皇国の復讐者 〜国を出た無能力者は、復讐を胸に魔境を生きる。そして数年後〜
ネコミコズッキーニ
第1話 皇国の無能力者
「はぁっ!」
「そこまで! 勝者、
陸立理玖。そう呼ばれた少年は七星皇国武家の生まれであり、見た目は黒髪黒目の典型的な皇国人だった。
その理玖の振るった木刀が相手の胴を捉え、いつもの様に試合に勝つ。相手も武家の生まれ、強かったのは間違いない。だが理玖の剣才とはモノが違った。
すぐに次の試合が始まるため、汗を拭いながらその場を後にする。そこに理玖より年下の少年が、興奮した様子で近づいてきた。
「兄さま、さすがです! 最後の一太刀なんて僕の目には見えませんでした!」
「
皇国には皇族を守る、皇護三家と呼ばれる家がある。その一角、葉桐家とその一派は代々、武力によって皇族を守る家柄だ。陸立家は葉桐家に仕える家の一つで、将来皇族を守る武人となるべく、幼い頃から剣術を叩き込まれていた。
こうして一派が集まっての交流試合も日常茶飯事である。中にはどの家のどの子がどれほどの実力者なのか、探る様に試合を見ている者も多い。交流試合を見ていた者達が口々に思った事を述べていく。
「ふむ……。陸立家の長男はあの年にしては筋が良いな」
「弟も幼いながら既に霊力に目覚めておる。陸立家は次代も安泰だな」
「才気溢れる男児二人に恵まれるとは、うらやましい事だ」
陸立理玖は剣術が好きだった。練習すればするほど成果が出るし、努力を重ねる事で勝てなかった相手にも追い付き、やがて追い抜く事もできる。その達成感たるや、まだ短い人生とはいえこれに勝る快感は他に知らない。
もっともっと剣術を鍛え、いずれ近衛に入って皇族を守る。それが理玖の夢だった。
弟が自分より先に霊力に目覚めた事については、兄として少し精神的に傷を負ったが、霊力に目覚めるまでの間はもっと剣術に集中しようと割り切る事もできた。同じ年の頃で自分と互角に戦えるのは二人だけだ。その二人が試合の終わった理玖に話しかけてきた。
「よう理玖。お疲れさん」
「理玖! 最後の踏み込み、なかなかだったわ!」
「誠臣、清香! 二人とももう終わったのか?」
「もっちろん! 余裕勝ちだったわよ!」
「俺もだ。今の世代で俺に勝てる可能性がある奴なんて、お前たちくらいなもんだ」
大きく口を開きながら笑うのは賀上誠臣。理玖と同じく葉桐家に仕える、賀上家の長男だ。そしてもう一人は葉桐清香。葉桐宗家のお嬢様であり、理玖と誠臣から見れば将来自分たちが盛り立てていく一族の一人だ。
「さすが誠臣は言う事が違うわね~。でも私も霊力に目覚めたんだから! 成人するまでには二人よりうんと強くなるわよ!」
「まったく。守りがいの無いお嬢様だ」
「なんですって!?」
三人と理玖の弟の偕は、誰が見ても仲が良い間柄だ。葉桐一派は同門でもライバルという関係上、兄弟でも仲が悪い事が多い。大人になればある程度節度や世間体も気にしながら「皇族を守る」という共通認識を持つ事ができるが、子供ほど自分の感情に正直になりがちだ。そうした環境において、この4人の関係は珍しいと言えた。
4人は共に学び、共に研鑽を積んでいく。互いが互いに尊敬できる好敵手であり、切磋琢磨できる間柄であった。
「俺達4人が力を合わせれば、近衛は最強の集団になる!」
「ええ! みんな、約束して。私と一緒に葉桐の名の元、皇国と皇族を守るって」
「当たり前だろ! 幻獣なんざ、俺達がいれば脅威でも何でもないさ!」
「ぼ、ぼくも、立派な近衛になるため頑張ります!」
それは幼い頃に少年少女が誓い合った一つの約束であり夢だった。だが時が経つにつれ、4人の中で実力差は明確に開いていった。
どうあっても追いつけないほど、大きく3人に実力を引き離されてしまったのは理玖だった。彼はいつまで経っても、霊力に目覚める事がなかったのだ。
武家に生まれた者にとって、霊力の目覚めは当然の事。そしてそれなくして、武人の奥義でもある身体能力の強化は叶わない。一向に霊力に目覚めないある日、理玖は父である錬陽から家の道場に来るように命じられた。
「要件は分かるか、理玖」
問いかけられた理玖はビクリと肩を震わせた。この数年で弟はおろか、年下の一派の者にも勝てなくなっており、理玖の心の内には暗いものが巣くっていた。
先日の出来事を思い出す。賀上誠臣の弟、誠彦にこっぴどく痛めつけられたのだ。
『どうしたんですかぁ、理玖さん? 早く立って下さいよぉ。本当にあの偕のお兄さんなんですかぁ?』
