る事ができたのは幸いだった。討伐できた魔猿は全部で13匹。成果としては上々だろう。
「リク! お疲れ様!」
「サリアとベックも。助かったよ」
「……ふん」
ベックは若い男だ。といっても俺よりは年上だが。新参の俺がシュド一家の準幹部として迎えられたのが気に食わないらしい。
そう思っている奴はベックだけではないし、実際一定数はいる。だがシュド一家において俺が強いというのも事実。ここで生きていくと決めた以上、何とかうまくやっていきたいとは思っている。
「いくつか取り逃がしたが……これだけ数を減らされればしばらくは姿を見せないだろう。でも他にも群れが残っていて、仕返しにくる可能性もゼロじゃない。俺はもうしばらくこの村に残る事にするよ」
「それなら私も残るよ!」
「お嬢!? こいつ一人、村に残しておけばいいんじゃ……」
「リク一人じゃ村全部はカバーできないでしょ。いいよ、頭目の娘としての責任もあるし」
ベックが俺を睨んでくる。シュドさんの娘であるサリアをこの場に残す事に反対なのだろう。俺としてはサリアが残っても残らなくてもどちらでもいいが、恩のあるシュドさんの娘の言う事だ。なるべく意に沿いたい。
「それよりも、村の人が魔猿の肉を使って料理を振る舞ってくれるんだって! リクもベックも一緒にご馳走になりましょ!」
「……いえ、俺は頭領に報告しに一旦街へ戻ります」
「そう?」
そう言うとベックは足を村の外に向ける。だが途中で振り返ると俺を睨んできた。
「ちょっとばかり強いからって、小僧があんまり調子にのるんじゃねぇぞ」
言うだけ言って、そのまま村から出て行く。サリアはベックの背中を見ながら俺に近づいて来た。
「……あんまり気にしない方がいいよ」
「ああ。というか全然気にしてない」
家に居た頃はもっと惨めな思いをしていたからな。ベックの悪態には本当に何も感じていない。悪態と共に圧倒的な力を振りかざしてくる事もないからだ。
そしてその日の夜。村の人が振る舞ってくれた魔猿の肉を使った料理を俺達は楽しんだ。
■
「この先の村にリクは居てる」
「そうですか。ありがとうございます」
村を出たベックは、パスカエルと落ちあっていた。
ベックはリクがとにかく嫌いであった。自分よりも年下でありながら頭領に気に入られ、準幹部として迎えられた事が気に入らない。ガイナル一家と事を起こしただけの小僧だ。実力があるのは分かるが、それがより腹立たしい。
そんなベックはある日、ガイナル一家がリクの情報を集めている事を知った。そしてリクの邪魔になるのならと、ガイナル一家にリクの情報を売っていたのだ。
「しかしお仲間を売るとは……。随分彼の事がお嫌いな様ですね?」
「はっ! 悪いかよ! 鳴り物入りの小僧が調子づいてるのが気に食わねえだけだ」
「そうですか……。しかし当の本人はあなたよりも強いため、余計にストレスが溜まる、と」
「てめえに何が分かる! ……それよりもあの村にはお嬢もいる。お嬢には手を出すなよ」
「ふふふ……ええ、ええ、分かりました。ところでベックさん。あなたの願いを私が叶えて差し上げましょうか?」
「俺の……願いだと?」
「ええ。……ふふ、うふふふふふ。さぁ、宴を始めましょうか」
ガイナルと話していた時とは打って変わり、パスカエルは心底楽しそうに目を細めた。
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