『ぎゃはは! やめとけよ誠彦! これ以上は弱い者いじめになるって!』
『昔はえらく剣の腕が立つって調子にのっていたみたいだけど? 霊力に目覚めない無能者なんざ、葉桐一派にいても邪魔なだけだろ』
理玖の事を邪見にする者は多かったが、中でも誠彦は理玖の姿を見るたびに「稽古をつけてやる」と目覚めたばかりの霊力で痛めつけてきた。悔しいが、霊力を持たない身では到底太刀打ちできない。その時の事を思いだしながら、理玖は声を絞り出した。
「れ、霊力の件でしょうか……」
「そうだ。明日、お前は15の年を迎えるからな」
霊力はどんなに遅くても成人……15才までには目覚める。過去に15才を超えて霊力に目覚めた者は一人もいない。
そして霊力の有無は武人の絶対条件。葉桐一派は霊力を用いる事で「絶影」「強硬身」「金剛力」など、数々の秘技を身に付けていくからだ。これは戦闘能力に直接関係する。霊力に目覚めた者は剣術に加え、こうした霊力の使い方も習得していく。
「霊力に目覚めない限り、お前は弟に一生勝てない。皇族から神徹刀を賜ってもその御力を引き出す事も叶わぬ。つまり、この葉桐一派にお前の居場所は無いという事だ」
理玖はその言葉に再び肩を震わせる。言われなくてもこの数年でその事は嫌と言う程分かっていた。霊力に目覚めた弟達とは、今や試合にすらならない。聞こえてくるのは他家の者達からの陰口だ。
『弟と妹のために母の胎内に霊力を置いてきた兄』
『幼い頃は、あの清香殿達と肩を並べておったのだが……』
『偕さんの兄っていうから試合前は緊張していたんですけど、気づいたら試合が終わっていて……。あ、僕の勝利でなんですけど』
『武家に生まれながら霊力を持たない無能者なんて! 雑魚すぎでしょ!』
今の時点でも葉桐一派に居場所は無く、理玖は鬱屈とした毎日を過ごしていた。だんだん口数も少なくなり、交流試合の日も道場の片隅で座っているだけの日も増えた。下手に試合に出ると「霊力覚醒を手伝ってやるよ!」と言われ、完膚なきまで叩きのめされるのだ。
既に霊力に目覚めた子供にとって年上の理玖という存在は、自分の万能感を満たすのに格好の相手だった。試合以外にもやたらと絡まれる事も多い。誠臣や清香、弟の偕はチラリと見てくるのが分かるが、気を使っているのか、それとも無能者に気にかけている時間がもったいないと思っているのか。いずれにせよ話しかけてくる事は無かった。
理玖と違い、今や誠臣、清香、偕の3人はどの家にも名が通っており、大人たちにも注目されている。先日は非公式だが、3人とも皇族の姫に会ったという話も聞いた。
もちろん理玖はその場に呼ばれていない。3人が周りからもてはやされ、晴れ舞台に立つ姿を想像する度に、理玖の心はより暗いものに支配されていった。父の錬陽も当然、理玖の近況は理解している。
「だがまだ15になるまで時間はある。……霊力に目覚めた者のきっかけはいろいろだ。寝て起きたら目覚めていた者もいれば、じいさんなんかは小便の途中で目覚めたと聞くしな。だが、霊力覚醒の逸話で鉄板のものがある。何か分かるか?」
「……いいえ」
「試合中。それとかつて幻獣との戦いが今より激しく、幼子が前線に出ていた時代は、戦場で目覚めた者も多かったと聞く」
そう言うと錬陽は立ち上がり、理玖の前に木刀を転がした。
「拾え、理玖。今から俺は本気で打ち込んでく。……死にたくなければ必死で抗え」
錬陽は木刀を構え、本気の殺気を理玖に叩きつける。戦場を知る本物の武人の殺気だ。
「う……あ……」
理玖は思わず腰が引けてしまう。まともに呼吸もできない。
「引くな! ここがお前の正念場だぞ! それ以上引けば陸立家に相応しくない者と判断し、二度と刀を握れない身体にしてくれる!」
殺気の籠った叫びを受け、全身が震える。そんな中でも理玖は震える手で木刀を拾った。それは父の脅しが効いたからなのか。それとも、まだ自分にも霊力が目覚める時がくると信じているからだろうか。あるいは、幼き頃の約束を果たすためか。
理由は定かではないが、強い殺気を浴びながらも理玖は木刀を父に向って構える事ができた。錬陽はそんな息子の姿を見てニヤリと笑う。
「……いくぞ」
そして……その日。15才を迎える少年の心はボッキリと折れ、砕け散ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます